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第118話「合法ロリ」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部には、脳みそが低年齢な者たちが集まっている。そして日々、子供っぽい話に花を咲かせている。

 かくいう僕も、そういった幼い思考回路を持つ人間だ。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンでネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そんな、精神年齢が低すぎる面々の文芸部にも、しっかりと年齢相応な人が一人だけいます。小学生の悪ガキに囲まれた、真面目で可愛い女教師。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえて、僕は顔を向けた。楓先輩は、にこやかな顔で歩いてきて、僕の横にちょこんと座る。先輩の体温を感じて、僕は顔をほころばせる。先輩はいつも僕に密着する。そのことを僕は、密かに楽しんでいる。僕は先輩のぬくもりを堪能しながら、笑顔で声を返した。


「どうしたのですか、先輩。ネットで、知らない言葉を発見しましたか?」

「そうなの。サカキくんは、ネットに詳しいわよね?」

「ええ。ネット検定があれば、作る側として招聘されるレベルの研究者です」

「そのサカキくんに、聞きたいことがあるの」

「何でしょうか?」


 先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、日々書き進めるためだ。先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。そこで、まったく知らない言葉の海に遭遇した。そのせいでネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「合法ロリって何?」


 オウフ。ものすごくストレートな言葉が来たぞ。おそらく楓先輩は、合法やロリの意味を、個別ならば分かるはずだ。しかし、その二つが合わさることで、理解がおよばなくなっているのだろう。

 僕は、どう説明するべきか考える。ストレートに説明するならこうだ。


 ――ロリ少女が好きだけど、犯罪者になることを避けるために、容姿が幼い成人女性を性的な対象として見る。


 しかし、そういった露骨な話をすれば、先輩をドン引きさせる可能性がある。ここは、熟慮に熟慮を重ねて、言葉を選ばなければならないだろう。

 その時である。突如部室の一角から声が聞こえてきた。


「サカキ先輩は、合法ロリが大好物です」

「ひょっ?」


 僕は、ひょっとこのような顔になりながら、驚きの声を上げる。


 だ、だ、誰だ? 僕を危険な領域に押しやる、謎の人物は。

 僕は、声の主を確かめるため顔を向ける。そこには僕の苦手な相手、一年生の氷室瑠璃子ちゃんが座っていた。


 瑠璃子ちゃんは、その名の通り、僕に対して氷のように冷たい女の子だ。だが、瑠璃子ちゃんの特徴は、それだけではない。どう見ても、小学校低学年にしか見えない外見。そして人形のように整った顔。その姿と、目付きと、きつい性格のせいで、「幼女強い」という謎の陰口を叩かれている女の子だ。

 その瑠璃子ちゃんは、なぜか僕に厳しい。「変態なのは、遺伝子に紛れ込んだバグのせいですか」とか、「テストでどうやれば、不正解になるのですか」とか、「ほうけた顔をしているのは、顔面の筋肉に問題があるのですか」とか、世話焼き女房のように、いつも小言を言ってくる。僕のガラスのハートは、そのたびに粉々に砕けそうになる。瑠璃子ちゃんの言葉の暴力に、僕はいつも打ちのめされているのだ。


 そういった感じで、僕にとって天敵である瑠璃子ちゃんが、「サカキ先輩は、合法ロリが大好物です」と言ったのだ。

 僕は、おそるおそる瑠璃子ちゃんの顔を見る。瑠璃子ちゃんは、僕を射抜くような視線で見つめている。何か悪いことでもしたかな? 僕は不安に駆られながら記憶を過去へとさかのぼらせる。

 ああ、そういえば、僕は瑠璃子ちゃんに、合法ロリの話をしたことがある。小学校時代に、そういった会話があったことを、僕は思い出す。


 あれは、小学四年生の時である。僕は運動場の一角に立ち、その広々とした平地を眺めていた。

 石の上にも三年という言葉がある。僕は、小学校という閉鎖環境で、三年の月日を過ごし、四年生という学年に移行した。この三年で、僕は何を得たのだろう。小学校は学び舎である。心と体を育成させたと考えるべきだろう。

