この身はただ一人の穢れた血の為に


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作:大きな庭
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秘密の部屋
スティーブン・レッドフィールド


二次創作で主人公の話を長々やっても仕方がないので二話連続投稿。
この作品のスタンス上,二年目と三年目は繋ぎみたいなものなので,賢者の石の程長くならないようにはしたいです。

今回の話で主人公の家を屋敷→住宅に訂正。
イギリスの屋敷はスケールがデカいのしか出て来なくてイメージと違いました……。


()()()()()。貴方はお父様を上回らなければならないのですよ」

 

 視線が合わず、夢見る表情のままに、()は何時もそう言っていた。

 

「貴方は賢くならなければならない。強くならなければならない。誰よりも学び、誰よりも深く在らなければならない。そうでなければ、貴方は生きていけないのです」

 

 母は狂っていた。

 それがどういう理由に基づくモノで有るか、僕は知らない。

 

 魔法以外を殆ど知らなかった当時、僕はそれを魔法的な後遺症に基づくものと考えていたのだが、今思えば、非魔法族的な、科学的に説明出来る理由の可能性も否定出来なかった。もっとも、僕にとっては前者の方で有って欲しいと信じていた。そちらの方が、当時においてはどう足掻いても母を助ける事が出来なかったという意味で、まだ救いようがあるからだ。

 

 母は、日常生活は概ね普通のように――僕がもっと幼い時に限るが――送る事が出来た。

 

 けれどもその当時ですら、それが表面上の事に過ぎないのは僕にも理解出来た。彼女の頭の中では常に霧が立ち込め、また影に覆われていた。

 その割に行動に然したる支障が見られなかったのは、奇跡としか言いようがない。無論、悪い方の奇跡だ。当時は良かったと思っていたのだが、母が異常である事が殆どの人間に察知出来なかったという意味では、それは紛れも無い不幸に違いないのだから。

 

 屋敷に積まれていた蔵書から見ても、父はどう考えても善良な魔法使いで無かった。

 しかしその一方で、母と僕が暮らしていた一戸建ての家は、遺された愛に満ち溢れていた。

 

 母は、魔法を扱えなかった。

 

 だから、一般的な魔法使いのように、屋敷に魔法的な護りを施された所で維持出来ず、下手な機能を発揮してしまえば母が一歩も外に出られる事無く餓死する──ガンプの元素変容の法則だ──事は明らかだった。故に、そのような物は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、母の周りから徹底的に排除されていた。

 

 正直言って蔵書を初めとする品々を最初に始末して欲しかったと思うが、それは今更言っても仕方がない事である。母は、その必要性を感じていたのは確かなのだから。

 

 ともあれ、母の為に、色々な準備がされていた事は間違いない。

 今では多少時代遅れになった、しかし当時では最新であったであろう電化製品群。定期的に来る在宅介護労働者。後見人として指定された弁護士。非魔法族の金銭──それも様々な国のもの──が詰め込まれた金庫。家のあちこちに貼られていたメモ。その他数多くの護りが、愛が、家には遺されていた。

 

 けれども、母はそれらを上手く扱えなかった。

 不運な事に、全く、では無く。

 

 仮に母が全てを出来なかったのであれば、周りの者は異常に気付いた筈だ。

 しかし、中途半端に出来たからこそ、非魔法族である彼等は、母にその庇護から外れたいと言われても、制止する術を持たなかったのだろう。寧ろ、母に対してそれが真に必要で有るか、疑問を抱いてすら居たかもしれない。

 

 そして何よりも不運であったのは、僕が魔法的才能を有していた事だ。

 

 魔法を扱えない者が魔法族を育てる。それは不可能な話とは言えない。

 両者の間に、然したる断絶は無い。魔法というツールを用いるか、科学というツールを用いるかの差でしかない。それは肌の色や民族という些細な違いよりも決定的であるという事は否定しないが、やはり相互理解が不可能という程でも無かった。

 

 けれども、魔法の教育を受けた事も無い人間が、正しく魔法的な教育を受けた魔法族の子供を育てようとするともなれば話が別であった。

 

 母はそうしようとした。やはり、母はそうすべきであると考えていたのだから。

 僕の成長を喜ぶと同時に、母は僕が学ぶ事を喜んだ。僕がそうすれば、母は弱々しい力で何時も抱き締めてくれていた。母は僕が大きくなる事を急かし、追い立て、望んでいた。

 

 何より、母は僕がホグワーツに行く事を──僕の未来を誰よりも祈っていた。

 

「私はホグワーツがとてもユーモラスな場所だと聞いているわ。イルヴァーモニーと違い、非魔法族の常識はあの場所では通じないだろうって。だから、貴方は非魔法族的な事に触れない方が良いわ。全部、私がします」

 

