第255話 魔王と楽園世界
魔王討伐RTA始まります。
霊樹の化身、カーラによれば、この世界には霊脈というエネルギーの流れ道が存在する。
そして、魔王5体と大魔王は、霊脈の集合地点に陣取っている可能性が非常に高いとのこと。
これは、霊樹からリソースを奪うなら、霊脈に干渉するのが最も効率が良いからである。
「魔王はこの山の頂上だな」
「富士山くらいは標高がありそうですね……」
「えーと、富士山よりは少し低いみたいです。まあ、登るのが大変なのは同じですけど」
俺達はカーラに貰った地図を片手に、霊脈の集合地点に向かうことにした。
最初に訪れたのは、まさに霊峰と呼ぶに相応しい雪山だった。
標高は3000メートルを超える富士山クラスの山で、登山道の整備もされていないから、気軽に登れるようなものではない。
当然、俺達の目的は山を歩いて登ることではないので、さっさと飛んで行く予定だ。
「マリア、霊樹の剣の使い心地はどうだ?」
カーラの頼みにより、魔王は霊樹の剣を持った勇者が倒すことになった。
念のため、この世界の本来の手順を守ってほしいとのことだ。
補足しておくと、この霊樹の剣はカーラが用意した新品である。
最初、カーラがあの勇者が使っていた霊樹の剣を修復すると言ったので、アレの使っていたお古を使うのは嫌だと突っぱねたら、慌てて新品を作りだしたという経緯がある。
「はい、悪くはありません。伝説級に相応しい力はあると思います」
マリアは霊樹の剣を軽く振り、その感触を確かめながら答えた。
霊樹の剣はレア度としては伝説級だが、魔王特効以外に特別な効果のない武器である。
しかし、俺達はこの剣が覚醒を残していることを知っている。
問題は、作った本人であるカーラも覚醒の条件は知らないことである。何でやねん。
まあ、無理に複数の転移条件を満たす必要もないので、運が良ければ覚醒させる、くらいに考えておくつもりだ。
「山を登り、魔王と接触したらすぐに戦闘になる可能性もある。準備は良いか?」
「はい、問題ありません」
戦闘の準備もできたので、俺達は空を飛んで頂上に向かった。
少し飛び、霊峰の頂上が目視できるようになった。
霊峰の頂上は流れるエネルギーが発光しているのか、淡く光りを放っている。
そして、その光はその場に立っている1人の男に吸い込まれているように見えた。
当然、その男が魔王の1体である。
「貴様達、何者だ」
俺達が魔王から距離を開けて降り立つと、魔王は俺達の方を見て聞いてきた。
魔王の容姿を簡単に説明すると、長身痩躯でクールな表情が似合うイケメンだ。
「普段は絶対に言わないけど、今だけはこう名乗らせて貰おうか。勇者様ご一行だよ」
「グレイオスを倒し調子に乗っているのか?この地でエネルギーを50年吸収し続けた私は、グレイオスよりも遙かに強いぞ」
「なるほど、情報共有はできているみたいだな、Dリーパー」
やはり、この世界のDリーパーも互いに情報を共有する能力はあったか。
それを予想して、カーラとの会話の時には、マリアの<結界術>で魔王の灰との間に防音の結界を張っていたのだが……。
「……貴様、何故それを知っている」
「情報共有されると分かっていて、言う訳がないだろう」
「ふん、まあ良いだろう。貴様達はここで死ぬのだからな。私は『霊峰の魔王』グレムオン、Dリーパーとしての名はNSDだ。勇者も名乗るくらいはしてもらおうか?」
魔王が剣を抜き、名乗りを促してきたので、俺は一歩下がってマリアを前に出す。
「私の名前はマリア、獣人の勇者です」
マリアも名乗り、剣を抜く。
「……貴様が勇者ではないのか?まあ良い、グレムオン、参る」
俺の方を見て怪訝な顔をした後、マリアに向けて駆け出した。
「ぐはっ!?」
次の瞬間、霊峰の魔王グレムオンはマリアの一閃により消滅した。
順当な結果だね。
A:マスター、マリアの<勇者>のスキルポイントが増加しています。
何? ……本当だ。<勇者>のスキルポイントが増えている。
前の世界では、Dリーパーの汚染を浄化することで<竜魔法>のスキルポイントが増えていた。
今回はDリーパーを倒すとスキルポイントが増えるのか?
