「異常事態」のコメ価格高騰、伏線は4年前に 減反・流通多様化も影

山田暢史 内藤尚志 山口博敬 近藤咲子

 コメの価格の高止まりが続いている。政府は今春から備蓄米の放出を始めたが、スーパーに並ぶ5キロ入りのコメは4千円を超え、前年のほぼ2倍で推移している。生産農家からは消費者のコメ離れや、今後の暴落を懸念する声が聞こえてくる。「異常事態」はなぜ起きたのか。

発生していた「コメの奪い合い」

 昨年の夏、各地のスーパーからコメが消えた。「令和の米騒動」だ。

 予兆はその3年前からあった。農林水産省の統計で、2021年産のコメの生産量が需要を下回り、23年産で一気に広がる。661万トンの生産量に対し、需要量は705万トンに達した。

 23年は全国で猛暑や渇水に見舞われた。コメのでき具合を示す作況指数が、米どころの新潟や秋田でも「やや不良」。精米するとコメが細り、白濁や粒の割れなど品質も低下し、商品として出せないコメも多かったといい、卸会社の担当者も「例年よりも白米の流通量が少ない」と話していた。

 追い打ちをかけたのが、昨年8月の南海トラフ地震臨時情報だった。コメの「買いだめ」が各地で起き、品切れが相次いだ。24年産の新米が出回る直前の端境期。店頭に並んでいたのは、もともと流通量が少ない23年産だった。

 しかし、政府の危機感は小さかった。坂本哲志農水相(当時)は8月下旬の会見で「新米が通常より早く出回り始めている。(店頭の)不足感は徐々に減少していく」と楽観していた。

 実際に秋になると、新米がスーパーの棚に並び始めた。ただ、まだ前年にとれたコメを売り続ける時期なのに、23年産は不作のため、ほぼ売れてしまう米穀店も出ていた。新米の先食いが進む裏で、業者によるコメの奪い合いが起きていた。

 生産者の元には農協(JA)などの集荷業者の価格よりも高い金額を示し、コメの確保に走る業者が現れた。コメ不足の長期化を懸念し、出回り始めた24年産の大量確保に動いていたとみられる。

 店頭での米価は上がり続け、農水省が公表する全国のスーパー約1千店での5キロ当たりの平均価格は、8月最終週は2821円と、前年同期よりも928円値上がりしていた。

 大阪府の吉村洋文知事らから「備蓄米」の放出を求める声も出始めた。凶作や災害時のために、政府は年間需要の2カ月分に相当する100万トン程度を備蓄し、昨年6月末時点では91万トンが保管されていた。

 農水省は抵抗した。コメの高騰を抑えるのに使うのは、本来の用途とは違うためだ。だが、米価の上昇は止まらず、農水省は最終的に放出をせざるえない状況に追い込まれた。

「目詰まり」の理由が変遷

 今年2月、江藤拓農水相(当時)は、運用ルールを変え、備蓄米を放出する方針を表明。ただ、「需要に見合うだけのコメの量は確実にある」とも主張し、コメの生産量不足は否定した。

 農水省は、コメは足りているが、JAなどの主要な業者が集荷したコメが前年より約21万トン減っているとして、「消えた21万トンがある」と説明。高値で購入した中小業者らの売り渋りなどで「流通の目詰まり」が起き、不足感が強まり、店頭での値上がりにつながった。そんな主張が展開されるようになった。

 それを裏付けるため、農水省は3月、小規模業者も含めてコメの在庫量を調査した結果を公表した。しかし、これまで主因としていた「投機目的の中小業者の売り渋り」は確認できず、江藤氏は「先々を心配してコメを確保しようと、(農家や流通業者、消費者らが)それぞれ少しずつ先回りして在庫を積み上げていった結果ではないか」と説明。目詰まりの理由が「心理的な要素」になった。

コメ農家6割減、事実上続く「減反」

 コメはもともと国が全量を農家から買い上げ、価格も決めていた。食糧管理制度(食管制度)と呼ばれ、国民に安価な食糧を供給するために戦時中に築かれた。

 だが、戦後にパン食の普及などでコメの需要が減ると、国は買い上げ時よりも安値でしか売れなくなり、赤字が常態化。その対応で巨額の税金も投じた。

 そこで1970年代から本格化したのが「減反政策」で、コメ余りを事前に防ぐため、国が需給の見通しを示し、補助金を絡めて主食用のコメの作付け面積を抑えてきた。

 1995年の食管制度の廃止後も「減反」は続いたが、政府は2018年度からやめた。しかし、補助金で飼料用米への転作を促すなどして、主食用米の生産量は抑える仕組みは残った。国が示す需給の見通しをもとに各地で生産量が決められ、「減反」は事実上続いていると言われる。

 コメ農家は70万戸(20年)と、20年間で6割減った。需要減の見通しに合わせて生産量を抑え、需給のバランスをとる。ただ、異常気象などで均衡が崩れると、埋め合わせに使える「余剰分」が乏しく、価格高騰のリスクが高まる。コメが大量に供給されるのは、基本的に新米がとれる秋ごろだけで、市場でいったん品薄感が強まると、解消されづらい。

 1995年の食糧法、2004年の改正食糧法の施行で、コメの流通は民間に委ねられた。JAを通さず、流通業者などに直接コメを出す農家も増えた。かつて指定法人として大きな集荷力を持ったJAの24年産の集荷量は全体の4分の1にとどまる。