 しかし僕は、そう答えることができなかった。小学校の勉強は、僕の知識を増やしはしたが、人格を陶冶させるには、充分ではなかったからだ。


 僕は、変わったのだろうか? いや、変わったのだろう。強いて言うならば、美少女鑑定士としての能力が増大した。

 今も僕の目は、運動場でたわむれる美少女たちの姿を追っている。そして、若き日のまぶしい光景を、脳の中に記憶し続けているのだ。


「あの、サカキ先輩。十分ほど、ぼーっとしているのですが、何かあったのですか?」


 傍らから声が聞こえてきた。視線を向けると、小学三年生の瑠璃子ちゃんが立っていた。瑠璃子ちゃんは、初めて会った時から、ほとんど姿が変わっていない。この世に永遠という言葉があるのならば、瑠璃子ちゃんにこそ相応しいのかもしれない。僕はそんなことを考えながら、美少女鑑賞のために、運動場に視線を戻した。


「もしかして、サカキ先輩は、女の子たちを見ているのですか?」


 瑠璃子ちゃんは、探りを入れるようにして尋ねてきた。僕は、微かに笑みを浮かべる。そして、僕の横に立つ、永遠の美少女に声を返した。


「僕は、美少女鑑定士だからね」

「女好きなのですか?」

「その言葉は当てはまらないね。僕は鑑賞に重きを置いているんだ。古美術を愛する人が、絵画や壺に抱き付いたりはしないだろう。そういうことだよ。僕は、美しいものを愛する術を知っているんだ」


 僕がにこやかな顔をすると、瑠璃子ちゃんは、よく分からないと言った表情をした。まだ若い瑠璃子ちゃんは、僕の境地まで達していないのだろう。僕は、世界の中心で、美しさを愛でる人生を送っている。それは人類にとって、至高の生き方だと心得ている。


「先輩は、大人になっても、その、……美少女鑑定士の趣味を続けるのですか?」

「うん?」


 どういった意図の質問なのだろう。僕は瑠璃子ちゃんの顔を見つめる。僕と顔を合わせた瑠璃子ちゃんは、恥ずかしそうに頬を染めて、照れた様子を見せた。

 さて、どう答えるべきか。僕は、しばらく考えたのち、声を返す。


「おそらく続けると思うよ。継続は力なり。僕は、自分の人生を通して、その意味を噛み締めるつもりだよ」


 僕が答えると、瑠璃子ちゃんは困った顔をした。どうしたのだろう。僕はその理由を尋ねる。


「サカキ先輩。大人になっても、小学生の女の子を見ていたら、犯罪者ですよ」


 僕は、目が覚めるような思いを抱く。

 そうか。僕は「美女」鑑定士ではなく、「美少女」鑑定士だ。つまり、幼いがゆえに美しい少女たちを、愛でるのが仕事なのだ。

 まだ女性として開花していない、つぼみのような一瞬の造形美。それを鑑賞し、見定めることが生業なのだ。しかし、その行為は、成人してからは困難を伴う。青少年保護育成条例。表現と思想の自由を脅かすその規則が、僕の鑑定士としての活動を妨げるのだ。


「そうか……」

「そうですよ」

「僕はいずれ、美少女鑑定士であることを諦め、美女鑑定士にならなければならないのか」


 いや……。

 僕は、そこで考える。目の前には、瑠璃子ちゃんがいる。彼女は年齢を経ても容姿が変わらない。世の中には、そういった人間もいるのだ。僕は、条例の網をかいくぐり、美少女鑑定士としての活動を続けられることを理解する。