違う。灰から復活した魔王を倒した時、スキルポイントは増えなかった。
今回との違いは、霊樹の剣を使ったか使っていないかだけだ。
そうなると、霊樹の剣を使うことが条件なのか?
いや、流石に異世界でしかスキルポイントが増やせないとは考えにくい。
……もしかして、専用の装備で魔王を倒すことが条件なのか?
『深淵』の外で言えば、勇者が聖剣で魔王を倒したら、<勇者>のスキルポイントが増えていたかもしれない。
「長かったです。ようやく、<勇者>を最大レベルにできるのですね」
同じ報告を聞いたマリアが、満足そうな表情をして呟いた。
「やったわね、マリアちゃん!」
「マリアちゃん、おめでとうございます……」
《おめでとー》
「マリアさん、おめでとうございます。残るは私の<英雄の証>だけですわね」
皆も祝福しているが、俺はそれに水を差さなければならない。
「マリア、残念だが、微妙に足りない。後5体魔王を倒してもレベルアップしない」
「え?そ、そんな!あ、あと少し、足りません……」
マリアが増加したスキルポイントを数え、ガックリと肩を落とす。
本当にあと少しなんだけど、そのあと少しが遠い。
「うーん、大魔王を倒したら、多めにスキルポイントを貰えたりしないかな?」
「魔王によって得られるスキルポイントが違う可能性はあるのか。次の魔王を倒して、得られたスキルポイントに差があれば、ワンチャンあるかもしれないな」
「仁様、急ぎ次の魔王を倒しに行きましょう」
ミオのアイデアに意見を述べると、急にマリアが魔王退治にやる気を見せ始めた。
マリア、<勇者>がレベル10にならないこと、結構気にしていたんだな。
それじゃあ、次の魔王を倒しに行こうか。
次に俺達が向かったのは、木々が生い茂る森だった。
森の上空を飛んで進み、明らかな異物の存在する場所に到着した。
「森の中に建物。まるで宮殿のようですわね」
「確かにアレは宮殿ね。でも、ログハウスって感じでもないわね。木が宮殿の形に育ったみたい」
セラとミオが評した通り、霊脈の集合地点にあったのは木でできた宮殿だった。
木々が絡み合うようになって宮殿の形を作っている。
「それじゃあ、行くぞ」
「私が先頭を進みます」
どう考えても普通の宮殿ではないため、警戒しながら近付いていく。
俺達がある程度近付いたところで、宮殿の一部の木が俺達に向かって槍のように伸びてきた。
「はっ!」
襲い来る何本もの木槍をマリアが切り払っていく。
更にある程度近付いたところで、木の槍が伸びてくるのが止まった。
「無駄だと気付いたのかな」
そのまま、何事もなく宮殿の中に入る。
数歩進んだところで、足下の木が変形して槍のように伸びてきたので避ける。
「まあ、そうくるよな」
木が襲いかかってくるのが分かっていて、床が木でできているなら、予想できる範囲だ。
仲間達にも木槍は襲いかかってくるが、全員が難なく避けて反撃しながら進んでいく。
「……まさか、ここまで来るとは思わなかったわ」
宮殿の1番奥、地面が淡く光る場所にいたのは、ナイスバディな女魔王だった。
「分かっていると思うけど、お前を倒しに来た」
「ええ、そうでしょうね。一応、名乗っておくわ。アタシは『新緑の魔王』グレネシア、Dリーパーとしての名前はKWDよ」
魔王には『霊峰』、『新緑』のような、居場所に関する二つ名が付くらしい。
「100年は魔王をやって、木を操る能力も持っているから、倒された2体よりは強いつもりよ」
「グレムオンとやらは何も操らなかったが、お前の方が上位の存在なのか?」
「違うわ。エネルギーを吸収し続けると、その地に相応しい能力を得られるのよ」
霊峰の魔王グレムオンも長じれば雪山に相応しい冷気を操る能力でも得たのだろうか?
