【昭和100年へ 特別編】さらば丸の内TOEI 北大路欣也、数々の作品で舞台あいさつ「守りたいけど変えていかなきゃ…ただ、なくなるのは寂しいね」

この記事をシェアする

ギャラリーページで見る

昭和を代表する数多の映画を上映してきた東京・丸の内TOEIが、東映本社の入る東映会館の再開発に伴い7月27日、開業から65年の歴史に幕を下ろす。1956年公開の「父子鷹」でデビューし、「花笠ふたり若衆」など数々の作品で同館の舞台あいさつに立ってきた俳優、北大路欣也(82)が思い出を振り返り、今の気持ちを語った。(ペン・栗原智恵子 カメラ・加藤圭祐、土谷創造)

取材日前日の雨雲を吹き飛ばした〝晴れ男〟は開館以来、東映会館を守ってきた屋上の東映稲荷に手を合わせ、「若い頃はもう少し空が見えました。変わったね。ここが大きなビルになるんだっていう時代の流れを納得したというか。守りたいけど街づくりの中で変えていかなきゃいけないっていうのがあるからね。ただ、映画館がなくなることに対する寂しさはすごくあるね」と名残惜しそうに周囲を眺めた。

1956年、東映の重役と俳優業を兼務した父、市川右太衛門さんとの「父子鷹」でデビュー。17歳のときに丸の内TOEIの前身、丸の内東映劇場などが開館し「(片岡)千恵蔵先生、うちのおやじ、(萬屋)錦之介さん、(大川)橋蔵さんたちが並んで、私は端の方でごあいさつさせていただいた」と懐かしんだ。

主演としてステージの中央に立ったのは、同じ二世俳優だった松方弘樹さん(享年74)との「花笠ふたり若衆」での舞台あいさつ。「ここを起点に北海道、九州、四国、東北、関西と1年半くらいかけて直営館にごあいさつに行きました。各地で観客の皆さまとお会いしたことが思い出です」と喜びを味わった。

館内は幾重にも立ち見客がいた時代。「ここができた頃は東映の娯楽時代劇の全盛期でしたからね。立って見る方の方が多かったくらい。戦後の復興期に沈んだ気持ちを明るくしなきゃいけないって時代劇、チャンバラ映画、どんどんお客さまが入るようになって、見たらみんなが元気になって家へ帰る、そういう時代でした」と述懐。

続きを見る
シェアする
最新のニュースやお得な情報を受け取ろう