第2話 襲撃

 樫材の門が閉じられ、警ら隊が門の内側に設けられた、迎撃用の陣地に集結していた。

 先行迎撃隊の四〇名は門の外で、現在戦闘を繰り広げている。銃声が連発した後、間を置かず剣戟音が響き始めた。防衛用カラクリの駆動音が空気を震わす。

 後方に控えるのは警ら隊八〇名に加え、二十三名の、里に滞在していた武辺者、士族、あるいは狩人といった戦える連中だ。

 それらが集まり、警ら隊の班に組み込まれる。


「すみません、俺たちも参加させてください」「戦闘能力には自負があります」

「若いな。……いや、お前はどっかで」

「それはいいんです。れっきとした侍ですので、ご安心を」

「あ、ああ」警ら隊長は紡慈郎の真剣な眼差しに押し切られ、頷いた。しかしシエルを見て、「……そっちは……? 人間……?」


 警ら隊長の隊服は、少し意匠の異なるものだったが。

 基本的には、普通の人間である。だからこそ、シエルが気になるのだ。

 当然だ、彼女は限りなく人間に近い璣人きじんである。

 けれども人間と比べたときに、どこか、異質さを感じてしまうのも事実だ。


 不気味の谷、と呼ばれる現象である。

 限りなく人間に近い人形が、かえって不気味になる現象。


 左右対称であればあるほど美しいとされる一方、完璧な対称性は、ときに恐ろしく不自然に思えるのだ。

 人間の中でも、左右対称の顔を持つ者は百万人に一人だという。


 免疫力の高さは、左右の対称性に現れる——というにわかには信じ難いデータもあるらしい。

 人が見た目の美醜で他者を選ぶのは、本能的に、優秀な子孫を残そうとするからではないか、と言われている。


 けれども、完璧に整い過ぎた容姿であるシエルは、人間離れしているのだ。

 まるで、ヒトより高次の、カラクリ仕掛けの神様のような存在に思えるほどに。


 そんなシエルはメイド服を脱ぎ、戦闘用の人形義体を晒していた。

 要所を璣絲きし複合装甲でよろう肉体は、女性的な肉感さと、機能美が両立していた。

 手には璣力きりょく式のカラクリライフル、腰には大口径の璣力きりょく璣巧回転拳銃カラクリリボルバーを二丁差している。


 性的な——というよりは、剥き出しの戦士としての美しさ。

 さながら、四つの腕であらゆる神敵を討ち払った荒ぶる女神・常闇様を思わせる、凛とした力強さがそこにある。


「……まあいい、戦力になるなら猫の手でも借りたいところだ。紅月班べにつきはんに参加しろ」

「わかりました」


 紅月と呼ばれた女が手を挙げた。「こちらだ」

 紡慈郎とシエルは横列三隊に並んでいる紅月班に加わる。


「私は紅月弦楽げんらく。各員、一列目左手から順に名乗れ」

「川瀬宏」「大平孝蔵」「岸辺実篤」——。


「平賀紡慈郎」「平賀シエル」


 紡慈郎とシエルが名乗ると、周りが囁きだす。

「平賀って、あの平賀か?」

「討幕派のカラクリ軍師の?」

「シエルって、王国人?」

「いや、あの子はカラクリだろ。あの鎧は、だって……」と囁き始める。


 紅月が、下駄をガンッと鳴らす。

「黙れ、指示のない私語をするな。

 いいか、我々警ら隊の過ち一つで大勢が死ぬ! 先行部隊と城門のカラクリ設備で追い払えるとは限らん! 各自気を引き締めろ!」


「「応!」」


 外からはカラクリ防衛設備が発動する音、破壊音、怒号と悲鳴が重なる。


 祖父が死んで二年。敬愛する、親であり悪友のような祖父を、その骨を墓に納めてから、ずっと旅をしている。

 元々十二歳の頃からあちこちを旅して過ごしていた。

 だが事情があり、祖父が死ぬ一年前から、一緒に行動していた。


 紡慈郎たちの出身は東雲国しののめのくにの西に位置する山国、「嶽垣国たけがきのくに」だ。

 死ぬ間際、祖父は言った。


「大陸を見て回れ。お前を、我ら平賀の一族をつくり、そして守った土地だ。もしくはお前が守り、時に、その手で変える土地だ。

 カラクリを追え。璣絲きしの導きがお前を彼の地に連れていくだろう」


 そのとき、城門が鈍い音を立てて震えた。

 警ら隊各班が配置につく。紡慈郎はカラクリを構築、左前腕に【イシユミ】を備え、構えた。周りがその異能に、目を剥く。


「おいなんだ、何もないところから璣絲きしが……」

「平賀のカラクリだろ……?」「マジかよ。そんなズルありかよ」「あの人形、そそるな」「よせ、こんな時に」


 シエルがライフルを構える。吐息を止める。自分が性の捌け口として見られていることを、明らかに嫌悪するように目尻が引きっていた。

