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第184話「gkbr」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、恐れを抱く者たちが集まっている。そして日々、世界の恐怖に相対して暗闘を続けている。

 かくいう僕も、そういったホラーな生き様の人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、怪奇小説も真っ青な面々の文芸部にも、恐怖心とは無縁な人が一人だけいます。黒い家に放り込まれた、天真爛漫な少女。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向ける。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の隣にちょこんと座った。先輩は、背中をしゃきっと伸ばしている。その背筋は腰の近くまですとんと落ちたあと、お尻の辺りで丸みを見せている。僕は、その場所をそっと見る。座っているせいでスカートが引っ張られて、体のラインが強調されている。そのお尻は、控えめだけど柔らかそうで、僕はドギマギしながら声を返す。


「どうしたのですか、先輩。初めて見る言葉が、ネットにありましたか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットの達人よね?」

「ええ。吸血鬼が、長い年月を経て、知識を蓄えるように、僕は、ネットに長く常駐して、アングラ知識を吸収しています」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、夜の闇の中で綴るためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで暗黒情報体系に接触した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「gkbrって何?」


 楓先輩は、その言葉を、ジーケービーアールと読む。それが何かの略語なのだとは察しているようなのだが、意味がよく分からないといった顔をしている。

 さもありなん。このネットスラングの読みは二種類あり、意味は三種類ある。そういった背景を知らずにネットをうろうろしていれば、混乱して理解できないのも、頷けるというものだ。


「先輩。この言葉は略語です。ただし、元の形は三種類あり、読み方は二種類あります」

「えっ? 複雑なのね」


「ええ。だから、楓先輩が分からないのは、無理もありません。というわけで、順番に解説していきます」

「うん。お願いね」


 先輩は、眼鏡の下の目を、きらきらとさせながら、僕の顔を見上げる。僕は、その輝きに頬を染めながら、説明を開始する。


「まず、最も一般的なのは、ガクブルの略です。このガクブルは、ガクガクブルブルを短くしたものです。恐ろしい状況に直面した時の、恐怖やおびえを表す表現になります。ちなみにアスキーアートでは、このように書きます」


 僕は、目の前のモニターに、ガクブルのアスキーアートを表示する。


((((;゜Д゜)))ガクガクブルブル


「なるほど、ガクブルの母音を抜いて、gkbrと書くのね」

「そうです。これが、一番目の発音と意味になります」


 僕は、先輩の理解を確かめたあと、次の説明に移行する。


「二番目は、人類の敵である、黒い生き物を指します」

「黒い生き物? 何かしら」


「おそらく、楓先輩も嫌いです」

「うーん。カラス?」


「確かに、カラスも嫌われ者ですが違います。答えは、ゴキブリです。その子音を取り出してgkbrです」


 楓先輩は、目の前にゴキブリが出てきたかのように、僕にしがみつき、体をガクブルさせる。


「先輩、落ち着いてください。実際にゴキブリが出てきたわけでは、ありませんから」

「そ、そうね。思わず、gkbrしちゃったわ」


 楓先輩は、さっそく聞き覚えた言葉を使って、自分がおびえた様子を説明する。


「それで、三つ目は何なの?」

「これは、少しややこしいのですが、ソニー信者を指します。この場合の読み方も、先ほどと同じでゴキブリです」


 再び出てきたゴキブリという言葉に、楓先輩は怖がりながら、僕にすがり付く。


「今回の説明は、なかなか精神的な耐久力を要するわね」

「すみません。それで、ソニー信者としてのgkbrですが、これは『GKの振り』をしていることを意味します。

 GKの振りで、ゴキブリです。では、GKは何かと言うと、これはゲートキーパーの略です」


「ゲートキーパー? 門番のこと」


 楓先輩は、きょとんとした顔で尋ねてくる。


「この名称は、少し複雑な経緯があります。ネット掲示板に、他社製品を誹謗して、自社製品を褒め称える書き込みを、ソニー内部の人がしたという事件がありました。その時、『gatekeeper数字.sony.co.jp』というホスト名が発信元になっていたことから、ゲートキーパー事件と呼ばれるようになりました。


 その事件のあと、ネット世論を工作しているソニー社員と思われる人を、ゲートキーパー、GKと呼称するようになりました。そのことから派生して、ソニーを絶賛するような、ソニー信者と呼ばれる人のことを、GKの振りをしているということで、ゴキブリと言うようになったのです。

 だから、ゲーム関係の話題でgkbrという言葉が出てきた場合は、ソニー信者ということになります。ちなみに、ソニー・コンピュータエンタテインメントは、ソニーグループの会社で、プレイステーション、同ツー、スリー、フォーといったゲーム機を出しています。


 また、同じようにしてゲーム関係では、各ハードウェアの信者を指す言葉が、存在しています。そちらについても触れておきましょう。

 任天堂信者は、妊娠です。これは、任天堂信者の任と信を取ってニンシンなので、分かりやすいと思います。

 Xbox信者は、痴漢になります。これは、Xboxの発売日に、マスコミのインタビューに答えた人が、Xboxとは無関係の『陵辱痴漢地獄』というエッチなゲームを買いに来たと、答えたことが由来です。

