国内最大の食品公害と言われるカネミ油症事件の原因企業、カネミ倉庫(北九州市小倉北区)が国から請け負ってきた政府米の保管業務の契約が、10月以降は直接結べなくなる。同社による患者の医療費負担を国が支援するために行ってきた唯一の施策で、患者団体は「それさえもなくなるのか」と反発している。
油症事件を巡っては1985年、法務、農林水産、厚生の3大臣が「カネミ倉庫所有の倉庫について米の需給操作上可能な範囲内での有効活用の配慮を行う」ことを確認しあった。背景には当時、患者らが起こした損害賠償請求訴訟で国の責任を認める判決が相次いで出たことがある。
農水省はカネミに政府米を預ける契約を随意契約で結び、近年は2億円前後の保管料を支払ってきた。2006年以降は一般競争入札を通じての契約に移行し、契約額が目減りして「年額1億5千万円あるかないか」(同社)という状況になっていたが、同省側は「同じ条件なら、他業者よりも長期間、多量の米を預けるよう配慮してきた」(消費流通課)という。
ところが、農家への戸別所得補償制度導入などに対応するため同省の機構改革が行われるのに伴い、今年10月から政府米の保管、運送、販売などの業務は大手商社などがつくる三つの事業体に委託することになった。カネミと国との直接契約はなくなり、長年続いた「配慮」も出来なくなる。
カネミは現在、約2万トンの政府米を保管しており、その分の業務は新たにこの事業体の企業と契約して引き継がれる予定だ。しかし、新たな入庫が今後あるかは未知数だ。
同省はカネミ支援の代替策は用意していない。「そもそも医療費の支払いは、カネミ倉庫が誠意をもってやることだ」と話している。
カネミはこれまで、認定患者への見舞金(23万円)と医療費の自己負担分を支払ってきた。だが、訴訟で決まった1人あたり500万円の和解金は経営難を理由に未払いのままだ。「売り上げがどの程度落ち込むのかは見えない。医療費は今まで通り、出来る限り支払うよう努力するしかない」と話している。
被害者団体「カネミ油症五島市の会」(長崎県)の宿輪敏子事務局長は「公的な被害者救済の道筋ができていない中、カネミに倒産されては困る。そもそも米を預けるだけでカネミまかせの手抜かりの『救済』なのに、国はそれさえもしなくなるのか」と批判する。
カネミ油症被害者支援センター(東京)の藤原寿和事務局長は「国は水俣病問題ではチッソを手厚く支援し、被害者救済法も作った。油症問題でも超党派で政治的な解決を図り、被害者救済法を作るべきだ」と話している。(斎藤靖史)
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〈カネミ油症事件〉 1968年、カネミ倉庫製の米ぬか油を食べた人に黒い吹き出物などの皮膚障害や内臓疾患などがあらわれ、福岡、長崎両県を中心に西日本一帯の1万4千人が健康被害を届け出た。製造過程で使用したポリ塩化ビフェニール(PCB)が加熱されて生じたダイオキシン類が主原因とされる。認定患者は今年3月末現在で1941人(生存者は1384人)。患者が起こした一連の民事訴訟(全国統一訴訟)でカネミ倉庫の責任は確定した。1、2審では国の行政責任を認める判決も出たが、患者側は87~89年、最高裁で敗色が濃くなったとして国への訴えを取り下げた。