近況報告
6月最初の週が始まりました。今月も、忠実に主に仕えることができますように、祈りによるサポートをよろしくお願いします。
6月8日(日)午後5時、「沖縄ペンテコステ合同礼拝」が「かでな文化センター」で開催されます。この合同礼拝が沖縄の霊的覚醒につながりますように。
前回のメールマガジンでは、「イスラエルの弱点」について論じましたが、今回はその続編として、現代における反ユダヤ主義の思想的背景を取り上げます。タイトルは、「反ユダヤ主義との戦い―トランプ、ハーバード、そして霊的戦い」です。
トランプとハーバードの戦い ― 反ユダヤ主義をめぐる現代的戦いの象徴
(1)一般のメディアの論調は、ハーバード大学に敵対するトランプ大統領に批判的です。「トランプ叩き」は、いつものことなので驚く必要はないのですが、バランスを欠いた論調が一般読者に与える負の影響を考えると、心が重くなります。米国の主要大学(特にハーバード大学)の実情は、実に深刻です。
(2)2023年10月、ハマスによるイスラエル襲撃事件を受けて、アメリカの大学キャンパスは一気に緊張感に包まれました。特に注目されたのが、ハーバード大学を初めとするエリート校における「パレスチナ支持」デモの急増と、ユダヤ人学生に対する攻撃的な言説でした。約30の学生団体が共同でイスラエルを非難する声明を出し、学内外から激しい批判が巻き起こりました。
(3)特に問題視されたのは、学内における反ユダヤ主義の蔓延を黙認するかのような大学の姿勢です。ハーバード大学の当時の学長クローディン・ゲイ氏は、米議会の公聴会で、「ユダヤ人虐殺の呼びかけは大学の規定に違反するか」という質問に明確に答えず、最終的には辞任に追い込まれました。大学側は「学問の自由」を理由に曖昧な立場を取りがちですが、憎悪の助長と思想の自由の線引きを誤れば、キャンパスは真理ではなく暴力が支配する空間となります。
(4)この事態にいち早く反応したのがトランプでした。彼は、「ハーバードは長年にわたり左翼的イデオロギーと反ユダヤ主義を育んできた」と主張し、大学エリート層に対する批判を一層強めました。トランプの功績は、保守派の支持を背景に、「リベラル左派とエリート教育機関が反ユダヤ主義の温床になっている」という構図を白日のもとに晒したことです。彼は、「自分たちこそイスラエルとユダヤ人の真の味方である」との立場を鮮明にしました。ハーバードとトランプの対立は、単なる政治的争いではなく、「誰がユダヤ人を擁護し、誰が反ユダヤ主義に加担しているのか」という、「価値観と道徳性の戦い」でもあるのです。
サイードの思想 ― 反ユダヤ主義の温床か、パレスチナの声か
(1)こうした大学における思想的土壌を形作ったのが、エドワード・サイード(Edward Wadie Said, 1935–2003)の思想です。サイードは、パレスチナ系アメリカ人の文学研究者・文化批評家・政治活動家です。彼は、「ポストコロニアル理論」の創始者の一人として広く知られています。
(2)サイードは、その著作『オリエンタリズム』(1978年)において、「西洋が東洋を一方的・固定的に表象(描写)し、支配構造を正当化してきた」という構造を批判しました。彼の議論は、ポストコロニアル理論の基礎を築き、大学教育、特に中東研究、文化研究、人文学に大きな影響を与えました。今もその影響は続いています。サイードの名前は知らなくても、彼の思想的枠組みの影響を受けて、反ユダヤ的な判断を下す人はいくらでもいます。
(3)サイードは、パレスチナ出身のクリスチャンとして、パレスチナ人の立場からイスラエルに対する激しい批判を展開しました。彼の影響を受けた学生や研究者たちは、イスラエルを「植民地主義国家」と位置づけ、ユダヤ人国家の正統性そのものを疑問視する言説を生み出してきました。特に「植民地」「抑圧者」というレッテルをイスラエルに貼ることで、ユダヤ人への暴力や排除の正当化が行われるようになりました。
(4)サイードの著作は、今なお大学の教科書やシラバスに採用されており、学生たちはその影響下で『イスラエル=抑圧者』という構図を無意識に受け入れていくのです。現在、多くの学生が「反帝国主義」「反植民地主義」の名のもとに、ユダヤ人国家を否定し、ユダヤ人を攻撃することを正義と錯覚しています。サイードの思想そのものが反ユダヤ主義であるとは言い切れませんが、少なくとも、その思想が反ユダヤ主義の温床となりうる構造を内包していることは、否定できません。
ディスペンセーション主義からのサイード批判 ― 神の約束は取り消されない
(1)ディスペンセーション主義(聖書を字義どおりに解釈する神学的立場)は、イスラエルに対する神の約束が今もなお有効であり、教会とイスラエルは区別されると主張します。これは、イスラエルの地におけるユダヤ人国家の存在を、「神の摂理の一環として受け止める」神学的枠組みです。したがって、サイード的な「パレスチナ=被害者」「イスラエル=抑圧者」という単純な二項対立に対して、ディスペンセーション主義は異議を唱えます。聖書によれば、ユダヤ人の地への帰還は単なる民族運動ではなく、「終末に向けた神の計画の一部」です(エゼ36~37章、ロマ11章)。
(2)ディスペンセーション主義は、「被造物に対する創造主の主権」を強調します。神がアブラハムと結んだ契約(創12章)は、永遠であり、無条件であると理解されます。ゆえに、サイードのように「イスラエル国家は西洋帝国主義の延長線上にある」とする見解は、神の契約の永遠性という視点を欠いた歴史観であると批判されるのです。
(3)サイード的な理論は、人間中心主義、相対主義、ポストモダン的懐疑の影響を強く受けており、「神の啓示に基づく客観的真理」を否定する傾向があります。これに対して、ディスペンセーション主義は、聖書に啓示された歴史と終末の計画を信じ、「神が選ばれた民イスラエルを通してご自身の栄光を現す」という視点を堅持します。
祈りのテーマ
(1)大学キャンパスにおける反ユダヤ主義の蔓延が抑えられるように。
トランプとハーバードの対立は、一見すると政治的な論争に見えますが、その背後には「イスラエルとユダヤ人をどう見るか」という神学的・思想的な戦いがあります。サイードの影響力は今も続き、大学キャンパスにおける反ユダヤ主義の言説を支える理論的基盤となっています。
(2)神のことばに基づいた世界観と歴史観を持つ学生が増えるように。
聖書に立脚した信仰者は、この時代の空気に流されるのではなく、神のことばに基づいた世界観と歴史観をもって、明確に語る責任があります。ユダヤ人を憎むこと、イスラエル国家の存在を否定することは、最終的には「神の計画に敵対する道」につながります。
(3)今こそクリスチャンが声を上げるように。
今こそ、私たちは声を上げなければなりません。「反ユダヤ主義」との戦いは、単なる政治的運動ではなく、真理と偽りの戦いであり、光と闇の戦いです。その戦場において、聖書に立脚した確かな視点こそが、真の希望と正義をもたらすのです。
感謝。中川健一
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