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第238話「コブラ・クリスタルボーイ」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、宇宙を股にかける者たちが集まっている。そして日々、大宇宙に繰り出し続けている。

 かくいう僕も、そういった、ロマン溢れる系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、宇宙を旅する面々の文芸部にも、本の中で生きる人が一人だけいます。宇宙を飛び回る、宇宙海賊の船に乗り合わせてしまった、図書館で暮らすインドア少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩は、アウトドアとは無縁の人だ。そのせいか、肌は抜けるように白く、なめらかだ。きっと、深窓の令嬢は、こういった姿をしているのだろう。ああ、何て素敵なんだ。僕は、ぼうっとしながら楓先輩に声を返す。


「どうしたのですか、先輩。ネットで、謎の言葉を発見しましたか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」

「ええ。ヴァイキングが大海原を渡り、各地に出没していたように、僕はネットの波を越えて、無数の掲示板に書き込みをしています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、精力的に書き続けるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、星の数ほどある、ネットの文章に遭遇した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「コブラって何?」


 おっ、往年の名作マンガのタイトルだ。そして主人公名だ。

 コブラというキャラクターは、ネットで人気者だ。そのコブラについて語ることは、やぶさかではない。しかし、ネットで語られるコブラについては、地雷が潜んでいる。

 地雷は、コブラ自身ではない。コブラについては、鬱クラッシャー、鬱フラグブレイカーなどと呼ばれており、女の子たちのピンチを救ってくれる頼りがいのあるキャラクターとして、ネットで定番になっている。


 問題は、そのライバルだ。クリスタルボーイというコブラの宿敵が、ネットでは変態サイボーグキャラとして定着してしまっている。そのことに話がおよぶと、僕まで変態サカキくんとして、十把一絡げにされてしまう可能性がある。


 いや、それは杞憂だろう。周代に杞の国の人が、今にも天が崩れ落ちることを心配して、寝食を忘れたようなものだ。自分から、クリスタルボーイのことを言わなければ大丈夫だ。僕は、何を心配しているのだ? 僕は気を取り直して、楓先輩に向き直った。


 その時である。僕の肩に、手が置かれた。誰だろうと思い、振り向いて、僕は全身を凍りつかせる。そこには、この文芸部のご主人様、僕の天敵、三年生で部長の、城ヶ崎満子さんが立っていた。


 満子部長は、古い少女マンガに出てきそうな、お嬢様風のゴージャスな容姿をした人だ。しかし、この姿に騙されてはいけない。その中身は、気高くも真面目でもなく、エロに染まった品性下劣なものだからだ。

 満子部長が、そういった困った性格をしているのは、その出自のせいだ。満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家に生まれた。そういった家庭環境であるために、両親から受け継いだ、深遠にして膨大なるエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としているのだ。


 その満子部長が、僕の背後に、密かに忍び寄っていたのである。


「おい、サカキ。落ち着け! こんなときこそ……だ!」

「わあぁっ!!!!!」


 僕は、満子部長の台詞を大声で遮り、楓先輩に聞こえないようにする。


「『コブラ』か。あれはよいものだ。ああいった独自性の高い作品は、非常に評価できる。それに寺沢武一の描く絵は、女性が肉感的で官能的で、非常によい。

 そうそう。寺沢武一といえば、『ゴクウ』も好きだな。青年誌向けのマンガでは、そのエロ描写も堪能できるからな。『ゴクウ』では、ことをし終えたあと、義眼のサーモグラフィで、自分のものが入っていた部分を見るシーンがあった。温度分布で、あれの形が浮かび上がるのだな。あの描写は、ぐっと来たなあ」


 満子部長は、楽しそうに言う。

 駄目だ、この人は。早く止めなければ。僕は、何とかして満子部長の暴走を止めようとする。


「ところで、サカキ。『コブラ』について語るとなれば、ネットでコラネタにされているクリスタルボーイについても、語る必要があるんじゃないのか?」


 うっ。僕は、言葉を詰まらせる。満子部長は、僕の心でも読めるのか? 人を困らせることに、天性の才を持つ満子部長のことだ。コブラの話から、クリスタルボーイの話に展開させて、楓先輩を恥ずかしがらせて、僕に被害が行くようにするつもりなのだ。


 そんなことはさせない! 僕は、楓先輩と自分を守るために戦わなければならない!!

 僕は、エロクラッシャーとして、どう戦うべきか考える。


 よし! まずはコブラの話をして、楓先輩を満足させよう。そして、クリスタルボーイについては、原作の話をして終わろう。その後すぐさま、解散にするのだ。それならば問題ない!

