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第152話「常考」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、非常識な者たちが集まっている。そして日々、既成概念を覆すべく活動を続けている。

 かくいう僕も、そういった新しい世界の開拓者だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、常識の枠に囚われない面々の文芸部にも、とても常識的な人が一人だけいます。ヌーディストビーチにやって来た、正装の見学者。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は体を向けた。楓先輩は、ととととと、と駆けてきて、僕の横にちんまりと座る。先輩は、長いまつ毛をぱちりとさせて、僕を見上げる。眼鏡の下の目は、僕への好意できらきらと輝いている。ふっ、惚れられているな。僕は、勝手に妄想をふくらませる。先輩は、どうしたのかなといった顔で、首を傾げながら僕の顔を見る。僕は思わず笑みをこぼしながら、楓先輩に声を返す。


「どうしたのですか、先輩。見たことのない言葉に、ネットで出会いましたか?」

「そうなの。サカキくんは、有能なネット利用者よね?」

「ええ。石田三成レベルの実務家です」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、日々精進して書くためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、本にはない文章表現の数々を発見した。そのせいで、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「常考って何?」


 常考はジョウコウと読む。楓先輩はその発音でしゃべったあと、自分の考えを述べ始めた。


「漢字を見た限りでは、常に考えるという意味だと思うの。でも、ネットで目撃する時の雰囲気からすると、そうではないように感じるの。サカキくん、この言葉、分かる?」


 確かに、元の形を知らないと、意味はつかめないだろう。

 僕は、常考について考える。特に難しい言葉でもないし、危険な内容でもない。これは、点数稼ぎのチャンスだ。軽やかに先輩に解答して、僕への好感度を上げよう。僕は、明るい笑顔で説明を始める。


「常考は、常識的に考えて、の略です。元々は、アスキーアートとセットで使われていた言葉です。その際は、やらない夫の台詞として用いられていました」


 僕はマウスを操作して、アスキーアートのフォルダーから、やらない夫のファイルを開く。


   / ̄ ̄\

 /   _ノ  \

 |    ( ●)(●)

: |     (__人__)  ネットスラングの解説といえば

  |     ` ⌒´ノ   サカキくんだろ、常識的に考えて…

:  |         }

:  ヽ        }

   ヽ     ノ        \

   /    く  \        \

   |     \   \         \

    |    |ヽ、二⌒)、          \


 僕はやらない夫による常考を楓先輩に見せる。そのついでに、さりげなく、僕の存在価値をアピールする。パソコンの画面を見つめたあと、楓先輩は口を開く。


「この、何々だろ常識的に考えて……、というのが短くなったのが、常考なの?」

「そうです。そのため常考は、文章の末尾で用います。使う際は、何々だろ常考、といった感じで使用します。


 この常考は、さらに短くJKと略す時もあります。その際も、何々だろJK、と文末に書きます。このJKは、女子高生の略でもあるので、使う時は注意が必要です。とはいえ、常考は文末で、女子高生は文頭や文中で出てくるという違いがあります。そのため、文脈から見分けることが可能です。


 この常考ですが、それほど強い意味はありません。常考は、エクスクラメーションマークや、クエスチョンマークのように、文章の末尾で意図を強調するための、記号のようなものです。

 常考についてはこんな感じですね。何か質問はありますか?」


 僕は、一通り説明を終えたあと、楓先輩に尋ねた。


「そうね。質問はないけど、この言葉をいろいろと使ってみたいわ」


 その台詞を聞いた瞬間、僕は体を強張らせる。これまでの経験からすると、こういう場合には、たいてい落とし穴が待っている。想像していなかった角度から、破滅の言葉がやって来る。そして、僕を窮地に追いやり、轟沈させるのだ。

 僕は、警戒度をマックスにして、先輩の言葉に身構える。その僕に、楽しそうに楓先輩は語りかける。


「じゃあ、私から言うね。そのあとサカキくんも、先生として常考を使ってみてね」

「分かりました」


 楓先輩は、少し考えてから話し始める。


「気に入った本は、何度も読み直すよね常考」

「そうですね。僕も再読します」


 僕は、これまで読み込んできたマンガの数々を頭に浮かべる。特に気に入ったマンガは、いつでも台詞を引用できるように繰り返し読む。


「次はサカキくんの番よ」

「分かりました」


 何を言おうかと考える。そうだ、あれにしよう、と僕は思う。


「アニメは一日二時間、映画は一日四時間、ゲームは一日八時間、ネットは一日十六時間だろ常考」


 僕は、「ゲームは一日一時間」という、高橋名人の有名な台詞を、頭に思い浮かべながら言う。

 高橋名人は、ファミコン時代の英雄だ。ハドソンというゲーム会社の広報で、ファミコンブームを盛り上げた人間の一人だ。この発言はのちに「ゲームは一日一時間。僕らの仕事はもちろん勉強。成績上がればゲームも楽しい。僕らは未来の社会人」という標語となり、様々な場所で利用された。