 これらのgkbr、妊娠、痴漢は、いずれも蔑称ですので、自分から使うことはないと思います。


 こういった感じでgkbrは、時と場合によって、その読み方や意味が変わるので、注意が必要です」


 僕は、gkbrについての説明を終えた。今回は、なかなかに手強い内容だった。しかし、僕はその難事を成し遂げた。そのことに満足感を覚えながら、楓先輩の反応を待った。


「なるほど、そういった意味だったのね。それで、ほとんどの場合は、ガクガクブルブルという、恐れやおびえの意味になるのね?」

「そうです。それで大丈夫です。ゴキブリは、使用例としては少ないですし、GKの振りは、もっと少ないですから」


 楓先輩の質問に、僕は答える。すると先輩は、僕に尋ねてきた。


「サカキくんは、ネットのあらゆることを経験しているんだよね?」

「ええ、たいていのことならば経験しています」


「そんなサカキくんが、最近gkbrしたことは何なの? 教えて欲しいわ」


 楓先輩は、にっこりと微笑んで尋ねてくる。僕は、何かあったかなと思い、三日前の出来事を思い出す。そして、心の底からgkbrした。


 それは三日前の出来事である。自分の部屋で、ネット掲示板の、怖い話スレを見ていた僕は、ある書き込みを目にした。それは、長文の投稿らしく、よくあるネット怪談系の話かなと思い、タイトルを見た。

 タイトルは「三つ編みの腸」とあった。腸と書いて、はらわたと読むようだ。そういえばマンガ家で、マイケル原腸という人がいたなあ。マイケル原腸は、原腸ではらわたと発音する。いくつかのペンネームに改名をしており、キャラクターデザイン、造形作家と幅広い活躍をしている。僕はそんなことを考えながら、パソコンの前で声を出した。


「へー、『三つ編みの腸』って、どういう話だろう」


 三つ編みというからには、楓先輩のような可愛い女の子が出てくる話かもしれない。そう思って僕は、本文を読み始めたのである。


 ――三つ編みの腸(グロ注意)


 大正時代のことである。田舎の名家の人間で、地方議員も経験している男がいた。その名士は、表では人格者の振りをしていたが、裏では嗜虐趣味を持っていた。彼は結婚をしておらず、不特定多数の女性と関係を持ち、その嗜好を満たしていた。

 ある時、田舎に見世物小屋がやって来た。名士は、好奇心の命ずるまま、その出し物に足を運んだ。

 柱に板を打ち付けただけの小屋の壁には、奇々怪々な動物や人の姿が描かれていた。二股の蛇。首のない鶏。六つ足の犬。せむしの音楽家。毛むくじゃらの獣人。たこ女。描かれている壁の絵は、いずれも生きているように生々しく、今にも動きだしそうな躍動感を持っていた。それらの絵は、一座の者に聞いたところ、小屋付きの絵師が描いたものだということだった。

 倒錯的世界に生きる名士は、それらの動物や人間を、我が目で見ることを期待した。そして入り口の近くで、一つの絵に目を留めた。腸の乙女と題されたその絵は、妖艶な少女が、その腹部から臓物を取り出しているものだった。

 名士は下腹部に血が集まるのを感じながら、狭く低い入り口を抜け、壁に囲まれた暗所に足を踏み入れた。おぼろげに揺らめく蝋燭の灯りを頼りに、不可思議な生き物たちを観察しつつ闇をさまよう。暗がりゆえの錯覚だろう。それらの多くは作り物だったが、本物めいて見えた。異界に迷い込んだ胸の高まりを覚えながら、名士は奥へと進んでいく。その湿った暗がりの最奥には黒い壁があり、腸の乙女と書いた古びた札が貼ってあった。

 壁には眼球ほどの穴がある。その穴に目を寄せて覗くと、ほのかな灯りの下に少女の姿が見えた。少女は、色あせた赤い和服を着ている。その布地には金糸があしらわれており、鈍く光を反射していた。その着物を、けだるげに羽織った少女は、唇に濃い紅を差していた。肌は死人のように白い。少女は名士の姿を認めて、口元をほころばせる。ナメクジのように蠢く赤い舌が見えた。彼女は着物の合わせ目に手を入れて、てらてらと輝く赤い臓物を、ずるりと引き出した。

 名士は胸を高鳴らせて、その様子を見つめる。退廃的なその様子は、蠱惑的な美しさを持っていた。しかし時を経るとともに、名士の熱は冷めていった。彼女の腹部から出てきた臓物が、人のものではなく、家畜か何かのものだろうと察したからである。

「ご満足いただけませんでしたか?」

 肩越しに男の声が聞こえて、名士は振り向いた。黒背広を着た矮躯の男と、線の細い書生のような男が立っていた。尋ねると、団長と絵師だという。名士は、居丈高な口調で、腸の乙女は偽りではないかと、団長をなじった。

