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第138話 挿話34「文化祭と城ヶ崎満子部長」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、そこはかとなく変質者と間違われそうな者たちが集まっている。そして日々、自らの変態性に磨きを続けている。

 かくいう僕も、そういった初心者お断りのナイスガイだ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、エロス溢れる人ばかりの文芸部にも、健全な人が一人だけいます。キューティーハニーの世界に紛れ込んだ、宮﨑駿作品のヒロイン。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


 僕と楓先輩の文芸部は、今は文化祭の真っただ中。満子部長の言い出した、猫耳メイド喫茶は順調に客が入り、活況をていした。そしていよいよ最終日になった。もう一つの懸案。体育館でおこなう舞台イベント「演劇部V.S.文芸部 因縁の対決 朗読V.S.批評の宴」の日がやって来た。

 そのイベントは、こういったものだ。文芸部が選んだ短編小説を、演劇部が朗読する。そのあと僕が、作品の批評をおこなう。そして観客に投票してもらい、どちらが勝つか、雌雄を決する。

 僕が作品として選んだのは、中島敦の「山月記」である。楓先輩との会話で決めたものだ。批評の原稿も用意した。その戦いの時間が、刻々と迫っていた。


「うああああぁぁ。舞台イベントの時間が近付いてきたああぁぁ。緊張するぅぅ。緊張で悶絶死しそうになるぅぅ」


 僕は、みさくら語になりそうな調子で、言葉を漏らす。普段、多くの人の前で何かをする機会のない僕は、膝をがくがくと震わせて、手をぷるぷるとさせながら、猫耳メイド喫茶の控え室で、右往左往していた。


「おい、サカキ。落ち着けよ」


 満子部長が、あきれ顔で言ってきた。


「そんなことを言っても、舞台慣れしていない僕が、緊張しないわけないじゃないですか!」


 僕は、体をぎこちなく動かしながら、満子部長に告げる。


「人前に出る度胸を付けさせるために、猫耳メイド姿で給仕をさせただろうが。まだ、人前に出るのが恥ずかしいのか?」


 満子部長は、僕の姿を眺めながら尋ねる。


「だって、スポットライトを浴びて、みんなに注目されるんですよ。お店で猫耳メイドをするのとは違いますから!」

「あっ、ちなみに、お前の舞台衣装は、猫耳メイドだからな。その姿で、舞台に上がってもらう」

「ぶっ!」


 僕は、思わず吐血しそうになる。何ですかそれは? 新手の罰ゲームですか。僕の精神に万力を当てて、ぐりぐりとする拷問ですか? 僕のMPは、もうゼロよ。僕は、心のオアシスである楓先輩に、助けを求める。


「大丈夫よ、サカキくん。批評の原稿は書いたんでしょう。それを、ゆっくりと読むだけなんだから。サカキくんは、いつも私に、たくさん解説してくれているじゃない。だから、きっと大丈夫よ」


 あうあう、それとこれとは次元が違いますよ。楓先輩の前でなら、いくらでもしゃべれますが、ステージで話すのは完全に別物ですよ。僕は、挙動不審者のように取り乱して、控え室でうろうろとする。

 その時である。控え室のカーテンがひらりと開き、誰かが中に入ってきた。


「オ、オスカル!?」


 僕は、思わず声を上げる。そこには、宝塚も真っ青なメイクをした、華やかな衣装の、男装の麗人が立っていた。


「ここにいたのか」


 オスカルもどきは、僕と満子部長を見て、忌々しそうに言う。その声を聞き、満子部長は声を返す。


「何だ、花見沢か。どうした? また、腹でも下したのか」


 満子部長は、小指で耳をほじくりながら尋ねる。その小馬鹿にしたような態度に、演劇部の部長で、生徒会長でもある花見沢桜子さんが、怒りの炎をめらめらと燃え上がらせた。


「城ヶ崎! お前を倒す日を、一日千秋の思いで待っていたのだ。飛んで火にいる夏の虫とは、お前のことだ。まさか、お前自身が、生き恥をさらすための舞台を、自分で用意するとは思わなかったぞ。この花見沢桜子、心ゆくまで叩きのめしてやる!!」


 うわっ。何だか知らないけど、個人的な恨みが、すごくありそうだ。もしかして、以前文芸部を潰そうとしたのも、満子部長への憎悪が、原因なのではないのか。僕は、こそこそと花見沢さんに近付き、小声で尋ねてみた。


「あの、花見沢さん」

「何だ?」


「満子部長に、何か恨みでもあるのですか?」

「大いにある」


「よければ、その内容を、教えてはいただけないでしょうか?」

「よかろう。わが恨みの深さを、ここで語ってやろう」


 花見沢さんは、何の役かは知らないけど、演劇の登場人物になり切っている。そのトランス状態で、一気に語り始めた。


「ことの発端は、去年の文化祭のことだ。当時、生徒会長に立候補しようとしていた私は、各部の模擬店に顔を出して、ドブ板選挙を繰り広げていたのだ」


 そういえば、この中学校の生徒会選挙は、文化祭のあとにあった。文化祭という大きなイベントで、リーダーシップを発揮できたかどうか。その様子を見たあとに投票するので、とても合理的だと思った記憶がある。


「それで、花見沢さんは、文芸部にも顔を出したのですか?」

「そうだ。そして、そこの城ヶ崎のすすめに従い、食事をともにしたのだ」


 あっ、嫌な予感がしてきた。僕は、何となく事情が飲み込めてきた。


「私は、城ヶ崎に闇鍋を食べさせられた。そして、保健室送りになった。そのおかげで、文化祭三日目、最終日の舞台に立つことができなかった。演劇部では、急遽代役を立てて対応することになったのだ。