 僕は、台詞を告げたあと、自分自身に突っ込みを入れる。おいおい、僕が口にした内容は、ゲームは一日一時間よりも、遥かに多いだろう。

 しかし、それも仕方がないことだ。かつてとは時代が違うのだ。昔のファミコンの頃のように、テレビゲームだけに集中するわけではない。アニメを見ながら、映画を見ながら、ゲームをしながら、ネットもする。そういった遊び方をする時代に突入している。というわけで、合計二十四時間を超える遊び方になるわけだ。当然だよね常考。


 僕の台詞を聞いた楓先輩は、微妙な顔をする。あれ、何かおかしかったですか? 僕は不安になって、楓先輩に尋ねる。


「あの、何かまずかったでしょうか?」

「それは、常識の範囲外の、遊び方だと思うのだけど」


「えっ? そんなことはないですよ。僕の日常ですし」

「サカキくんはもしかして、一日が二十四時間以上あるの?」


「まさか。それぞれの遊びは並行しておこなっていますから。いやあ、常識ですよ、常識」

「それは、サカキくんだけの常識だと思うわ。だって、滅茶苦茶なんだもの。サカキくん、もしかして、常考を使いこなせない人?」


「うえっ?」


 僕は、まさかの駄目出しに、驚きの声を漏らす。

 そんな馬鹿な。僕がネット関係の言葉で、楓先輩に否定されるとは。このままでは、僕と楓先輩の、ネットスラングにおける力関係が崩れてしまう。そうなれば、先輩は僕など相手にせず、自由にネットの宇宙をさまようことになる。置いてけぼりを食らわされた僕は、沼の星ダゴバに隠遁したヨーダのように、先輩から忘れられることになる。


「せ、先輩。やり直しを要求します。もう一度、常考にチャレンジさせてください」

「仕方ないわね。サカキくんは、ちょっと常識がないところがあるから。難しいと思うけどがんばってね。あと、できれば遊びのことではなく、勉強のことを話す方がいいと思うわ」

「は、はい」


 ……完全に立場が逆転している。それに、どうやら僕は、楓先輩に非常識な人間だと思われているらしい。


 これは困ったぞ。二回続けて常考に失敗するわけにはいかない。そうなれば僕は見放されてしまう。

 いや、楓先輩は、そんなことはしないはずだ。ルーク・スカイウォーカーが、炭素冷凍されたハン・ソロを救出したように、楓先輩は、非常識な僕を常考の世界に救い出してくれるはずだ。そう信じたい。


「えー」


 僕は、緊張しながら話し始める。


「試験勉強は一夜漬けだろ常考」


 譲歩した。僕は相当譲歩した。普段、一夜漬けすらしない僕が、勉強をしている人間の振りをして解答した。これで大丈夫なはずだ。僕は自分の普段の行動を裏切ってでも、一般人の常識に合わせた。これで常考を使いこなせるサカキくんとして、楓先輩は認識してくれるはずだ。

 僕は期待を込めて、楓先輩を見る。先輩は、残念そうな目で僕のことを見ている。うぇっ、どういうことですか? 僕は、死刑宣告を聞かされる死刑囚のような面持ちで、楓先輩の次の言葉を待つ。


「試験勉強は、普通は一週間前からやるものよ。前日の夜は、万全の体調で臨むために、早めに寝るものよ常考」


 う、うう。楓先輩は、僕の常識よりも遥かに真面目なお方だった。まさか前日の夜に、きちんと寝ているなど予想の範囲外だった。

 先輩の常考と、僕の常考の間には、グランドキャニオンほどの溝がある。僕は、福本伸行のマンガ「賭博黙示録カイジ」の主人公のように嗚咽する。ああ、僕はダメ人間だったのだ。僕は、そのことに打ちひしがれる。


 翌日のことである。落ち込んでふさぎ込んでいる僕のところに、楓先輩が、ととととと、とやって来た。


「サカキくんが常識を身に付けられるように、学生の常識リストを作ってきたよ!」

「えっ、それは、ありがとうございます」


 よかった。僕は見捨てられたわけではなかった。先輩は、非常識の海に溺れる僕を救うために、蜘蛛の糸を垂らしてくれた。


「どれどれ」


 僕は、先輩に渡されたリストを見る。


 その一。遊びは一日一時間。

 その二。勉強は一日二時間。

 その三。執筆は一日四時間。

 その四。読書は一日八時間。


 えー、あの。勉強二時間以外は、僕とあまり変わらないのではないですか?

 しかし、ここで突っ込みを入れてしまったら負けだ。僕は頭の中で、楓先輩に渡されたリストを読み替える。


 その一。一人遊びは一日一時間。

 その二。ネットのお勉強は一日二時間。

 その三。ブログ記事の執筆は一日四時間。

 その四。マンガ読書は一日八時間。


 これだ。これならできる! 僕は自信に溢れた顔をする。


「分かりました、先輩! このリスト通りに生活してみます」

「うん。これで、サカキくんも常識人ね」

「はい。サカキユウスケは、どう考えても常識人だろ、常考です!」


 僕はガッツポーズを取る。楓先輩は、にっこりと笑った。僕はさっそく、ネットのお勉強を開始するために、モニターに向かった。


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