2025-06-06

ネガティブ感想」って書いたら何言ってもいいと思ってないか

言いたいことほぼタイトル

耳障りのいいことばかり書けとは言わないし、全肯定イエスマンになれとも言わないがなんというか、なんというか…。

ネガティブってつけておけば何言ってもいいと思ってる人、最近多くないか

先日、流行ったゲームの「Not for me」感想がバズった。

ゲーム自体流行っていたので、その感想も瞬く間に広まった。その感想は私も拝読したが、よくまとまって褒めるべきは褒めていた記事だったと思う。

だが不思議なことに、その感想がバズった直後から同様に「Not for me」を謳った「ネガティブ感想」がものすごく増えた。

それを見て私はものすごくこの流れ嫌だな…と思ったのだ。

例えばなんだけど…とても親しい家族友達が「パスタ」を好きだったとして、その人が同じ場で「あそこのパスタっておいしいよね」みたいな話を他の誰かとしているときネガティブ感想なんだけど、そこのパスタ超まずかったよ」って言うか?

知り合いじゃなくてもいい喫茶店の少し離れた席で「あの映画良かったよね」と聞こえてきたとして、でかい声で「ネガティブ感想なんだけど、あれマジでゴミだったわ~」って言うか?

言わないよね?

いやごめん、もし言うなら私はあなた友達になりたくない。あなたもそうだろうけども。

でも最近そういう、突然「ネガティブ感想なんだけど~」を口に出す人をよく見かける気がするのだ。

ネガティブ感想」だと自覚があるということは、「これを口に出すことで誰かが傷つくかもしれない」とわかっている側面もあるように思うのだが、違うのだろうか。

そもそも批判というのは批評意味合いを持つ言葉である。「ここを改善してほしい」という意味を込めた意見のことだ。ちょっと誇張して言えば、「あなたのことを愛しているのでここを直せないでしょうか」という気持ち根底になければそれは批判ではない。非難悪口である

対象になるものや人との感情のぶつかり合いのコストを払ったとしても、「そこを直してほしい/何とかしてそれを愛したい」というメッセージ批判なのだ

直したところで愛するつもりがないのなら、自分はそれを「嫌い」なのだと認めてそっと静かに離れるべきだ。誰かがそれを愛しているかもしれないということを考えるなら、そうしたほうがいいと私は思う。

それなのにどうも、世の中の人は「嫌い」だとは認めたくないらしく「合わなかった」と表現してくる。それは違うだろう。

まあ生ぬるいこと言ってんじゃね~、批評批判物事ブラッシュアップされるべきだろという意見はわかる。

事実創作物においてはそれはごもっともだ。

だが「合わなかった」と言いながら「嫌い」と思った気持ちを強い言葉を声高に叫ぶのならそれは批評ではなく悪口であり扇動である

世の中悲しいことにプラス言葉よりデカい声の悪口のほうがよく響く。「Not for me」という言葉が便利に使われるようになってから、これを前置けば何を言ってもいいような風潮が広まっている気がする。

「合わなかった」と「嫌い」を混ぜこぜにした人が最近多い。合わなかったなら何を言ってもいいわけじゃない。ネガティブと前置けばどう言ったっていいわけじゃない。

もちろん「ネガティブってわざわざ書いてあるんだから好きな人間は避けろよ」という気持ち意見もわかる。でも避けられないものは?

noteやらコラムやらのタイトルからワンクッションあるものならまだしも、直で目に飛び込んでくるようなSNSで全部回避するのは無理だ。

ぶつかった相手に「避けなかったほうが悪い」というのなら、ぶつかってきたほうには罪がないのだろうか?

伏字やらなにやら、衝突を避ける方法はいくらだってある。言い方だって柔らかくしようと思えばいくらでもできるはずなのに。

それをしなかった言葉を「ネガティブ」の一言で片づけるのは違うんじゃないか…と思うし、そもそもネガティブというのは「消極的」とか「悲観的」とかそういう意味合いなのだ

今度からネガティブ感想」じゃなくて「ちくちく言葉感想」とか「意地悪感想」とか言ってくれ。

ちなみにこれらはすべてちくちく言葉です。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん