【習作短編】カラクリ・オーヴァドラヰヴ — 大正璣巧浪漫紀行 —
夢咲蕾花
【壱】璣導ノ絲
序幕 人斬り一刀斎
突如として静寂を破る大砲の轟音が響き渡った。
西軍と東軍が激突する、
「来たぞぉー!
黒い隊服を着た西軍——革命軍が、東の切り札である深撰組にライフルを向け、発砲。弾丸が敵前列を撃ち抜くが、彼らはカラクリ式の鎧でそれを受け止めていた。
こうなると、あとはひたすら抜刀隊の
さながら時代が逆転したような光景があちこちで広がる。
深撰組副長・
あいつは絶対にここにいる。絶対だ。
薄墨色の雲が覆う夜明け前、西京の南、
その戦場の片隅、火薬の匂いと泥濘が充満する戦地に、ひとりの男の姿があった。
──浅葱色の襟巻きに、漆黒のフロックコート。右手に握るのは、緑の輝きが漏れる太刀。
その者の名は、一刀斎——とだけ知られている。本名を知るのは、極わずか。
西京を暗躍し、多くの東国高官を暗殺。
腐敗した東国を討ち、革命という名の理想のために、闇を駆ける修羅。だが今、彼の目に宿るのは激情でも憎悪でもなく、どこか冷えた、決意と諦念の光であった。
「……一刀斎」
土方が声を漏らし、睨む。
東軍の一団が砲撃にまぎれ、狭い路地裏から西軍陣地を強襲しようと進軍していた。
竹矢来を踏み越え、槍を構えて突き進む兵たち。だがその先に、一刀斎が立っていた。
彼はすでに太刀抜き、静かに睨む。
「おい……あれは……」
「馬鹿な……なんで奴が、ここに? 足止めはどうした!」
瞬間、空気が張り詰めた。兵の一人が悲鳴のように叫ぶより先に、一刀斎は消えた──いや、踏み込んだ。
一歩。
その足は土を抉り、身体は流れるように低く滑る。風を裂くように斬撃が奔った。
最前列の兵の首が、まるで何かが弾けたように飛ぶ。次いで二、三、四。
動きは鋭利、斬撃は風の如く滑らかで、しかし受け切れないほどの重み。それでいて無駄がない。芸術的なまでの斬速。
この時代に、太刀。反りのきついそれを、長尺のそれを己の腕のように巧みに操る。
接近する兵士を切り捨てて邪魔な死体を蹴飛ばし、前列で隊伍を組む部隊に突撃。
一刀斎の左腕に弩が構築される——カラクリだ。璣絲を肉体から生む特異体質と言われる彼は、無からカラクリを生む異能を持つ。
矢が放たれて兵士の首が弾け、すかさず後方砲兵を狙撃。砲弾が明後日の方向に飛んで、陣地襲撃に控えていた東軍を爆殺する。
左右——一刀斎は左の弩を脇差に変形再構築、両腕で斬撃を受け止めて回転。一呼吸にも満たない間に、二人を
一太刀ごとに敵の命が落ちる。だが、そこには憎しみなどなかった。怒りでもなければ、快楽でもない。
まるで、カラクリがその役目を果たすかのように──ただ命を刈り取るように、無感情に斬る。
敵兵が叫びながら槍を突き出す。一刀斎は紙一重でそれを躱し、太刀を横一文字に振るう。
血が舞い、肉が裂ける。一人が倒れる間に、さらに三人が同時に斬られる。斬撃の残滓すら残さず、「斬るという過程を知らぬ間に斬られた」という結果だけが地に転がっていく。
彼の背後に広がるのは、音もなく崩れ落ちる死体の山。
兵たちは恐怖に駆られて退こうとした。だが、それは一刀斎にとっては隙を見せる行為に等しかった。
脚を返すより早く、浅葱色の襟巻きを翻して一刀斎は間合いを詰める。
次の瞬間、太刀が一閃、敵の斬撃が背骨を断ち切る。死すら自覚できぬまま、兵は崩れた。
彼の動きは、鬼のようだった。
否、鬼のよう、ではない。
人間に——平穏に憧れた、羅刹という怪物。
燃え盛る劫火を背負い、地獄から這い上がってきた——一人、生まれる世界を掛け違えた存在。
それが、一刀斎だった。
「退けぇぇええ!!」と指揮官が絶叫し、鉄砲隊が銃列を組む。
瞬間、火花とともに数発の銃声が響いた。煙の向こうで何かが崩れた──だがそれは、標的を失った者たちの錯覚でしかなかった。
煙の先から飛び出してきたのは──人影。
「ッ──が、あ……!」
既に一刀斎は斬り込んでいた。弾丸の雨をすり抜けた彼は、最短で敵の中枢を見抜き、心臓に太刀を叩き込む。
刃が骨を裂き、血が大地を潤す。だが彼の顔は変わらない。ただ目だけが、何かを問い続けていた。
──これが、正義か。
──これが、未来か。
──この手で斬った命の、その重みは、誰が背負う。俺が背負い、償い、では——命令した、あの連中は。
やがて、敵兵は完全に潰走した。ことここに及んで踏み込む者はいない。逃げ惑う兵たちの背中に太刀を振るうことなく、一刀斎はその場に立ち尽くす。
夜が明けてゆく。空が、紅く染まりはじめていた。
「勝ったぞぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」
革命軍の勝ち鬨があがった。旗には、彼らが信奉する荒神・常闇様の意匠。
「
太刀を返し、血振り。静かに鞘に収めたとき、一刀斎の肩が微かに震えた。
「……これで、何が変わる。なにも、変わらんのだろうが」
彼は誰に向けるでもなく呟いた。
それは、自問だった。罪と赦し、理想と現実の狭間で、生き残ってしまった者の問い。
その答えはまだ、どこにもない。
「一刀斎」
「土方……悪いが、お前とやり合う気はない」
土方はタバコを咥えた。火はつけていない。
「お前は、この生き方からは逃げられん」
それは——予言だろうか。あるいは、呪いなのだろうか。
一生、他者を慈しむことなく、傷を顧みず、死と血に塗れ、泥を啜る生き方しかできぬという。
彼は、ふたりと次の戦場へと歩き出した。まだ「斬るべき」敵が残っている。
けれども。
その日を境に、「一刀斎」の目撃情報はばったりと途切れる。
ただ、似非一刀斎の噂は、それから八年が経った今でも、あちこちで流れている——。
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