第5話 火花
大男の右腕はガトリングガンが備えられていた。腕自体を落とした後で強引に縫合している。戦闘用のカラクリ義手だ。
六つの束ねられた銃身が高速でスピンアップしていき、次の瞬間、
ガラスケースの展示品が爆散し、飛散。天井の灯りが弾け飛び壁や床、天井が小爆発しつつ弾痕が穿たれていき、虎の毛皮が千々に引き裂かれる。
紡慈郎は弾丸に追われながら疾走、眼前のテーブルを飛び上がって上を転がり、弾丸が追い縋る中反対側へ素早く退く。
大男が踵を振り上げ、打ち下ろす。
その一撃で分厚い木材のテーブルが爆ぜて折れ、紡慈郎は転がりつつ回避。
とにかく【
矢が大男のカラクリアーマーを掠めると火花が散り、相手が舌打ち。低く響く吐息を漏らして、ガトリングをこちらに向け直す。
反時計回りに回れば、右腕に取り付けられた構造上、その可動域から逃れやすくなるだろうか。
そう考えて、相手から見て左に周るよう走る。
「クソ、サルみてえな野郎だ!」
「うるせえウドが。役立たずの珍棒振り回して調子こくな!」
「るせえんだよ山ザルが!」
紡慈郎はあえて挑発。相手はひたすらに撃ち、撃って、撃ちまくる。
その時である。
ギィイイイ、と音が鈍った。銃身が真っ赤に染まり、明らかな
紡慈郎はその隙に相手の銃腕に取り付いてしがみつき、己の膂力とカラクリアーマーの膂力で締め上げ、砕き、へし折る。
火花が散り、漏出した
「テメェ! くそ、早く脱がねえと——くそ、くそくそくそふざけやがって!」
「悪い嘘ついた。お前から聞き出さなくても親玉から聞き出すことにする」
紡慈郎は天井の穴から脱出。次の瞬間、大男の
「まずいな、シエルとも紅月さんともはぐれた」
カラクリ通信を使えば——だが、個人携行用の通信機など、軍隊でなければ持ち得ない。
平賀特製カラクリのシエル、そして、このアーマーを持つ紡慈郎は別だが。
「シエル。応答しろ。聞こえるか」
「こちらシエル。聞こえます。埠頭に出ました。警ら隊の船が、甲鉄艦に行くそうです。弦楽さんと同乗します」
「先に行け。俺は自分で飛んでいく」
「わかりました」
通信を切る。
紡慈郎は祖父に感謝した。この
カラクリアーマーの背中から、鴉の翼のような機構がせり出す。翼開長五メートルの飛行用の翼だ。
紡慈郎は屋根から飛んだ。背中の噴射器が
普段は滑空に、そして緊急時の脱出用として用いる。
夜空を切り裂き、空を飛ぶ。
「あれか……平賀艦」
紡慈郎は平賀艦に接近。乗組員が銃撃してくるか、対空砲火で回避機動を余儀なくされることを覚悟したが。
不思議と、それはない。それどころか敵はここに降り立てと言わんばかりに場所を開ける。明らかに紡慈郎を招いていた。
「罠……。……乗るだけ乗るか」
紡慈郎は平賀艦、その上部甲板に降り立つ。
羅剛兵たちは、無言でこちらを睨んでいた。けれどピストルやライフルを向けることはなく、黙ってそこに立っているだけである。
翼を畳んで紡慈郎が歩き出すと、羅剛兵たちは左右に道を開け、下がる。
舳先に立っている男がいた。夜の磯風を浴び、顎をなでる。小雨は止んでいて、空は妙な——気味の悪い静けさを湛えていた。
その斜め後ろには、タイタン人と思しき褐色肌に、銀の髪をした少女。
「……平賀紡慈郎、だな。……いや、人斬り一刀斎と呼んだ方がいいか?」
「……お前」
男が振り返る。
その面は、半分が焼け爛れ、左側を包帯で巻いている。右の目玉がギョロリと剥き出しになり、金属の放熱器を首と頭に差し込んでいた。
半カラクリ人間——本来死んでいてもおかしくない体でありながら、それをカラクリ化手術により強引に延命している。
「俺もあそこにいた。いい時代だったな」
「……俺を誘ってたんだな。あの山賊に武器を売って手札を晒したのもそれが理由か?」
「兵隊も武器も充分集まったからな。あとは行動するだけで……ただその前に、兄貴に挨拶をと思ってな」
「……なに?」
男が嗤う。
「平賀
「な——」
「ようこそ、我が旗艦、平賀艦・
「…………!」
「こっちはエルフリーデ・エルメラルダ。俺の腹心でな。仕事のできる右腕だ」
エルフリーデが微笑み、一礼。褐色の肌が水飛沫で艶やかにぬめる。
——銀志。紡慈郎の腹違いの弟は、かん、と太刀の鞘尻で甲板を打ち付ける。
「長蔵、虎の子だ。
「了解です! 璣巧誘導弾用ォォォオオオオオオオオオオ意! 目標、萩原ァ! 吹き飛ばせェい!」
「よせやめろ! どれだけの人間があそこに——」
