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第203話 挿話45「氷室瑠璃子ちゃんとの秋の一日」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、舌鋒鋭い者たちが集まっている。そして日々、言葉の刃で互いの心を傷付け合っている。

 かくいう僕も、そういった、言葉の暴力を知り抜いた系の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、殺伐とした面々の文芸部にも、純真な心を持った人が一人だけいます。ナイフ使いの決闘場に紛れ込んだ、ナイーブな心の少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


 そんな楓先輩と僕の文芸部は、今日は少しお休み。秋の休日の一日、僕は一年生の氷室瑠璃子ちゃんに相談事があって、彼女の家に向かっていた。


 アパートが立ち並ぶ道を歩いて、森の小道に入っていく。緑の景色を抜けると、前方に二階建ての中華風の店が見えてきた。入り口には、金色の文字で「氷室漢方実験所」とある。瑠璃子ちゃんの家、その家業の漢方薬屋だ。


 訪問することは、あらかじめ瑠璃子ちゃんに伝えてある。僕が店に入ると、チャイナドレスを着ている瑠璃子ちゃんが奥から顔を出して、鋭い目付きをした。


 瑠璃子ちゃんは、氷室という名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。


 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。「表情がゆるいのは、表情筋に問題があるからですか」とか、「テストの点が悪いのは、もしかして問題文が読めていないからですか」とか、「人類も、下を見ればきりがありませんね。サカキ先輩を見ていると、いつもそう思います」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。

 僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。


 そんな瑠璃子ちゃんのもとに、わざわざ来たのは、重要な依頼があるからである。


「やあ、瑠璃子ちゃん。今日も可愛いね」

「お世辞を言っているということは、ろくな話ではないのでしょうね」


「そんなことはないよ。僕の心は、摩周湖のように澄み切っているからね」

「澄み切っているのではなく、何も考えていないだけですよね」


 えー、相変わらず瑠璃子ちゃんは厳しい。


「それで依頼なんだけど」

「また、テストの点数を上げる薬が欲しいのですか? あまり先輩を甘やかすのはよくないので、お断りします」


「甘えるなんてとんでもない。僕の方が年上なんだから、瑠璃子ちゃんは、僕に甘えていいんだよ」

「年上なら、年上らしくしゃきっとしてください。私が二年生の試験を受けたら、おそらくサカキ先輩より高得点ですよ」


 まあ、確かにそうだろう。そのことは否定しない。相変わらずの毒舌に悩まされながら、僕は今日の本題を切り出した。


「実は、今日は、頭をよくする薬が欲しいんじゃないんだ」

「珍しいですね。どういった風の吹き回しですか?」


「食べ物の消化を助ける薬が欲しいんだ」

「えっ? 漢方薬屋に相応しい薬の依頼ですね」


「うん。たまには、まっとうな依頼をしないとね」

「でも、裏があるんじゃないですか?」


「よく、そのことに気付いたね。実は……」


 僕は、なぜ消化薬が欲しいかを瑠璃子ちゃんに語る。その理由は、この一週間の、僕の金欠に原因があった。


「実は、僕の所持金は今、三千円しかないんだ。それで、今週末に、前から楽しみにしていたエロゲが出る。どうしても欲しいんだけど、八千円もするんだ。来週ならば、お金が入る当てがあるんだけど、今週はない。そして僕は健全な中学生だから、消費者金融は利用できない。そこで一計を案じたんだ」


 瑠璃子ちゃんは、じと目で僕のことを見る。


「何だか、ダメ人間の思考ですね。それと、さらりとエロゲとか言わないでください。私は女の子ですよ」

「大丈夫。瑠璃子ちゃんは、僕よりも、よほど大人の心を持っているから」


 僕は、適当なことを言って話を続ける。


「それで、家の近くの来々軒という中華料理屋を思い出したんだ。大食いチャレンジ、成功すれば一万円! ただし、失敗すれば、三千円を払わなければならない」

「つまり、そのチャレンジで賞金をゲットしたいから、消化薬が欲しいというわけですか?」


「そういうことだよ」

「それは、ずるではありませんか?」


「でも、僕はエロゲが欲しいんだよ~~~!」

「はあ。そんな不正に荷担しろと言うのですか。仕方がありません。私も付いていきます。そして、勝負の前に薬をこっそりとあげます」


「薬だけくれればいいよ」

「駄目です。結果がどうなるのか、見届けたいですから」


「うん。まあ、じゃあ、それでいいよ」


 僕は、その話で納得した。瑠璃子ちゃんの家には、よく分からない秘薬が多い。これで、一万円ゲットは確実だ。僕は、瑠璃子ちゃんが外出着になるのを待ち、二人で一緒に来々軒を目指した。


