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連載「バブルなんて大っ嫌いだった」①フジテレビの80sに集約されたバブル・カルチャー

どうも。

年の明けた頃からでしょうか。SNS越しから伝わってくる日本の話のあれやこれやを聞いているうちに、僕の記憶の片隅の奥にしまっておいたものがいろいろと突き動かされました。それは何か。ズバリ

バブル時代に対しての強いアンチテーゼの気持ち


ズバリ、これですね。

時代にして1989年から93年くらいですね。経済指標でいうと91年にはバブル終わっていることになっているんですけど、経済指標通りに人々の気分なんてピタッと動くわけでは決してありません。あの時代特有の浮かれ気分は1993年までしっかり続いていましたよ。

バブル崩壊から後の30年くらいの「実質ゼロ成長」の時代しか知らない若い世代の人たちにとっては「バブルの時代」がさも日本の一番明るい時代だったという見方を持っている人も少なくないような気がします。「あの頃の日本は輝いてて楽しそうに見えた」。そんな風に思う感じですよね。

とんでもないです。

あの時代のバカみたいな浮かれっぷりが、日本社会のその後の転落の序章だった!


そうとしか僕には思えないんですよね。

その時代にまんま全部被るくらいに大学生活を、よりによってそのバブリー感が最も強い大学に行って過ごしたこと。これが僕にとって、本当に大きなトラウマになってます。

で、そのタイミングでフジテレビの不祥事が浮上してるでしょ。もうですね、あれこそがあの時代のバブルの時代の悪い部分の象徴だったんですよね。もう、会社ごと炎上している今の姿を見て、あの時代にすごく忸怩たる思いをしてきた僕にとっては、30年越しに溜飲が下がる思いなんですよね。「ああ、やっとあの時代の嫌な空気がネガティヴなものとして扱われてる。長かった。長かったよ・・・」。なんかあの騒動を見ながら、僕はどこか安堵感さえ感じていたのでした。

はっきり言いますね。あんなバブル時代なんかに憧れている限りは、日本は先になんて絶対進めない。このことはわかっておいて欲しいです。

そんなこともあり、急遽連載を始めたいと思います。2回、もしくは3回かけて、僕がいかにしてバブル時代を嫌うようになったか。そのことについて
語っていこうと思います。それが特に、あの時代のことを知らない若い人に、あの時に実際どうだったかを知ってもらう貴重な機会にでもなればいいなとも思いまして。

そこで第1回はこれです。

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はい。まさにフジテレビです。あそこの放送局があの時代に持ち、人々の社会的思考にさえ強い影響力を与えることになった空気感。あれがなんだったか。僕の同時代的な視点で語ってみたいと思います。


①70年代までは、あまりパッとしない局だった

これも改めて言っておいたほうがいいことだと思います。フジテレビって、80年代以降しか知らない人にはビッグな局のイメージだと思うんですけど、70年代まではむしろパッとしない局だったんですよ。

僕は小学生時分は、クラスで一番テレビ見てる自信があったくらいテレビっ子だったんですけど、そこで一番見たのって夕方の時間の再放送なんですよね。そこで一番見たのって、ドラマの再放送なんですけど、70年代の頃まで見てたのってほとんど日テレかTBSだったんですよ。フジのドラマの再放送なんて、ほとんど見たことなかったですね。

それもそのはず、フジテレビの70年代で人気あった番組ってせいぜい「夜のヒットスタジオ」とか「スター千一夜」とかって、せいぜいそれくらいなもんですよ。欽ちゃんの番組も少しあったかな。ドラマでも「白い巨塔」とか、すごく硬くて渋い感じでね。軽いノリなんてイメージ、全くなかったんですよね。

日テレだったら石立鉄男のコメディから「太陽にほえろ」、青春もの、「西遊記」、TBSだったら山口百恵出てたような大映ドラマ系の赤いシリーズとか山田太一脚本のドラマとか、そういうのが強いイメージです。人気スターの占有率は圧倒的にこっちでしたね。

それが

②形勢を一気に逆転させたお笑い攻勢

これがテレビ界の流れを完全に一転させてしまったんですよ。


1980年に始まった「THE MANZAI」。これが世にもたらした影響力って本当に大きかったんですよ。それまでって、お笑いって、「すごい子供か、かなり年齢層高い人のもの」だったんですよね。子供が見る笑いってドリフと欽ちゃんくらいだったし、寄席とか落語ってむしろじいちゃんばあちゃんに近い大人が見るイメージでしたからね。

