第3話 追撃

 男の絶叫が、密閉された取調室から漏れてきた。

 悲鳴と、それを黙殺する警ら隊員たちの冷酷な沈黙があった。


 尋問——と銘打った拷問だ。

 紡慈郎とシエルはカラクリ式特殊鏡の向こう側からそれを見ていた。向こうからはこちらが見えず、こちらからは見える——という、光の屈折を利用したものである。


 男は右手の爪を二枚剥がされ、そこで泣きながら情報を吐いていた。

 弦楽が男の胸ぐらを掴み上げ、「それで全部だな」と念押しすると、男は泣きながら「もうこれ以上知らねえよ! ちくしょう、ふざけやがって!」と叫んだ。


 爪と肉の間に薄い竹ベラを差し込んで、その爪を根本からじっくりと引っぺがした張本人——紅月弦楽べにつきげんらくが取調室から出てきた。

 拷問前「嗜虐趣味など到底ないがね」と言っていたが、その手際と無言で淡々とこなす様子は、恐ろしいを通り越していっそ清々しかった。


 拷問中彼女は、表情や感情というものを切り捨てたように、それこそ安物のカラクリのように淡々と相手から情報を聞き出そうとしていた。

 こういうことに慣れている——元軍人だったりするのだろうか?


 紅月弦楽は、緋色の和服に身を包み、豊かな乳房のその谷間を惜しげもなく見せつけている。

 圧倒的な己への自信。

 美貌を武器に、男を利用するような嫌な自信ではない。実績、経験、実力に裏打ちされた、人を慕わせる魅力のような自信である。


 けれど、匂い立つような女盛りの谷間なんていうのは二十五の、シエル以外の女をろくに知らず、接することもなかった紡慈郎にとっては目の毒だ。

 こと二十五になっても童貞——ではないが、経験人数は少ない。


 シエルに言わせれば——男などいくつになっても、どれだけ女を抱いても、少し色っぽい女が微笑むだけで鼻の下を伸ばす助平らしい。

 顔に出すか出さないだけで、みんなそうだと。


 そして自分自身はしっかりと地肌を隠しているシエルが、それを棚に上げているのか。

 こちらをやや厳しい目つきで睨んで、紡慈郎の長靴のつま先をぐんっ、と踏んづけた。


「痛っ! なんだよ」

「紅月班長に失礼だなと思いまして」

「うるさいな」


 からんからん、と下駄を鳴らし、警ら隊詰め所の待合室に、紅月が入ってきた。

 紡慈郎は南国エスプレオ産の珈琲コーヒーをコップに入れ、飲んでいた。


「無糖か?」

「はい。甘いコーヒーってのは昔から苦手で」

「奇遇だな。……私も甘いもの自体は好きだが、珈琲は苦い方がいい」


 シエルが、ふん、と鼻を鳴らす。彼女はカフェオレ——要するに、ミルクと砂糖を(しかも、心配になるくらい)入れているコーヒーを飲んでいる。


(砂糖の限界飽和溶液って感じだが)紡慈郎は口には出さなかった。


 隣に紅月が座る。爽やかな、檸檬れもんの香りがふわりと広がった。切れ味のある香気に、紡慈郎の鼓動が早まる。

 昔から、大人の女性は苦手だった。

 両親という、身近な大人がいなかったこともあり、付き合い方がわからない。


 相対する大人は、往々にして「鼻持ちならないクソ野郎」か「敵」のどちらかだった。


 紅月は艶やかな長い黒髪を耳の後ろにかけつつ、


「奴らは羅剛らごうという連中から武器を買ったらしい。時に平賀、お前はあの好一郎氏の息子か?」

「いえ。俺は孫です」

「そうか。そうだったな。息子は、銀慈郎氏だったな。……羅剛については」

「知ってます。……討幕戦争、そして東西開戦、東雲内乱——まだまだいろんな争い事で、その双方の陣営に武器を流し、戦争を煽って利益を上げた武器商人」


 討幕戦争。半世紀前に恵戸幕府を討った、維新一派の挙兵と一連の大陸戦争。

 薩摩国に端を発するその戦争は、幕府の腐敗政治を打ち抜き、新たな政府を打ち立て大陸を導く——という理念から始まった。


 そして東西開戦は十四年前に起こり、四年後に終息を見た。戦争の原因は、維新ののち——芽慈政府を引き継いだ、泰正政府高官が、政府組織の失態を明るみに出したことである。