「当然、吸収した年月が長いほど、その能力は強くなっていくわ。仮にアタシを倒したとしても、他の魔王はアタシより強いってワケ」
「負けた時の話をするとは、戦いに自信がないのか?」
「ふふ、そう思いたいなら自由になさい。アタシの力を見ても、同じことが思えるのかしらね?」
魔王がそう言うと、四方八方から木の槍が襲いかかってきた。
魔王本体が近いからか、今までよりも遙かに動きが速くなっている。
「う……そ……」
次の瞬間、新緑の魔王グレネシアは膝をつき、倒れ込むようにして絶命した。
今回、魔王の肉体が残っているのは、マリアがDリーパーだけを消滅させたからだ。
具体的にいうと、Dリーパーが寄生しているのは、魔王の灰の一粒だったので、魔王の身体にあるその一粒を狙い撃って消滅させたのだ。まさに神業である。
「くっ……」
しかし、神業を為したマリアも膝をつき、苦しげに呻いている。
「得られるスキルポイント、固定値のようです……」
グレムオンとグレネシアを倒して得られた<勇者>のスキルポイントは同値だったようだ。
この調子だと、大魔王を倒しても<勇者>のレベルアップは難しそうだな。
「マリアちゃん、元気出して!」
《ふぁいとー!》
「他にも条件を達成できる世界があるかもしれないから、諦めるのはまだ早いですわ」
「……諦めは、しません。でも、はあ……」
マリアのテンションがダダ下がりである。
次にやって来たのは洞窟だった。
準備を終え、洞窟に入ろうとしたところで異変が発生した。
「黒雲が出てきただと?」
1度は消えたはずの黒雲が再び空を覆い尽くしていく。
「どう考えても、大魔王か魔王の仕業ね」
「それは間違いないだろうけど、今更どういうつもりだ?」
「確か、黒雲が出ていると、霊樹が食料を生産できなくなるんですよね……?」
「ああ、だけど、それは俺達に対して何の影響もないはずだ。絶対に理由はあると思うけど……駄目だな、予想できる材料がない。とりあえず、黒雲は放置して魔王討伐に集中しよう」
この場で考えても結論は出なそうなので、黒雲に関しては放置することにした。
今度こそ洞窟に入り、真っ暗な洞窟の中を<光魔法>で照らして進んでいく。
「やはり、ここに来たか」
その最奥では、ヒゲオヤジ魔王が淡く光る地面の上に立っていた。
「ワシは『岩窟の魔王』グレナンド、またの名をKNDという。オヌシ達にはここで死んで貰う」
「自信満々だな。自分は今まで倒された魔王よりも強いからか?」
「確かにワシは50年長くエネルギーを吸収している分、グレネシアよりは強いだろう。しかし、それほど大きな差がある訳ではない。グレネシアを瞬殺したオヌシ達に勝てる道理はない」
「戦う前から負けを確信しているのかよ」
「ああ、ワシは負けるだろう。しかし、それとオヌシ達が死ぬことは、別の問題だ」
-ゴゴゴゴゴゴゴゴ-
魔王の宣言と共に、洞窟の至るところから地響きが鳴り始めた。
「この地で過ごしたワシは石や土を操れる。その力を使い、この洞窟の壁や天井を柔らかくした。その結果、何が起きるかは分かるであろう?くく、相打ちならば、ワシらの勝ちだ」
なるほど、洞窟を崩落させて俺達を巻き込もうというのか。
「マリア、やれ」
「はい」
「さらばだ、勇者よ」
岩窟の魔王グレナンドは、満足そうな表情でマリアの一撃を受けて絶命した。
「よし、『ポータル』で洞窟の外に出るぞ」
