『すずめの戸締まり』ネタバレ感想

※台詞の引用は正確性を重視し、小説版から行います。映画版のものとは細部が異なります。また、新海監督の過去作『星を追う子ども』『君の名は。』『天気の子』についてもネタバレありで言及しています。






僕にとっては三十八歳の時に、東日本で震災が起きた。自分が直接被災したわけではなく、しかしそれは四十代を通じての通奏低音となった。
(中略)
あの後も世界が書き換わってしまうような瞬間を何度か目にしてきたけれど、自分の底に流れる音は、二〇一一年に固着してしまったような気がしている。

小説『すずめの戸締まり』あとがきより(新海誠)

ついに挑んだ3.11と、それに囚われすぎない物語

2011年3月11日。
ただ東北やその周辺に住んでいたからというだけのことで、何の正当性も何の予告もなく、多くの生活が突き崩され、多くの未来が押し流されたあの日。
本作の主人公「鈴芽すずめ」も、母親の死という形でその被害を被った一人でした。

前前作である『君の名は。』(次は「前前前作」になりますね)や前作『天気の子』も災害を扱った作品でしたが、本作ではついに現代日本を象徴する災害に挑むこととなりました。
まずこの題材に挑んだ勇気を尊敬します。
けれどそこにあったのは、「トラウマによって駆動する、トラウマを克服するために戦う少女の物語」ではありません。
老若男女の観客を射程に収めた普遍的な冒険活劇であり、震災の影が全体に横たわりながらも普通に日々を楽しむ人々の物語でした。
そうした普遍的な日々こそが、震災以後を生きる者のうち全員は有り得なくとも、誰かにとってのささやかな救いにもなり得るのでしょう。

本作は「最後に震災のトラウマから救われる」物語ではなく、「映画本編(2023年)より前の12年間と、この旅路において既に救われていた」ことを確認する物語なのだと思います。

劇場向けアクション映画として

映像がやっばいこれ。これまでより明らかにグリングリン動くカメラワーク、青年と少女の人体の躍動。猫と椅子のコミカルかつド派手なアクション。「ミミズ」の奔流。

音響面においても数々の映画やゲームで活躍する陣内さん(メタルギアシリーズのクリエイター!大好きな方!)を迎え、ギリギリまでリッチな音表現を追求したそうです。レッツIMAX。

冒頭の、家→フェリー乗船→ダイジン逃亡までの音楽的な盛り上げ方には見事なものを感じました。
ドラムやサックスの高BPMなメロディは否応なくこちらの心拍数を上げてきます。
最後にダイジンが去るシーンではBGMをダイナミックレンジ(音の大きさの幅)の中で最大に振って劇場ならではの余韻を残します。
また、東京の後ろ戸が開き、今作のミッドポイント(中盤の山場。物語の転換点)といえる大地震が迫っているシーンの『東京上空』という曲の儚い和風コーラス。
一秒後の終末を予感し息が詰まりそうでした。
(映像的にはここ、これから失われそうな普通の大衆の営みを描いてるのもすごい)
(余談ですが、『劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]」Ⅱ.lost butterfly』の冒頭も近い演出意図がありますのでぜひ)

大衆映画として

あらすじは「草太と一緒に廃墟を回り、そこに生じる災害の発生源たる扉を閉じていく」という重いものです。
そこに必ず猫と椅子のチェイスが挟まれることで重い印象は中和され、シリアスなテーマと軽妙なタッチを両立しています。
例えば『天気の子』では、主人公とヒロインの逃避行というボーイミーツガールにありがちな重い展開のなかにも、ヒロインの弟の存在を混ぜ、同様に印象を中和していました。
深いテーマ性と大衆性のバランスを常に探りながら、毎度結果を出してくれる監督の手腕には唸らされます。

「旅情」ここに極まる

今作はロードムービーです。
たった二時間しかない映像の中でもここまで旅を感じさせるのは凄い。
それを支えるのは、新海作品特有の圧倒的な映像美とディテール、
方言という地域差を感じやすい要素と個性的な登場人物、
様々な移動手段の利用、
風景においてはすれ違う車の種類みたいな細かいところでもとにかく多い。

食事は、旅館の料理、スナックのごちゃまぜ焼きうどん……のような恐らくその場所でしか食べられないものもあれば、マクドナルドのような全国的に寄れる場所もありました。
僕もつい最近旅行をして、どこにいても安心して安価に立ち寄れるマクドナルドっていいなぁと。
必ずしもご当地料理の差分を連続して見せていくことが旅の表現ではないのだなと(大衆映画として誰もが共感できるポイントにもなり得る)。

他にも、道中で何度もスマホの地図アプリを開き「どこまで来たか」を確認することでこれまでの旅路を俯瞰できる仕組みにしているのもいいですね。
鈴芽たちといっしょに旅できて楽しかった~!