 古めかしい中華料理屋に着いた。僕と瑠璃子ちゃんはテーブル席に座り、壁の写真を見る。大食いチャレンジに成功した人たちの、ポラロイド写真が並んでいる。チャーハン十人前を二十分で完食した猛者たちだ。僕の写真もここに並ぶのか。僕は、すでに勝利した気持ちで、店主に大食いチャレンジを申請した。


「君、中学生みたいだけど、大丈夫かい?」

「ふっ、店主。背中がすすけてるぜ」


 僕はポーズを取りながら言う。


「敗北した時は、きちんとお金を払えるのかい?」


 僕は、虎の子の三千円を見せる。店主は、仕方がないと言い、厨房に消えた。勝負のルールは簡単だ。最初の皿が運ばれてきてから、二十分以内の完食。途中で席を立つことは許されない。


 店主の姿が見えなくなったところで、瑠璃子ちゃんに薬を出してくれるように頼んだ。


「これです」


 魔法の小ビンのようなケースに入った液体を、瑠璃子ちゃんは差し出してきた。その液体は、複数の色が混ざっており、ぽこぽこと泡が出ていた。


「こ、これは?」


 何かやばいものにしか見えない。そう思い、僕は瑠璃子ちゃんに尋ねる。


「今朝実験で作ったものです。まだ試していませんが、強力な消化作用を持った薬品です。理論上、どんな食べ物でも溶かすことが可能です」

「えー、瑠璃子ちゃん。どんな食べ物ということは、人間も含まれるんじゃないのかな?」


「大丈夫です。理論上は、人間だけ溶けないようになっています。お腹がいっぱいになった時に、素早く胃に入れてください。食べたものが溶けて液体になりますから」


 う~~~ん、嫌な予感しかしない。だいたい、瑠璃子ちゃんは、いつもは天才的な頭脳なのに、薬品を作る時だけ、なぜか失敗する。それも、卒倒したり、吐いたり、ひっくり返ったりするような、恐ろしい薬品を作ってしまう。


「えーと、いちおう確認だけど、人間だけは溶かさないんだよね?」

「はい。私の考えが正しければ、人間だけ溶けません」


 そうか~~。いつものパターンなら、人間だけ溶けてしまうよなあ。

 うん? ちょ、ちょっと、待て。それは死ぬぞ! 僕は、自分の未来を想像してぞっとする。そういえば、こんな話があったなあ。僕は記憶をたどり、思い出す。


 魔夜峰央の「パタリロ!」の第十巻に収録されている「パンドラキン」という話だ。この話の元ネタは、落語の「蛇含草」だ。「そば清」「蕎麦の羽織」とも呼ばれるこの話は、昔話の「とろかし草」と内容が同じだ。

 人間を飲み込み、腹がぱんぱんになった大蛇が、草を食べたあとにお腹が引っ込んだ。それを見た旅人が、消化薬だと思い、大食い勝負でその草を使用した。その結果、旅人だけが溶けて、食べ物が残るという話だ。


 瑠璃子ちゃんが作った薬は、もしや、この蛇含草のようなものではないか? いつもの瑠璃子ちゃんの作った薬の失敗具合からして、その可能性は高い。


「ねえ、瑠璃子ちゃん。この薬は、実験をしていないんだよね?」

「はい。でも、私の計算が正しければ、きちんと機能します」


「本当かな?」

「私を信用しないんですか?」


「いや、そういうわけじゃ、ないんだけど」

「へい、お待ち! 特大チャーハン一杯目! 一皿当たり、二人前載っているからね! これを五皿で完食だよ!」


 店主の声とともにチャーハンが来て、大食いチャレンジが始まった。

 瑠璃子ちゃんの薬がきちんと機能するかは分からない。しかし、もうあとには退けない。五皿で完食。時間は二十分。一皿につき四分で食べなければならない計算だ。


 考える暇はない。「考えるな、感じるんだ!」僕は、「燃えよドラゴン」のブルース・リーの言葉を思い出す。そして、「アチョ~~!」と叫んで、レンゲを手に取り、チャーハンを胃へとかっ込み始めた。


「ヘイ、オヤジ! 一皿目タイラゲタネ!」


 僕は片言の日本語で、店主に次のチャーハンを要求する。僕の前では、瑠璃子ちゃんがちょこんと座り、時計を見ている。


「サカキ先輩。一杯目は三分で完食です。終盤ペースが落ちることを考えれば、もう少しペースを上げた方が望ましいです」


 瑠璃子ちゃんは、僕のセコンドのように振る舞い、アドバイスする。僕の前に、二杯目のチャーハンがやって来た。「ウ~~~~、アチョー!」僕は気合いの声を上げ、二杯目を胃へと流し込む。

 これで四人前か。これぐらいならいける。伊達にダメ人間をやっているわけではない。無駄な食事や間食は、僕の得意技だ。僕の胃は、そういった活動を許容するように、柔軟に拡張しているのだ!