俺達は洞窟に入る前にセットした『ポータル』を対象に転移を発動した。
この状況を打開する方法はいくらでもあるが、この脱出方法が一番楽だと思う。
「決死の作戦、完全な無駄打ちになったわね。何か哀れだわ」
「脱出の様子を見なくて済んだことが、唯一の救いだったかもしれませんわね」
崩落する洞窟を外から眺めながら、ミオとセラが魔王に同情していた。
黒雲に覆われたままの空を飛び、訪れたのは絶海の孤島だった。
島の中心には巨大な湖が存在しており、ドーナツ状の陸地が海に浮かんでいるように見える。
その湖の中心には淡く光る小さな陸地があり、当然のように魔王が立っていた。
「……有り得ない」
魔王は俺達の姿を見て、無表情なまま一言呟いた。
「「「…………」」」
俺達……正確には、俺とさくらとミオの3人も、魔王の姿を見て『有り得ない』と思っている。
何故なら、魔王の姿は俺達の想像を超えていたからだ。
「無表情スク水マント幼女とか、一体誰の趣味なのよ……」
ミオの端的な説明の通り、魔王は8歳くらいの少女の姿で、紺色のスクール水着を着て、赤いマントを羽織っていた。
ご丁寧にスクール水着の胸元には、平仮名で『ぐれりあな』の名札が付いている。
「……ボクは『絶海の魔王』グレリアナ、IID」
魔王は淡々と名乗り……ボクっ娘だと!?
マリアに瞬殺される分際で、どれだけキャラを濃くしたら気が済むんだ!
余談だが、絶海の魔王の胸は絶壁だった。
「……お前達への対抗策はある」
魔王の周囲に湖の水が集まり、巨大な球体となった。
「……剣士に水の守りは突破できない。……何時間でも、何日でも、何年でも負けない状況で戦い続ければ、最後には必ずボクが勝つ……な!?かふっ!?」
マリアは初撃で水の守りを消し飛ばし、二撃で魔王の命を刈り取った。
マリアに2回も攻撃させるなんて、魔王の中でも初の快挙だぞ。
5体目の魔王が待ち構えるのは、モクモクと煙が立ち上る活火山の火口だった。
溶岩溜まりの中、一箇所だけ存在する淡く光る陸地で巨漢の魔王が仁王立ちしていた。
「我は『業火の魔王』グレガレオ、UEDとも言う。汝らを殺す者の名だ、覚えておけ」
陸地に降り立った俺達を見て、魔王が堂々と宣言する。
「我の強さは他の魔王とは一線を画す。今までと同じように行くと思うな」
直後、周囲の溶岩が意思を持ったように動きだす。
「グレリアナの守りを固めるという考えは悪くはなかった。欠点を挙げるとすれば、水はそれ自体が攻撃力を持たないことだろう。その点、我の溶岩は攻撃と防御を兼ね備えている」
溶岩は幾つもの首を持つ龍のような姿となった。
「汝の剣と剣技がどれだけ凄まじくとも、溶岩を斬ればタダでは済まぬ」
「そんなことはありませんよ」
「ば……かな……」
マリアは一瞬で全ての溶岩の龍を斬り捨て、同時に魔王も斬っていた。
当然、マリアも霊樹の剣も無傷である。
「今までと同じように行ったわね」
「むしろ、今までで1番何もしていない気がしますわ」
「能力を披露しただけで、攻撃にも防御にも移っていないからな」
「正直、隙だらけでした」
攻撃と防御を兼ね備えているのに、攻撃も防御もしなかったのは驚きだ。
「……さて、問題はコイツも大魔王じゃなかったことだな」
「大魔王、何処にいるんでしょうか……」
カーラに渡された地図には、霊脈の集合地点5箇所に印が付いていた。
その5箇所に魔王はいたが、大魔王はいなかった。
