【習作短編】カラクリ・オーヴァドラヰヴ — 大正璣巧浪漫紀行 —

夢咲蕾花

【壱】璣導ノ絲

序幕 人斬り一刀斎

 突如として静寂を破る大砲の轟音が響き渡った。

 西軍と東軍が激突する、伏辺天瀑ふしべてんばくの戦いの火蓋が切られたのだ。


「来たぞぉー! 深撰組しんせんぐみだぁー!」


 黒い隊服を着た西軍——革命軍が、東の切り札である深撰組にライフルを向け、発砲。弾丸が敵前列を撃ち抜くが、彼らはカラクリ式の鎧でそれを受け止めていた。

 璣絲きし——それで編まれたカラクリ装甲に、銃弾はほとんど効かず、大砲を持ち出さねば攻略の糸口は掴めない。


 こうなると、あとはひたすら抜刀隊の独擅場どくせんじょうだ。


 さながら時代が逆転したような光景があちこちで広がる。

 深撰組副長・土方歳久ひじかたとしひさは、今日こそ決着をつけるべく、視線を彷徨わせる。


 あいつは絶対にここにいる。絶対だ。


 泰正たいしょう十三年。天瀑の裾野で繰り広げられる決戦は、東雲国しののめのくにの命運を左右する、天下分け目の大勝負である。

 薄墨色の雲が覆う夜明け前、西京の南、伏辺ふしべは、まるで一つの時代が、その時と空間が、人ならざる上位の何かが息を呑むように静まり返っていた。


 その戦場の片隅、火薬の匂いと泥濘が充満する戦地に、ひとりの男の姿があった。

 ──浅葱色の襟巻きに、漆黒のフロックコート。右手に握るのは、緑の輝きが漏れる太刀。


 その者の名は、一刀斎——とだけ知られている。本名を知るのは、極わずか。


 西京を暗躍し、多くの東国高官を暗殺。弔州ちょうしゅう最強の名をほしいままにし、世に「人斬り」と恐れられた伝説の刺客。

 腐敗した東国を討ち、革命という名の理想のために、闇を駆ける修羅。だが今、彼の目に宿るのは激情でも憎悪でもなく、どこか冷えた、決意と諦念の光であった。


「……一刀斎」


 土方が声を漏らし、睨む。


 東軍の一団が砲撃にまぎれ、狭い路地裏から西軍陣地を強襲しようと進軍していた。

 竹矢来を踏み越え、槍を構えて突き進む兵たち。だがその先に、一刀斎が立っていた。

 彼はすでに太刀抜き、静かに睨む。


「おい……あれは……」

「馬鹿な……なんで奴が、ここに? 足止めはどうした!」


 瞬間、空気が張り詰めた。兵の一人が悲鳴のように叫ぶより先に、一刀斎は消えた──いや、踏み込んだ。

 一歩。

 その足は土を抉り、身体は流れるように低く滑る。風を裂くように斬撃が奔った。

 最前列の兵の首が、まるで何かが弾けたように飛ぶ。次いで二、三、四。

 動きは鋭利、斬撃は風の如く滑らかで、しかし受け切れないほどの重み。それでいて無駄がない。芸術的なまでの斬速。


 この時代に、太刀。反りのきついそれを、長尺のそれを己の腕のように巧みに操る。

 接近する兵士を切り捨てて邪魔な死体を蹴飛ばし、前列で隊伍を組む部隊に突撃。


 一刀斎の左腕に弩が構築される——カラクリだ。璣絲を肉体から生む特異体質と言われる彼は、無からカラクリを生む異能を持つ。


 矢が放たれて兵士の首が弾け、すかさず後方砲兵を狙撃。砲弾が明後日の方向に飛んで、陣地襲撃に控えていた東軍を爆殺する。


 左右——一刀斎は左の弩を脇差に変形再構築、両腕で斬撃を受け止めて回転。一呼吸にも満たない間に、二人をなますの如く輪切りにする。


 一太刀ごとに敵の命が落ちる。だが、そこには憎しみなどなかった。怒りでもなければ、快楽でもない。

 まるで、カラクリがその役目を果たすかのように──ただ命を刈り取るように、無感情に斬る。


 敵兵が叫びながら槍を突き出す。一刀斎は紙一重でそれを躱し、太刀を横一文字に振るう。

 血が舞い、肉が裂ける。一人が倒れる間に、さらに三人が同時に斬られる。斬撃の残滓すら残さず、「斬るという過程を知らぬ間に斬られた」という結果だけが地に転がっていく。


 彼の背後に広がるのは、音もなく崩れ落ちる死体の山。


 兵たちは恐怖に駆られて退こうとした。だが、それは一刀斎にとっては隙を見せる行為に等しかった。

 脚を返すより早く、浅葱色の襟巻きを翻して一刀斎は間合いを詰める。

 次の瞬間、太刀が一閃、敵の斬撃が背骨を断ち切る。死すら自覚できぬまま、兵は崩れた。


 彼の動きは、鬼のようだった。


 否、鬼のよう、ではない。

 人間に——平穏に憧れた、羅刹という怪物。


 燃え盛る劫火を背負い、地獄から這い上がってきた——一人、生まれる世界を掛け違えた存在。

 それが、一刀斎だった。


「退けぇぇええ!!」と指揮官が絶叫し、鉄砲隊が銃列を組む。

 瞬間、火花とともに数発の銃声が響いた。煙の向こうで何かが崩れた──だがそれは、標的を失った者たちの錯覚でしかなかった。

 煙の先から飛び出してきたのは──人影。


「ッ──が、あ……!」


 既に一刀斎は斬り込んでいた。弾丸の雨をすり抜けた彼は、最短で敵の中枢を見抜き、心臓に太刀を叩き込む。

 刃が骨を裂き、血が大地を潤す。だが彼の顔は変わらない。ただ目だけが、何かを問い続けていた。


 ──これが、正義か。

 ──これが、未来か。

 ──この手で斬った命の、その重みは、誰が背負う。俺が背負い、償い、では——命令した、あの連中は。


 やがて、敵兵は完全に潰走した。ことここに及んで踏み込む者はいない。逃げ惑う兵たちの背中に太刀を振るうことなく、一刀斎はその場に立ち尽くす。

 夜が明けてゆく。空が、紅く染まりはじめていた。


「勝ったぞぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 革命軍の勝ち鬨があがった。旗には、彼らが信奉する荒神・常闇様の意匠。


常闇御旗とこやみのみはたじゃああああああああああああああああああああ!!」


 太刀を返し、血振り。静かに鞘に収めたとき、一刀斎の肩が微かに震えた。


「……これで、何が変わる。なにも、変わらんのだろうが」


 彼は誰に向けるでもなく呟いた。

 それは、自問だった。罪と赦し、理想と現実の狭間で、生き残ってしまった者の問い。

 その答えはまだ、どこにもない。


「一刀斎」

「土方……悪いが、お前とやり合う気はない」


 土方はタバコを咥えた。火はつけていない。


「お前は、この生き方からは逃げられん」


 それは——予言だろうか。あるいは、呪いなのだろうか。

 一生、他者を慈しむことなく、傷を顧みず、死と血に塗れ、泥を啜る生き方しかできぬという。


 彼は、ふたりと次の戦場へと歩き出した。まだ「斬るべき」敵が残っている。


 けれども。

 その日を境に、「一刀斎」の目撃情報はばったりと途切れる。


 ただ、似非一刀斎の噂は、それから八年が経った今でも、あちこちで流れている——。

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