法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『PSYCHO-PASS サイコパス』TVアニメ1期各話の短い感想

 ノイタミナで2021年に放送された近未来警察SFアニメシリーズ1作目。アニメを意識したTVドラマ『踊る大捜査線』の本広克行を総監督にむかえ、参照元のひとつであったProduction I.Gが制作した。

 実は2014年に放送された再編集版しか視聴していなかったが、あらためて映像ソフトで頭から再視聴。1年半ほど別作品の話題で連想したことが、再確認したくなった理由のひとつ。
2004年のTVアニメ『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』において、遺伝子解析で理想的とされる仕事を強要する悪役のプランが、当時の視聴者には否定されなかった問題について - 法華狼の日記
 あまり感心できなかっただけでなく世界観そのものが好きになれなかった作品だが、シリーズをTVアニメ3期まで視聴したので当時よりは距離をとって見ることはできた。

第1話

 事件のスケールの小ささは当時に思ったように残念だが、シビュラシステムの端末たるドミネーターで読みとった「色相」で人間が判断される近未来のディストピアぶりと主人公と周囲の緊張関係を物語にそって見せることを優先したと考えれば理解できる。

第2話

 主人公と友人の就職をめぐるやりとりで、そういえばそもそもディスティニープランが実現したような世界観だったと思い出した。それにしても前回に主人公が命だけは救った被害者は、もっと物語の前面に出しても良かったのではないか。ついでに茶会の友人に第4話のゲストキャラクターを出しておいても良かったのではないか、みたいなことを思った。

第3話

 共同体の生贄にされたイジメ被害者が復讐をくりかえした加害者として警察に惨殺されるという、問題が何も解決していない展開にディストピアSFだとしてもあきれる。狡噛の暴言と暴行でイジメ被害者が同じ手口で復讐しようとしたことで犯人と確定されるわけだが、特に他のスタッフが同じようなドローン操作ができないという説明もなく、囮捜査が存在しなかった犯罪をつくりだしたようにも見えてしまい、根拠として弱い。
 そもそも世界観の矛盾がはっきりあらわれた描写でもある。第1話でよく疑問視される犯罪に巻きこまれて色相が濁れば犯罪者と同じようにあつかわれる問題までは意図的なディストピア表現としても、それほど色相が濁ることが問題であれば他人の色相を濁らせることも犯罪としてあつかうべきではないかという疑問を誰も指摘しないことがおかしい。まだ狡噛は捜査の一環で容疑者の色相を濁らせたと説明できるが、今回の被害者が集団にイジメられる光景を見ていた警察が、色相が濁る原因と考えているのにイジメを止めない意味がわからない。
 ただ娯楽作品としてはドローンの強さと、そのドローンすら必要であればハンドガンサイズでも一撃で破壊できるドミネーターの強さを映像で説明するエピソードということはわかった。電波が遮断されていると機能しないことも、ドミネーターの機能と限界を説明するための描写だろう。

第4話

 SFミステリとして完成度を高められそうなところを詰めていないことが惜しい。二ヶ月間故障していたトイレという人間蒸発発覚の経緯を、前半でもっと中心的な謎として俎上に乗せれば、死体を解体してトイレに流したという推理の納得感も増しただろう。ひきこもっていた被害者が人気配信者だった設定で、いわゆるボトラーだったのではないかという間違った推理をしても良かっただろうし、演じるアバターと生身の肉体の差異を考えるとっかかりとして排泄という生理現象に注目してもいい。せっかくの事件のアイデアのポテンシャルを引き出せず、よくあるインターネットなりすまし事件になってしまった惜しさがあった。

第5話

 数少ない作画の見どころとなった宮沢康紀担当カットが撮影効果で見づらくなっていることが残念。インターネットの無数のアバターから犯人を特定した手法は悪くない。

第6~8話

 2作目以降の重要キャラクターの登場エピソードであり、見返すと探偵の真似事っぽい態度が意外と後年のキャラクターづけにそっている感じはある。
 しかしエピソード自体は、3話も使う必要がある?という当時からの疑問をあらためて感じる事件ではある。以前の犯人と別人と気づく手がかりである死体を隠した場所の情報が完全に後づけで、倒叙ミステリとして良くない。最初から真犯人をほぼ明かしつつ一種の模倣犯なので、答えのわかりきった謎解きを見せられているよう。
 時代錯誤な閉鎖的女子校を舞台とした深見真脚本らしい百合アニメとして楽しむには、作画に艶がなくてドラマもドロドロ感が薄いのも残念。世界観や事件の陰惨さのわりに淡白な語り口が、このエピソードではモチーフの魅力を抑えてしまっている。