つまり、大魔王はカーラにも予想できない場所にいるということだ。
「一応、ここじゃないかって場所はある」
「ご主人様の予想ではどこなの?」
「この世界で1番エネルギーが集まっている場所だよ」
「……もしかして、霊樹?」
「正解」
間違いなく、霊樹も霊脈の集合地点だろう。
この世界の侵略を企む大魔王が、霊樹を狙わないワケがない。
しかし、カーラの話では、霊樹の周りには魔王を寄せ付けない結界があるので、そのままでは霊樹に集まるエネルギーを奪うことはできないはずだ。
「さて、どんな裏技を使ったのか楽しみだな」
なお、これで霊樹に大魔王がいなかったら、この世界を虱潰しに探すしかなくなるので、どうか予想が合っていますように……。
結論から言うと、霊樹と同じ平面座標に大魔王はいた。
平面座標とか勿体ぶった言い回しをしたのは、平面以外の座標が異なるからである。
要するに、大魔王は霊樹の真上にいたのだ。
「いやはや、驚いたよ。まさか、こんなに早くこの飛び島を見つけるとはね」
俺達の前にいるのは、それほど強そうには見えない優男、言うまでもなく大魔王だ。
俺達がいるのは霊樹の真上、上空7000メートルに浮かぶ小さな島である。
大魔王の足下は、魔王のいた霊脈の集合地点と同じく、淡く光っている。
俺も勘違いしていたのだが、霊脈とは地面だけでなく、空中にも存在するらしい。
この空飛ぶ島は、空中の霊脈が霊樹に向かうための集合地点という訳だ。
「おい、早くヤツらを俺様に殺させろ」
そして、もう1人、俺達の前には物騒なことを言う男がいた。
「慌てない、慌てない。勇者と魔王は問答をするモノなんだよ、ヨナサン君」
「ふん、ならばさっさと終わらせろ」
そのもう1人とは、この世界の今代の勇者、ヨナサンだった。
明らかに禍々しい鎧を着て、明らかに禍々しい剣を持っている。や、闇落ち勇者だ!
「先に名乗っておくね。僕は大魔王GND、『蒼穹の魔王』グレンゼスと呼んでも良いよ」
非常に軽い調子で大魔王が名乗った。
「彼のことは知っているよね。僕の協力者である元勇者のヨナサン君だよ」
「まさか、勇者が魔王の手を取るとは思わなかったな」
魔王が勇者を勧誘するのはある種のお約束だが、本当にその勧誘に乗る者が現れるとは……。
「貴様らのせいだ」
「何?」
闇落ち勇者が人を殺せそうな眼光で俺を睨みながら呟く。
「貴様らが余計なことをしたせいで、黒雲が蘇り、俺様が愚民どもに糾弾されたのだぞ!魔王に騙され、霊樹の剣を失った愚か者と言われ、石を投げられた俺様の気持ちが貴様らに分かるか!」
「魔王に騙されたのも霊樹の剣を失ったのも事実だろ。他人のせいにするなよ。しかも、それで魔王に協力するとか意味が分からん。黒雲を出したのは魔王だぞ?」
「ふふ、10人くらいの人間に囲まれ、殴られていたヨナサン君に力が欲しいか聞いたら、一瞬の躊躇もなく欲しいって答えてくれたからね。遠慮なく魔王の力をあげたよ」
「うわぁ……」
仮にも勇者がリンチされるという状況が既に色々と終わっている。
そして、この闇落ち勇者、テンプレの中でも選んじゃいけない方を選び続けている。
「長年エネルギーを奪い続け、霊樹の結界が力を弱めていたからできた芸当だね。それにしても、驚いたよ。ヨナサン君、力をあげた瞬間、周りの人間を殺して回るんだからさ」
「俺を崇めない愚民など死んで当然だ」
「うわぁ……」
霊樹の麓、もしかして現在進行形で地獄絵図?