時間圧縮の情報密度

新海作品ではタイムラプスという表現が多用されます。
カメラで撮影した映像(または数秒おきに撮影した静止画)を早回しし、時間や人の営みの一部始終を瞬間的に体験させるような鮮烈な映像です。

参考映像(実写)

たとえば『君の名は。』におけるタイムラプス表現の秀逸さを知るなら以下の記事がおすすめです。

しかし今作においては、そうしたいつものタイムラプスとは別に、日本各地の廃墟を訪れるシーンで独特な回想表現があります。
各地の災害を鎮めるためには、そこで過去にあった営みを想い戸締まりをしなければなりません。
ここでの表現は、現在を生きる鈴芽の隣に膨大な過去の出来事が重なり早回しされるようなものです。
かつての営みをわずかな時間で伝達しています。
膨大な時間を圧縮して伝えることを繰り返してきた新海監督の表現が、ここに更なる結実を見せたような感覚でした。

少女の未来と過去

今作は『魔女の宅急便』から、主人公キキが様々な年代の女性と出会っていくシナリオ構造が踏襲されています(監督がパンフレット等で言及しているので詳しくはそちらで)。

主人公の未来の姿と対応する女性たちが登場した『魔女宅』でしたが、今作においてはその役割を担うのは千果ちかであり、ルミであり、たまきなのでしょう。
しかし、そこから更に今作が開拓したポイントがあります。
物語の最後に出会う女性が、過去に被災した直後のすずめ自身であったことです。

この旅路において、自分の未来あしたの姿と重ねられる人々と出会っていき、深層心理で自分のこれからが大丈夫であると悟る。
そして、今の自分もこれまでの12年間や草太達との旅路に勇気をもらい、大丈夫だと実感できたからこそ。
最後に出会う過去の自分に、「私は、すずめの、明日あした」と伝えられる。

この構造こそ、今作ならではのストーリーテリングの到達点でしょう。
常世とこよは全ての時間が同時に存在する場所とされていましたが、この物語自体が鈴芽のあらゆる未来と過去を内包しているのだと思います。

過去に戸締まりをして「行ってきます」を

冒頭、家の扉の鍵を閉める(外出する)カット、自転車の鍵を回す(出発する)カットが連続して入ります。鍵を回す効果音も他の作品ではあり得ないほど強調されます。
どちらも「行ってきます」を示すメタファーであり、鍵を回す動作の重要性も同時に示唆しています。
戸締まりをする動作と、そこに紐づく「行ってきます」「行ってらっしゃい」「ただいま」「お帰りなさい」についての物語ですよ、と最初から宣言しています。
しかし、2011年3月のあの朝に発した「行ってらっしゃい」の続きを言うことは許されませんでした。
(だからこそ、エピローグで鈴芽が草太に伝えた「お帰り」はこれ以上ない救いです)

新海監督の過去作『星を追う子ども』では、タイトルの意味のひとつに「死者(=星)の幻影を未だに追いかけてしまっている幼い人」というものも含まれていました。
今作ではもう一度そのテーマに挑戦している節があります。

鈴芽は母の死を理解しています。
しかし常世で見た母(のような誰か)が視界に焼き付いていて、心のどこかではもしかしたら会えるんじゃないか、と期待しているような側面もあります。
それでも最後には“母”が未来の自分自身であったことを自覚し、おそらくこの作品で最も大事な言葉を伝えに歩みだします。

僕にもありますが、過去の様々な出来事がいまだに整理できずこびりついていたりすることってありますよね。
もちろんそう簡単に整理などできてたまるか、というのが人生ですが、
そんな過去をきちんと終わらせて(戸締まりをして)、また新しい「行ってきます」を刻む物語でした。
新海作品に触れるとき、今の自分の人生にとって一番大事なことを伝えてもらったような経験が何度もありました。
今作はその最たるものでした。勇気をもらいました。ありがとう……。