 その言葉を母が全う出来ていたとは言えない。

 母は常に夢の中に微睡んでおり、僕が家から出ない事と魔法的学習を続ける事以外に、左程関心を持っているとは言えなかった。時折正気に近いような理性を見せる場合を除いては、僕の〝収容〟はある程度自由の利くものだった。つまり、非魔法族の発明品を興味本位と試行錯誤によって弄る事くらいは、僕の物心が着いた頃から不可能では無かった。

 

 そして、僕の成長に反比例するかのように母が衰弱してしまうようになってからは、悲しい事に、その自由は大きくなった。僕は二人が生きる為に、弱々しい母の反対に時に従いつつ、また時に反抗しながら、出来る限りの事をしなければならなかった。

 非魔法族の常識を何とか見て学び取った。金銭という概念を覚え、食糧を買い物にも行った。母が使えなかった電化製品を発掘して動かした。また、殆どベッドから動けなくなった母の為に日常の諸々を行い、何とか生活を維持しようとした。

 そして残念ながら出来てしまった。母に遺されていた愛は、それ程に篤かった。

 

 今思えば、助けを求めるべきだった。

 死に向かいつつあった母を抱えた子供は、当然に外の世界に救いを求めるべきだった。

 聡明なるハーマイオニー・グレンジャーであれば、当然にそうしただろう。けれども、僕は愚かだった。母の言葉をその言葉通りに受け止め、非魔法族には──興味は有っても──触れる事はすべきでないと考えていた。

 

 母は非魔法族に対して全く期待しておらず、ある意味でそれは正しかった。

 けれども、母を生かし続けたいと思うのであれば、僕はやはり期待を躊躇うべきでは無かったのだ。優しい鎖に縛られる事を是とすべきでは無かったのだ。

 

 僕が早く成長する必要が無くなったその日。

 母は最期の言葉と共に、比類なき無償の愛を残した。

 

「ねえ、ステファン。覚えておいて。貴方のお母さんは、()()は、貴方を愛していたわ」

 

 僕は過ちを犯しており、母は死を()()した。

 僕が学んだ魔法に救いなどなかった。全ては終わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 非魔法族の発明は良いものだ。

 ロンドン郊外に建った、一人では余りに広過ぎる我が〝城〟の中。

 暖房(セントラルヒーティング)で適度に調整されたリビングで、電気トースターから飛び出て来たトースターを齧り、コーヒーマシンにより淹れられたブラックコーヒーを啜りつつ、チャンネルを適当に回して朝の番組を流し見しながら、何時ものように実感する。

 

 僕にとって、それらは()()()()()育ての親であるとも言えた。

 確かに校外で魔法が使えないという未成年の身分は面倒では有ったが、今の御時世、それは決して悲観すべき物でも無い。既に暗黒時代は遠い過去の物であり、敬愛する彼等に対して文句を付けられるものでも無かった。

 

 ただ一番の難点は、それらによる文明の享受には金銭が掛かるという事だ。

 杖の場合は魔法力と些細な腕の力を要するが、それ以上のコストは掛からない。一方で、非魔法族的な発明品は、動かせば動かす程に金が掛かる上に、尚且つ壊れて取り換えるのにもまた金が掛かる。幸運にも未だ全部を取り換えるような事態には陥っていないが、その時の事を考えれば扱いには丁寧さが要求されるし――特に、最初にそれらを僕が使った時の扱いは非情に〝丁寧〟だった――心情的にもそうしたくはなかった。

 

 ホグワーツで最も気に入っている所は、その生活に一切の金銭が掛からないという事だ。

 費やされる生活中の費用は、基本的全て魔法省が負担してくれる。ホグワーツが義務教育などでは無く、家庭教育が許されている事を差し引いても、親にとってホグワーツに行かせないメリットというのは余り無かった。勿論、個人的支出をする場合は別であるし、杖や教科書には一応の金銭的負担が必要であるのだが、全体から見れば些細な事だ。

 

 おまけに母の〝後片付け〟を行ったミネルバ・マクゴナガル教授は、厳格では有るが非常に生徒思いな魔女だった。

 彼女の代わりに我等の寮監が来たのであれば、そこまでの手厚いサポートは望めなかっただろう。教授は孤児に対する数々の制度の説明のみならず、母が多くを辞める前に戻す事──非魔法界と繋がりを残したいという我儘さえも聞いてくれた。これは別に寮監の善性を疑っている訳では無く、何処まで生徒に入れ込めるかという適性の話である。

 

 無論、彼女を遣わしたのが誰であるかなど明らかだ。

 厳密に言えば、僕は非魔法族の世界に居ながらも既に魔法界を知る人間であり、必然的に〝マグル〟生まれの魔法使いと違ってホグワーツ魔法魔術学校についての入学説明など不要である。本来ならば、梟の案内だけで足りた筈だった。

 

 もっとも、僕が魔力の制御を誤って引き起こした魔法事故によって魔法省の役人が一度来た事があり、その事実はホグワーツも──あの老人も重々承知していたという事だろう。もしかすれば、あの老人は、僕の知る以上の何かを知っていたのかも知れない。それに真実味が有ると考えられる程度には、彼は余りに化物染みた魔法使いだった。

