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第224話 挿話52「クリスマスと鈴村真くん」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、性別の壁を超えた者たちが集まっている。そして日々、性について奔放に語り合っている。

 かくいう僕も、そういった、性的な話題を好む系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、性を横断しながら暮らす面々の文芸部にも、そういった話にはうとい人が一人だけいます。「らんま1/2」の、早乙女乱馬だらけの呪泉郷に迷い込んだ、天道あかね。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。クリスマスが近いある日、僕たち文芸部の面々は、満子部長の計画したクリスマス・パーティーのために、過密なスケジュールをこなし始めたのである。


 ピンポーン!


 僕は、鈴村真くんの家のドアベルを鳴らした。


「はーい」

「サカキです」


「うん。今、玄関に行くね」


 鈴村くんの家は、高級そうなデザイナーズ住宅である。その廊下を、ぱたぱたと走るスリッパの音が聞こえたあと、目の前の扉が開いた。


「サカキくん、上がって」

「えっ、鈴村くん。その格好は?」


 僕は思わず、鈴村くんに尋ねた。

 鈴村くんは、華奢な体に、女の子のような顔立ちの男の子だ。そんな鈴村くんには、他人に隠している秘密がある。

 実は鈴村くんは、女装が大好きな、男の娘なのだ。鈴村くんは家に帰ると、女物の洋服を着て、等身大の姿見の前で、様々な可愛いポーズを練習している。そして、女の子の格好をする時には、「真琴」という女の子ネームに変わるのだ。

 僕は、その真琴の姿を、これまでに何回か見たことがある。鈴村くんは、その時のような、女の子の服装をしていたのである。


「女装のことは、家族に秘密にしていたんじゃないの?」


 鈴村くんの姿を確かめながら、僕は尋ねる。


「うん。今日は、家族は留守なんだ。それでサカキくんが来るでしょう。だから、思い切って、こういった服装にしてみたんだ」


 鈴村くんは、ひらひらとしたスカートに、温かそうなニットの服を着ている。そういった姿をしていると、可愛らしい女の子にしか見えない。僕は、そんな鈴村くんに手を引かれて、家の中に入った。

 玄関の扉を閉めた鈴村くんは、嬉しそうに微笑んだ。


「今日、家族は留守なんだ」


 先ほども、同じ台詞を言ったよなあ。意味深だ。僕は、そのことにドギマギしながら、靴を脱ぐ。


「じゃあ、さっそく僕の部屋に行こう」


 鈴村くんは、僕を急かす。僕は、スリッパをはき、鈴村くんと一緒に、音を立てながら、部屋へと向かう。鈴村くんの部屋は、相変わらず、少女趣味全開だった。色はピンクが主体で、様々な可愛い小物や、ぬいぐるみが置いてある。僕はそれらを見ながら、落ち着きなく席に座った。


「それで、今からサンタの服を作るんだよね?」

「うん。実はもう、すでに何着か作っているんだ」


「えっ、そうだったの?」


 僕は驚いて鈴村くんに尋ねる。鈴村くんは、部屋の隅にある木製の衣装箱から、何着かの赤い服を取り出した。そして、その一着を僕に渡して、試着してと言った。鈴村くん自身も、一着を手に取り、互いに背中合わせになって、服を着替えた。