第9~10話

 前エピソードからつづくマンハント系のデスゲーム。しかしデスゲームらしい攻略の駆け引きは少なく、せいぜい敵の猟犬ロボットを敵の罠で倒す場面くらい。そのためゲームのような舞台だという作中の台詞にあまり説得力はない。
 一応、犯人の姿をとおして、脳と神経だけとりだして機械に接続して生命活動をつづけられる医療技術があることを示すエピソードでもある。しかしせっかくなら義体を遠隔操作する技術も組みこんでほしかった。

第11話

 工夫された絵コンテで、マンハントとの戦いは意外とあっさり勝利して、黒幕と初めて主人公側が対面するわけだが……ここで主人公がドミネーターが機能しないから撃てないシチュエーションの説得力がない。ドミネーターを所持していない状況で犯罪者に出くわすことは過去にもあったのだから、明らかに犯罪をおこっている相手を他の手段で止めない心情が理解しがたい。そもそも第1話で被害者まで執行対象にするシビュラシステムに視聴者は信頼をおけるわけがなく、ここで主人公の感情が理解できないのは当然だ。仮にシビュラシステムを全面的に主人公が信用しているとしても故障を疑わない理由がわからない。第3話の時点で通信できなければ機能しない末端機会にすぎないとわかっている以上、ハッキングの可能性も考慮すべきだろう。そして視聴者にシビュラシステムやドミネーターの信頼性を実感させたいなら、そもそも今回まで犯罪者の選別だけは完全に正確と印象づけるべきだったろう。
 たとえば同じノイタミナのSF推理アニメ『UN-GO』のようなコンセプトで、ドミネーターで真犯人だけはしぼりこんで処刑したが手段がわからないので今後の防犯のため謎を解く必要が生まれるとか、ふたりいる執行対象のどちらが真犯人かを推理しなけらばならないとか、特殊設定ミステリを展開することもできたのではないか、と今さらながら思った。

第12話

 単発で完結した回想としての出来は良い。マニキュアを塗ってやる情景など、女子校エピソードよりも女性同性愛者の物語らしさがある。
 ただ、前話でシビュラシステムの不完全性が明らかにされたのに、ここでシビュラを全面的に信頼する過去の主人公たちを描かれると皮肉としか思えず、事件解決ドラマとしては茶番に感じざるをえないところがある。
 さらに世界観の真相や今後に発生する大混乱を思うと、シビュラシステムへのレジスタンスには相当な妥当性があるのに、ここで使い捨ててしまったところが惜しい。

第13話

 シビュラシステムが外れ値を前提にしていると克明に語られたことで、記憶よりは世界設定への説得力を感じた。これならば第12話と放映順を逆にしても良かったのではないか。
 主人公チームに隠されていた父子関係も、設定を知ってから視聴しているので初見とは違った味わい深さを感じることができた。

第14~15話

 ミステリを成立させる前提設定をひっくり返すような展開。ディストピアSFとしては順当な秩序崩壊の始まりだが、システムを騙す理屈の納得感はあまり高くない。シビュラシステムが何を読みとっているかと、その読みとる対象を機械的に再現することができる技術を、このエピソード以前に明確に描写してほしかった。ただ、周囲のサイコパスをコピーするという特性を利用した駆け引きはアクションサスペンスとして悪くない。

第16話

 第1話冒頭で時系列を前後して見せた狡噛と槙島の対決をじっくり見せる。もっと終盤に配置されそうなエピソードで、この時点でもってくるところは新しい。
 高所で床面が錆びたような赤色なあたり、やはり『カウボーイビバップ 天国の扉』の中村豊パートへのオマージュではないだろうか。トレスやコピーではなく、似たシチュエーションで違う魅力をTVサイズで表現できている。

