ゲノムと社会的成功

 今回取り上げるのは、こちらの一連のツイートで論じられている知能遺伝学について。話の枕に使われているのが2015年に発表されたGenetics and intelligence differences: five special findingsというペーパーなのだが、そこで提示されている5つの予想についてツイートでは「本当にそんな予想が成立するのか疑わしい」という異論を述べている。この議論が興味深いのは、何度か紹介しているグレゴリー・クラークの主張に影響を及ぼす可能性があるためだ。
 例えばクラークはこちらでも紹介したように、どの社会でも社会的流動性は一般に思われているよりも低いと主張している。個人の所得といった遺伝学でいうなら表現型に相当するものは、世代ごとの相関係数が社会によっては0.2ほどしかないのに対し、珍しい姓を使って調べた「遺伝子型」の世代別相関係数は大半の社会で0.75と高い数字を記録している。つまり世の中というのは時代や場所が異なっていても思ったより公平にできている、とクラークは主張している。
 この主張が成り立つためには、特に社会を動かすうえで必要な知能面において、遺伝が大きな役割を果たしていることが事実でなければならない。Genetics and intelligence differencesでは実際に5つの予想の2番目において、多様な認知能力や学習能力に対する遺伝的影響は、表現型では0.3、遺伝子型では0.6かそれ以上の相関を持っていると記している。従って遺伝子型について調べる手法(ペーパーではgenome-wide polygenic scores、GPSと呼んでいる)を、特に知能のGPSを使えば、その人物が将来どうなるかについて優れた予測精度を示すはずだ、と指摘している。
 要するに学習とか環境ではなく遺伝によって受け継いだ知能こそが将来の成功を決める要因になる、との主張なわけだが、それに対してツイートでは予想に反する研究を紹介し、反論している。2021年の研究だが、スコットランドでの事例を見る限りGPSから直接g(一般知能因子)を予測するより、VNR(言語数的能力)からgを予測する方が制度が高かったそうだ。さらに教育など他の指標を使った場合もGPSから予測するより精度が高かったし、そもそも知能の遺伝率は非常に低いためにその効果は限定的だとしている。
 もう一つ、クラークが主張している内容の中には、結婚相手を選ぶに際しては表現型より遺伝子型で共通度の高い相手が選ばれているというものもある。Genetics and intelligence differencesでは予想の3番目がそれに相当しており、そこでは配偶者の相関係数が知能では0.4に達しているのに対し、性格などの行動特性は0.1、身長など身体的特性は0.2に過ぎないと主張している。もちろんこれに対してもツイート主は異論を唱え、論拠となる2022年の論文を紹介している
 約300万人のサンプルを使ったこの研究によると、GPSどころか単なる認知能力(つまり表現型)で見ても配偶相手との相関は教育の程度、身長、BMIといった外見的な特徴における相関よりも低い数字が出てきたという。さらに知能に関するGPSの相関は0と有意差がないのに対し、GPSと教育については「非常に大きな驚くべき相関」が見られたという。つまりGPSはヒトの知能を通じてではなく、学歴を通じて観察できる度合いの方が高いことを意味している、のかもしれない。いずれにせよGPSが知能(認知能力や学習能力)を測るうえで適切な手法なのか、疑念を抱かせる内容だ。
 クラークも教育が結婚相手の選択において相関が比較的高いことは認めており、さらに表現型よりも遺伝子型の方がもっと高いという研究を紹介している。だがツイートで紹介されている研究だとそこまではっきりとした傾向が出ているかどうかは不明だし、出ていたとしてもそのルートがGPS→知能→結婚相手、ではなくGPS→学歴→結婚相手、である可能性が高い。つまり遺伝的特性がもたらしているのは認知学習能力の高さではなく教育という社会的制度への適応度、と考えることもできるのだろう。
 ただしこれも正しいかどうかは断言できない。少なくとも知能が教育や社会階級と関連しており、これら互いに相関している3つの変数が社会流動性、健康、病気、死亡率の違いに影響を及ぼすというGenetics and intelligence differencesの5番目の予想についても、これまた最新の研究では否定的な見解が出ているそうだ。まず遺伝と知能がどのくらい相関しているかについてだが、2022年の研究だと遺伝率は44%低下したという。さらに知能が健康に及ぼす影響についても、2019年の研究によれば教育は大きく健康を高めるのに対し、知能はほとんど影響がゼロだったそうだ。
 もう一つ、クラークとは直接関係ないのだが、知能の遺伝率が年齢とともに高まるという予想もある。Genetics and intelligence differencesの1番目にあるものだと、幼児期には20%ほどしかない遺伝率が成人後期になると80%まで高まる、という予想だが、ツイート主は2018年以降のいくつかの研究を示して実際には遺伝率は年齢が加わってもあまり変わらない、という話を紹介している。確かにそこで紹介されている数字を見ると世代ごとの違いはあまりなく、むしろ最も低い12%という数字を出しているのは50歳超、逆に最も高い27%となっているのは6~18歳だったりする。
 以上、Genetics and intelligence differencesにおける5つの予想のうち、後に否定的な研究結果が発表されたものが4つを占めているとツイート主は指摘している。残る1つ、同じ遺伝子が高い知能と正常な知能の両方に影響を及ぼすという予想についても、小規模な研究しかないので結論は出ていないが、その研究においては相関は再現されなかったという。つまりゲノムを分析することによって認知能力や学習能力といった知能を、ひいてはそこから社会的地位や健康といった人生の「結果」について予測することは、実際にはかなり困難らしい。10年前の予想は残念ながら軒並み外れた、ということになる。