「ヘイ、オヤジ! 二皿目タイラゲタネ! カモーン!」


 僕は、英語混じりの片言の日本語で、店主に次のチャーハンを要求する。瑠璃子ちゃんは時計を凝視して、僕にアドバイスを送ってくる。


「サカキ先輩。現在の消費時間は五分三十秒です。一杯目よりもペースが上がっています。普段の怠惰な生活で身に付いた、胃袋のだらしなさが、いい具合にチャーハンの消費に役立っています」


 あまり嬉しくない論評だなあ。自分で言うのはともかく、他人に言われるのは、ちょっとだけ傷付く。それにしても、少しずつ胃が重くなってきた気がする。


「ねえ、瑠璃子ちゃん。チャーハンって、一杯当たり、どれぐらいの重さがあるの?」

「そうですね」


 瑠璃子ちゃんは、鋭い目で、他の客のチャーハンを確認する。


「この店の、通常のチャーハンの重量は、目視でおおよそ三百七十グラムですね」

「そんなことが分かるの?」


「当然です。薬品の重量を、瞬時に見抜ける目を、私は持っていますから」

「それなのに失敗するの?」


 きっ、とにらむ目が向けられた。地雷だったようだ。踏んではならぬ、虎の尾を踏んでしまったらしい。

 僕は、瑠璃子ちゃんが告げた重量から、現時点で胃に入った重量を計算する。三百七十の四倍だから、……何グラムだろう?


「どうせ、サカキ先輩のことですから、現在まで食べたチャーハンの重量を計算しているのだと思います。三百七十グラムの四倍は、千四百八十グラム、つまり約一・五キロです」


「よく、僕が考えていることが分かるね」

「当然です。サカキ先輩が考えていることは、何でもお見通しです」


 瑠璃子ちゃんは、少しだけ頬を染めて言う。うーん、どうしてだろう?

 それにしても、一・五キロか。そりゃあ、お腹も苦しくなるなあ。全部食べたら、何キロになるんだろう。三百七十の十倍で、三・七キロか。……えっ、三・七キロ?


 新生児の平均体重は、確か二・九キロだった気がする。赤ちゃんで三・七キロって、かなり大きい方の気が。それが全部お腹に入るというのか? うわ~~ん。チャーハンに孕まされる! 僕は、そんな想像をしてしまい、絶望的な気分になる。


「うう、チャーハン怖いよう」

「サカキ先輩。しゃきっとしてください。あと六人前ですよ」

「ううぅぅ」


 僕は涙目になりながら、次のチャーハンを待つ。


「へい、お待ち! 特大チャーハン三杯目!」


 ドンッという重量感溢れる音とともに、大皿のチャーハンが机に置かれる。く、薬を飲むか? 瑠璃子ちゃんが作った、蛇含草かもしれない謎の薬を。

 いや、まだ早い。これは最後の手段だ。僕は、必死にレンゲを口に運ぶ。その動きは、先ほどとは違って緩慢だ。


「ヘイ。オヤジ。三皿目タイラゲタヨ。オテヤワラカニ!」


 もう、何を言っているのか分からない。僕は、店主に次のチャーハンを要求する。瑠璃子ちゃんは、冷静な目で時計をにらみ、僕にアドバイスを送ってくる。


「サカキ先輩。現在の消費時間は、十分三十秒です。一杯目が三分、二杯目が二分三十秒、三杯目が五分です。残り二杯。その両方を五分で食べても、二十分をオーバーします。つまり、現時点で敗北が確定しているわけです。ジ・エンドですね」


 瑠璃子ちゃんは、蔑むような目で僕を見ながら言う。

 くっ、瑠璃子ちゃんが言うように、このままでは敗北は必死だ。敗北か薬か。効果の分からない危険な薬でドーピングをするか?


 ドンッという重量感溢れる音とともに、大皿のチャーハンが机に置かれた。魔の四杯目だ。いや、まだがんばれる。「フゥオ~~~~。アチョ~~~!」ブルース・リー、僕を守って! 僕は気合いを入れて、レンゲの刺突を繰り出した。


「ゼーゼー、ハーハー。ボク、四皿目タイラゲタ。オヤジ、五皿目モテクルネ」


 ろれつが回らなくなっている。ボクは、赤ちゃん返りしたような拙い口調で、最後の一皿を要求する。


「サカキ先輩。現在の消費時間は十六分三十秒です。四杯目は六分かかっています。残り時間は三分三十秒。これ以上の努力は、時間の無駄だと思うのですが」


 瑠璃子ちゃんは、負け犬を哀れむ目で僕を見る。

 ふっ、切り札というものは、最後に残しておくものだよ。


「僕は人間をやめるぞ! 瑠璃子ちゃんーーっ!!