紡慈郎が駆け出す。しかし、そこに全身をカラクリ化した女が立ちはだかった。
「
上背は二二〇センチを超え、体の胴体と首から上以外を全てカラクリに繋げ、生きた処理中枢と化している。
ギョロ、と目が蠢き、こちらを睨んだ。
恐ろしく太い腕が薙ぎ払われ、紡慈郎はすかさずカラクリアーマーを展開、【
甲板の上を二転三転、のたうち、一人の男の足で止められる。
「羅剛さん、こいつが平賀謹製のカラクリですかァ? ちっとしょぼいんじゃねえっすかね」
「〈本領〉を知らねえんだろ。兄貴、祖父さんの最高傑作を継いだんだろ? まさかそんな、薄っぴらな鎧じゃあねえだろう」
「シエルは——」
「あの王国風人形じゃねえや。それよりずっと小せえが、こんな軍艦、鼻息ひとつで吹っ飛ばせるもんだ」
銀志は口を緩める。
「なあ……地獄って知ってるか、兄貴」
「なんだ急に」
「答えてくれよ、つれねえな」
「……罪人が裁かれる、死後の世界だ」
「ちげえよ。宗教の話なんざしてねぇ」
腹違いの弟が、大仰に両手を広げた。
「修羅がひしめくこの現世こそ、地獄だろう。なら、喧嘩上等、酒と女と殴り合いで、この地獄を華々しく彩ろうや! なあ!」
声が震えていた。そこには、埋み火のような嚇怒が静かに、だが、魂を焦がすような熱量で燃えていた。
彼に一体何があったというのだろうか。
「祖父さんを殺したのも、親父を死に追いやったのも、戦争っていう魔物だ。戦場で燃え盛る地獄の業火が、俺たちを苛む。この体を、魂を、未だにこの体は灼熱の痛みを俺に突き立てやがる!
……俺が、絶対に間違わねえ独裁政権を持って、この世から戦争ってのを無くしてやるよ」
ギラついた目で、銀志は言い放った。
「そんなの、余計に人死が出るだけだ!」
「大局を見ろっつってんだよ。目の前の犠牲じゃねえ。千年先の和平を考えりゃあ、この時代の数千万、数億程度の犠牲なんざ、屁でもねえ」
狂ってる。
紡慈郎は、その馬鹿げたことを真顔でいう銀志が、恐ろしく思えた。
「長蔵、撃て」
「予備点火は、開始済みです。十秒お時間をいただければ」
「くく、俺の手下は自主性があって結構」
「ああっ、ありがたき仕合わせ! 今日は最高の夢を見られそうだ!」
エルフリーデと呼ばれた少女が、「夢じゃなくて、ミサイルのキレーな花火を見なよ」と言う。
「〜〜〜〜〜〜っ! 銀志ぃぃぃいいいいいいいいいいい!」
紡慈郎が立ち上がり、刀を構築した。それは感情がむき出しの、龍の牙のような無骨なものだ。
銀志はすかさず抜刀、鞘をエルフリーデに押し付け、片手で紡慈郎の斬撃を受け止めた。
「うっすいな、兄貴。平賀のカラクリ穢してんのは、おめえだろ」
横に流され、紡慈郎はすぐに体勢を立て直し、切り掛かる。
鎬で受け止められ、勢いを流され殺され、腹に膝蹴りを叩き込まれる。
カラクリアーマーがダメージ超過の悲鳴を上げた。さらに銀志は紡慈郎の兜を掴むと、平賀艦のへりに叩きつける。叩きつけて、叩きつけ、またぶっ叩く。
顔貌の装甲が割れ、頭を揺さぶられた紡慈郎は千鳥足で、へりにもたれかかった。
口から、鼻から、割れた額から血が溢れている。
「強いっ! さっっっっっっっすが銀志様!! 男の中の男! すっばらしいぃっ!」
「うるせえぞ長蔵。……おい、見てみろ」
銀志が紡慈郎の首根っこを掴んだ。
火の手が上がる里を見せつけられる。そのとき、艦の垂直発射機から、一基のミサイルが発射された。
平賀好一郎が、タイタンの技術者と作り上げた最悪の殺戮兵器。
「よせ!」
そして里に着弾し——。
その土地を丸呑みにする大爆発が起こった。
「絶景絶景。……エルフ、酒入れろ。兄貴もどうだ。王国のモルトウイスキーだ。……タイタンのバーボンの方がいいか?」
「自分が、何したか……わかってんのか!」
「悪党なりの世直しさ。ああそうさ。俺は大悪党だ。……いくつの里を消したかな」
ぐ、と紡慈郎は艦の外に、半身を押し出された。
「ま、泳げねえ距離じゃねえや。あばよ兄貴。お前には期待してんだぜ」
落とされる。
紡慈郎は平賀艦から転落、水柱をあげて、海中に沈む。猛回転するスクリューが見え、慌てて海中航行用のユニットを構築。必死に遠ざかる。
シエルは無事なのか。弦楽は、他のみんなは——。
己の無力が、情けない。
愚かな自分が、いいように言われたことが、手も足も出ない実力差が。
溢れる涙を、海流が洗い流し、置き去りにしていった。
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