関西だと70sから吉本興業が若い人向けも開拓は始めていて、その一端を僕の住んでた九州でもネットされてた毎日放送の「ヤングおー!おー!」とかそういうのでは少し見てはいたんですけど、それを全国的に拡大させたのがTHE MANZAIだったというか。B&Bとか紳竜とかぼんちとかの吉本勢に東京からツービート加わって、そこで若いオーディエンスに対してケミストリーが起こったというか。ここからお笑いの持つ影響力が10代後半から20代になります。

そこに加えて

1981年に「俺たひょうきん族」、82年に「笑っていいとも」が始まり、笑いだと完全にフジテレビ、天下になるんですよね。

ここの成功からたけし、タモリ、さんまが「ビッグ3」なんて言われるようになり、お笑いの人が芸能界を牛耳るような仕組みができてしまった。

お笑いが新しいオーディエンスを開拓し、刺激の強いものを求める年代に対してオピニオン・リーダーになる。そこは、その世界にとっては成長だし、そのこと自体は僕もよいことだったと思います。そういう人たちの持つ影響力が「お笑い」という領域に限られる限りはですね。

実際、僕自身もTHE MANZAIは見たし、「全員集合」から「ひょうきん族」に乗り換えたし、初期のいいともは後に比べると文化人のレギュラー多くて洗練されてたから後よりも断然好きだったくらいです。この時期に関してまではそんなに悪い印象はないですけどね。

③「若い女の子」の大量アイドル売り

そして、ここくらいから本格的に危うい感じになり始めたかな。

この1983年に始まる「オールナイトフジ」ですね。この当時の女子大生ブームにかこつけて、素人のちょっと可愛めの女の子をテレビにバイト感覚でたくさん出演させてた感じですけどね。

これなんかも、今考えて見ても、なんかブラウン管越しの若い顧客に対しての「安全なフーゾク感」が漂ってますよね。

これ、僕の住んでた福岡県ではネットされてなくて、伝聞でしか聞いてはなかったんですけど、ただ、あの当時にここに出ていた女子大生と全く同世代の姉がいたので後からでの比較はできやすいですけど、なんかこう、この時代の、1986年に男女雇用機会均等法が始まる前夜の女性の知的さ、強さとかを尊重するんじゃなくて、なんか「男にとっての目の保養になる女の子、売り出して感じだね」とは思いますよね。

まあ、この時期って、いわゆる聖子ちゃんとか明菜を筆頭とした80年代のアイドル・ブームでグラビア雑誌もすごく高い売り上げを記録していた時代でしたけど、まあ、それの年上ヴァージョンと見ることもできましたね。

いつの時代も、スターが性的な好奇心を容姿でくすぐるということはあってはいいことだとは思うんですけど、それを売り出すために歌唱力のない女の子に大量に歌を歌わせたり、集団で集わせて「どの子がいい?」と物色の対象にさせるようなやり方はどうなのかなあとは思うんですよね。

それが発展したのが

で、1985年にこの「夕焼けニャンニャン」なんですけどね。

僕、アイドルに関してはそんなに否定派でもないんですけど、やっぱ「レコード作るだけ無駄なくらいに歌が下手」とか「素人たくさん並べる」みたいなものに強い違和感はどうしてもあって、彼女たちには入れ込むことはできませんでしたね。高校生でしたけど。

そして秋元康の書く曲の歌詞とかも、まあ酷いよなと。あの当時は「女性蔑視だ」というよりは「だから何なんだよ」の方が強かったですけどね。

僕、はっきり覚えてるんですけど、秋元が日テレのトップ10にビデオ出演しておニャン子のコンセプトを「これからは無個性な女の子が流行る」みたいなことを言った時に、堺正章が露骨に嫌な顔をして「個性がある方がいいと思うんですけどね」とボツッと言ったんですね。あの時にすごく共感できんですよね。

で、おニャン子というのはあまりにふざけた企画だったので音楽真面目に聞くような人たちの怒りは買うわけで、人気は短命に終わりました。87年くらいにはアンチの声の方が上回っていたような覚えがあります。ま

