第6話 依頼

 一人の老爺が、灯りに照らされていた。逆光になっていて表情がわからない。白衣を着込んで、その手にはノコギリを握りしめている。

 平賀好一郎。最狂のカラクリ技師。平賀の異端児、歴史上最高の発明家。


 カラクリによって、大陸で最も多くを殺した大量虐殺者。


「シエル。人の心を知るために必要なのは、痛みと、恐怖、そして——絶望だ」


×


 夜が明けていた。空には白熱する太陽が浮かび、すでに、懐中時計は十時を示す頃合いになっている。


 海岸。打ち上げられた海藻類や流木、船の残骸と一緒に、一人の若い女が倒れていた。奇妙なカラクリ式の鎧を着込んだ、銀髪の女だ。

 死んでいるのか、単に気を失っているのか。ぴくりとも動かないその様子は、——死んでいると見るのが妥当だ。


「シエル! ……シエル、起きろ!」


 倒れていた女——シエルのそばに、頭に包帯を巻いた青年が駆け寄る。

 紡慈郎だ。彼はあちこち駆けずり回り、ようやく、彼女を——シエルを見つけた。


 一彼自身もひどい怪我を負っていた。額を七針縫う怪我に、右足腓骨、大腿骨にヒビ、左の脹脛に流木が刺さり、元々差し歯だったとはいえ、歯が折れていた。曲がった鼻は、力づくで無理やり戻している。


