5月上旬、金曜日の午前9時過ぎ。自宅で取材先に向かう準備をしていた時、スマートフォンが鳴った。相手の番号を確認せずに、そのまま電話に出た。

　「警視庁捜査2課のマツオカといいます。こちら、染田屋竜太さんの電話で間違いないでしょうか」

　声の主は20～30代の男性とみられる。落とし物などに関する話ならば警察署から電話があるはず。本部の刑事というのが少し引っかかった。

　「愛知県警から経済犯罪の捜査要請を受けておりまして、電話しております」

　はっきりした口調で、言葉遣いは丁寧だ。「情報漏洩（ろうえい）の観点からお一人の環境でご対応していただきたいのですが」

　自宅に1人だったので「大丈夫です」と答えた。すると、「今、どういった環境でしょうか。ご自宅で1人という環境は間違いないですね」と念を押された。

「事件に関与したのでは？」

　そして、男は「捜査報告書によりますと、愛知県警の方でヒグチタクヤの大規模な資金洗浄の捜査を進めておりまして、ヒグチの自宅から大量の銀行キャッシュカードと通帳が発見されました」という。

　取材には加わっていないが、同じ名前の容疑者が4月、愛知県警と警視庁に詐欺容疑で逮捕されていたことはたまたま知っていた。

　「その中に染田屋竜太さんご名義のキャッシュカードが発見されまして……」

　とっさに頭によぎったのは、個人情報の流出だった。

　相手は具体的な銀行名を挙げ、「○○銀行で口座をお持ちだと思うんですが、この銀行では個人で四つの口座を持つことができます。二つ目をつくられた記憶はありますか」

　「ありません」と答えた。

　「見つかったカードの口座開設時に登録された住所のご確認をお願いいたします。東京都……」。住所は自分のものだった。本当に自分名義だとしたら再発行などの手続きが面倒だな……と感じた。

　「カードは資金洗浄に利用されておりまして、染田屋さんご自身が何らかの形で事件に関与されているのではないかと」

　急に、矛先が自分に向かってきた。

告げられた「2点の嫌疑」

　「現状、2点で嫌疑がかかっております。資金洗浄自体に関与されているという嫌疑とキャッシュカードとかを売却されてしまったという嫌疑ですね」

　続けて「容疑ではございません。ご安心ください。あくまで嫌疑になります」

　違和感があった。実は3年前まで大阪府警キャップを務めるなどこれまでも事件取材の経験があった。「容疑者」というのはあくまでメディア用語。警察が「容疑」「嫌疑」を使い分けるということはない。

　それでも、無意識に「まったくのぬれぎぬだ」と頭に血が上るのを感じていた。

　「経済犯罪になりますので、資金口座とか財産、不動産の差し押さえをして強制的にお調べさせていただくことになります」という。

　全く身に覚えがないので焦る必要もないのだが、「差し押さえ」「強制」という言葉がチクチクと不快感を与える。

【動画】「あなたには二つの嫌疑がかけられています」　記者が受け取った電話の手口とは…

おかしい…が確信へ

　「任意なのですが、1週間ほど仕事をお休みしていただいて、嫌疑が晴れるまで愛知県警の留置場と呼ばれるところで取り調べを受けるっていうことになります」

　「留置場」とは、身柄を拘束された容疑者らが逃走などをしないために留め置かれる場所。任意捜査の段階でそんなことをする権限は、日本の警察にはない。「なにか変」が確信に変わった。

　「ご自身で開設された口座でないと明確になれば法的責任は生じなくなります。担当の愛知県警の刑事にお話しいただきたいんです」という。

　「このまま電話を切らずにお待ちください」と言われ、無音になった。その間にスマホの画面を見ると、相手は海外からを示す「+」から始まる番号。後で調べると、表示された「+42」は、存在しない国番号だった。

　「こちら愛知県警捜査2課サイトウコウキと申します」。2～3分くらいたって声がした。少し低い声で、やはり若い男だ。

　「ヒグチタクヤの犯行拠点から見つかったご自身名義の口座は詐欺グループに使用され、取引が数千万円以上になっていました。捜査に非協力的だったり不審な点があると強制執行に移行させていただきます」という。

