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第225話 挿話53「クリスマスと保科睦月」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、健気に生きる者たちが集まっている。そして日々、誰かにつくして立ち働いている。

 かくいう僕も、そういった、思いやりに溢れた系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、一途に相手のことを思う面々の文芸部にも、そういった気持ちに気付かない人が一人だけいます。「ジョジョの奇妙な冒険」の山岸由花子だらけの部屋に足を踏み入れた、広瀬康一。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。クリスマスが近いある日、僕たち文芸部の面々は、満子部長の計画したクリスマス・パーティーのために、過密なスケジュールをこなし始めたのである。


「ユウスケ、棚の小麦粉を取って」


「ほい。これでいい?」

「うん。ありがとう」


 僕は、保科睦月に小麦粉の袋を渡して、次の指示を待った。


 睦月は、子供の頃から、野山で一緒に遊んだ友人だ。しかし、中学生になった頃を境に、僕との会話がほとんどなくなってしまった。その代わりに僕の前で、競泳水着やスクール水着姿になり始めたのだ。

 部室で睦月は、僕の真正面の席に座り、じっと僕を見ている。僕は、どうすればよいのか分からず、途方にくれている。まあ、水着姿の美少女を毎日拝めるのは、素直に嬉しいんだけどね。


 そんな睦月の家に、今日は来ている。文芸部のクリスマスのために、睦月と僕がケーキを焼く係になったからである。

 そういえば、最近は僕の部屋でばかり遊んで、睦月の家に来ることがめっきり減ったな。僕は、そのことを思い出しながら、睦月の指示に従い、砂糖とバターを計量した。


「それにしても、すごい量だね」


 僕は、その量にびびり上がる。


「うん。ケーキだから」


 それらは、カロリー爆弾といった様相をていしていた。


「これは、太りそうだね」

「私は大丈夫だけど、ユウスケが少し心配だね」


 睦月は、僕をじっと見て、にこりと笑う。

 今日の睦月は、水着姿ではない。お菓子作りをするから、普段着で動きやすい格好だ。フリースの上着にズボン。その上にエプロンを着けている。僕も、似たような格好で、台所の中で、一緒に作業をしている。


「ねえ、ユウスケ。こうやっていると、小学生の頃を思い出すね。私のお母さんと、ユウスケのお母さんも一緒になって、クリスマスのクッキーを焼いたことを」

「うーん。そういったこともあったかなあ?」


 僕は、首をひねる。いつものことだ。僕の記憶は、ものすごく偏っている。

 そうやって、思い出そうとする僕のことを見て、睦月はくすくすと笑う。睦月は、ありのままの僕を受け入れてくれる。僕は、そんな睦月を眺めながら、意識を過去へとさかのぼらせる。


 そう。あれは、僕と睦月が、まだサンタクロースを信じていた頃のクリスマスだ。家族ぐるみで付き合いのある僕たちは、睦月の家で一緒にクッキーを作っていた。僕が生地をこねる係で、睦月がクッキーの形にする係。

 僕の母親は雑談をする係で、睦月のお母さんは、それを笑いながら聞く係だった。


 僕はクリスマスの柄のセーターを着ていた。睦月は真っ赤なセーターだった。僕は睦月の服装を見て、声をかけた。


「睦月の服は、サンタさんみたいだね」

「そう?」


「うん。赤い服を着て、夜中に家宅侵入して、プレゼントをこっそり子供の枕元に置く、サンタさん。よい子はプレゼントをもらえて、悪い子は食べられてしまうんだ。

 僕はサンタについては詳しいよ。サンタは赤鬼の眷属で、南極に吹雪のバリアを張って暮らしているんだ。その昔、その島は、鬼ヶ島と呼ばれていた。だからよい子にしていないとサンタに食べられるぞと、母さんが僕に教えてくれたんだ」