第17話

 主人公の敵対者である槙島へ先にシビュラシステムの正体が明かされる展開は面白い。
 実のところ狡噛も槙島もこの種の近未来警察物の類型を出ないキャラクターだと思っていたが、ここでゲームを楽しんできた槙島が、これまでルーラーではあっても新たにジャッジになることは拒否してひとりのプレイヤーであることを選ぶ展開で初めて生きたキャラクターになったと感じた。この先の展開になるが、最終回になっても狡噛はシビュラシステムの正体を知らないままだったという蚊帳の外ぶりは独特で、槙島がシステムに飲みこまれて優位になることを拒否した展開とあわせて、シビュラシステムの枠組みを前提にした2期以降と枠組みの外で決着をつけた1期の差異を作っていると見返して思った。
 ただこの義体を破壊する描写は相手が強靭そうな老女なのが効果を減じている。同じ老女でも義体とは思わせないくらい一見すると衰えた姿をしているか、逆に整った美女のデザインをしていたほうが破壊の無残さがきわだったのではないだろうか。

第18話

 この回までに登場したギミックやささいな伏線で、警察官として打とうとした反撃の一手が防がれるまでを描く。その伏線はけっこう良かったし、挫折の結果として狡噛が警察をやめるわけだが、そこで最後にのこした手紙の表現が気になる。ささいなことだが、無力なのはあくまでシビュラシステムであって法律ではないだろう。法律があるなら、シビュラシステムが反応しなくても司法機関が消滅していても、それを基準に犯罪者を裁くことはできるはず。司法機関が実行力を失って全ての判断基準がシビュラシステムに託されているのなら、そもそも法律という概念の無力感をこの世界の登場人物はおぼえるだろうか? やはりここで無力と評する対象は警察組織など、別の表現にするべきではなかったか。

第19話

 やはりこの展開をするならもっと前倒しで農業や食糧についての描写がほしかった。たとえば美食や飽食をモチーフにした殺人事件を前半で挿入して、この世界の食糧事情をもっと明確化しておくべきではなかったか。
 唐突さでいえば『機動戦士ガンダム0083』のコロニー落としのようだが、そちらはシリーズ本編でそれが可能な世界観だと示された上での外伝作品だから成立していた。オリジナルシリーズ1作目で設定説明不足は厳しい。
 しかし最終回の、無人の黄金の野を犯人と警察が走りぬける絵の美しさにつながるので、農業を利用したテロリズムそのものは映像作品として効果的だとは思う。

第20話

 主人公もシビュラシステムの正体を知らされるわけだが、そこで反発する台詞の表現が当時から今回まで納得できない。虐殺を実行した犯罪者にも命の尊厳がある、といった原則的な人権意識に言及しないなら、システムを構成している人間の脳が犯罪者のものであることなどささいなものではないか。
 ここまで主人公が疑問をもってきたのはシビュラシステムが犯罪を予防し社会を統制するという機能についてだろう。免罪体質なる特異な犯罪者の脳で構成されたシステムが、免罪体質による犯罪を見逃し、免罪体質者を処刑せずシステムにとりこんで超越的な立場をあたえる……このような真実を知らされた主人公が新たに疑うべきは、犯罪者が自身に似た犯罪者を特権的に免罪している可能性ではないだろうか?
 主人公のPOVカットは、画面のゆらぎを涙でつくりだしたところもあわせて、良いものではあったが。

第21話

 良くも悪くも定番な自己犠牲と、それによる葛藤の克服。しかし下敷きになって動けないから守られるしかなかったのに、守ってくれた父の犠牲を目にして腕をひきちぎって脱出するところは、犠牲のための物語の都合がやはり気になるところではある。義手の父とあわせるように腕が失われる描写にするのは良いとして、腕はちぎれるが下敷きになった状態からは脱出できないように描写してほしい。先に父は息子の目の前で爆風の盾になったと描写すれば、同じ展開を自然に成立させられたと思うのだが……

第22話

 最終回としての良い要素は先述したとおりとして、ディストピアを主人公が受けいれてしまう結末が良くも悪くも独特ではある。どれだけ言葉で反抗してみせようとも、情報隠蔽のためシステムに殺害された仲間が3期まで問題として表面化しないことを視聴者は知っている。
 しかし2期以降であんなことになる重要キャラクターが、この時点で未成年ながら警察に着任していたことは忘れていた……2期から脚本で参加した冲方丁インタビューによると、塩谷監督や虚淵脚本は同時期に劇場版を制作して2期は別スタッフにまかせたようでいて、実はしっかりアイデアを出していたらしい。そうなると後の展開のための布石ではあったのだろう。