　「グループの全員を逮捕できていないので『秘密保持対象事件』に指定されています。事件の捜査情報などを一切他人に知らせてはいけない『守秘義務』が課されています」とたたみかけてきた。

　警察が一般人に命じるものではないし、自分に容疑がかけられれば、弁護士らに相談することは当然認められている。

　「それでは正式な事情聴取を行います。聴取内容は裁判で証拠品という形で提出されます」

「記者」の言葉に相手は…

　電話で、しかも互いの素性もあいまいなままの「事情聴取」など、ありえない。

　「ちなみに、SNSは使われていますか。シグナルとかテレグラムとか、そういうのも使っていますか」ときかれた。

　「記者なので海外との取材の一環として使うことはあります」

　すると相手の声色が変わったように思えた。

　「記者さんなんですね」

　言葉が途切れるようになった。「……きょうは、じゃあ、お仕事お休みなんですか」

　「本当は出なきゃいけない時間ですね」

　そう言うと、「ちょっとお時間いただいてもよろしいですか、すみません」。電話が切れ、そのまま何もなかった。通話時間は37分31秒だった。

　かけ直したが、つながらない。「記者」という言葉を警戒されたのか。

警察「間違いなく詐欺」

　おかしな点が多かった。しかし「自分が捜査対象になっている」ということが想像以上に心をかき乱すということを身をもって知った。

　後日、自宅近くの警察署を訪れた。

　対応してくれた男性職員に経緯を話すと、「安心してください、間違いなく詐欺です。警察は国際電話を使うことはないですし、証拠隠滅の可能性もあるのに、容疑がかかっている人にそんなに簡単にお話ししません」という。

　今回の電話は番号の下4桁が「0110」だった。警察署なども「0110」で終わる番号を使っており、4桁だけ見て信用してしまったり、テレビ電話で「逮捕状」を見せられてだまされたりする例もあるという。

　「日々、様々なシナリオが使われています。実は警察も、被害者の方から聞いて新たな手口に気づくことも多い。不審に思ったらお金を動かす前に最寄りの警察に相談するなどしてほしい」と話した。

巧妙化する手口　被害回避のポイントは

　警察庁によると、警察官をかたる詐欺の被害は1～4月に全国で2905件（暫定値）確認され、被害総額は約247億3千万円にのぼった。電話で警察官を名乗って「口座が犯罪に利用されている」などと告げ、身の潔白を証明するためとして金銭を要求するものが多い。手口は変化し続け、巧妙化しているが、警察庁は「警察が金品を要求することはない」と注意を呼びかけている。

　警察官をかたる詐欺のうち、今年に入って、相手のスマートフォンなどの画面に警察署などの電話番号をあえて表示させる手口が急増した。昨年初めは月に数件程度だったが、7月に100件を超え、今年は1月1177件、2月2239件、3月3600件、4月3824件だった。

　金品の要求では、現金を振り込ませるだけでなく、金地金を買わせてだまし取る手口もあった。

　SNSで偽の警視庁のサイトのURLを送るケースも見られた。教えられた「受理番号」を偽のサイトで入力すると、被害者の名前が書かれた逮捕状の画像が表示される仕組みという。

　このほか、「24時間監視する必要がある」としてビデオ通話を強要し裸の映像を送らせる手口もあった。今年に入って少なくとも7件の被害が確認されており、被害者はいずれも女性だった。

　警察庁は「逮捕を免れるためとして、警察から金銭を要求することなどはない」として、不審な電話があれば警察へ相談するよう呼びかけている。

当てはまったら警察へ相談を

・電話で捜査対象になっていると伝えられる

・メッセージアプリを使うよう誘導される

・警察手帳や逮捕状の画像を送ってくる

・金品を要求される

・個人のスマートフォンにビデオ電話で通話してくる

・「警察官」を名乗り、「+」で始まる国際電話の番号で連絡してくる