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第231話「ジョジョ立ち」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、奇妙な立ち姿の者たちが集まっている。そして日々、独特のポージングをしながら暮らし続けている。

 かくいう僕も、そういった不可思議な姿勢で、パソコンを見る系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、奇抜な構えを取り続ける面々の文芸部にも、自然体の人が一人だけいます。決めポーズをするボディビルダーたちに囲まれた、ゆるーい少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩は、隙のない姿勢で、僕にぴったりと寄り添っている。楓先輩の身のこなしは完璧だ。指先から足先まで、すべてにほどよい緊張が行き届いている。そのため、これだけ近くにいるのに、僕は楓先輩の体に触れることすらできない。ああ、先輩は、僕にとって何て遠いんだ。僕は、そんなことを考えながら、声を返す。


「どうしたのですか、先輩。ネットで、見慣れない言葉を目撃したのですか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」

「ええ。偉大なる芸術家、ミケランジェロ・ブオナローティが、彫刻を初めとして様々な作品を残したように、僕は偉大なるネットウォッチャーとして、様々なブログを残しています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、日々怠ることなく書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、奇妙な文章を大量に読んで、冒険をしたような気分になった。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「ジョジョ立ちって何?」


 楓先輩は、ジョジョ立ちとは真反対の、端正な座り姿で、僕に尋ねてきた。


 僕は、そんな楓先輩をちらりと見て考える。普段、マンガを読まない楓先輩は、当然のように「ジョジョの奇妙な冒険」を把握していないだろう。しかし、それは教えれば済むことだ。そして、このジョジョ立ちという言葉には、何の危険もない。健全そのものだ。そして、僕に精神的ダメージを与えるような落とし穴も存在しない。


 大丈夫だ。この言葉は、安全牌だ。僕は、勝ち戦に臨む気分で、説明を開始する。


「楓先輩。ジョジョ立ちというのは、荒木飛呂彦による少年マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくるポーズを真似した、立ち姿を指します。このマンガは、シリーズ物になっていて合計巻数が百巻を超え、累計発行部数は九千万部を越えている、大ヒットマンガです。


 さて、この『ジョジョの奇妙な冒険』ですが、登場人物が独特のポーズを取ることで知られています。特に、各巻の表紙に、その傾向が顕著に表れています。これらの姿は、イタリアの彫刻芸術の要素を作品に取り入れていると言われています。また、ファッション誌に見られる独特のポージングを採用したりもしているそうです。


 このマンガでは、肉体の躍動感を、過剰に表現した構図が多く用いられています。そのため、その姿勢も、時に普通の人間では再現不可能なほど難しくなっています。


 そういった、ジョジョのポーズに、果敢に挑んだ人たちがいました。『文芸ジャンキー・パラダイス』というサイトで始まった、『ジョジョ立ち』という、ジョジョの表紙のポージングを再現する企画は、ネットで大ブレイクしました。

 そして、オフ会や、ジョジョ立ちイベントが催され、ジョジョ立ちという言葉は、『現代用語の基礎知識』にも収録されるようになりました。さらには、作者の荒木飛呂彦公認になり、テレビなどで芸人が真似するようになったのです。


 こうして、マンガのポーズを再現するという企画は、日本中、そして世界へと広がっていきました」


 僕は、ジョジョ立ちの説明を終えた。


「なるほど、なかなかすごいのね。それで、ジョジョ立ちは、どんな姿なの?」


 僕は、部室の本棚に行き、「ジョジョの奇妙な冒険」の単行本を取り出して、机の上に並べる。そこには、再現が難しそうな、様々な姿が描かれていた。


「確かに、奇抜なポーズね」

「そうですね」


「それで、ジョジョ立ちは、どんな感じでやるの?」

「それでは、僕がやって見せましょう」


 僕は、すくっと立ち上がり、楓先輩の前に出る。僕は、「文芸ジャンキー・パラダイス」の鬼教官氏を頭に思い浮かべる。身長百九十センチでジョジョマニアの鬼教官氏は、その肉体を活かしたポージングで、一世を風靡した。僕は、彼と同じように、ジョジョ立ちをおこなう。


