第4話 里崩

 地上部隊が砲撃を開始した頃。

 萩原の沿岸部に、一隻の船が——あまりにも巨大な装甲戦艦が接近していた。

 明らかに、この浅瀬を航行できる船ではない。四極しこく地方と山陰地方の間の瀬戸内海せとないかいに、こんな軍艦はどう考えても入れない。

 まるで、空から直接水に浸かり込んだような——。


弔州ちょうしゅうには璣兵隊きへいたいがいるから、さっさと済ませてえんだがな」


 黒光りする金属のカラクリ船——ここはあえて当時の名を尊重し、装甲艦ではなく、あえてカラクリ甲鉄艦「平賀艦」と呼ぼう。

 最初の一隻を作った平賀好一郎の作品の影響で、のちのカラクリ甲鉄艦も、平賀艦などと呼ばれるが。

 その妥協のない造り、璣力きりょく式の大口径砲台と銃座、三〇〇ミリ三連装の主砲——そして潜水さえ可能とする、開閉式の装甲は。

 どれをとっても、オリジナルの平賀艦だ。


 全長六〇〇メートル、全十層構造の船体。動く、要塞。

 平賀艦に乗り込んでいるのは、合計八〇〇〇名。多層構造の艦船であり、縦にも横にもバカみたいにでかい。

 あり得ない大きさの、巨艦。

 船体そのものを浮かび上がらせる反重力機構により、浅瀬でも問題なく進行でき、


 艦長——そう見られる漆黒の隊服を着た男が一人。

 左目に包帯を巻いており、剥き出しの右目は肉が焼けて骨が露出、眼球は剥き出しだ。カラクリ化した半透明の目蓋が開閉する。

 顔の左側は焼け爛れ、筋繊維が剥き出しになり黒く変色していた。


 けれども、その顔立ちの雰囲気は……それは。

 まさか、そんなはずはない。


「半世紀前……幕末、大恵戸湾に襲来した黒船。艦隊を率いていたビリーは、友好に訴えかけるより恐怖に訴えたほうがより多くの利益を得られる、と言ったらしいな」


 隣に寄り添う銀髪褐色肌の、タイタン合衆国人の少女が、「ふふ」と笑う。


「配置につけ! 萩原の里を崩し、復讐の狼煙をあげる! おい、長蔵ちょうぞう!」

「はい! なんでございましょう?」

「指揮はお前が取れ。俺を満足させてみろ」

「……もちろん喜んで!」


 長蔵と言われた男は腰を落とし、腹の奥底から大声を張り上げる。


「——砲撃用ぉぉぉおおおおおおおおおお意! 配置につけぇぇぇええええええええい!!」


 カラクリ式のメガホンで大音声をあげる長蔵。その男は、かつて東西開戦の際、東和深かずみ連合海軍に所属していた元軍人だ。

 歳は五十を過ぎ、男前な顔立ちだが、この世にんだ絶望が、濃く影を落としている。


「羅剛艦長。砲撃の用意が整いました」

「羅剛は俺が利用していた隠れ蓑に過ぎん。これからはと、そう呼べ」


 平賀。

 そう名乗ったのは、確かに紡慈郎と似た顔の、二十前半ほどの男であった。


「左舷一七せんち璣力きりょく砲。景気付けだ、城に叩き込んでやれ」


×


 ドォォン——と腹の底を揺するような轟音が響いた。それが砲声だと気づいたのは、空を切る飛来音がしたからである。


「伏せろ、砲撃だ!」


 弦楽が怒鳴る。一同は里の門前にいたのだが、慌てて城壁の脇に隠れて伏せ、耳を閉じ、口を開いた。爆圧を頭部に閉じ込めると、それによって脳味噌が破裂する。


 砲弾は萩原城——里の象徴にして、まさに役場でもあるそこに直撃。天守閣が吹っ飛び、爆散、火柱が上がる。

 火の手が赤く散らばり、地獄の鬼か、修羅が雄叫びをあげ笑うように、轟々と燃え盛った。


 紡慈郎はキンキン鳴る耳を押さえつつ、口に入り込んだ砂粒を涎と一緒に吐き捨てる。


「大丈夫ですか」とシエル。

「くそ……今のただの砲撃じゃねえな。軍艦だ……しかも」

「一七糎璣力きりょく砲……原作平賀艦」


 弦楽が目を剥く。別の面々が、「原作なわけねえ。どうせレプリカだろ」「原型の艦は東西開戦で自爆特攻したって聞いたぞ」と言い合う。

 そして弦楽が、「ありえんぞ、瀬戸内海に甲鉄艦なんてもの入れるのか?」と聞く。


「平賀艦は空も飛べる! 空から海に入れる!」

「なんでもありか、平賀のカラクリは!」

「しかし平賀艦はもう存在しません……あの戦争で……」


 オリジナルの平賀艦は、世界に一隻しか存在しなかった。そしてその一隻は、先の十年前の東西開戦で西国軍の要塞戦艦に特攻し、爆散した——艦長、平賀銀慈郎ひらがぎんじろうと共に。