「魔王の力と武装を得た俺様は最強となった!あの時の続きだ、俺様と戦え!」
闇落ち勇者はそう言って俺に剣を向けてきた。
「分かった。相手になってやるよ」
「死ね!」
闇落ち勇者は俺が武器を構えるのを待つこともなく、以前とは比べものにならないほどに速く動き、俺の首を狙って斬りかかってきた。
俺は人差し指と親指で迫り来る刃を挟んで止める。
「何だと!?」
「おらっ!」
「げぼっ!がはっ!ぐえっ!」
驚愕している闇落ち勇者に腹パンを決めると、3回くらいバウンドして動かなくなった。
<手加減>しているから、死んではいないはずだ。
「……やっぱり、そうなんだね」
倒れている闇落ち勇者を見て、大魔王は何か納得したように呟いた。
「次は僕の番だ。そのまま、君が相手になってくれるのかな?」
「いや、お前の相手は勇者であるマリアだ」
「はい、お任せください」
闇落ち勇者はともかく、大魔王の相手はマリアに決まっている。
「勇者か。まさか、他の魔王を全員倒すとは思わなかった。でも、大魔王としてこの地で300年エネルギーを吸収し続けた僕は、他のどの魔王よりも強いよ」
他の魔王が全滅したというのに、大魔王は余裕の態度を崩さない。
「それじゃあ、始めようか。僕が操るのは風、不可視の刃、受けてみるといい」
大魔王の周囲が歪み、不可視の刃、鎌鼬がマリアに向かって飛んでくる。
マリアは鎌鼬を全て避け、大魔王に会心の一撃を与えた。
「やっぱ……り、だ……めか……」
少し納得したような表情で大魔王は息絶え、同時に光の柱が出現した。
「マリア、お疲れ様。思っていた以上にアッサリ終わったな」
「はい、ありがとうございます。恐らく、魔王達は扱う力の過多に差はあっても、基本的な身体能力に大した差はないのでしょう。誰も私の攻撃に反応できなかったのがその証拠です」
「言われてみれば、攻撃を防ごうとした魔王はいるけど、避けようとした魔王はいなかったわね」
マリアとミオの言葉に納得する。
もっと言えば、最初の霊峰の魔王以外、基本的に魔王は棒立ちで移動することもなかった。
「そうだね。だからこそ、この身体が欲しかったんだ」
闇落ち勇者がそう呟きながら立ち上がった。
「勇者……いや、大魔王だな。身体を奪ったのか?」
「ふん、一時的に貸しているだけだ。そうだね、強いて言うのなら、共生ってヤツだよ」
同じ口から、勇者のセリフと大魔王のセリフが出てくる。
「君達の想像通り、魔王の身体は鈍くてね。その点、勇者の身体は魔王に比べて圧倒的に身体能力が高いんだ。多分、霊樹の力が宿った食べ物をずっと食べ続けてきたからだろうね。魔王の力によりエネルギーを吸収した俺様は更に強くなった。そう、貴様らよりも強くなったのだ」
勇者と魔王の利害が一致した結果、共生とやらをすることになったようだ。
「ふふ、それに僕は気付いているんだよ。君達、ヨナサン君を殺せないんだよね?」
「何?」
急に大魔王が意味不明なことを言い出した。
「隠しても無駄だよ。君達には2度、ヨナサン君を殺す機会と理由があったはずだ。しかし、ヨナサン君は今も生きている。ヨナサン君を殺さないように立ち回っていたのは明らかだ」
「まあ、それは事実だが……」
確かに俺達は勇者を殺さないようにしていた。
しかし、『殺さない』のと『殺せない』のは大きく違う。
「この身体はヨナサン君の身体のままだ。僕と共生したことで、完全な魔王となったが、ヨナサン君の身体であることに変わりはない。これで僕を殺すことはできないだろう?」
「いや、殺せるが?」
「え?は?」
1人の口から2人分の驚きの声が出てくるのは新鮮だな。
