Yahoo!ニュース

予備校講師による「独身偽装」と「性的グルーミング」の末に医学生だった娘は命を絶った

小川たまかライター
春香さんが勉強のために使っていたノート

※(注意)記事中に自死や性暴力の内容が含まれます。

 自死した娘のスマートフォンには、大手予備校の人気講師から性的な行為を求められる内容のメッセージが大量に残っていた。娘が自死したのは、交際していると思っていたこの講師が既婚者であると知らされた直後だった。

葬儀後に友人から

「お母さんに話したいことがある」

 2021年3月25日、田上由美子さん(仮名)は医学生の娘・春香さん(仮名・当時21歳)が暮らす京都市内のアパートへ向かっていた。この日は一緒に由美子さんの祖父母の墓参りへ行く予定となっていた。しかし、この予定は叶うことがなかった。

 春香さんは高校卒業後の2年間、予備校へ通い、この前年春に第1志望の大学医学部に入学したばかりだった。医師になるために努力を重ねていた娘が、なぜ死を選んだのかーー。告別式の数日後、由美子さんは、春香さんの予備校時代の友人から「お母さんに話したいことがある」と声をかけられた。そこで、春香さんと半年ほど前に再会した予備校時代の講師とのいきさつを知った。

 友人らの話や春香さんのSNS、iPadやスマートフォンに残っていた記録から、詳細がわかった。春香さんは生前、友人に「私が死んだら見てほしい」とスマートフォンの暗証番号を伝えていた。

由美子さんの自宅には仏壇のそばに春香さんが暮らしていた部屋と同じように勉強机や本棚が並ぶ(画像の一部を加工)
由美子さんの自宅には仏壇のそばに春香さんが暮らしていた部屋と同じように勉強机や本棚が並ぶ(画像の一部を加工)

 

慕っていた講師からのアプローチ

 春香さんは2年間のうち1年間は女子寮から予備校へ通っていた。医学部受験に強い予備校だった。

 無事に合格した2020年のお盆の頃、春香さんは通っていた予備校の講師たちに友人と2人で会いに行った。予備校卒業時、コロナの影響でお世話になった講師たちにお礼を言えなかったためだ。

 このとき春香さんは、理系科目を担当していた30代の人気講師Aとツーショットで写真を撮った。慕っていた講師の1人で、Aの授業を受けるようになってこの科目の成績がさらに伸び、全国模試でも上位に食い込んだことから、春香さんはとても信頼していた。

生前の春香さんが勉強のために使っていたノート
生前の春香さんが勉強のために使っていたノート

 9月になり、春香さんはSNSのDMでAから突然メッセージを受け取った。

 春香さんは尊敬していた講師からの個人的な連絡を喜んだが、程なくしてAは春香さんに「可愛い」「キスしたい」「僕のものにしたい」などと繰り返しメッセージを送るようになった。

 その後、2人は性的な関係を持つが、すぐに春香さんはその関係に悩むようになる。Aから連日送られるメッセージは性的な内容が多く、春香さんに自慰行為を促したり、性的な動画の要求が繰り返されたためだ。

「精子ほしい?」

「なめてくださいは?」

「中でだす? お願いして」

「まんこみせてよ」

「触ってるところ写真おくって」

2020年11月頃のLINEでのやり取り(画像は遺族提供/画像の一部を加工)
2020年11月頃のLINEでのやり取り(画像は遺族提供/画像の一部を加工)

2020年10月頃のLINEでのやり取り(画像は遺族提供)
2020年10月頃のLINEでのやり取り(画像は遺族提供)

「ご結婚なさってますか?」の問いははぐらかす

 春香さんは友人らにAから性行為の対象として利用されているのではないかと不安に思っていることを相談。12月上旬からは不眠に悩むようになった。また、心療内科の予約を取ろうとしたが、1カ月以上先まで予約が取れないと知りあきらめた。

 ひと回り以上年上のAが既婚者なのではないかという疑いも持っていた。春香さんは2人で会うようになる前に「先生ってご結婚なさってますか?」とメッセージで尋ねている。しかしAはこれを「春香さんは、僕の年齢とかバラすのでプライベートは答えません笑」と、春香さんの責任にする形ではぐらかしていた。実際にはAは何年も前に結婚し、子どももいた。

2020年9月、SNSのDMでのやり取り(画像の一部を加工)
2020年9月、SNSのDMでのやり取り(画像の一部を加工)

 12月中旬、春香さんのSNSに、匿名で質問を送ることのできる「質問箱」を使って何者からかAが既婚とほのめかすような内容のメッセージが送られた。春香さんは動揺し不安定になったが、12月25日のクリスマスにはAが一緒に過ごしてくれたことから、独身だと信じた様子だったという。

 年が明けて2月になるとAからの連絡回数が減り、既読無視も多くなった。一方で性的な内容のメッセージや性行為の要求は続いた。春香さんは自宅に来たAが性行為をすませて帰って行った後、部屋で泣くことが続いたという。

 春香さんのアパートは、Aが勤める予備校から最寄駅に向かう途中にあった。由美子さんは「春香はそこに住んでいることをAに再会した際に告げていました。授業の合間に部屋を訪れて性行為だけして帰っていく。Aにとって春香は都合の良い場所に住んでいたのだと思います」と言う。

 このような状況の中で、3月24日に再び春香さんのSNSに質問箱を通してAが既婚者であると知らせるような内容のメッセージが届き、この直後に春香さんは自室で自死した。メッセージの投稿者はわかっていない。