 僕の説明を聞いて、幼い睦月は首を傾げる。


「ユウスケの家のサンタは、私が聞いたサンタさんと、少し違うね」

「そうなの?」


「うん。サンタは、悪い子を食べないし、鬼の眷属でもなかったよ。あと、南極が鬼ヶ島という話も聞かなかったよ」

「えっ? そうか。僕はまた、母さんに騙されたのか! きちんとネットで調べればよかった」


「ユウスケのお母さんって、女ほら吹き男爵といった感じだよね」

「うん。だから、僕はよく辞書やネットで、調べ物をしないといけないんだ。うっかり嘘を信じさせられるからね。おかげで、変な雑学がどんどん増えていくよ」


 僕がため息交じりに言うと、睦月は幸せそうにくすくすと笑った。


「ねえ、睦月」

「何、ユウスケ?」


「サンタさんが、プレゼントをくれるという話は合っているんだよね?」

「うん」


「よかった。僕は、クリスマスのプレゼントに新しいPCモニターが欲しいと、サンタさんにお願いしたんだ。短冊に願い事を書き、もみの木にぶら下げたんだよ」

「それも、少し間違っていると思う。クリスマスと七夕が混ざっているし」


「えっ? そうか……。じゃあ、クリスマスの起源や、その変遷について、帰ったら調べることにするよ。僕は大忙しだよ」


 僕は、クッキーの生地をこねながら、ため息をこぼした。


「そういえば、睦月は、サンタさんに何をプレゼントして欲しいの?」

「えっ?」


 睦月は、恥ずかしそうに頬を染めた。睦月は、何を望んでいるのだろう。僕は気になったので、睦月の表情を窺う。睦月は、僕の視線を浴びて、少し照れくさそうにしたあと、口を開いた。


「ユウスケをプレゼントして欲しいかなあ」

「僕を? ふーん、そうなんだ。でも、僕はたいてい睦月と一緒にいるよ。家族ぐるみで付き合っているし。それなのに、僕をプレゼントして欲しいの?」


「うん。お嫁さんにして欲しいから。ユウスケと家族になると、きっと楽しいと思うから」


 睦月は、勇気を振り絞るといった感じで言った。睦月は、とても幸せそうだった。僕は、そんな睦月を、まぶしそうな目で眺めた。

 そういったことが、僕と睦月がまだ幼い頃にあったのである。僕は、文芸部のケーキを作りながら、そのことを思い出した。


 僕は、意識を現代に戻す。睦月の家の台所で、あの頃のように、僕たち二人はケーキを作っている。そのことを不思議に思いながら、僕は睦月の顔を見た。

 僕と並んで立つ睦月は、楽しそうな顔をしている。口数は少ないが幸せそうだ。僕は、その様子を眺めているうちに、一つの問いを口にした。


「ねえ、睦月」

「何?


「睦月は、サンタさんに何をプレゼントして欲しいの?」


 睦月は、はっと思い出したような顔をしたあと、懐かしさと、悲しさと、期待が入り混じったような表情をした。

 きっと睦月も、あの日のことを思い出しているのだ。僕たちは手を動かして、作業を続ける。しばらく経ったあと、睦月は照れくさそうに僕に顔を向けた。


「ユウスケをプレゼントして欲しいかなあ」


 睦月の願いは、あの頃から変わっていないらしい。僕は、何て答えてよいのか分からなかった。あの頃のように、気軽に答えることができなかった。僕たちは、歳を取り、それぞれの人生を歩んでいる。その道は、真っ直ぐ並んで続くわけではない。少しの違いも、日が重なれば、大きな違いになる。僕は楓先輩を思い、睦月は僕を思っている。睦月の気持ちは、素直に嬉しかった。僕が二人いれば、そう考えたりもした。

 もしサンタがいるのならば、僕をもう一人用意して欲しい。そして、睦月にプレゼントして欲しい。僕は、そういった願いを頭に浮かべた。そして、文芸部のクリスマス・パーティーのために、睦月とともにケーキの準備を続けた。


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