ある日突然、出国の自由奪われ…白紙デモ参加者語る中国当局“監視の実態”
中国社会を揺るがした2022年の「白紙デモ」。3年近くがたって参加者の若者は今も事実上、海外への渡航を制限される日々が続いているという。
デモに参加すれば「悲惨な結果を招くことは想像していた」。当時の悲壮な決意を語った若者。しかし今から36年前、1989年の天安門事件に参加した若者たちへの思いを尋ねると「思いは共通していたのかも」と語った。
■憧れの日本に行けず…理由の説明なく海外渡航制限
「日本に行ってみたい。日本のアニメや映画が好きだから」
こう語ったのは中国に住む陳さん(仮名)。しかし、陳さんが憧れの日本の土を踏むことは難しい。中国当局から出国を制限されているからだ。パスポートは持っている。航空チケットも購入して空港にまで到着したその時、突然、出国できない旨を告げられた。陳さんはまだ10代、いつまで海外渡航を禁じられるのか、理由は何なのか食い下がったが、当局から説明はなかった。しかし、陳さんにとって理由は明白だった。3年前、陳さんがある集会に参加したことがきっかけとみられる。
2022年11月末、習近平政権の、いわゆる「ゼロコロナ政策」に抗議して、白い紙を掲げたデモ隊が北京や上海などの街頭を埋め尽くした。白い紙は“自分の思いを口にすることすら許されない”不自由さを表現するものだった。陳さんも参加者の1人だった。
■白紙デモ参加者語る…極限状態、学生同士の小競り合いも
当時、陳さんは習近平国家主席の母校でもある名門・清華大学の学生だった。キャンパスに多くの学生が白い紙を掲げて集まった。普段は静かなキャンパスが、殺気立っていたという。
時間がたつにつれ参加者は徐々に増え、最終的には1000人を優に超える学生が集まった。清華大学は中国共産党の幹部の多くが卒業してきた保守的な学風としても知られるが、この時は空気が違っていたという。なぜ学生たちは立ち上がったのか。陳さんは厳しい行動制限を伴うゼロコロナ政策の下で、学生たちの鬱屈した状況を語った。
「長引くコロナ自粛や学業のストレスから、悩みを抱える学生も多かった。自分も周囲のプレッシャーなどから精神状態が良くなかった。行動も制限されて、このまま何もしなければ、泥沼にはまり、人生のどん底に落ちてしまうと思った」
しかし、2022年11月末、中国西部、新疆ウイグル自治区の集合住宅で起きた火災で住民らが逃げ遅れて死亡。ゼロコロナ政策で通路が封鎖されていたことが被害が拡大した原因との見方が広がり、全国的に抗議が広がった。それは1989年の天安門事件を知らない10代の陳さんにとって初めての光景だった。
「そんな時に目にした光景は、ある意味チャンスだと思った。黙っているよりかは、何か声を出してから沈んだほうがいいのではないかと。もちろん、後に悲惨な結果を招くだろうと想像はしていた」
陳さんだけではない。取材に応じてくれた別の参加者もこう語った。
「逮捕を恐れて声をあげなければ、間違いなく絶望していた」
陳さんが発した声とぴったり重なる言葉だった。中国の理系大学の最高峰とされる清華大学。英語で自由=「フリーダム」と表記が似た数学の方程式を掲げる学生もいたという。一方で、中国共産党や政府を支持する学生が、運動を阻止しようと参加者の顔に落書きをするなど学生同士の小競り合いも起きていたという。しかしその後、中国当局が一斉に制圧。白紙デモは押さえ込まれた。その後、学生らを待ち受けていたのは、監視と隣り合わせの日常だった。陳さんの知人の中には、拘束されたり、連絡が途絶える人も。さらに突然SNSのアカウントが凍結される事態も起きた。陳さん自身も身の危険を感じ、スマートフォンで撮影した映像やパソコンの中に保存していた関連のデータをすべて削除した。
それから3年近く、陳さんは海外に渡航する手段も奪われ、当局の目を感じながら過ごす日々が続く。
「あの運動に参加して以降、突然、海外への出国が禁止されてしまった。原因や期限など、詳細を何も教えてくれない」