 春香さんの友人が受け取ったLINEには、匿名の誰かからメッセージが届いたという内容と「死ぬわ」と書かれていたという。

講師側は「既婚と知っていたはず」と反論

 母の由美子さんは2023年6月、Aを相手取り約1億3000万円の損害賠償を求めて京都地裁に提訴。A側は、自死を生じさせるような権利侵害行為はなかった、既婚者であることは春香さんも知っていたはず、などと反論した。しかし反論として出された証拠は、春香さんとAの直接的なやり取りではなく、Aが既婚だと噂されている何年も前のSNS投稿だった。

 2024年7月、裁判所からの和解勧告があり、Aが由美子さんに解決金を支払うことで和解が成立した。由美子さんは、Aが本人尋問で出廷し自分の口で説明することを望んでいたが、叶わなかった。和解金の額のみ口外禁止となったが、それ以外の内容について守秘義務はついていないという。

 朝日新聞は2024年9月25日付京都版紙面で「『予備校講師から性的搾取の被害』命絶った娘」のタイトルでこれを報道し(デジタル版未掲載)、「嫌がる相手に性的な行為を要求するのは典型的なデートDV」とする識者のコメントを掲載している。

 春香さんはメッセージのやり取りで「笑」などをつけつつも、性的な要求を拒否していた。性的な要求に応じる素振りを見せるやり取りもあったが、友人の話によれば「言わせたがる。言わなければ不機嫌になる」と悩んでいたという。

 「デートDV」以外にも問題はある。Aが既婚者である事実を春香さんに隠していた「独身偽装」の可能性があること。そして、元教え子である春香さんとのやり取りが「グルーミング(手懐け行為)」に見えることだ。

大学の友人

「(講師は)距離の縮め方が異常すぎて……」

Aから春香さんに送られた最初のメッセージ(画像は遺族提供/画像の一部を加工)
Aから春香さんに送られた最初のメッセージ(画像は遺族提供/画像の一部を加工)

 

 Aは春香さんとのメッセージのやり取りを始めてすぐ、「自分のこと大嫌いなので」「(授業の)アンケートは読まないしメンタルは弱すぎるので」など、自分を卑下するような内容を何度か送っていた。春香さんは励ますように「先生の授業の好きなとこ記述欄にめいいっぱいに書きましたよ」と返信している。

 やり取りが始まって数日後には「僕の好きなところでも言ってください笑笑」と問いかけ、春香さんは律儀に「めちゃくちゃわかりやすく教えてくれるところ」「わかりやすいだけじゃなくて面白いと思えるような授業をしてくれるところ」「優しい声」「受験期が近づくと励ましてくれるところ」などいくつも答えていた。

 生徒から信頼されてきた人気講師の立場を利用して、関係を作り上げたようにも感じられる。

 由美子さんは2022年、Aが所属する大手予備校に文書で再発防止を求めた。予備校からの回答は、「事情を確認し、契約上可能な対応をする」としたものの「卒業生との間の接触については、基本的には私生活上の問題であり、契約の性質からも干渉することは困難」とも書かれていた。

 相談を受けていた春香さんの大学の友人は「浪人生の間は精神的に成熟しないと思うので、成人と言ってもほとんど高校生と同じ。距離の縮め方が異常すぎて、都合よかったんやと思います」と話す。卒業後も「講師と生徒」の間には、その関係性が持続する。

「春香はあんまり人とつるまないタイプだけれど、仲良くなった子に対しては優しくて、純粋でいい子だった。Aがいなかったら大学生なりの恋愛もできたと思う。記録を残していたのは、彼女は彼女なりに自分で自分を守っていたのかもしれない」(春香さんの友人)

春香さんの本棚。本好きで、カバーが日焼けしないように気をつけていたという
春香さんの本棚。本好きで、カバーが日焼けしないように気をつけていたという

「こういうことが実際に起こると伝えたい」

 由美子さんは、相談した弁護士から「これは不倫ではなく性暴力」と言われ、その通りだと思ったという。

「もし既婚者かどうかを曖昧にしてお金を奪ったら詐欺事件になっていたと思いますが、春香はお金より大事なもの、取り返せないものを奪われている。

ある人がこの件について私に、Aの行為を非難する意図で『おいしいものがそこに落ちていたとしてもそれを拾って食べてはいけない。教育者であるならなおさらだ』と仰ったのですが、私は『Aはおいしいものを拾ったのではなく、おいしくなる可能性のある種が土の中に埋まっていたのをすごい嗅覚で自ら掘り返し、水を与え、実になるまで育成し、一口かじって捨てたのだ』と思っています」(由美子さん)

 由美子さんの自宅には、春香さんが成人の記念に撮った写真が残る。成人式には受験で出席できなかったが、大学入学後にフォトスタジオで写真だけ撮ったのだという。撮影した時期は、Aとの関係が始まる直前だった。

「予備校に通わせる保護者たちは、まさか講師が子どもを、とは思っていないと思う。こういうことが実際に起こると伝えたい」(由美子さん)

 Aは今もこの予備校で講師を続けている。

墓前に手を合わせる由美子さん(画像の一部を加工)
墓前に手を合わせる由美子さん(画像の一部を加工)

※遺族提供の画像以外はすべて筆者撮影

  • 210
  • 147
  • 63
ありがとうございます。
ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

トナカイさんへ伝える話

税込550円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

小川たまかの最近の記事

あわせて読みたい記事