 僕は、満子部長がしゃべりだす前に、説明を開始する。


「楓先輩。コブラというのは、寺沢武一による、アメコミ風スペースオペラマンガ『コブラ』の、タイトルおよび主人公の名前です。

 このマンガは大変人気があり、一九七八年の発表以来、たびたび雑誌を移しながら連載が続けられました。そして、何度もアニメ化されました。海外でも評価が高く、映画化が企画されたりしています。


 この『コブラ』は、宇宙海賊である主人公が、セクシーなヒロインたちを助けながら、宇宙を股にかけた活躍をするという内容です。

 変わった惑星や、宇宙海賊ギルドとの確執、壮大な宇宙の伝説や秘宝。そういった話が展開する、スペースオペラとして大変面白い作品です。そして主人公は、左腕にサイコガンといった、精神力で撃つ武器を仕込んでおり、トレードマークになっています。

 この『コブラ』および、主人公のコブラは、他のマンガとは大きく異なった作風で、人々に記憶されてきました。


 その主人公のコブラが、ネットで密かな人気者になっています。その一つは、鬱クラッシャーズ、鬱フラグブレイカーとしてのコブラです。

 マンガの登場人物がピンチになると、なぜか『コブラ』のマンガのコマが挿入されて、コブラがピンチを救うというコラージュが、大量に作られているのです。


 こういった、鬱クラッシャー、鬱フラグブレイカーと呼ばれるキャラクターは、何人かいます。しかし、コブラほど有名なキャラはいません。そのため、何かピンチの時に、コブラの登場を期待する台詞が、ネットに書き込まれたりするのです。

 そういったキャラクターなので、コブラさんと、さん付けされることもあります。


 また、コブラのコスプレをした人が、『ここが地球の○○か!』と言って訪問し、その様子を写真に撮るといった一連のシリーズも、人気を博しています。このように、コブラというキャラクターは、ネットで大変愛されているのです。


 さて、話はここで終えてもよいのですが、補足をしておきましょう。先ほど満子部長が口にした、クリスタルボーイについても言及しておきます。

 クリスタルボーイは、コブラと対立している宇宙海賊ギルドの幹部で、金属質の顔と骨格に、特殊偏光ガラスの肉体を持つサイボーグです。彼は、その特殊な体のおかげで、コブラのサイコガンで、ダメージを受けないという特徴を持っています。また、自身も一流の殺し屋で、コブラと何度も死闘を繰り広げます」


 僕は、コブラとクリスタルボーイについて説明を終える。これで、楓先輩を納得させ、満子部長を追い払えば、僕の仕事は完了だ。

 さあ、立ち上がって、自分の席に戻ってください、楓先輩! しかし、先輩は、考え事をするように、斜め上を見ている。そして、僕に顔を向けて、口を開いた。


「ねえ、サカキくん」

「何でしょうか、楓先輩?」


「ネットでコラネタにされているクリスタルボーイというのは、どこにいったの?」


 ぐわ~~~~~~~! 満子部長の台詞を、忘れてはくれなかった。僕は、額から汗をだらだらと流す。これは、詰んだか? 終わったか? 僕が苦しそうな顔をしていると、満子部長が、僕の首に両手を巻きつけて、僕の肩に顔を載せてきた。


「サカキが黙っているから、私が説明してやろう」


 満子部長の嬉々とした声が、耳元で響く。や、やめてください、満子部長~~~~!

 しかし、僕の希望は華麗にスルーされて、満子部長の話が始まった。


「クリスタルボーイはな、ネットで作られた『知るかバカ! そんなことより○○だ!』と叫ぶコラージュ画像で、一躍有名になった。そして、数々の同種のコラ画像が作られ、クリボーの愛称で親しまれるようになったのだ。

 まあ、元々、同名のアダルトグッズがあったのだよ。そこに、かけたネタだったわけだ。というわけで、クリスタルボーイのコラ画像から、有名な台詞をいくつか語ってやろう」


 満子部長は、僕の顔の横で、僕の声真似をして語りだす。


「知るかバカ! そんなことより○○だ!

 うるさい! そんなことより○○だ!

 落ち着け! こんなときこそ○○だ!

 今日はカーテン全開で○○だ!

 とんでもねぇ○○しやがって!!!」


 ああ。僕は、顔面を蒼白にする。僕の前にいる楓先輩は、きょとんとした顔をしている。


「ねえ、満子。その○○には、何が入るの?」

「ジーの英語名称だな」


「ジー? 英語名称ということは、英語のGでは、ないのよね」

「ああ。自らを慰めるジーだ」


 楓先輩は、少し上目づかいで考える仕草をする。頭の中で変換しているのだろう。そして、徐々に顔を赤く染めて、全身ゆでだこのようになってしまった。


「そ、それって……」

「ああ、オナ……」

「うわああ!!!!!!!!!!!」


 僕は大声を出して、満子部長の声を遮る。満子部長は、ちっと舌打ちの音を立てる。そして、立ち上がり、僕の股間をぱんぱんと叩いた。


「つまり、サカキのこれを、あれすることだよ」

「ちょ、ちょっと、満子部長!!」


「きゃ~~~~~!」


 楓先輩は、悲鳴を上げて逃げ出した。僕は、その様子を見送るしかなかった。

 それから三日間。僕は、ネットのクリスタルボーイよろしく、そういった行為をしまくる人として、楓先輩に距離を置かれた。


 ああ、何という鬱展開。しかし、そんな僕に、コブラさんは来てくれなかった。そして三日経ち、楓先輩は、僕のことを普通に扱ってくれるようになった。ふう、よかった。それにしても、現実には、コブラさんはいないのだなあ。

 僕は、楓先輩のコブラさんとして、ピンチになったら、颯爽と登場したいなあと思った。


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