「そもそも、殺さない理由が1回目と2回目で違うんだよ。1回目はこの世界の事情を聞く前に人を殺すことを避けただけだし、2回目は殺すよりも放置した方が得だと思っただけだ」
「放置した方が得だと……?」
「俺が殺さずに放置したから、お前達はその姿……魔王になったんだよな?」
はい、コチラが魔王となった闇落ち勇者のステータスです。
名前:ヨナサン(GND)
性別:男
年齢:19
種族:人間(人造生命体(Dリーパー))
称号:元勇者、魔王
称号欄にしっかり魔王と記載されていますね。
「……まさか、ヨナサン君が魔王になるのを待っていたとでも言うのかい?」
「正解。俺達が勇者を殺さなかったのは、魔王にしてから殺すためだよ」
勇者を魔王にしてから殺すことで得られるモノ、それは<勇者>のスキルポイントである。
ギリギリ、<勇者>のスキルポイントがレベル10に届かなかったところで、魔王の方が増えるというのは、ボーナスステージとしか言いようがないだろう。
闇落ち勇者のステータスに『魔王候補』の称号があるのを見つけ、上手く立ち回れば勇者が魔王化すると思い、殺さないように<手加減>したのである。
「大魔王よ、当てが外れたみたいだな。……うん、まさか、相手が強くなるのを待っていたなんて思わなかったよ。ふん、相手が油断しているのなら、その油断を利用すれば良いだけのことだ。そうだね。結局のところ、僕達のやるべきことは何も変わらない。そうだ、奴らを殺せばいい」
「マリア、任せるぞ」
「はい、お任せください」
元勇者と大魔王の一人芝居が終わりそうになったので、マリアに任せてその場を離れる。
「ふん、貴様が相手か。俺様としては奴を殺したかったが……」
そう言って、元勇者は俺の方を睨んでくる。
「良いじゃないか、各個撃破させてくれると言うのなら、僕達もその方が楽だからね。そうだな、全員殺すのだから、殺す順番が変わるだけか。良いだろう、奴を殺すのは最後にしてやろう。仲間が惨たらしく殺される様を見せて、俺様に逆らったことを後悔させながら殺してやる」
「……お話は終わりましたか?そろそろ、殺しますよ?」
マリアが殺意を漲らせながら優しく問いかける。
「ふん、死ぬのは貴様の方だ。今の俺様は、貴様らを圧倒する力を手に入れたのだからな。……例えば、こんなこともできるぞ」
そう言うと、元勇者の姿がその場から消えた。
高速移動でもなければ、転移でもなく、ただの透明化である。
そういえば、前回の戦いで勇者が消えた時は、透明化をじゃなくて転移だったな。
「……つまり、不意打ち勇者が闇討ち元勇者になったのか」
「殺す」
キレた元勇者はマリアを無視して俺に襲いかかってきた。
その攻撃方法とは、俺の背後に回り込んでから斬りつけるというものだった。
しかし、それよりも速くマリアが立ち塞がり、元勇者の腕を斬り飛ばす。
「貴方の相手は私です」
「うぎゃああああああ!!!」
マリアの宣言は、痛みで絶叫している元勇者には届いていないだろう。
それにしても、背後に回り込んで攻撃というのは、何時ぞやのDリーパー、YSDを思い出す。
YSDの場合は転移を使っていたが、やっていることに大差はない。
これがDリーパーの性質なのか、元勇者が卑怯なだけなのか、判断に困るところである。
「はぁ、はぁ、痛覚を切ったよ。もう痛みはないよね? ……ぐっ、話が違うぞ!俺様が魔王になれば、奴らを圧倒できるのではなかったのか! ……誤算だったよ。彼ら、魔王を相手に手を抜いていたみたいだ。他の魔王との戦いより、明らかに速くなっている。ば、馬鹿な……」