 損傷したカラクリアーマーを解除していた。

 無銘そのものは璣絲きしを編み込んで修復しているようで、腰に差す璣巧刀からくりとう状態の〈霊骸・無銘〉に異常は見当たらない。

 シエルを揺する。


「起きてくれ……! お前がいなくなったら、何に希望を見出せばいいんだ! 起きろ、——起きてくれ」


 シエルは動かない。


「置いていかないでくれ……!」


 紡慈郎が掠れる声を絞り出す。

 そのとき、シエルの目がハッと開かれた。

 その目が空を、焼き払われた萩原を、弦楽を、そして自分に縋りつく紡慈郎を見る。

 ややあって彼女は紡慈郎を抱きしめた。


「すみません、ご心配をおかけしました


 シエルがゆっくりと上体を起こし、改めて海岸からその惨状を見る。紡慈郎も顔をあげ、それを目に焼き付けた。


 璣巧誘導弾カラクリミサイルが焼き払った大里・萩原。

 そこにあるのは焼かれた建物、吹き飛んだ城、焼けて炭化した人間だったものと、擱座かくざした防衛用カラクリ。

 四脚に箱型胴体、水冷機関銃を取り付けたそれが、煙を上げて転がっている。


 別の所では腕と脇腹を損壊し、機械部品を剥き出しにするカラクリが、死を懇願していた。

 隊服を着た、頭から血を流す男が「ご苦労だった」と言い、ピストルで頭を撃ち抜いてやる。そのあとで、男は「くそったれが!! ちくしょう……!」と、仲間の死を嘆いた。


 必死の救難活動が行われているが、それにあたっているのは、おそらく昨夜から今朝にかけ近隣から派遣された軍隊の人間、そしてカラクリ人形——璣人きじんだろう。

 紡慈郎はシエルに肩を貸す。


「紡慈郎様はご無事ですか」

「俺は平気だ。無銘のおかげでな。……紅——弦楽から聞いた。沖に出かかったとき、爆発で海に投げ出されたって」

「そうです。……咄嗟に璣力きりょく結界を張りましたが、何名も……」


 シエルはそう言って弦楽を見た。彼女の左腕は、肩から先がない。


「これか? 気にするな。こんな時代だ、義手をくれる技師くらいいる。金は東雲大銀行にあるしな……」


 乱雑に腕の付け根を縛り上げ、包帯を断面に巻き付けているが、赤い血のシミが広がり、血が垂れている。

 相当な激痛に違いないが、彼女はいつも通りの、能面のように感情を殺した顔をしていた。


 紡慈郎らの元に、一人の、黒い詰襟の軍人が駆けつけてきた。

 口髭と顎髭、もみあげと繋がっている。軍人らしい、空に届かんばかりの声で、伝令の役割を果たす。


「紅月弦楽殿! お連れの方々共々、川路警視総監がお呼びです! 救難野営地詰所に出頭せよとのことです!」

「伝令承った。案内してもらえるか」

「はっ!」


 弦楽は自分一人で歩き出した。片腕を失ったせいで重心の均衡が崩れ、彼女はふらつきつつ、一歩一歩進む。

 見ていられなかった。紡慈郎とシエルがそれぞれ肩を貸す。


「すまない……」

「……止められなかった俺のせいだ。羅剛は……それを名乗る人間の一部は、俺の弟だった」

「弟……?」「何を言ってるんですか紡慈郎様」


 紡慈郎は前を睨み、ことのあらましを話した。

 璣巧からくり甲鉄艦——平賀艦「戦獄せんごく」で起きたこと。

 平賀銀志。エルフリーデ・エルメラルダ。他にもいた。焼烙と呼ばれる、己をカラクリの生体ユニットと化した女と、男——無数の兵隊。


「羅剛という、商人ではなく。組織。それを率いていたのが、腹違いの弟だった。『戦争という魔物』を、『絶対に間違わない独裁政権』で倒すって言ってた」

「銀志……まさか平賀の嫡流がもう一人いるとはな」

「私も全く知りませんでした。おそらく好一郎様も……」


 平賀という一族の陰に生まれた、もう一人の平賀。現代に生き残る、紡慈郎以外の唯一の……。


 野営地についた。詰所は、テントが建てられている。カラクリ式の組み立て骨組みに、璣絲きしを編み込んだカラクリ繊維製の頑丈な天幕。

 伝令の兵が「川路様、お連れしました」といい、一揖いちゆうし去っていく。


 奥には警察の長——この国にいれば、東雲日報新聞で嫌でもその名を聞く男、川路利通かわじとしみち警視総監がいた。

 弦楽が敬礼。


「その腕は……おい、医療班を呼べ。止血して抗生物質を打て。破傷風になったら、かの女豹でもただではすまんぞ」

「懐かしい呼び名ですね、先生。……少しやつれましたか」

「警視総監なんか、私でなくてもこうなる。……そちらが?」

「お聞きでしょうが、平賀ですよ。あの甲鉄艦に乗り込んだのも、この青年です」


 紡慈郎は一礼する。

 ——随分と親しい。弦楽と川路はどういった関係なのだろう。聞く限りでは、恩師と教え子だが。


「川路利通だ。川路でいい。平賀……君かな」

「平賀紡慈郎です」「メイド、平賀シエルです。平賀謹製、最高傑作と言われる対要塞璣人きじんです」

「……! 伝説じゃないのか、対要塞璣人きじんなんてのは……。……ああ。いや、すまない。大丈夫だ。

 それより一体あの艦でなにがあった?」


 川路が聞いてきた。紡慈郎は、改めてことの次第を、詳細まで話した。

 国のお偉いさんに嘘をついて、いいことなんてない。


「もう一人の平賀……」

「平賀製のカラクリ……おそらく、あいつが製造しています。俺が戦った男は、祖父さんがカラクリに反映していた美学がなかった。ただ無骨なだけで、美しくなんかなかった。詩的でも、美的でもない……!」

「確かに好一郎氏の作品は、美術品といっても過言ではなかった。現在、敵カラクリの残骸を調べているが、平賀流らしき痕跡は見られるが、好一郎氏の作品とは似ても似つかんのだ」


