彼とは大学時代に知り合った。同じゼミで、最初はそんなに仲が良かったわけじゃない。けど、就活がうまくいかなくて、お互いにボロボロになっていくうちに、自然と話すようになった。あの頃は、誰もが「なんで俺たちだけこんな目にあうんだ」って思っていた。自分たちが悪いんじゃなくて、時代が悪いんだって、本気で思っていた。
ぼくはどうにかブラック企業の内定をもらって、そこに滑り込んだ。辞めたり転職したりはしたけど、結果的にそこで食いつないできた。
彼のほうは、どこにも引っかからなかった。それっきり、実家に引きこもってしまった。
会うたびに「小説家になるんだ」って言ってた。
本は本当にたくさん読んでいたし、語彙も豊富で、文章のセンスもあった。
ぼくなんかより、ずっと頭がよかったと思う。
彼はブログを始めて、毎日のように長文を書いていた。内容は、いわゆる「社会批評」だった。いや、社会批判と言ったほうが近いかもしれない。流行りものは全部バカにして、テレビも芸能人もSNSも見下して、「俺は違う」と繰り返していた。
最初は面白かった。よくそんなこと思いつくな、と思ったし、時にはハッとさせられる鋭さもあった。でも、だんだんと、書いてる内容が偏ってきて、冷笑というより、妄執に近いものになっていった。読んでいて、なんとも言えない居心地の悪さを感じるようになった。
SNSが流行りはじめると、彼はそこで名前のある書き手にリプライを送りまくるようになった。最初はちょっとした感想だったのが、次第に粘着っぽくなり、相手が無視しても送り続けるようになっていった。
フォローしていた人たちから「なんか怖い人いるな」と言われてるのを見かけたとき、もう無理だなと思った。
そこからは会わなくなった。誘っても来ないし、連絡しても返ってこない。
「小説家になるって話、どうなったんだろうな」って、ふと思い出すことはあったけど、たぶん書いてなかったと思う。
文章自体は書いていた。SNSのタイムラインに、誰かに向けて恨みごとのような文章を延々と綴っていた。それが小説かと言われると、違う気がした。
そんな彼と、死ぬ一ヶ月前に、なぜか会った。
今思えば、本当に虫の知らせだったのかもしれない。久しぶりに思い立って、「元気?」とメッセージを送ったら、返事が来た。会って話そうという流れになった。
駅前の居酒屋で会った彼は、昔とあまり変わっていなかった。だけど、酒を飲む量が異常だった。話してる途中でふっと意識が飛んで、机に突っ伏して眠ってしまった。
ああ、限界なんだなと思った。
あとから聞いた話では、生活保護を受けていたらしい。アルコール依存症で、糖尿病もあって、病院にも通っていたという。
死んだと連絡が来たとき、驚きはなかった。むしろ、よくここまでもったな、というのが正直なところだった。
ぼくはあのあと、プログラミングを独学で学んで、なんとか今の仕事にありついた。たいして稼げてるわけじゃないけど、家賃を払って、飯を食って、生きてはいける。
彼のことを思い出すたびに、「人生ってなんだろうな」と思う。
あれだけ本を読んで、言葉を大切にして、でも結局、誰にも届かなかった。
それとも、どう転んでも同じだったのだろうか。
考えても、答えは出ない。
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