 流通が多様化し、その実態が見えづらくなり、米価高騰の原因もはっきりつかめない。JA全農の金森正幸常務理事は5月の日本記者クラブでの会見で、「足元で直面しているコメ不足や価格の高騰は率直なところ、想像ができなかった」と戸惑いを示した。

店頭に備蓄米 「スピード重視」の小泉氏

 1日、東京・品川にあるイオンの店舗には、5キロ入りのコメ約3千袋が、ずらりと並べられていた。「国産備蓄米」などと記載されたシールが貼られている。政府が随意契約で放出した備蓄米で、1980円(税別)と格安だ。同社によると午前8時の開店前に約850人が列をつくった。

 広報担当者は「備蓄米を買えないという消費者の不安を抑えるためにも、まずは1店舗でも十分な在庫を用意した」と話す。

 東京都大田区のMEGAドン・キホーテ大森山王店でも1日から販売が始まった。5キロ入りの値段はイオンと同様だ。購入した品川区の桜田雅久さん(66)は「古いお米だとのことで味が心配だったが、買ってみた。仕方がないこともあるのだろうが、早く前のように買えるようになってほしい」。

 もともと備蓄米は、入札によって売り渡し先を決め、農協系などの集荷業者や卸売業者を通して各地の小売店や飲食店に流していた。政府はこれを覆し、任意の小売業者との随意契約による売り渡しに切り替えた。

 随意契約にすると、公平性や透明性は確保しづらくなる。それでも小泉進次郎農林水産相は「スピード重視」を掲げ、小売店に直接届けることにこだわった。また、業者への売り渡し価格を入札時の半額ほどに下げ、店頭での想定販売価格も5キロ「2千円程度」と明示した。

コメ農家は「これまでが安すぎた」

 今後、小泉氏の狙い通りコメの価格は下がるのか。

 すでに入札で放出した備蓄米は、スーパーなどで、おもにほかの銘柄米などとまぜたブレンド米として3500円前後で売られている。一方、コシヒカリなどの主要銘柄米は4千円超の価格が目立つ。今回の「格安備蓄米」の登場で、店頭に3種の異なる価格帯のコメが並ぶ可能性がある。

 政府にとって理想的なのは、格安備蓄米に人気が集まり、ブレンド米や銘柄米の割高感が強まることだ。売れ残りを懸念した業者の間で値下げの動きが広がれば、米価全体の水準が下がることも考えられる。

 だが、格安備蓄米として放出した玄米は2021年産と22年産。通常では店頭にほぼ出回らない古いコメで、幅広い消費者に受け入れられるかは未知数だ。

 また、随意契約先の小売業者には精米の設備を持たないところも多い。精米や袋詰めの作業には、人手不足もあって一定の時間がかかるとみられる。

 関西地方で複数の店舗を構えるスーパーは「発売は早くて6月中旬から」と明かす。全国的に出回るのが遅れたり、店頭で品切れの状態が続いたりすれば、消費者は銘柄米やブレンド米を再び求めるようになり、米価の高止まりが続く見込みだ。

 アイリスオーヤマ(仙台市)によると、随意契約による備蓄米の販売が決まった後も、これまでの通常ルートのコメの仕入れ値などに目立った変化はないという。品薄や高値は今後も続くとみている。

 ある大手スーパーの関係者は言う。「すでにある程度在庫を持っているので、その分を安く売ることはない」。また、コメ卸大手の関係者は「銘柄米や入札の備蓄米は仕入れ値が高騰している。随意契約の備蓄米に水準をあわせて値段を切り下げることはできない」と語る。

 もっとも、もし今年の秋ごろにとれる新米が豊作で大量のコメが出回る見通しが強まった場合は、値下がりする可能性がある。そして備蓄米の流通がコメの余剰感に拍車をかけ、業者が在庫を一気に手放せば、店頭での値下げが加速するとみられる。

 ただ、仮に値下がりして以前の水準に戻ったとしても、それが適正価格なのかという問題は残る。千葉県や山形県の複数のコメ農家は「これまでが安すぎた。店頭では5キロ3500円程度が適正価格。ようやく上がってきた価格が暴落するなら、コメ作りは続けられない」とこぼした。

 小泉氏は、格安備蓄米の投入によって米価全体の水準をどこまで下げようとしているかを具体的に語っていない。石破茂首相が掲げた5キロ「3千円台」が念頭にあるとみられるが、国会の委員会では「4千円でも不安なく買えるような日本の経済をつくっていくことが大事。まずはこの備蓄米で(米価を)落ち着かせて、冷静に議論できる環境をつくる」との答弁にとどめている。

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この記事を書いた人
山田暢史
東京社会部|メディア担当
専門・関心分野
農林水産業、食、武道、災害
内藤尚志
経済部
専門・関心分野
雇用・労働、企業統治(ガバナンス)、経済政策
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    上西充子
    (法政大学教授)
    2025年6月2日8時8分 投稿
    【視点】

     こういう記事を待っていました。「外国のスーパーでは銘柄米が手ごろな価格で売られているのに」「JAが貯めこんでいるのでは」などの疑念や憶測が広がっている中では、このような分析記事が大事です。  減反政策や過去の不作、品質不良、買いだめなど様々な要因が複合的に作用して今の状況に至っているのであれば、備蓄米の放出だけでは問題解決になりませんね。「JAの24年産の集荷量は全体の4分の1にとどまる」というのも初めて知ったことでした。  コメは主食なので、「この価格高騰と品薄をなんとかしてくれ」という声に応えることは必要ですが、その対策が中長期的なコメの安定供給につながっていくのか、むしろ阻害することはないのか、も考えていく必要があるでしょう。

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