「瑠璃子ちゃん。僕にはまだ、合法ロリが残されている。僕は、合法ロリも大好物だ。僕は、齢を重ねてもなお、美少女鑑定士としての仕事を続けられるだろう」


 瑠璃子ちゃんは僕を、あきれた目で見た。そう言ったやり取りが、小学三年生の時にあったのである。


 今振り返ってみれば、浅はかな考えである。美少女鑑定士の仕事は、何も幼い女の子を間近に見なくてもおこなえる。パソコンのモニター越しに見たり、望遠レンズで遠巻きに見たりしてもよいのだ。小学校の運動場に、直接行く必要はない。若き日の誤謬。僕は、自分の心の成長に驚嘆する。


「ねえ、サカキくん。それで、合法ロリって何?」


 楓先輩が尋ねてきた。僕は意識を部室に戻す。そして、楓先輩に説明を開始した。


「通常の場合、成人男性が、小中学生の女児に性的な興味を持つことは、ロリータコンプレックスと呼ばれて非難されます。また、その興味を、行為として実践した際は、犯罪者として逮捕されます。そういった、ロリコンの人間にとって抜け穴となるのが、合法ロリなのです。


 合法ロリとは、成人女性で、その容姿が小中学生の児童のようにしか見えない人に、使われる言葉です。見た目が異様に幼く見える場合に、よくこの言葉が用いられます。

 まあ、相手を容姿だけで判断して、性的な対象としてカテゴライズする、失礼な言葉なのですが。


 この合法ロリという言葉は、ネット以外の場所で使うのは危険です。なぜならば、自分は小中学生が好きなロリコンだけど、そういった外見をしている女性なら、成人でもOKですよ、と公言することになるわけですから。

 やはり、そういった趣味は表には出さず、秘めたところで楽しむのが、紳士のたしなみだと、僕は思います」


 僕は、一気に合法ロリについて説明する。楓先輩は、僕の台詞を飲み込み、咀嚼しているようだ。そして、僕と瑠璃子ちゃんを交互に見て、言葉を漏らした。


「その説明だと、瑠璃子ちゃんは将来合法ロリになりそうということ?」

「そうなるかもしれませんね。今から急激に成長しなければ、そう呼ばれるようになると思います」

「瑠璃子ちゃんの話では、サカキくんは、合法ロリが大好物なのよね」

「うっ……」


 そうだった。瑠璃子ちゃんが、そういった話をしていた。このままでは僕は、瑠璃子ちゃんが大好物で、楓先輩など眼中にないと思われてしまう。それはまずい。大いにまずい。僕は否定の言葉を述べようとする。しかし、それよりも早く、瑠璃子ちゃんが口を開いた。


「はい。サカキ先輩は、合法ロリが三度の飯よりも大好物らしいです。ですから、おそらく数年後、私にめろめろになること、間違いなしだと思います」


 ノ~~~~~~~~~~! 何を言っているのだ瑠璃子ちゃん。僕は、楓先輩第一主義者ですよ!

 僕は、きっとした目付きで、瑠璃子ちゃんを見る。瑠璃子ちゃんは、恥ずかしそうに頬を染めている。僕は楓先輩に視線を移す。顔を青くして、僕から距離を取っている。ドン引きしているようだ。

 どうにか弁解の言葉を述べないといけない。僕は慌てて声を出す。


「僕は、合法ロリだけが大好物なわけではありません! 三つ編みも、眼鏡も、貧乳も、年上も大好物です! 僕の好みは多岐にわたっており、いつでも誰でもウェルカムの博愛主義者ですよ!」


 先輩は席を立ち、自分の席に戻った。うぇっ! どうして? そして、瑠璃子ちゃんがやって来て、僕の隣に座った。ふえっ! なぜですか?

 どうして、こんなことになったのですか? 僕がその理由を飲み込むのには、三十秒ほどかかった。ああ~~~~~~~~~~、やってしまった……。


 それから三日ほど、楓先輩は僕から距離を置いた。そんな惨めな変態紳士の僕に、瑠璃子ちゃんは寄り添い、小言をずっと言い続けた。

 た、助けてください楓先輩!

 三日後、ようやく機嫌を直した楓先輩は、僕の横に座ってくれた。よかった。瑠璃子ちゃんは、ちょっとだけ残念そうに、自分の席に戻っていった。


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