 私の練習の日々、そして、演劇部の全員の期待。城ヶ崎は、それらを大きく傷付けたのだ。この恨み晴らさでおくべきか!!!」


 花見沢さんは、腰から剣をすらりと抜いて、満子部長に向ける。ちょっ、模擬刀に見えないのですけど! その切っ先を前にした満子部長は、耳から離した小指をふっと吹いて、馬鹿馬鹿しそうな顔をした。


「普段から胃を鍛えていない、お前が悪い。現に、私は何の影響もなかったぞ」


 そういえば、満子部長は、始終闇鍋に参加していたが、倒れることもなく三日間食べ続けた。


「ええい。屁理屈を言うな! 去年の文化祭が終わったあと、私は生徒会選挙に立候補して、見事生徒会長の座を射止めた。そして、この花園中に、秩序を取り戻すことを誓ったのだ。城ヶ崎。お前のような異分子を、学校の活動から排除することに決めたのだ!!」


 花見沢さんは、細身の刺突剣を満子部長に突き付ける。


「何だ。器の小さい奴だな。そんな些細なことを、根に持っていたのか」


 あの、満子部長。そりゃあ、恨みを持つと思いますよ。

 僕は、保健室送りにされた仲間として、花見沢さんに同情する。いわば、僕と花見沢さんは、同じ苦しみを味わった同志である。どちらに付いて争いたいかと問われれば、花見沢さんの方かもしれない。僕は、微妙な気持ちになった。


「ええい、許さん。舞台の上で、ぎったんぎったんにしてやる!」

「ふっ、それはどうかな」


 満子部長は、僕の許まで歩いてきて、背後から両肩を叩く。


「花見沢。お前の相手をするのは、このサカキユウスケだ。文芸部の秘密兵器。ダークホース。種馬。ミスター・インクレディブル。ミスター・インポテンツ。私と戦いたければ、こいつをまずは倒すことだな!!!」

「ちょっ、部長! 僕の二つ名を勝手に捏造しないでくださいよ。それに、変な言葉を混ぜ込まないでくださいよ!」


「うん? ああ、種馬とミスター・インポテンツだな」

「そもそも、それ、矛盾していますから~~~!」


 僕は、がるると吠えながら、満子部長に突っ込む。


「といわけだ花見沢。このサカキは、なかなか巧みに、私に突っ込みを入れる逸材だ。この文芸部の四天王の一角、いわゆる一番弱い奴を、見事倒すがよい」

「えー、あの、満子部長? 四天王って、初めて聞いたのですが」


「ああ。西のサカキに、東のサカキ。北のサカキに、南のサカキだ」

「全部、僕じゃないですか!」


「いや、微妙に違うぞ。発音がな。サカーキー、サカッキー、サカキー、サッカキー。ほら、別人だろう」

「満子部長。それ、もう一度言えますか?」


「あー、うん。私は過去を振り返らない主義なんだよ」


 満子部長は答えたあと、花見沢さんの方を向き、拳を突き出して、親指を下に向けた。


「首を洗って待っていろ。二次元からの刺客、萌えとエロの伝道師、サカキユウスケが、お前を地べたに這いずらせてやるよ」

「何をっ!!!」


 花見沢さんは、怒り心頭で声を出す。

 その時である。暗幕が開いて、お姫様風のドレスを着た宝塚が、数人入ってきた。


「桜子お姉さま。そろそろ戻ってきてください」

「もうすぐ本番です」

「みんな、お姉さまを、お待ちしております」


 花見沢さんは、可憐な乙女たちに取り囲まれる。


「くっ、仕方がない。演劇部の劇のあとは対決だ。逃げるなよ!」

「ふっ、逃げも隠れもせぬわ! 退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! 帝王に逃走はないのだ!!」


 満子部長は高らかに笑い、猫耳メイド喫茶から、花見沢さんを送り出した。


 店に静寂が戻ってきた。控え室に戻った僕は、満子部長につぶやいた。


「えー、あのー、元凶は、満子部長じゃないですか……」

「違うな。花見沢の権力欲だよ。だから闇鍋を食わせて、デトックスしてやろうとしたまでだ。おかげで奴はゲリピーになり、見事毒を体外に放出した。だが、残念ながら改造手術は失敗した。奴は仮面ライダーにはなれず、よく分からない異形の怪物に成り果てたのだ。ふっ、怖いな政治の世界は。恐るべし、生徒会選挙だよ。政治の魑魅魍魎は、かくまでも人を作り変えてしまうのか」


 満子部長は、自分の台詞に酔いながら言う。駄目だこりゃ。僕は、げんなりしながら肩を落とす。その僕の肩を、誰かがぽんぽんと叩いてきた。


「ねえ、サカキくん。震え収まったね」

「えっ?」


 楓先輩だ。僕は自分の手足を見る。本当だ。震えが収まっている。緊張が解けていた。楓先輩は、僕の手を取り、軽く微笑んだ。


「がんばってね、サカキくん」

「はい。楓先輩」


 その様子を見ていた満子部長が、僕の背中を思いっきり叩いた。


「よし、行くぞ!」

「はい。分かりました」


 僕は、廊下に出る。そして、喫茶店の入り口に、休憩の看板を立てる。移動予定の時間だ。以前から約束していた、クラスの友人たちがやって来た。舞台の間だけ、お店の見張りを頼んでおいたのだ。


「じゃあ、サカキ、がんばれよな~」


 友人の声に、手を振って答える。僕は、頭に手を伸ばして、猫耳カチューシャの位置を整える。戦闘準備完了だ。僕は、文芸部のみんなとともに、猫耳メイドの姿で、体育館へと向かった。


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