ただ、そこでオールナイト・フジやおニャン子的なものが終わったわけではありません。

自局女子アナのアイドル売り。これが始まるわけです。これが1988年くらいからですね。中井美穂の「プロ野球ニュース」のキャスター起用、しかもこれ、大ベテランの番組の顔だった佐々木信也さん切っての起用ですからね。かなり反撥出たの覚えてます。

本人は一生懸命だったと思うんですけど、この後輩の八木亜希子、有賀さつき、河野景子あたりの世代からもうアイドル売りが始まって、それが世間的にウケちゃって他の局も似たノリで便乗も始まっちゃって。それこそ彼女たち、雇用均等法が始まって女子大生が大きな会社にそれなりに多い人数採用され始めた矢先に出てきたモチベーション高かった世代のはずなんですよね。それにふさわしい起用や教育を果たして本当にされていたのかは疑問が残ります。

その一方で、世界の他の国ではアンカーウーマンの地位も尊敬もすごく上がっていた時代です。なんかそこは、格差が生じるような社会的な風土がなんが生まれたような気はしますね。

④体育会系気風や内輪ノリの方が上回り

フジの80s中盤からはこの人たちも全盛でしたね。

とんねるずですね。

最初、僕、彼らには肯定的だったんですよ。好きで見てました。なんか、パンクなノリが最初はあって。同じ時期にアメリカでビースティ・ボーイズいましたけど、ああいう破天荒な雰囲気が感じられたりもしたので。

あと、ポップ・カルチャーへの食いつきとパロディ、これのセンスが良かったんですよね。アップデートする感じが。マイケル・ジャクソンの「BAD」とかプリンスとかをギャグのネタにしてくれたりもしたので、洋楽ファンには嬉しかったんですよ。

そういうこともあって番組もよく見てたんですけど・・・でも、だんだん離れていっちゃったんですよね。学歴とか体育会系とか、そういうのをすごく強調しだした感じがね。ちょうどそれは僕が大学に入った1989年とも関係はあるんですけど、「ああ、こういうのが先輩にいたら、すげえ迷惑なタイプだよな」と思うようになって、そこから興味失いましたね。

あと、最近話題になってる、内輪ネタの連発ですよね。プロデューサーとかの話を引っ張ってくるような。その人がまさに今の社長になってたわけですけど。ああいう軽いおふざけがそのまま経営にまで至った感じがしますよね。

⑤空虚なだけのトレンディ・ドラマ

こういうのが積み重なった上で、1988年の中頃からくらいかな、嫌だなあと思ったのがトレンディ・ドラマの存在でしたね。

この辺りが最初みたいな言われ方するんですけど、例えばW浅野とかって売り出し方されてても、「どういうところにかっこいい女性としての魅力が
あるのか」、すごく不透明な感じがしたんですよね。単にan anが良いって言ってるだけの、スタイルが良さげでやたら髪の長い女性が良いっ言ってるだけにしか見えなかったんですよね。


大学入ってすぐにやってたこれとかも苦手だったなあ。もう、89年頃ってファッション的に女ならトサカ前髪にワンレン、ソバージュ、男なら毛髪量多めのツーブロみたいな、普遍性のないイタい感じで。ファッションも汚しちゃいけなそうな感じで動きにくそうでね。あと、ポロシャツの襟立てて、セーター肩から掛ける感じね。長いこと生きてきてますけど、人生でワーストな流行りファッションでしたね。

で、この「同級生」に顕著でしたけど、ドラマで「サラリーマンの職場恋愛」っていうのがなんか夢がないというか。ドラマなんて、普通の職業じゃない人の世界描くものだと、子供の時から思ってたので、そこもすごく違和感で。「華やかになってるはずなのに、夢が小さいな」という感じでね。

この辺りとかも嫌でしたね。なんかやたら躁状態な感じの学園ドラマとロマンティック・コメディの連打というか。

この時期に売り出された人たちが、このちょっと前までのアイドルとかグラビア崩れの人が、事務所パワーで売り出してる感じが透けて見えて嫌だったんですよね。中にはそうしたところから淘汰の中、生き延びた人もいますけど、その当時なんてそういうのもよくわからなかったし。