 

 そして、煙突飛行と姿現しを用いる事が出来る魔法使いによって、距離は敵では無い。

 流石に大陸間移動になればアルバス・ダンブルドアだろうと闇の帝王だろうと限界が有るだろうが、グレートブリテンないしアイルランドの範囲ならある程度どうにでもなった。それらの地域の子供に手紙が送られ、尚且つホグワーツがこの島唯一の──非魔法族のように乱立するような真似をしない──学校であるのは、そういう理由もあるのだろう。

 

 まあ、それを良い事に派遣されたミネルバ・マクゴナガル教授には同情の念を禁じ得ないが。それが明らかに想定していない面倒であれば余計にだ。

 

 ともあれ、今日から二年目が始まる。

 

 先の学年がどう終わったかという事を考えれば、多少憂鬱な事は否定出来ない。

 ただ、一か月以上の空白期間が有ったのだ。それなりに落ち着いている事に期待したい。寮監も良い言い訳を考えてはいるだろう。

 

 そして、一番の懸念事項であったハーマイオニー・グレンジャーの誕生日プレゼントは既に選び終わっている。彼女からそれを切り出してくれた事は有り難かった。もっとも、互いの誕生日情報を交換する以外を為すには、全ての準備を終えて帰りのホグワーツ特急に乗車するまでの時間、それも周りの目を盗んでの時間は余りに短かった。

 

 夏休み中、彼女とは会っていない。

 会おうと思えば、不可能では無かった。同じ非魔法族の世界に住み、多少距離が有るとは言っても非魔法族的距離感ですら近いと評せる程度でしかなかった。

 けれども、やはり僕達の関係は、御互いの家を行き来するという程には親しくも無かった。

 

 かつて一度だけ、彼女が僕の家に来たいと発言した事は有る。ただあの時は、母が死んだ後である事を差し引いても、出しゃばりな少女を家に招き入れる気は無かった。今となっては馬鹿な事をしたものだと思うし、あれ以来、彼女が同種の発言を一度もしていない。もっとも、少しだけホッとしているのも事実だ。客のもてなし方など僕は知らない。

 

 柱時計に視線をやれば、針はそろそろ六時半を指そうとしていた。

 生憎この家は良い場所に立っており、〝マグル〟式交通手段を用いるとしても、どんなにゆっくり行こうがキングスクロスまで二時間も掛からない。出発時刻の午前十一時まではまだまだ余裕とも言える。

 

 しかし、僕にとってはそろそろ余裕が無くなってきたと言える時間なのだ。

 去年はハーマイオニー・グレンジャーが共に居た。流石に共にキングスクロスまで行くという事はしなかったが、それでもホグワーツ特急では、コンパートメントの中では一緒だった。正確には、彼女が余計な御節介を発揮して、特急内を探し回るまではだが。

 

 けれども、入学前と違って既に寮が別れている以上、やはり去年と同じく共に居ない方が良いというのは間違いないだろう。何より、今年の彼女は、友人二人と共にコンパートメントでの時間を過ごす事を望むに違いない。彼女は既に、まだ見ぬホグワーツで本当に友達が出来るか、内心不安がっていた女の子では無いのだから。

 

 そして、その一方で僕の現状は言うまでも無い。同学年で一番関係性が近いのがドラコ・マルフォイであり、それから遥かに離れてセオドール・ノットと堅苦しい議論を交わす位で、ホグワーツに到着するまでの時間を楽しく過ごす相手など居なかった。

 

 別に孤独である事は構わない。

 ただ、良く解らない人間と共に時間を過ごすのは可能な限り避けたい所だった。

 まして、一時間程度なら兎も角、ホグワーツまでは午前十一時から日が暮れるまで掛かるのだ。流石に他が満席の場合に席を共にする事にまで文句は言わないが、和気藹々としている中に御邪魔させてくれと申し出るような事態は絶対に御免である。

 

 となれば席を、誰よりも早く占有する以外にない。

 学期末は幸運にも、快適な特急の旅を送る事が出来たが――幾ら()()の疑問を有していても、流石に僕が陰気なスリザリンである事を忘れさせる程ではなかったらしい――その幸運を何度も期待する訳にも行かない。

 

 そういう訳で、僕は食べ終わった後の片付けを済ませ、家の戸締りを確認した上で、予定通り午前七時には準備を終えた。そうして、僕は去年と同じように、玄関先の机の上に置かれた写真立てに対し出発の挨拶を告げた上で家を出た。

 

 その写真には、一人の人間が写っていた。

 雲一つない青空を背景として風に金髪をたなびかせて、蒼みがかった灰色の瞳を細め、カメラの前の誰かへ、穏やかに笑みを浮かべている女性。

 

 確かに僕は、概ねの点で非魔法族の発明は良いものだと思っている。

 しかし、敢えて不満点を述べるとすれば、それは彼等の写真が全く動いてくれない事だった。

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