 団長は渋い顔をする。そして、にっと笑みを見せ、本物の腸の乙女を見たいですかと尋ねてきた。名士は、叶うものなら見たいと告げる。

「よいでしょう。この小屋には、三つ編みの腸という、特別な出し物があります。ただし、それを見るには、見物人による買い取りの契約が必要です。処分費用という奴です。一度きりの、使い捨ての出し物になりますので」

 名士は興奮して、その金額を尋ねた。その額は、うなるほどの値段ではあったが、支払えないものではなかった。小さな家なら一軒買うことのできるものである。出し物の準備には三日かかるという。名士は契約を交わし、紙幣を用意してその日を待った。

「こちらでございます」

 三日目の夜、名士は小屋に招かれた。一人のためだけの特別展示。客は他におらず、暗所には、動物や演者たちのうめき声が、時折響くだけである。団長と絵師の案内で、名士は小屋の奥へと足を運ぶ。湿りけと血の臭いが、名士の皮膚と鼻を緊張させた。

 最奥に着いた。黒い壁に、わずかばかりの穴が空いている。腰を屈め、蝋燭のか細い光を頼りに、覗き穴に顔を近付ける。穴の先には、腹を割き、引きずり出した臓物を三つ編みにした少女の姿があった。目は虚ろで、顔は血の気を失っている。彼女は、赤い衣をはだけさせている。先の少女の死体が、闇の中に絢爛たる様子で、浮かび上がっていた。

「素晴らしい」

 名士は感嘆の声を漏らす。その光景の凄惨さと鮮烈さに息をのみ、名士は死体を凝視する。視界は狭く暗い。蝋燭の炎は、風がなくとも時折形を変える。その光が揺らいだ刹那、その死体の影が移ろわないことに、名士は気付いた。

「これは、絵ではないか」

 怒りと失望の意を込めて名士はつぶやく。

「さようでございます」

 淡々とした声で、団長は答えた。

「あの少女の腹を割いたのではないのか?」

 名士の言葉に、団長は平然と声を返す。

「そんなことをすれば、あの子が死んでしまいます」

「話が違う。金を返せ!」

 怒鳴る名士に、団長は冷淡に応じる。

「買い取りと申しあげたはずです。その言葉の通り、絵をあなた様に差し上げます」

 団長の声に、名士は怒りを爆発させようとする。すると、その気勢を削ぐようにして、団長が重い声を出した。

「あなた様の腸を引きずり出して、三つ編みにしてもよろしいのですよ。契約書には、誰の腸を見せるかは、書いておりませんので」

 闇の中、団長と絵師が破顔した。その陰鬱さに満ちた愉悦の笑みに、名士は肝を冷やす。この者たちは、本当にそれを成し遂げるだろう。そう感じさせるどす黒さが、その顔に凝り固まっていた。名士は唾を飲み込み、少女の死体の絵を受け取った。そして、めまいを覚えながら、逃げるようにして屋敷へと引き返した。


  了


 この三つ編みの腸というお話は、呪いのお話です。三日以内に、コピペを他のスレに貼らなければ呪われます。呪われると、あなたの腸が――。


 文章はそこで終わっていた。僕は呆然として、その先がないかを確かめる。何もなかった。この呪いのお話は、本当だろうかと考え、gkbrした。


「こ、これは、チェーンカキコだよね」


 僕は、誰に言うでもなく、つぶやいた。チェーンカキコは、チェーン書き込みのことだ。不幸の手紙の掲示板バージョンで、文章を不特定多数の人に送ることを求めるものだ。

 この手の話は、決して拡散してはいけない。そういったことは僕も知っている。しかし、呪いが本当だったらどうなるのだろうと思い、僕はgkbrした。


 そういったことが三日前にあったのである。そして、呪いのお話を見てから今日で三日経つことを、僕は思い出したのである。


「ねえ、サカキくん。顔が青いよ。何かあったの?」

「え、ええ。何もないですよ」


 呪いのお話が本当ならば、楓先輩に話すわけにはいかない。チェーンカキコだったとしても、それを楓先輩に伝えてはならない。僕は内容を話すことができず、ただ怖いことがあったとだけ、先輩に告げた。


「大丈夫だよ、私が付いているから。怖いことなんかないよ。安心して!」


 楓先輩は、僕の手を握って、おひさまのような笑顔で言った。その言葉を聞いた瞬間、僕は呪いが解けたような気がした。


「そうですよね。大丈夫ですよね!」

「うん。何だか知らないけど、きっと解決するよ!!」


 僕は、安心して不安を解消した。


 その日の夜、僕は帰宅のために、一人で家に向けて歩いていた。今日も楓先輩と話せた。そう思い、にやにやしていると、側溝の蓋が開いていて、足をどぶに突っ込んでしまった。


「ひょえっ!!!」


 その落下の衝撃で、僕はわずかに脱糞してしまったのである。


 うっ、ううっ。腸は、大腸、小腸などの総称だ。「呪われると、あなたの腸が――」そう書いてあった呪いの話は、僕の脱糞を招いたのだろうか?

 うわっ……僕の肛門、ゆるすぎ……? 僕は、呪いの恐ろしさを実感した。そして、心の底からgkbrした。


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