灰色の世界でもどうか息をして

物語終盤、環と鈴芽が衝突する場面があります。
自分で産んだわけではない子を引き取り、どうしても気を使う日々を送り。婚活においても鈴芽という枷が付いて回り、それが今まで尾を引いている環。
母親を亡くし、やや過保護な環を負担に感じることもあった鈴芽。
サダイジンに操られていたとはいえ、環の「私の人生返しんさい」という叫びは確かに本心でしょう。

ただ、ここで終わらないのです。
二人は和解し、そこに環の「それだけじゃないとよ」という言葉。
彼女は何度も「私の人生こんなはずじゃなかった」と思ってきたはずですが、そんななかでもきちんと幸せはあって、それは確かに大切なもので。
100点の人生から逸れた脇道を生きていても、人はそこで幸せを見つけられるのではないでしょうか。

鈴芽の喪失は震災によるものでしたが、事故死や病死、夢への挫折、友人や家族との仲違い、失恋、卒業、退職……なんであれ、必ず喪失は訪れるものです。
あらゆる喪失を義務付けられた世界で、無数の「こんなはずじゃなかった」を押し付けられる世界で生きている、そんな僕らにいま必要な物語でした。

終われない理由を探す旅

鈴芽はある場面で、草太から「死ぬのが怖くないのか」と聞かれ「怖くない」と即答します。
母の死により、人生なんていつ運次第で終わってもおかしくないことを知っている彼女はそんなことを口走ってしまいます。

しかし中盤草太を失った鈴芽は、「草太さんのいない世界が、私は怖いです!」と泣き叫びます。
最後、草太を救い出すシーンでは「死ぬのは怖いよ」とも。
草太もまた、何度も「生きたい」と叫ぶ場面があります。そこでフラッシュバックされるのは、鈴芽はもちろん祖父、教員という夢、芹澤のような友人など数々のものがありました。

何より、草太から最後のサダイジンへの言葉と、最後の「鈴芽」から「すずめ」への言葉。何回読んでも聞いても泣いてしまう大切な言葉です。

「──命がかりそめだとは知っています。」
「死は常に隣にあると分かっています。それでも私たちは願ってしまう。いま一年、いま一日いちじつ、いまもう一時いっときだけでも、私たちはながらえたい!」

「あのね、すずめ。今はどんなに悲しくてもね──」
「すずめはこの先、ちゃんと大きくなるの」
「だから心配しないで、未来なんて怖くない!」
「ねえ、すずめ──。あなたはこれからも誰かを大好きになるし、あなたを大好きになってくれる誰かとも、たくさん出会う。今は真っ暗闇に思えるかもしれないけど、いつか必ず朝が来る」

小説『すずめの戸締まり』より(宗像草太、岩戸鈴芽)※台詞のみ引用

新海監督は鈴芽役の原さんが、終盤のあるシーンの収録ではスタジオに入った瞬間から顔つきが違い、別人のようであったと語っています。
多分このシーンなんだろうなぁ。

人生なんていつ終わってもしょうがない、けれど大切な存在に出会って、終われない理由ができた。
人生とは死ぬわけにはいかない理由を探す旅であり、その理由を失ったとしても生き続けなければそれにはまた出会えない。
生きていれば、あなたは大きくなって、また大切な何かに出会えるんだよ、と。
あまりにも当たり前のことだけれど、だからこそ万人に刺さるのではないかなぁと信じています。

(たとえ失うとしても)その出会いに勝る価値はないということ

新海監督公式最強イメージソング制作マンこと野田洋次郎さんがまたやってくれました。

大切な存在を失うときの心の悲鳴ほど過酷なものはない。
けれどその悲鳴の大きさが、それまで過ごした豊かさを教えてくれるのだと。
それだけの想いを抱ける素敵な出会いが、自分や皆様にどうか訪れますように。
そして、自分にとっては『すずめの戸締まり』との出会いがそれであったと断言できます。だって3年楽しみにしてた映画終わっちゃってロスだもん。
スタッフの皆様、これを読んでくださった皆様も、本当にありがとうございました。

「あなたさえいれば」「あなたさえいれば」
そのあとに続く言葉が どれだけ恐ろしい姿をしていても
この両の腕でいざ 抱きしめにいけるよ
あなたと見る絶望は あなた無しの希望など霞むほど輝くから

映画『すずめの戸締まり』主題歌『カナタハルカ』より(RADWIMPS)

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コメント

2
Love Needer
Love Needer

❤ ❤ ❤

Hav
Hav

ありがとうございます😭

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『すずめの戸締まり』ネタバレ感想|Hav
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