「まずは、レベル一です。第四巻の表紙になります」


 僕は、左手を広げ、顔の斜め前に持ってくる。楓先輩は、机に並んだ表紙から、四巻を探して、僕の姿と見比べた。


「次は、レベル二です。第八巻の表紙になります。


 僕は、両手を頭上に上げて、頭の上で腕を組む。楓先輩は、机の上の表紙から、八巻を手に取り、僕を眺めた。


「ねえ、サカキくん」

「何でしょうか、楓先輩?」


「サカキくんの立ち姿は、表紙とは似てないんだけど」

「えっ?」


「全然切れがないというか、肉体の躍動感がないというか、全然別物に見えるんだけど」


 僕は、凍りつく。どういうことだ? 僕のジョジョ立ちは、ジョジョ立ちになっていないのか。


「あの、楓先輩。スマホを貸しますので、僕の姿を撮ってくれませんか?」

「いいよ」


 楓先輩は、パシャリと僕のポーズを撮影する。その写真を見て、僕は渋い顔をする。確かに、似ても似つかない。ジョジョの表紙が、人間賛歌であるならば、僕の写真は人間惨禍だ。見るに堪えないだらしないポーズが、そこにはあった。


「ねっ、違うでしょう」

「ええ、違いますね」


 僕は、そう答えたあと、このままでは駄目だと思った。楓先輩に、正しいネットスラングを伝えるのが僕の使命だ。そのためには、僕自身が本物を見せる必要がある。


「楓先輩!」

「何? サカキくん」


「一週間待ってください。本当のジョジョ立ちをお見せしますよ!!」


 僕は楓先輩に告げた。それから一週間、僕は帰宅後に自室で、ジョジョ立ちの猛特訓をおこなった。


 そして一週間後。


「楓先輩。一週間前とは違う、切れ味の鋭いジョジョ立ちをお見せしますよ」


 僕は部室で、自信満々に立ち上がった。


「レベル一のジョジョ立ち! 第四巻の表紙。右腕を前へ伸ばし、鼻筋へ左手人差し指を合わせる。そして、右肩を上げ、右手をぴんと伸ばす!」

「す、すごいわ。表紙と、寸分違わぬポーズだわ!」


「レベル二のジョジョ立ち! 第八巻の表紙。腕を頭の後ろで左腕を手前にしてクロス。左手の親指を折り、右手の指先だけ上に出す。腰を左に入れ、顔を左斜め下に向けて、視線を正面に向ける!」

「完璧だわ。サカキくんが、マンガの主人公のようになっているわ!!」


 楓先輩は、驚きの声を出す。

 ふっ。僕の努力は実ったようだ。そう。僕は、やればできる子なのですよ。僕は調子に乗って、どんどんレベルを上げていく。


「レベル三のジョジョ立ち! レベル四のジョジョ立ち! レベル五のジョジョ立ち! レベル六のジョジョ立ち!」


 立つだけでなく、床に腰を下ろしたポーズも、僕は見せる。


「すごい、すごい。素晴らしい完成度だわ!!!」


「レベル七のジョジョ立ち!」


 僕は椅子を利用して、ディオのポーズを再現する。


「レベル八、ナランチャの真似! レベル九、ジョルノ・ジョバァーナの真似!」


 楓先輩は、僕の身体能力に、驚愕の顔をする。僕はアドレナリン全開になり、難易度マックス、レベル十のポーズを披露する。


「楓先輩。これがレベル十、第六巻の表紙の、ジョジョ立ちです!」


 僕は両腕を前後に広げ、左手首を右側に曲げつつ、指を根元で折り曲げる。さらに右手首も、同じく右側へ曲げ、唇をひんむく。それだけではない。両足を体の左側に折った体勢でジャンプして、そのままの姿勢で、空中で静止した。


「サカキくん!」


 楓先輩の驚嘆の表情が見える。ふっ。楓先輩が、僕に注目しているのが分かる。この時間が永遠に続けばよいのにと、僕は思った。

 しかし、時間は無情にも進んだ。それはつまり、僕が床に落下することを意味していた。


「ふんぎゃ~~~~~~~~~!」


 僕は、無理な体勢のまま床に激突した。

 ジョジョ立ちというネットスラングは、僕に精神的ダメージを与えることはなかった。しかし、肉体的ダメージを与えた。僕は奇妙なポーズのまま、動けなくなってしまった。


「だ、大丈夫、サカキくん!!!!」


 楓先輩が駆け寄る姿が見えた。僕は、その姿を見ながら、意識を失った。


 それから三日ほど、僕は腰を痛めて、へっぴり腰で歩き続けた。その姿は、ジョジョ立ちからは、ほど遠かった。ううっ、ジョジョ立ちで、楓先輩の心をつかんだと思ったのに。


 どうやら僕は、身の程をわきまえていなかったようだ。身体能力に自信のない僕が、ジョジョ立ちを華麗に決めるのは、無理がありすぎた。ほどほどで、やめておけばよかった。ああ、なぜ、調子に乗ってしまったのだろう? 僕は、自分のお調子者振りを、悔やみ続けた。


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