 僕は人間を超越するっ! 瑠璃子ちゃん、君の薬でだぁーーっ!!」


 僕は、謎の小ビンに入っていた液体を口に入れる。どろりとしており、ぶにぶにしており、ざらざらしており、ぐにゅぐにゅしている。

 うっ、何だこれ? 人間が飲んでよいものなのか? 舌の上でプチプチと弾けて、うねうねと動いている気がするのだけど。

 液体は、蠢きながら、喉を通り、胃へと落ちていく。そして、胃の中で、謎の活動を始めた。


「ガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガ、グアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 胃の中で何かが大暴れして、体が仰け反る。店内の人は、僕が危険ドラッグでもきめたのかと思い、そそくさと逃げ出す。店主が、五杯目を持って厨房から出てきた。そして、僕の姿を見て驚愕する。僕は、右に左に飛び跳ねながら、胃の状態が収まるのを待つ。


「残り三分」


 瑠璃子ちゃんは、僕の窮地を完全にスルーして、時計をにらんでいる。ちょ、目の前で、僕が死にそうになっていることに気付いてよ! しかし、瑠璃子ちゃんは動じない。


「理論的には、そろそろ胃の中のものが完全に液体になるはずです」


 胃の状態が収まってきた。強烈な痛みが消える。これで勝てる! 敗北を知りたい、敗北って何だ? 僕はレンゲを手に取る。そして、そこで動きを止めた。


「あの、瑠璃子ちゃん」

「何でしょうか?」


「液体になっても、胃の中のものが消えるわけじゃないんだよね?」


 瑠璃子ちゃんは、僕をにらむようにして見た。そして、ゆっくりと視線を逸らし、額から汗を一筋垂らした。


「薬の実験は成功です。見事、液体になったようです」

「ちょ~~~、大食いチャレンジに勝てないと、意味がないじゃないか~~~~!」


「試合に負けて、勝負に勝った。サカキ先輩は敗北しました。しかし、その貴重な犠牲は、人類という大きな視点で見れば、勝利だったと言えるでしょう」


 瑠璃子ちゃんは、目を逸らしたまま言う。


「あと、二分だけど、どうする?」


 店主が僕に尋ねてきた。僕は硬直したまま、どうするか考える。その間に、液体になったチャーハンが、腸に流れてくれないかと淡い期待をかけた。


「あと、一分だけど、どうする?」


 駄目だった。うわ~~~~ん!

 僕は懐から、千円札を三枚取り出した。グッバイ・マイ・スリー・サウザンド・イエン! 僕は、その三枚を机に置いた。そして、僕の大食いチャレンジは終了した。


 来々軒を出た僕と瑠璃子ちゃんは、とぼとぼと帰途に就く。


「すみませんでした、サカキ先輩。力になれなくて」


 敗北して、落ち込んでいる僕を見て、さすがに気まずくなったのか、瑠璃子ちゃんが優しい言葉をかけてくれた。僕は、大きくため息を吐く。


「いいんだよ。僕のわがままに付き合ってもらったんだから」


 僕は、瑠璃子ちゃんの頭に手をやり、くしゃくしゃと、髪の毛をいじってやる。

 瑠璃子ちゃんは、仕方がないなあといった感じの顔をしたあと、僕を見上げて、にっこりと微笑んだ。素直に笑った時の瑠璃子ちゃんは、本当に可愛い。その姿を見ながら、僕も笑みを漏らす。


「サカキ先輩」

「何だい、瑠璃子ちゃん」


 僕は、優しい声を瑠璃子ちゃんにかける。


「ダイエットをしてくださいね。今日のチャーハンは、八杯分で二千九百六十グラム、約三キロでしたから」


 うっ……。僕は三千円を失い、三キログラムの贅肉を手に入れたのか。いや、そんなことはない。三キロのほとんどは、消化されずに流れていくはずだから。


「ちなみに、あの秘薬は、食糧難の時代に、効率よく食事から栄養を得るために開発したものです。ほぼすべての重量が、体内に吸収されます」


 えっ、何ですと?


「ふええ」


 僕は、思わず悲しみの声を漏らす。人類よ、僕の屍を超えてゆけ! いや、僕の脂肪を超えてゆけ! 僕は、そんなことを思いながら、瑠璃子ちゃんと、とぼとぼと歩いた。


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