僕が24時間DJをしてみて思ったこと
この記事を書いている1日前、つまり2021年3月7日に私は配信サイトTwitchの配信者が参加する大会「twitch streamer battle」に出場した。結果は32人中31位。つまりは惨敗、クソ雑魚だったわけである。とはいえ、普段お話しすることの無い配信者の皆さんと交流できたことは本当に良かったし、これからも音楽以外の界隈の方とも積極的に交流できるように、いろいろな舞台に立っていきたいと強く思う時間であった。私はこの大会に出るにあたり付け焼刃ではあるものの前日徹夜をして競技ゲームとなった「superdrinkbros」を練習していた。27歳になってゲームの練習をする日が来るとは、司法書士の勉強をしていたあの頃の私が聞いたらどんな顔をするのであろうか。アンジェ・アキ「手紙」のような手紙を僕が書いていた場合きっと一つとして当てはまる未来の自分になれていないであろうと思うばかりである。
さて、今回記事を書くに至ったのはもちろん先述したtwitch大会のことではない。さらにその2日前、3月4日に僕が企画した24時間連続DJ企画こと「Batsu24H」についての話である。私がなぜ24時間企画をやるに至ったか、そしてやり終えた今はどのような心境かについて記載していこうと思う。私のnoteは基本的に私の備忘録、メモ、日記の側面が強いと言い続けてきたが、今回ばかりは読んでいただく皆さんにも少し伝わってほしい内容でもある。できるだけ簡潔にまとめるよう努力するので、もしよろしければ最後までお目を通していただきたい。
さて「Batsu24H」を開催するに至った経緯についてはまず私のコンプレックスについて述べるところから始まる。コンプレックスというものは客観的な意見によって生まれるものではなく、自分自身の偏見や卑屈から生まれるものであると私は思っている。それでは、私のコンプレックスは何か。
それは、「圧倒的なアーティスト性の欠如」である。
もう少しわかりやすく言い換えると、DJとしてあるべき"前に立つものとしてのファッション性""カリスマ性""オーラ"などが、自分には全くと言っていいほどないと思っていることがコンプレックスなわけである。これについて、「Batsuにも十分その性質がある」や「そもそもDJにそのような性質そのものが必要ない」といった意見があることと思う。先ほども述べた通りこれは私自身の中にあるどうしてもぬぐいがたい、消すことのできない偏見・卑屈なわけである。そう簡単に払拭できるものではないのだ。では、今まで10年続けてきDJ活動そのものを私自身や私をオファーしてくれた数多くのイベントを否定するのかというと、そういうことではない。私にはコンプレックスに対抗できる、今までステージに立ち続ける原動力となった唯一の武器がある。
それは「人並外れた献身へのこだわり」である。
こちらも具体的に言い換えると、イベントやクラブにいる客への"気配り""配慮""サービス"の徹底には自信があったということである。「どのような雰囲気にするべきか」「どのような曲をかけるべきか」など、自分ではなく他者の思考に思いを至らせることで自分のDJの快感を得ていたわけである。さて、自分のコンプレックスと、DJの動機について話したところで本題に戻るとする。私がなぜ「Batsu24H」を実施したか。
昨今でも新型コロナウイルスの影響を受け、各クラブイベントはいまだに際営業の目途が立っていない状況、自粛ムードが続いている。こればかりはどうすることもできない未曾有の出来事で、クラブハウス、ライブハウス配信や、無観客LIVEなどを利用しなんとか営業再開までをしのいでいる状況であると思う。そんななかDJを含めた各アーティストも活動の幅を広げる努力をしている状況である。clubhouseを使ったコミュニティの開拓、音源作成、新しいLIVE形式の開発などなどさまざまである。私自身も昨年大阪から引っ越してきたということもあり「何かをしなければいけない」という焦燥に駆られつつも、先述しているコンプレックスが邪魔をして「私自身にフォーカスを当てた企画」をすることができないことに苦しめられていた。そんななか、ふと大阪にいた頃、友人のin the blue shirt、パソコン音楽クラブの西山君に「24時間DJをやるとかはアホらしいけどバツみたいな運動部キャラの人間にしかできないことだしやってみてや」と話されていたことを思い出し、その日にclubasiaの店長スーさんに連絡をしてご飯にお誘いし、24Hの企画について話すことになった。個人のDJが24時間するだけの企画にclubasiaという大会場を抑え、それに加えてスタッフを手配するなど、なんともわがままな要望であったにも関わらずスーさんはその場で快諾してくれた。今思えばスーさんも私の思いに気づいて無理をしてくれていたのかもしれない。clubasiaの会場を抑えたあと、こちらも東京で何から何前お世話になっている配信技研の牧野さんに連絡を取り24時間DJ実施の連絡をしたところ、こちらも二つ返事で配信の協力に快諾してくれた。本当に何から何まで人の協力がなければ実施できなかった企画だと今でも思う。
そして3月4日の19時半、24時間DJへのチャレンジが始まったわけである。チャレンジ前にも配信で述べていたのであるが、今回はあくまでも「24時間チャレンジを見る配信」「24時間いつでも作業BGMとして使用できる配信」になればいいと心の底から思っていた。つまりは、僕のためという側面は取るに足らず、あくまでも見てくれる人が楽しんでくれたり、時にはバカにしてくれたりすればいいと思っていた。そうしてBatsu24Hは始まった。
唐突ではあるが、私は決して音楽に詳しいわけではない。