 カラクリに詩的な美しさを見出すのは、平賀の特徴である。

 道具として扱うのではない。


 男心のように荒々しく、女心のように繊細で、人間のように面倒臭く。

 機械のように複雑で、刀剣のように優美で、触れただけで骨から斬り落される。

 それが平賀好一郎の作品だ。


 川路は医務班に腕を縫合される弦楽を見た。彼女は枕木を噛み締め、声も漏らさず、麻酔なしの荒療治に耐えている。


「彼女は私の教え子だ。……君たちが守ってくれたのか」

「俺は……何も。シエルが」

「結界を張りました。……他には、誰も」

「そうか……。いや、一人でも多く生き延びてもらえたならよかった。君たちは羅剛を追って旅をしているとのことだが、その理由は」


 紡慈郎はシエルに、視線で指示した。

 彼女が記録結晶と、証拠品の箱を取り出す。


「平賀好一郎毒殺の証拠です。……羅剛が……銀志の差金かは不明ですが、そう名乗る商人との会談中に」

「預からせていただいていいかね」

「大っぴらにしなければ。どうぞ、お願いします」


 川路は受け取ろうとした手を、止めた。


「なぜ?」

「他ならぬ遺言なんです。羅剛はお前たちが狩れ、というのが」


 ——「カラクリを追え。璣絲きしの導きが、お前をそこへ連れていくだろう」。


「証人は、私と紡慈郎様だけです」

「……ありがとう。秘密裏に扱おう。

 我らはここに野戦築城、カラクリ築城を行い、緊急司令部を立てる。それと並行し、この記録を解析しよう。……おい、技術班に持っていけ」

「はっ!」


 川路の部下が記録結晶と箱を受け取り、去っていく。


「先生、私たちを呼んだのは、事情聴取のためですか」

「……この惨状を見て、命令を下せるかね。……子供まで巻き込んで、大人の負債を……」


 川路が背を向けた。

 この男は、一人で背負うつもりだと紡慈郎は思った。

 どいつもこいつも吐き気がするほど善人すぎる。


 ——俺が斬ってきたやつらも。呆れるほどに。


「……川路さん、子供じゃありません。俺はもう二十五です。軍人ではありませんが、だからこそ軽妙に動けます」

「同じく。平賀に泥を塗るものは、平賀の姓を持つものとして見過ごせません」


 川路の耳が、かすかに動いた。

 葛藤、そして、かすかな期待。彼は口を引き結びつつ振り返り、伏せていた顔を上げた。


「では、諸君らに依頼を。……平賀艦・戦獄せんごく、ひいては羅剛を追跡し、まずはその目標と目的を明かしてもらいたい」


 弦楽が聞く。


「警察でも情報をつかんでいないんですか」

「お上は、わからんがね。警察組織の長に過ぎん私には情報など降りてこんよ。まして警察なんて軍隊からも嫌われているからな」

「大変ですね、先生……私も彼らに同行します」


 川路が「その体で何をいってるんだ!」と声を上擦らせた。


「技師がいるんでしょう。カラクリ築城するなら、一人二人はいるはずです。

 義手をつけてください。若者だけに任せておいては、あなたのような人種は特に胸が苦しいでしょう。

 少なくとも、私はそうです」

「馬鹿弟子に義手を取り付けるのだって心苦しいさ。……おい、彼女の腕を見て、接合手術を行え」


 川路の判断は早かった。人道的な後悔が、作戦を不利にすることを知っているのだ。


「紡慈郎君、シエルさん。一週間猶予がある。弦楽へのカラクリの取り付け、動作試験があるからね。それまで、救難活動に従事してもらっていいかね」

「任せてください。俺たちは小回りの利く重機だと思っていただいて構いません」


 紡慈郎はそういって、シエルと共に川路の指示を受け、崩れ去った萩原城へ向かうのだった。


 燻る火、炭、黒煙が——煤と、汗と、血を孕み。

 朝日と夕日が輪廻して——一週間が経った。

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【習作短編】カラクリ・オーヴァドラヰヴ — 大正璣巧浪漫紀行 — 夢咲蕾花 @veryfoxraika

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