「鉄道オタク = 残念な人」の烙印はなぜ?──鉄道会社も「採用したくない」現実、純粋さが招く「閉鎖性」という社会断絶【連載】純粋鉄オタ性批判(3)
排他性が招く自滅構造
鉄道オタクの最大の問題は「閉鎖性」にある。
近年、鉄道写真撮影のマナー違反がマスコミでも頻繁に報じられている。自身にとってよい構図で撮りたいという過度なこだわりがトラブルの原因だ。
・駅員など鉄道スタッフへの暴言や暴力
・陣取り合戦で他者を一切受け入れない態度
も目立つ。すべて「自分にとって」が問題の出発点になっている。
こうした排他的な振る舞いが社会的批判を招き、鉄道マニア全体のイメージを損なっている。その結果、
「鉄道オタク=残念な人、失敗人間」
と見なされることも多い。自分以外を見ることやコミュニケーションを取ることすらできない人が多いのは残念だ。自身の利益だけを優先し開き直る人もいるが、そうした態度が趣味の健全な発展を妨げている。
音声収録を行う「音鉄」でも、駅や車内で一般利用者を邪魔者扱いする排他的な態度が見られる。鉄道オタクは「自分にとって」の視点に偏りすぎて、周囲が見えていない点が最大の問題である。社会との関係性を重視せず内向きになり、コミュニケーション不足から孤立する傾向が強い。
筆者は鉄道事業者に知人が多く、意見を聞く機会も多い。多くの事業者は、
「オタクを極力採用したくない」
と考えている。その理由は、乗客対応に重要な対人コミュニケーションが苦手で、偏執的な鉄道へのこだわりが強い職員は現場に不要とされているためだ。本来なら、鉄道好きの知識を活かして鉄道事業者でキャリアを築くのが望ましい。しかし、多くの鉄道オタクは就職活動という人生の分岐点でつまずいている。
そもそもオタクという言葉は1980年代から使われており、代表的な辞書では
「特定の分野及び物事にしか関心がなく、そのことには異常なほど詳しいが、社会的な常識には欠ける人」
と定義されている。ちなみに、マニアは「ひとつのことに異常に熱中する人」、フリークは「ひとつのことに取りつかれたように夢中になっている人」とされる。問題は、
「オタク = 社会的常識に欠ける」
という定義が浸透し、歴史的・文化的背景から来る閉鎖性が根本的な要因であることだ。鉄道オタクが生きやすくなるためには、この閉鎖性から脱却することが極めて重要である。