 有機的な組織である精流セルだが、大気中の酸素を濃縮し、専用のシリンダーに封入できるので、丸一日は無酸素活動が可能である。

 故に無呼吸で震えを止める、相手に呼吸で動作を読ませない変則的な戦闘が可能だった。


 彼女が握るのは、カラクリ仕掛けのライフルである。

 獣狩ししがり用のものであり、璣力きりょくの出力調整で対「璣獣きじゅう」用威力、対人殺傷・非殺傷威力にもすることができる。


 また、城門が震えた。


「城門前の先行隊から応答が途絶えた。破城兵器を所持している。士族崩れの一団かもしれん」

 紅月が言った。


 半世紀前の戦からこっち、士族たちは徐々にその趨勢を失いつつある。

 大恵戸時代の米本位体制から貨幣通貨が一般化し、それによって支えられていた大名は、たとえ維新によって県庁勤めと相成っても、失脚したり、新時代から外れたりするのだ。

 東雲国しののめのくには特にそうだ。八年前の内乱で、あぶれた士族浪人連中は、あちこちにのさばっている。


 一部は政府に取り立てられているが——勝てば官軍負ければ賊軍とはよく言ったもので、敗走した東軍の侍は、今やただの山賊だ。


 往々にして、浪人連中の恨みは大陸の連合中枢政府である、芽慈めいじ政府——それを引き継いだ現在の泰正たいしょう政府へ向けられていた。


 城門が、破裂するような形で亀裂を入れた。木箱の中に爆薬を入れ、起爆させたような感じで、こちら側に盛り上がる。


 二度目の亀裂は、致命的だった。破城槌の先端が迫り出し、鉄砲隊が気色ばむ。

 三度目。城門が完全に吹き飛び、向こうから、山賊が雄叫びと共に雪崩れ込んできた。


「各班鉄砲隊、構え! 撃てッ!」


 銃声。警ら隊が、流れの戦士が、シエルと紡慈郎が、撃つ。

 銃弾が殺到し、山賊の前列が血を振り撒いて昏倒。しかし続く二陣が仲間さえも踏み潰し、押し寄せる。

 紡慈郎は【イシユミ】を再構築、【連弩レンド】に変え、連射。

 浅葱色の璣力きりょく——璣絲きしを構成する元素が矢となり、敵陣に叩き込まれた。


「紅月班長、奥に同数の控えがいます」シエルが言った。

「わかるのか? ……くそ、銃が足りん。白兵戦は必至だな」


 鉄砲隊がボルトを引いて次弾を薬室に送り込み、撃つ。

 五発撃ったところで弾切れ、すぐに五発を再装填し、ボルトを前進。撃つ。


「銃撃止め! 銃撃止め! 抜刀用意!」

「抜刀用意完了!」警ら隊が応じた。

「抜刀! 賊を斬り捨てろ!」


 警ら隊、流れの参加者、総数一二〇余名が挑みかかった。


 紅月班の警ら隊士が賊に斬りかかる。さながら、合戦の様相。

 隊士の一人が敵の首を飛ばし、すかさず窮地に陥る仲間の間に割って入り、危機を救う。


 ひげをぼうぼうに伸ばした山賊が紡慈郎に接近、低姿勢から肩を鳩尾に当て、右拳を顎に打ち上げる。

 頭が上に向いたそいつの額を掴んで、そのままの勢いで地面に叩きつけた。


 と、一人、壁際に追い込まれた。


 紡慈郎は左腕の【連弩レンド】を射撃。璣力きりょくの矢が敵の首に突き刺さり、くるりと回転しながら昏倒する。

「すまん!」と礼を言われ、「まだ来るぞ、気ぃ抜くな」と叱咤した。


「多いな。なんだこいつらは。俺の予想とは違うぞ」


 事前に入念な下調べをしたところでは、敵勢力は多くて四十名程度。しかし、どう考えても前衛を抜いた部隊だけでその二倍はいる。


 シエルがライフルの変形機構をいじり、変形カラクリを起動。ライフルが二振りの刀——双刀になる。

 紡慈郎は【連弩レンド】を格納、腰に差した璣巧刀からくりとうを抜いて飛びかかる。


 上段から璣巧刀からくりとうを振るう。目には見えない微細な鋸状の刃が、鮫肌のように成形されている太刀だ。

 接触の瞬間に、微細な鮫肌刃が振動し、相手を「削り斬る」のである。

 設計したのは紡慈郎。「その理論を応用すれば戦艦すら斬れる」と、祖父は絶賛していた。


 敵の頭をかち割り、血飛沫を上げさせて倒すと、紡慈郎は二時方向から迫る刺突の切先を半身になって回避。

 首を狙う九時方向の斬撃を屈んで避けると、刺突を繰り出してきた相手の膝頭を蹴り下ろして、砕き、左の裏拳を顔面に叩き込む。

 ひっくり返ったそいつはすでに意識の埒外。首を狙ってきた相手が怯んで、剣を構え直すが遅すぎる。

 璣巧刀からくりとうを八相に持ち構えて袈裟に斬り下ろした。


(血塗られた、平賀の一族。俺たちの発明が、カラクリが、技術が人を殺す)