 それで大陸各国が割れ、戦乱が起きたのである。


 東西開戦終結から二年後、……今から八年前に、この東雲国でも内乱が起きた。


 羅剛は正体不明の武器商人であり、個人とも、あるいは武器商人たちが素性を隠す際に名乗る共通の暗号名とも言われていた。


 祖父から散々聞かされた。

「羅剛はカラクリを冒涜する愚図だ」、と。


 ——平賀好一郎。カラクリの権威で、カラクリ第一至上主義。人間は、カラクリに奉仕する肉人形に過ぎない。徹底的な、カラクリ至上思想。

 しかし、人間に冷徹であったわけではない。事実、幼くして親を亡くした紡慈郎を愛を持って育ててくれたのは、他ならない好一郎であり、義姉のシエルだ。


 羅剛が扱う製品の中には、平賀工房璣巧からくりと呼ばれる、好一郎の工房で作られたものもある。


「釈迦に説法だろうが、好一郎氏の作品は、国を揺るがしかねないものまであった。甲鉄カラクリ艦、対艦用璣人きじん——」


 紅月の目が、シエルに向けられる。


「私は、メイドです。紡慈郎様の姉であり、あくまでそのメイドに過ぎないのです」

「……そうか。いずれにせよ、彼の作品が闇に流れているとすれば、大問題だ。それこそ、悪党による国盗りを許しかねない」

「……羅剛は、」


 言うか言うまいか迷った。

 紅月は、厳しい人間だが、どう考えても善人である。シエルを見ると、小さく頷いた。


「……羅剛は、俺の祖父さんを殺した」

 声が震えた。

 怒りか、悔しさか、それともまだ癒えぬ喪失か、自分でもよく分からなかった。

 シエルが震える紡慈郎の手に、己の手を重ねる。


「……! それは本当か? 公式な発表では病死だと」

「毒殺だよ。羅剛が祖父さんに毒を飲ませた。証拠もある。シエル」


 シエルが「取り扱いに気をつけてください」といい、小さな箱を取り出した。

 紅月はそれを受け取り、「これは?」と問う。


「毒薬を包んでいた紙です。ほんのわずか、毒物も。ヒ素でしょう。少量ずつ飲み込み耐性を持った人間なら無事な毒物で、ミステリーのトリックにも用いられますよね」

「ああ。……羅剛は、自分でもそれを飲んだと」

「はい。それゆえ、好一郎様は……。……なにより私の記録情報がそれを証明します」


 シエルはそう言って、うなじから一枚のチップを抜き出した。

 記録媒体の結晶だ。見聞きしたことをそっくりそのまま録画しているもの。カラクリ光学結晶媒体フォトニックメモリ——二五六ヨタバイトの圧倒的な記録容量を持つそれ。


 シエルはそれをうなじに戻す。精流セルが蠢いて、ジャックは隠れた。


「羅剛を潰すために旅を?」

「祖父さんの無念を晴らす。……平賀のカラクリを貶める奴は許さない」

「そうか。……なるほど、それで萩原に逗留していたのか」


 紡慈郎は頷いた。


「ならなぜ毒殺だと公表を——、」


 そのとき、若い警ら隊員が走ってきた。


「紅月班長! 報告です! 敵を追撃する部隊が根城と思しき廃城を特定しました!」


 紅月は紡慈郎とシエルを見た。二人は頷き返す。


「少数精鋭で敵を潰す。作戦会議と行こう」


×


 その夜。朧にかかる雲が三日月をかげらせる。

 外はにわかに小雨が降り、しかし月が妙にはっきりと見える、嫌な夜だった。


 廃城——かつて小萩原城と言われた山城である。

 交通路として切り開いた谷間の山道を、高低差を利用して矢や鉄砲で撃ち下ろす防衛の要衝だった。


「討幕戦争では補給の拠点として、東西開戦では東軍の工作員によって内乱が起き、城主・桂木平七郎かつらぎへいしちろうが死亡。家臣、城兵は殺し合いの末全滅……」


 紅月弦楽——弦楽がそう言った。艶やかな濡れ羽色の髪を振り、怜悧な目つきで、山城を睨む。

 夜半。弦楽が率いる合計十名の追討部隊は城の脱出路の付近に来ていた。

 山中に穿たれた横穴である。噂では桂木平七郎がここから脱出し、落ち延びた——という説も存在している。


 先行するのは紅月班・岸辺実篤と、別班から選出された山瀬平八。

 実のところ、弦楽に手柄を取られることを憂慮した警ら隊隊長・鳥栖紋次郎とすもんじろうが別部隊を先行させており、その音信が途絶えていた。


 弦楽としては勝手なことをして兵を損耗させるなという怒りが大半を占め、無能な上官が自分の上に立っていることへの憤りが、わずかに煮えたぎっていた。


 横穴に入る。

 縦列二隊、五名一列の陣形。紡慈郎とシエルは前から三列目におり、【イシユミ】と璣巧回転拳銃カラクリリボルバーを構えている。


 湿ったカビのにおいが充満している。壁に張り出した木の根からキノコが生えており、横穴内は暗く、全員が璣力きりょくで動くカラクリランタンを腰に下げている。


 先行隊は別ルートから侵入したと聞く。

 崖を縄と鉤爪で登攀とうはんし、力技で強引に進んだとかなんとか。そんなことをすれば銃撃されて撃ち下とされることは確実なのに、なぜそんなことをしたのか。


 紡慈郎は喉に唾液を押し込み、飲み下す。湧き上がる嫌な予感を、必死に押しこらえた。


(……妙な胸騒ぎがする。なんだ、これは)


 横穴の終点だ。竪穴に通じている。先行する実篤が鉤縄を上方に引っかけ、登攀し始めた。

 続く連中も登っていき、竪穴が開いている城の奥——今では取り壊され、雑草が繁る城の一画から侵入した。


 本丸のすぐそばだ。ランタンを消し、夜目が利くシエルが周囲を索敵した。

 しかし、夜の闇には、人っ子一人、猫の子一匹たりともいない。


「誰もいません」

「なに? そんなはずないだろう」弦楽は言った。

 紡慈郎は、「罠だ。先行隊が俺たちの動向を教えたんだ。……まずい紅月さん、奴らの狙いは手薄になった里だ!」

 弦楽がハッと里の方を見下ろす。


 次の瞬間、里の各所に、砲弾が叩き込まれ、火柱が上がった。

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