トルコ現地取材はなし 入管法の欠陥、地域住民の不安も取り上げず…NHK「川口クルド人特集」が犯した重大な過ちとは
地域社会の不安
第三に、番組は当事者や支援団体の声を同情的に紹介する一方で、地域住民の不安や懸念をまともに取り上げていない。「ゴミ出しのルール違反」「深夜の騒音」「交通ルールの無視」に始まって、ナンパや性加害などにより地域住民が不安を持っていることは「リアル」であるが、番組はそれらについては触れないか、過小評価している。2023年7月の川口市議会定例会では、議員から「地域住民の不安や生活の質の低下」に関する質問が出され、埼玉県議会でも「川口における外国人トラブルと多文化共生政策の限界」に関する議論がなされている。自治体の議会や行政、さらに入管庁などの国の機関も対応に苦慮しているのだが、それは全てスルーされている。
被害者か加害者か
一般的に言って難民を巡る言説には「犠牲者観」と「侵入者観」があり、両者は対立している。迫害を逃れて来た(と主張する)難民に対して、人々は「犠牲者」として同情し、受け入れる。しかし特定の受け入れ先の住民にとっては、見知らぬ多数の難民(申請者)が流入し、その一部が法や地域社会のルールを無視する行動に出た場合、彼らは今までの平穏な生活を乱す「侵入者」としてみなされることもある。これは世界のあらゆる国や地域で生じている問題であり、日本ではまさに川口がその現場に当たる。そうした難民を巡る言説を知ってか知らずか、今回の番組は、一貫してクルド人を「犠牲者・被害者」として描き、「侵入者・加害者」的な見方は隅に追いやられた。他方で、この問題を指摘するSNS投稿者は、川口市以外からヘイト発言を繰り返す「侵入者・加害者」扱いされた。このような描き方に対して、「被害者」としての地域住民や、「加害者」として扱われたSNSの投稿者は強く反発した。彼らにとっては、(一部の)クルド人こそが「侵入者」であり「加害者」なのだ。結果的に番組は双方のさらなる分断を生んだ。 番組は「不都合な真実」である難民制度の濫用・誤用など制度的な問題は無視し、「差別やヘイトへの警鐘」という倫理的スタンスを取ることで、実は対立する一方を支援する政治性のある番組と見られてしまった。