「す、鈴村くん。この服は!」


 服を着替えたあと、僕は声を上げた。それは、胸の辺りが大きく開き、下半身がスカートになっている、いわゆるセクシーサンタのものだった。


「さすがに、この服はまずいと思うよ」


 僕は、振り向きながら言う。顔を向けた僕の視線の先には、キュートでラブリーな、プリティーサンタが、恥ずかしそうに立っていた。


「す、鈴村くん」


 顔を赤く染めながら、僕は声を漏らす。鈴村くんは、僕に一歩近付き、整った顔を寄せてきた。


「サカキくんは、可愛らしいサンタよりも、少し大人な感じのサンタの服が、似合うと思ったんだ。予想通りだね」

「というか鈴村くん。これは、普通のサンタの衣装ではないと思うよ。女性向けのものだと思うよ!」


「サカキくんは、サンタクロースは、男性でなければならないと考える派なの?」

「そんなことはないけど。ちょっと大胆すぎないかな、この格好は?」


「そんなことはないよ。ねえ、サカキくん。そこの椅子に座って。お化粧をしてあげる」

「い、いいよ」


「駄目だよ。女の子は、可愛くなくっちゃ!」


 はっ! 僕は鈴村くんの変化に気付いて、顔を向ける。その顔は、男の子の鈴村くんのものではなく、男の娘の真琴のものになっていた。


「さあ、座って。とっても素敵にしてあげる」


 真琴は、妖艶な笑みを浮かべて、僕を椅子へと誘う。僕は抵抗できず、椅子に座った。真琴は棚から化粧道具を取り出し、僕の顔を装っていく。最後に、鏡を見せてくれた。そこには、僕の面影が残っている女の子の顔があった。


「素敵だよ、サカキくん。今度は、僕だね」


 真琴は、軽く微笑み、自分の顔に化粧をしていった。そして、テレビで見る、どの女の子よりも可愛い面差しができあがった。


「サカキくん」


 美しく可憐な顔を僕に寄せ、真琴は甘い吐息を、僕に吹きかけてきた。


「実は、お願いがあるんだ」

「どんなお願い?」


「今日しかできないことなんだ」

「どういうこと?」


「家族が、今日はいないでしょう。だから……」

「だから?」


 僕の心臓は、大きな音を立てて鳴っている。その音を、体全体で聞きながら、僕は真琴の言葉を待った。


「家のいろんな場所で、写真を撮ったり、撮られたりしたいんだ。普段、家で撮影する時は、タイマー撮影しかできないから」


 あっ。僕は、鈴村くんのしたかったことが分かった。家族に女装のことを隠している鈴村くんは、自分の家で、自分のしたい姿で、普通に撮られた写真が一枚もないのだ。家族に自分の性癖を隠すということは、そういったことなのだと、僕は気付いた。


「それに……」


 鈴村くんは、恥ずかしそうに言う。


「僕の家で、僕の自然な姿で、サカキくんと一緒に写真に写りたかったんだ。サカキくんにも女装をしてもらって」


 鈴村くんは、駄目かなといった顔で僕を見上げる。その顔は、真琴の顔ではなく、いつもの鈴村くんの顔だった。


「いいよ」


 僕は微笑み、声を返す。


「本当にいいの?」


 鈴村くんは、少し驚いたような顔で尋ねる。


「他ならぬ、親友の頼みだからね。それぐらいなら、一肌脱ぐよ」


 僕の返事に、鈴村くんは、光が溢れるような顔で喜んだ。

 その日、僕と鈴村くんは、互いに女装した姿で、何枚も写真を撮った。鈴村くんの家の食卓で、台所で、居間で、廊下で、互いにシャッターを切り、二人でフレームに収まった。

 その撮影会が終わったあと、僕と鈴村くんは、部屋に戻って着替えて、普通のサンタの服作りを始めた。そして、夜の九時が近くなった頃に、鈴村くんのお母さんが帰ってきた。


「あら、真。サカキくんが来ていたの?」

「うん」


「サカキくん。ご飯、食べていく? 私は忘年会で飲んできたから、出前を取ることになるけど、いい?」

「じゃあ、ラーメンがいいです」


「サカキくん。あんたデブるわよ」

「えー、じゃあ、カツ丼で」


「それもデブる。そばにしておきなさい。真も食べてないの?」

「うん」


「じゃあ、一緒に何か頼みなさい」


 僕と鈴村くんは、出前を取り、一緒にご飯を食べた。


 僕は鈴村くんの家を出て、自分の家に向かう。

 道を歩いていると、メールの着信を知らせる音が鳴った。誰からだろうと思い、スマートフォンを取り出した。鈴村くんからだった。本文には、今日のお礼が書いてあった。そのメールには、二人で撮った写真が添えられていた。

 僕は、恥ずかしそうにしていた。鈴村くんは、とてもよい笑顔をしていた。僕は、わずかに頬をゆるめる。これだけ喜んでくれたんだから、よかった。そう思い、僕は笑みを浮かべて、再び歩きだした。


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