 もしあの自爆がなければ、その二年後に東雲内乱は起こらなかったと言われるほどに強大な兵器だったのだ。


「親父の亡霊が、十年越しに甦ったってのか」


 父・銀慈郎は十八年前、東西緊張——東雲国の内乱ではなく、大陸の内乱だ——の際に平賀艦艦長に就任。紡慈郎が七つのときのことだ。

 母は紡慈郎を産むと体力を使い果たし、産褥熱さんじょくねつで帰らぬ人となった。


「平賀艦は、親子二代にわたり建造された最強の甲鉄艦だ。一説には、あの技術を他国に奪わせないために自爆を命じたって話もあるがな」紡慈郎は吐き捨てる。


 母の遺骨と紡慈郎の髪を送られた父が、それを抱きしめ最期を共にした、棺桶でもあった。


 誰かがそれを掘り返し、強引に動かしている。死んだ者の魂を穢し、貶め、なんらかの——欲望のために。

 紡慈郎の瞳孔が小さく、キュとすぼまる。どう考えてもそれは、殺すことを、その果てに殺されることを覚悟した——復讐の鬼の、その劫火を宿す悪鬼羅刹のかおである。


「殺してやる……羅剛……ッ!」


 砲撃が、さらに行われた。

 璣力きりょくの砲弾が市街地で炸裂。防衛カラクリが結界を張っていたが、次の瞬間、負荷超過が起きて火花を散らし沈黙。


 弦楽が命令。


「各自人命救助、避難最優先! 住民を逃がせ!」

「「応!」」


 紡慈郎は璣巧刀からくりとうを握り締め、走り出した。

 シエルが慌てて後ろを追いかける。


 疾風の如き疾駆。風を置き去りにせんばかりに紡慈郎は走る。

 目の前に、黒い鎧を着込んだ男。そいつがライフルを向けるが、紡慈郎は素早く抜刀してライフルを半ばから両断。装填されていた五発の銃弾が一斉に暴発。

 弾が散り、一発が空に吸い込まれる。二、三、四発がライフルを握る敵兵を直撃し肉を裂く。

 五発目が隣にいた男の眼窩から侵入、脳を粉砕した。


 左にいた男が切り掛かり、紡慈郎は鎬で斬撃そ払いつつ、返す刃で相手を一撃で切り伏せ、走る。


 次の男の首を跳ね飛ばし、繰り出される刺突を屈んで回避。

 体を持ち上げつつ、角で敵を放り投げるカブトムシの如く、相手の胸ぐらを頭突き、思い切り投げ飛ばす。


 接近する槍使いの穂先を足で踏みつけて、柄を駆け、顔貌に膝蹴りを捩じ込んだ。顔面が潰れ、そいつは白目を剥いてひっくり返る。


 その勢いのまま跳躍して着地、取り囲む五名を回転斬撃で一掃。

 血飛沫が、夜桜のように舞う。


「構築・【連弩レンド】ッ!」


 ぎしっ、と、璣絲きしが左腕に編み込まれる。普段よりも獰猛で、龍のような意匠が目立つそれ。

 撃つ。撃って撃って、撃ちまくる。

 敵が次々倒れていき、紡慈郎は再構築・【鉄絲テッシ】起動。糸を煉瓦造りの家に巻き付けて壁を駆け上がり、屋根に登る。


 頭上、砲弾が飛来。紡慈郎は【タテ】を構築し、防ぐ。

 七〇みり砲が直撃。普通に考えれば、そんなものが人体に直撃すれば挽肉になってもおかしくない。

 だが、爆炎を振り払った紡慈郎は無傷。盾にヒビと欠けがあるが、本人は、フロックコートの裾がわずかに焦げた程度のダメージ。


 そこへ一人の大男が襲来する。

 レンガ踏み砕いたそいつは、そのまま下へ落下する。


「なんだあいつは」


 お笑いめいた出来事に紡慈郎は舌打ち。時と場所を弁えろや、と苛立ちを覚えた。

 が、直後、腕が伸びてきた。レンガの天井を叩き割って伸びた腕を、紡慈郎は足で踏みつける。足元が崩壊し——落下。

 紡慈郎は建物の三階に着地して、明滅するカラクリ灯に照らされる屋内を見やる。


 なんらかのレセプションルームだったのだろう。高官や、有力士族をもてなすような。


 壁に飾られている鹿の剥製が不気味にこちらを睨んでいる。

 視界に、璣絲きしのひらめき。


 紡慈郎は後ろに跳び、それを回避した。

 鹿の剥製が吹っ飛び、紡慈郎は璣巧刀からくりとうを籠手に変形する。そしてさらにそれは全身を覆っていき、一着の戦闘鎧アーマーとなった。


 銃撃を繰り返したせいで、周囲に硝煙が立ち込める。

 それを振り払い現れたのは、強化カラクリ服を着た上で、右腕をガトリングガンに置き換えた大男である。

 顔は無機質な兜で覆い隠し、表情は見えないが、それは紡慈郎も同じだ。


「平賀様の邪魔はさせんぞ」

「……なに? 平賀は……いや」


 そういうことではない。つまらない冗談や皮肉、言い間違えなわけがない。

 だとすれば。


 ——平賀様、だと……?


 どういうことだ。

 生き残っている平賀は、その嫡流は紡慈郎のみ。


「どういうことだ、それは! この後に及んで同姓なんてありえないし、そもそも平賀を名乗れるのは俺らの一族だけだ!」

「素人が。こういうのはぶちのめしてから、聞くんだ、ボケ」


 紡慈郎は拳を構えた。


「半殺しにして、辞世の句ついでに聞き出してやる」

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