 正面。切り結ぶ相手の股に左足を差し込み、左に捻って姿勢を崩させると、袈裟、そして脳天へ斬りつけた。


(知ったことじゃねえ。カラクリ斬るのは気分悪ぃが、使う側の悪党なら、思い切りよく斬ってやるよ)


 誰かの籠手に覆われた右手が伸ばされ、紡慈郎の肩を掴んだ。相手の女はニヤつきながら紡慈郎を振り回す。

 人間ではあり得ない怪力——間違いなくカラクリの補助具を装備している。

 家屋の壁に叩きつけられ、さらに二度、三度と叩きつけられた。壁が砕け、紡慈郎は家屋に陥没。

 シエルがすかさず割って入り女のうなじを斬り払うと、遺体を後ろに投げ捨てる。


 紡慈郎は痛む背中を無視。死ぬような傷じゃあない。


「大丈夫ですか」

「ああ、平気だ。カラクリ式の強化服が賊に出回るなんてな……やっぱりあの闇商人がいるんだろうな」

「それ以外かもしれませんがね。兵器を持て余している商人は多いですし。東西和深かずみ開戦終結から十年、そしてここ東雲の内乱から八年。

 武器なんて……だぶついても仕方ないですし、売れる相手には売るでしょう」

「分解して、リサイクルした方が世のためだぜ……ったく」


 肩を回し、首を鳴らして紡慈郎は璣巧刀からくりとうを構え直す。


 隊士の一人が斬られた。ゴボッ、と血を吐いて地面に沈む。その仲間が「この野郎!」と青筋を浮かべ、仇討ちに挑んだ。


 若い男が雄叫びを上げて切り掛かってきた。シエルが右の小太刀で相手の刀を上方にかち上げ、左の小太刀で脇腹を突き刺して横に裂き、心臓、鳩尾、喉を貫いて蹴飛ばす。

 別の男がシエルの首に腕を回しへし折ろうとしたが、彼女は首を百八十度後ろに向けて口を開き、相手の喉笛に噛みつき、肉を引きちぎる。


「私に触れていいのは紡慈郎様だけです、下郎」


 べっ、と肉を吐き捨て、血が滲む口元を拭う。

 戦女神——表現を改めねばなるまい。その姿は、まさしく荒神。下手に触れれば、味方でさえ斬り捨てかねない狂奔が、その目に宿る。


 迫る。

 紡慈郎は踏み込み、右から迫る髭男の斬撃を璣巧刀からくりとうで弾きつつ、左拳を相手の顔面に捩じ込んだ。

 鼻と前歯が折れ、汗と血が涎に混じって飛ぶ。

 太刀の一閃が、男の肩口から右脇腹に抜けた。


 五十絡みの男が苦無くないを構え突撃してくる。紡慈郎は璣巧刀からくりとうを変形させて籠手に変えると、苦無を拳でかち上げ、着流しの襟首を左手で掴んだ。

 そして、相手の体を揺さぶり、それに合わせて頭突きを連打する。

 鼻がひしゃげ、歯が砕け散り、相手はふらりと後ろに倒れ込む。


 紅月班の死者は一名。

 その一名は、賊如きに殺されていい人間ではなかったはずだ。


 戦い、戦う。戦い続け、気づけば紡慈郎にも傷ができ、血を流していた。シエルも損傷を受け、白い人工血液を垂れ流している。


 警ら隊が抜刀して、時間にしておよそ四半刻——三十分ばかり。

 負傷者が後方に運ばれ、待機していた医療班の手当を受ける。

 残っている警ら隊は三分の二。敵は少数が撤退し、紡慈郎は逃げ遅れた一人の足を踏み折り、生捕りにした。


「構築・【鉄絲テッシ】」


 璣絲きしが編み込まれ、鉄の糸になり、足を折った山賊を縛り上げる。

 紡慈郎は怒号をあげ、卑語を連呼する男の首筋に手刀を叩き込んで意識を奪うと、担ぎ上げた。


「紅月班長、一人生捕りにしました。こいつから何か聞けるかもしれません」

「よくやった平賀。警ら隊に来て欲しい人材だよ、お前とシエルは」

「旅の途中なので。……ただ、この連中については最後まで付き合います」

「助かる。素性を吐かせる。お前たちも同席しろ」紅月は言った。

「わかりました」「ご一緒します」紡慈郎とシエルは、そう返事をした。


 結論として、敵は部隊の五分の四を失い敗走。警ら隊は三分の一が負傷、うち八名が殉職。

 夜明けを迎えた初秋の萩原の里に、不穏な気配が漂っていた。

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