李琴峰さんを支える会
2025/6/5
本件被告の村松ひろみ氏は山梨県甲府市議会議員(無所属)で、氏名の漢字表記は「村松裕美」である。
2024年5月下旬、被告・村松ひろみ氏はSNSで、李琴峰さんを名指して「身体が男性で手術もしていません」「身体男性の女性でレズビアン、つまり恋愛はノーマル」と投稿した(本件投稿①)。
本件投稿①に気づいた李さんが警察署に相談したところ、警察官から被告に注意の電話があった。警察からの電話を受け、被告は本件投稿①を削除したものの、すぐに、李さんの未公表の機微な個人情報も含む投稿(本件投稿②)をし、さらなる加害(アウティングと名誉毀損)を行った。
本件投稿①と本件投稿②は、李さんのプライバシー権、自己情報コントロール権、人格権、差別されずに平穏に生活する権利等を侵害し、名誉を著しく毀損するものであると李さんは主張し、2025年6月、弁護士に依頼して被告に対して民事訴訟を起こした。
本件訴訟は、公職者によるアウティングや名誉毀損に対して、LGBTQ+当事者が提訴する日本で初めての訴訟であると考えられ、大きな意義を有している。また、LGBTQ+のアウティングの違法性を認め、アウティング投稿記事の削除請求と損害賠償請求を認容する、日本での初めての判決を目指すもので、その点でも重要な訴訟の1つである。
このたび、甲府市議の村松ひろみ氏を提訴することになりました。提訴にあたっての私の気持ちを綴りましたので、何とぞご一読いただければ幸いです。
念のため言っておきたいのですが、私は自分自身のことを本当は「トランスジェンダー」とアイデンティファイしてはおらず、端的に女性であると位置づけています。強いて言えば「非シスジェンダーの女性」という言葉のほうがしっくり来ます。ただ、裁判において「トランスジェンダー」という言葉のほうが分かりやすく通じやすいこともあるかと思いますので、便宜上この言葉を使うこともありますが、この言葉は実は私のアイデンティティを反映しているわけではないということをどうぞご留意ください。
まず皆さまにお分かりいただきたいのは、この世界には、特定の人たちしか襲ってこない嵐というものがあるということです。ほかの人にとっては雨も風も感じられず、ただ日常が続いているだけですが、特定の人たちにとっては平穏な生活を崩されて、何もかも奪われるような、そんな嵐です。
今、私が直面しているのはまさにそういう嵐です。この嵐は私のような特定の人たち――具体的に言うと、非シスジェンダーの女性の人たち――にしか襲いかかりません。私が嵐に襲われて、平穏な日常を奪われて、生活に多大な影響を与えられたのは何も、私が何かをしたからというわけではありません。嵐が向こうから勝手にやってきて、私に襲いかかってきた、ただそれだけのことです。
今回提訴する被告、甲府市議の村松ひろみ氏ですが、私とはまったく面識のない人物です。会ったことも、やり取りをしたこともありません。当然ながら、私は村松氏に恨みを持ったこともないし、恨みを持たれるようなこともしたことがありません。
それなのに、ある日突然、一方的に機微な個人情報を晒し上げられて、攻撃をされたのです。攻撃されるまで、私はそもそも被告という人物の存在すら認識していませんでした。
「裁判を闘う」という慣用句がありますが、「闘う」というと、あたかも対等の両者が対決をするという構図が思い浮かびます。実際、裁判というのは原告と被告がいて、双方の言い分を検討して争うという構造をどうしても取ってしまいます。しかし、お分かりいただきたいのは、私と被告が取った行動は決して等価ではないということです。私が道を歩いていたら急に一方的に殴られて、しかたなく自分を守る行動を取らざるを得なかった、そういうことです。
皆さまの中にはひょっとしたら、トランスジェンダーであることは別に恥ずかしいことではないから隠す必要はないんじゃないか、と思っている方もいらっしゃるかもしれません。そういう方には考えていただきたいのですが、性暴力の被害者であることも別に恥ずかしいことではありません。それなのに、なぜ被害を隠そうとする被害者が多いのでしょうか。それは社会の中で、性被害の経験が一種のスティグマになりうる、被害者が社会から色眼鏡で見られ、差別されることがある、その経験が正当に理解されないことが多いからにほかなりません。性別移行の経験も同じです。性別移行の経験を持つというだけで、スティグマがついてくる、差別の対象になる、その経験を正当に理解されず歪められがちになる。だからこそ当事者は差別を逃れるために、それを隠すのです。
私が今、トランスジェンダーを性暴力被害者になぞらえたのですが、それについて疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そういう方にこそ分かっていただきたいのです。これは私の実感なのですが、トランスジェンダーであることは、社会全体からの性暴力に絶えず晒され続けることです。トランスジェンダーという属性を持っているだけで、あなたのことを知っている人も知らない人も、会ったことがある人もない人も、俄然、あなたの性器の形状や性染色体の形態、性ホルモンの濃度、臓器の種類、骨格の在り方、性的指向、手術をしたのかしていないのか、したのならいつしたのか、していないのならするつもりはあるのかなど、とにかく性に関するありとあらゆる事柄に興味を持ち出し、好奇の眼差しを向けてくるのです。好奇だけではない。あなたがトランスジェンダーという属性を持っているというだけで、彼らは自分にはこれらの事柄を詮索する権利があると勘違いし、実際、そのような無礼かつ侵襲的な詮索をしてきます。これらは紛れもなく、性にまつわる暴力なのです。
司法が本件において「性暴力」という言葉を使うかどうかは別として、私自身は、被告の村松氏から受けた被害が、まさしく一種の性暴力であると感じています。
もう一つお伝えしたいのは、私が受けた被害はほんの氷山の一角に過ぎないということです。このような被害は、今の日本、そして世界の様々なところで起きています。それだけ、トランスジェンダーの人たちを狙った差別の嵐が、世界中で吹き荒れているのです。そして、ほとんどのトランスの人は被害を受けても、泣き寝入りするしかありません。トランスの人は貧困率が高い。弁護士費用なんて払えません。激しい差別のせいでメンタルヘルスの問題を抱えている人も多い。裁判の負担やストレスに耐えられません。私のように、外国人であり、女性であり、同性愛者であり、非シスジェンダーであるという数多くのマイノリティ属性を持っている人が、このように裁判をしたり、自分を守るために行動したりできるということ自体が、奇跡的な確率の出来事なのです。
だからこそ、私は責任を感じています。私が受けた被害をきちんと社会に伝える責任を。私が受けた暴力は決して許されないものだという判断を司法に求める責任を。本当は、私はこんなことなんてしたくありませんでした。私がしたいのは、ただ小説を書くこと、自分の言葉を読者に届けること、ただそれだけです。しかし、先ほども申し上げたように、私が何もしていなくても、嵐のほうが勝手にやってきて、私の生活を壊していったのです。だからせめて、同じような被害が少しでも減るように、私はこのように行動しなければなりません。それは私自身を守ること、ひいては日本の、世界のLGBTQ+人たちの基本的人権を守ることに繋がります。
どうかご支援をいただければ幸いです。宜しくお願い致します。
■裁判の経過
本件は2025年6月5日に提訴された。今後の進捗は随時更新する。