尊敬するDJであるokadadaさんやWILDPARTYさんが主宰しているAUDIO TWOで流れている曲もほとんどわからないし、同世代のDJ SEKITOVA君のようにテクノに詳しいわけでもない。ましてや、mograのDJのようにアニソン・声優の曲が詳しいわけでもない。それでも私は音楽を聴くという行為が大好きであるし、その気持ちだけは誰にも負けたくないと思っている。もちろんDJをすることが好きという気持ちも同様である。だからこそ24時間、DJをやっているときは決して雑な繋ぎや雑な選曲をすることはあってはならないと思っていた。(座ることも許されないなどという、体育会系的な発想は後から友人によって改めさせられたが。)それでも開始から14時間ほどたった5日午前10時ごろ、私の気持ちが切れかかった時間があった。ふと、twitchの配信画面を見ると一つのコメントが目に入った。
「BatsuがDJ頑張ってるし自分も仕事頑張る。早く仕事終わらせて今日は応援に行くぞ」と。
大人になって、人に応援されてこんなにうれしかったことはなかった。ましてや東京に出てきてからというもの、自分への自信も失いかけていた私にとっては何よりもかけてほしい言葉であった。同時に人のために行っていると思っていた自分の挑戦だったが、逆に私のために応援してくれる人がいるということに気付いた。挑戦する自分を本当に応援してくれている人がたくさんいるというその事実を受けて、結果、より一層DJへの集中力を高めることができた。それから客入れ時間となる17時まで、一度としてだれることなくDJをすることができた。
そして3月5日17:00 clubasia開場。
後からスーさんとも話していたが、クラブに客がいるということが本当に大事であるということを再認識する瞬間だった。かけた曲へのリアクション、熱気、すべてがダイレクトに伝わり、それに自分も応える。コロナ以前まで当たり前に行えていたことではあったが、その当たり前に強く感動したことを今でも覚えている。途中嬉しすぎてかけたい曲が次々に湧き出てしまいあたふたすることもあったがそこはご容赦いただきたい。来てくれた人の中には普段お世話になっているDJやお店のスタッフの方もいて、もう本当にどうしようもなく幸せであった。そしてフィナーレ。
最後にかけた曲は「サンボマスター - できこないをやらなくちゃ」
もう一昨日か…
— スー (@ShowSuzuki) March 7, 2021
改めてBatsuくん、24時間DJお疲れ様でした!昨日1日丸っと何もしなかったけど、バツがDJした1日と同じように時間は過ぎてて、なんだろ、毎日一生懸命生きようと思いました。話がデカいけど本気で思ったんだな。関われたことclubasiaを代表して感謝します。またパーティーで!#Batsu24H pic.twitter.com/F3yrLHaa0P
昨年MU2020で自分のDJの最後にかけた、思い入れのある曲で、コロナ前後に関わらず、聞いてくれる人のすべてを肯定したいという思いを込めてかけた曲である。
イベント終了後、来てくれた人へ挨拶しに行き、帰宅したあとtwitterなどを見返したくさんの方からのメッセージも読んだ。どれも僕の挑戦を受けて勇気、元気をもらったとの内容だった。そして、「Batsuがやるからよかった」とも言ってくれた。
今までたくさんのイベントに参加したにも関わらず自覚がないのはさすがに失礼だろうという意見も重々承知で言うが、「Batsu」を評価してくれている事実を常日頃から疑っていた私が、初めて心の底から自分の存在を認め、自分の価値を認める瞬間だった。
まさかこのイベントが長年自分の抱えていたコンプレックスを打ち払うイベントになるとは思ってもみなかった。
真に「アーティスト性」とは自分からだけで生まれるものではなく、相手にどう伝わったか、相手がどう見てくれているかという側面も存在することに気付いた。私の感じていた「アーティスト性」はつまるところ私個人の憧れ・渇望であり決してアーティストとして必ずしも持っておくべきものではないということに気付いたのである。少なくともあの日asisaに来てくれた人、配信を見てくれた人は私のことを「Batsu」として認めてくれていて、DJとして認めてくれているのだと実感した。
イベントを終えて数日たったいま、私の武器である「献身」は紛れもなく私のアイデンティティであり誰にも批判されるものではなかったのだと思えている。1~2時間のロングセットでHouseやテクノをかけ続けることができない私でもDJとして認め、求められるんだと心の底から思えている。読者のみなさんにどれほどこのことが伝わっているかは不明であるが、私にとってはとても大きな一歩となっている。私も皆さんに24時間DJを通し与えれたこともあると思うが、同時に皆さんから与えられたものも多くあった。DJキャリア至上一番大事な時間になったと思っている。
これからもBatsuとして活動は続いていくわけだが、自分の良いと思うもの、自分が正しいと思うことに正直になれるように努力していこうと思う。それに気づかせてくれたのはイベントに関わってくれた方、参加してくれた皆さんのおかげである。改めてスーさん、asiaスタッフの皆様、配信技研の皆さま、VJしてくれたらしお君、参加してくれた皆さん、見てくれた皆さん、ありがとうございました。
最後に
アンジェラ・アキの「手紙」は2コーラス目に今の自分が昔の自分に宛ててメッセージを送るくだりがある。せっかくなので最後はそれをまねて、この記事を締めるとする。長文にもかかわらず最後まで読んでいただきありがとうございました。これからもBatsuをどうぞよろしくお願いします。
拝啓 自分へ
自分はようやく自分認めることができるようになりました。
他者への憧れや焦り、嫉妬など色々あると思いますが、
今はそれも大事なことなんだと気づけました。
ちゃんと悩んでくれていてありがとう。
あ、あとお前司法書士やめて東京に住んでゲームしてんぞ。


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