「見られていると分かっていて、手の内をさらけ出すわけがないでしょう?全力を出しすぎて、貴方に逃げられたら困りますから」
最初は転移条件の『大魔王討伐』を達成するため、霊峰の魔王を倒してからは、確実に<勇者>のスキルポイントを得るため、魔王が逃げないよう気を遣っていたのである。
「はは、最初から、手の上で踊らされていたのか……。お、おい!これからどうするつもりだ! ……これは無理だね。ここまで差があると、勝ち目が全く見えないよ。ふ、ふざけるな!俺様はこんなところで死んで良い存在じゃないのだぞ! ……クソッ!」
大魔王は諦めたが元勇者は諦めていない。
そして、元勇者は俺達に背を向けて全力疾走で逃げ出した。
「マリア、やれ」
「はい」
マリアは一瞬で元勇者に追いつき、一撃でその存在を消滅させた。
「やりました!<勇者>がレベル10になりました!」
行きと同じく一瞬で戻ってきたマリアが最高の笑顔で報告してきた。
魔王となった元勇者からも、<勇者>のスキルポイントは獲得できたようだ。
「マリア、よくやった!」
「はい!ようやくここまで辿り着きました!」
偉業を成し遂げたマリアの頭を撫でると、滅茶苦茶幸せそうに目を閉じた。
しばらく撫で続けていると、ドーラが頭を突き出してきたので、一緒に撫でる。
「ご主人様、そろそろ良いんじゃない?5分は経ったわよ」
更に撫で続けていると、ミオが声をかけてきた。
「もうそんなに経ったのか。残念だが、そろそろ終わりだな」
「仕方ありません……」
《ざんねん……》
2人とも残念そうにしているが、流石に何時までも撫で続けているワケにはいかない。
「色々と考えなきゃならないこともあるからな」
「私が得た、新しいスキルのことですね?」
「いや、最初に考えるのは倒した魔王の二つ名だ」
「え?」
マリアの<勇者>がレベル10になったことで、新しいスキルを獲得した。
それはそれで重要な項目だが、俺が優先したいのは魔王の二つ名の件である。
「最後の魔王だけ、二つ名を名乗らなかっただろ?折角、7体もの魔王を倒して<勇者>がレベルアップしたというのに、最後の1体だけ二つ名で呼べないのは収まりが悪い」
全員に二つ名が無いならともかく、1体だけ二つ名が無いというのは統一感がなくて嫌だ。
「そんなどうでも良いことを最初に考えるんですの?」
「どうでも良いことだけど、気になった以上は放置できないんだよ」
「気持ちは少し分かるけど、もう魔王は死んでいるし、適当に決めちゃえば良くない?」
「エネルギーを得た場所が二つ名になるなら、『霊樹の魔王』とかですか……?」
「『霊樹の魔王』は『霊』の文字が『霊峰の魔王』と被るし、イメージが『新緑の魔王』と被る」
中途半端な文字被りとイメージ被りは二つ名業界では減点対象だ。
なお、逆に全員が同じ文字、似たイメージを持つというのは加点対象になったりする。
例に出すのは癪だが、織原のグルメ倶楽部は『美食』、『外食』、『大食』、『拒食』、『粗食』と『食』の文字と全体的なイメージを統一した二つ名なので悪くないと思っている。
今回は既に被りなしで6体分揃っているので、7体目も被りなしにするのは決定事項だ。
霊樹をイメージしつつ、他の二つ名と趣を変えて表現するとなると……。
「……決めた。最後の魔王の二つ名は『楽園の魔王』だ」
霊樹という楽園で暮らしていた勇者が堕ちたのだから、『楽園の魔王』の名こそが相応しい。
その楽園を脅かしている辺りが本当に相応しい。
魔王6体の予定でしたが、1体増えました。
それでも1話でまとめました。
次回、報酬を受け取って次の世界に行く、予定です。