僕、70年代からテレビドラマ、かなりこだわって見てたんですけど、とにかくトレンディ・ドラマって意味がなかったんですよね。僕が好きでその昔に見てたのって、例えば石立鉄男的な、世間全般から見ればアウトサイダーてきなところにいる人がポツリと共感できること言ってたりとか、大映テレビの、大げさだけど人生の崖っぷちに追い詰められたヒロインが苦境を克己して精神的に成長するとか、山田太一ドラマでの家族の崩壊とか日常社会への空虚とか、そういうの見てきてたから、とにかくトレンディ、つまんなかったんですよ。「トレンディの先駆」と呼ばれた「男女7人」でさえ、さんまと大竹しのぶの掛け合いうまかったし鎌田敏夫の脚本だったので安心して見れてたんですけど、そういうの全然なかったんだもん。

だけど、世間はこういうトレンディ・ドラマでの世界に憧れる感じでね。通ってた大学の人たちのファッション見ててそれをすごく感じてて。もう、キャンパスの中で真面目な話、隠れたかったですもん(笑)。「ああ、ここにいたくない」って感じで。

なんかユーミンが時代に先駆けて描いていた、都市風景の描写をそのまま実写化したみたいな感じではあるんですけど、それが僕には何も響いてこなかったというか。「暮らし」はあっても、その先がないというか。そこがバブルのすごく空虚なところというかね。

で、「東京ラブストーリー」から後になると、タイアップ曲のスーパー・メガヒットと云うだめ押しが加わりまして。どこで世間的な同調圧力が強化されて、「もう助けて」という感じが強まります。生き苦しさマックスになるんですけど、それに関しては次回以降に回しましょう。

⑤バブル後のフジテレビ

まあ、こういう、「お笑いrules」な感じとか、女の子の安売り感とか、トレンディの何もない感じとか、まさにバブルの象徴でしたけど、「豊かさにかまけて何も考えない」というのが時代精神になっちゃったというか、それはバブルが終わってもどこか社会にすごく根付いたものになって改善されないまま30数年過ぎて今に至っちゃったな、という感じですね。「まあ、言っても日本は他の国に比べると豊かなわけで」みたいな油断が時代の先読みを鈍らせ、産業界で他の国に脅かされ今に至る、ってとこでしょうか。

バブルの時代までだとフジテレビはそこまでジャニーズと蜜月な感じはなかったし、ダウンタウンは売り出しはじめだったので、そこまでバブル時代か直接的な感じはなかったですけど、ただ、表面が取り去られても80sのバブルの時のメンタリティが生きていたら、それはその後にも影響があるわけで、SMAPで当てて以降にジャニーのスキャンダルで一度は死にかかっていたジャニーズが生き返ると反動的、独裁的になったジャニーズ帝国を裏で支える強い勢力の一つになったり、とんねるず以上に上下関係のいじり芸で人気になったダウンタウンが天下とった後、松本はじめ吉本芸人の文化人化への貢献も結果的にフジテレビは貢献してたわけですからね。

僕、2010年から日本離れてて知らなかったんですけど、フジテレビって視聴率、テレ東にさえ抜かれそうな4位まで落ちてたんですってね。その矢先の今回のスキャンダルで。それを考えるに、今ここで書いてきたことから起こったみたいな悪いサイクルが30年以上時間かけてようやく終焉なんだな、ということをしみじみ感じているわけです。
















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コメント

3
ファイΦ
ファイΦ

いわゆる『昭和のノリ』という漠然としたワードのまま淘汰されている情勢ですが、こうして時系列順に当事者目線で何がいけなかったのか振り返ってくれるコラムは非常に参考になります。

Komei
Komei

読んでいる途中で気になって秋元康を調べたんですがフジテレビ上がりで勝手に納得しました。

EXOTICA ずっか
EXOTICA ずっか

どうも、同じ世代のようですね。都内通学だったので、少なからずバブルの影響は受けていましたね。それでも、オタク系理系大学で、もてたりしなかったので、どちらかと蚊帳の外だった重いですね。
テレビは、どちらかというと、ラジオ感覚にいつも流れているもの、だったので、後年、友人なんかが、ドラマやアニメなどの内容や、同上人物の感情とか覚えてるのが、衝撃的でしたww。
当時、なんとなく嫌だったのは、「明るくなければ人ではない」という同調圧がとても強かった。そんなだったので、虐めがあり、その隠ぺいがあり、明るく器用に社会を渡れなければ敗北者になっちゃうような。
ほかにも、いろいろありますが、お初なので、こんなところで。
短文で伝える訓練しますww

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連載「バブルなんて大っ嫌いだった」①フジテレビの80sに集約されたバブル・カルチャー|THE MAINSTREAM(沢田太陽)
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