江戸時代の時間の数え方。明け六ツ(午前6時)・オヤツ(=八ツ、午後3時)
今年。勉強会に参加する。今住んでいる辺りの昔のことを調べるらしい。
それで、少しずつ予習を始めた。私の希望は、幕末だから、その背景辺りを調べ始めた。最初から躓いている(ことにやっと気づく)。
では。一個ずつ、謎を解明していこう、ということで。
今回は、時間についてです。
先ずは、問題意識(スタート)を明確に・・・
江戸時代の、というか、今も人気の落語「時そば」。
通の人が支払いのときに
「いま何ドキかい」
って言って、支払いを少なくする(それ自体はダメだと思うけどね!)。
それがとってもわからない。というか、ナンドキ!最初のときから増えたりして・・・。
朝起きると、カウントが始まって、日没で終わる、というのは知っている。
でも、カウントの最初の数字は1じゃない。明六ツなのだ。これが、午前6時のことだから・また誤解が始まっていく・・・(明け六つ、ああ、江戸時代も6時は6なんだ・・・)
もう一つ、昔からなんでオヤツっていうの???という、3時のお茶。
3時のお茶は「お八つ」と呼ばれる。これって、時間を指しているんでしょ?どうして8時でもないのにオヤツなの?
では、教えていただけますでしょうかネットさん!!!
↓(ネット検索して見つけたすごいページ!!! わかりやすっ)
江戸時代の時間の基準は、日の出と日没でした。
日の出を「明け六つ」と呼び、そこから五つ→四つ→九つ→八つ→七つと数えて日没は「暮れ六つ」、そこから五つ→四つ→九つ→八つ→七つ→六つ(明け六つ)と、日の出と日没の間を6等分して数えました。
そして、複数の寺が時を知らせる鐘を鳴らすことで、江戸の庶民は手元に時計がなくてもおおよその時間を知ることができたのです。
1と2と3はどこにいったのさー!
なんで6・5・4って減ったのに、お昼に9になっちゃうの???
だいたい、時は重なるモンなのに、どうして減るんかい?
お答えの図。
一刻(イットキと読む)は、2時間。半時(ハントキ)が1時間だから(私は半時は30分だと思い込んでアカッパジ)午前中で4区切りくらい。
例えば、明け六つは「卯」の時で、鐘が鳴るのは中央時、すなわち、卯の時に入って、ハントキ経った地点。
さて、さっきの{どうして明け六つとかオヤツとかっていわれるの?}という問いの答えは?
(答え) 時の鐘の数
鐘を鳴らして時を知らせるのに、1回鳴らしただけでははっきりしない!聞き逃すことが多かろう、ということで、周知できるくらい鳴らそうとなったらしい。
江戸時代の縁起の良い数と言ったら「9」
それで、スタートを9回と決めた。
真夜中九つで始まり、半日を6で割って、それぞれに鐘を鳴らしてお知らせした。
夜中に鳴らすのは迷惑だから、日の出から日没まで。
9がもっとも縁起のいい数だから、最初(現代でいう夜中の0時と、昼の12時)に鐘を9ツ鳴らすことにしたそう(但し、夜中は・・・夜だから鳴らさない)。
9の次は、9×2=18の、一桁目の「8」を鳴らした。いくら縁起が良いからと言って、18も鳴らしたら訳が分からなくなるだろう・・・ということらしい。
次は27の7ツ。
そして次の9x4=36の1桁目「6回」は、朝になるから鐘を突き、6回=ムツと呼ばれる。明け六つだ。
そして、ほぼ2時間後(現在の午前8時)は45でイツツ。
引き続き、2時間後(現在の午前10時)は、54でヨツの鐘を鳴らす。
6分割だからこれで終わり(次は12時で再スタートの時刻=9 となります)。・・・なるほど。
ちなみに、お知らせとして最初に3ツ鳴らしたから、夜中・合計12鳴ることになる。
え?鳴らすの???鳴っていたの???
・・・ここんとこは、次回更新時までに確認しておきます・・・
(↓) 教えていただき、ありがとうございました。
謎ときには『9』が関係するって、もう、江戸時代のヒトってどういう思考回路なのか・・・
江戸市中に鐘を配置するっていうのも、技!
鐘撞は、寺で管理するのだけど、寺の鐘は1里四方しか届かないみたいで(天候によって届く距離が違ったようです)、範囲外は、時刻不明だったみたい。
朝(明け六つ)/夜(暮れ六つ)は、曇り・雨の日以外はOKだし、昼食タイムはお天道様が真上に来た時。・・・だったようで。
最後のアドバイス(引用?)に触れている、干支で表す時間の概念は、江戸の謎解きの一つのヒント。
よく、『草木も眠る丑三つ時』という慣用句?が引用されるんだけど(どこで???まぁ。それはそれってことで・・・)。
丑時はわかるけど、その後のミツ、上の学習成果を参照すると、鐘が三つなるの?ってなりそうだけど。
ウシミツ時のミツ、これは、鐘の数ではなく、2時間を4等分した時の3番目の部分を指すそうで。真夜中よりも現代の午前2時から2時半ごろが一番闇が濃い、ということらしいです。
たとえば吉原において、「門を開けるのは明け六つ(午前6時)、閉じるのは夜四つ(午後10時)。だからその間が営業時間といえるが、夜は12時ごろまで大門横のくぐり戸があいていた」(お江戸ものしり図鑑)らしいです。
では、おあとがよろしいようで。



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