 もちろん研究によって結果がぶれることは多々あるし、だからツイート主が紹介した各種の研究だけで決着がついたと断言する必要はない。今後むしろ5つの予想を肯定するような結果が新たに発表されないとは限らないわけで、いつものことだが、この手の話は早々に結論に飛びつくのではなく、証拠が積み重なるのに合わせて少しずつ評価を固めていくのがいいのだろう。当然そうした慎重さは、ツイート主に対してだけでなく、クラークの主張を受け入れるかどうか判断する際にも働かせるべきものだ。つまり遺伝が社会的流動性にどんな影響を及ぼしているかについては、正確なところははっきりしないという態度を維持する方が安全である。
 ただ、少なくともGenetics and intelligence differencesで提示された、GPSを使ってゲノムから直接その影響を導きだそうとする取り組みは、さすがに軽率すぎたようには見える。ゲノムと表現型との関係は正直言ってかなり複雑であり、両者の間をきちんとつなぐ議論を組み立てるには相当な労力が必要になると考えた方がよさそうだし、その間に様々なゲノム以外の要因が挟まってくる可能性も高い。その要因の中には環境とか教育、あるいは家族間ではなく友人関係などによる影響もあるだろうし、その影響度合いも人によって異なったりするのかもしれない。
 原因から結果に至る複雑なアルゴリズムを省略し、安易に因果関係を想定したがるのは、おそらく人間特有ではなく動物に共通する性向なのだと思う。陰謀論などは極めて安易な因果関係に飛びついた結果として生まれてくるものだろうが、そうした陰謀論的思考法は鳩ですら行っているわけで、進化を通じてそれだけ根強く染みついた傾向だと考えた方がよさそうだ。知能遺伝学の世界ではゲノムと社会的流動性が簡単に結びつけられると考えてしまったそうだが、これは以前紹介した「人は合理的な思考の結果として呪術を否定するのではなく、科学が正しいんだから呪術は間違っているはずだといった思い込みに従って否定している」という説を裏付けるものともいえるかもしれない。科学的思考法に則って順番に理路を探ろうとするのではなく、途中を省略して安易に因果関係が成立すると考えてしまったあたり、研究者であってもヒトが今なお「合理的思考過程の内面化」ができていないことを示しているのではなかろうか。
 とはいえ、因果の理路がはっきりしていないだけで遺伝が社会的流動性に何らかの影響を及ぼしている可能性までが消えたとは思えない。というか各予想に対する反論を見ていると、むしろゲノムは知能ではなく教育(学歴)経由でその人物の人生に影響を及ぼしているのではないか、という気がしてくる。この場合、実際には読解力とか数的思考力といった認知能力よりも、教育という社会的な制度に対して適応できることを示す能力の方が、最終的な社会的成功にとって重要であることを意味している可能性もありそうだ。目に見えない認知能力よりも学位というわかりやすい物の方を社会はより高く評価する、のかもしれない。
 クラークの議論を否定するためには、どのルートを通って遺伝が影響を及ぼすのかを探求するだけでなく、遺伝以外がどのくらい影響するのかについてもきちんと調べる必要がある。配偶者選択において教育よりも大きな影響を及ぼす要因があること、ゲノムと教育との関係より強い別の要因が存在すること、などを手間暇かけて調べなければ結論は出ない気がする。そうした結果が見えてくるまでは、クラークの唱える「世の中は思っているよりも公平で、社会的流動性は実はかなり低い」という説が成り立つ可能性も頭の中に置いている方がいいんじゃなかろうか。

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