詐欺グループが金をだまし取るために欲しいのが他人の銀行口座だ。捜査の網をかいくぐるために、一般市民が開設したものを巧妙な手口で入手する。犯罪の意識もなく、言われるがままにキャッシュカードを郵送してしまった津軽地方の30代女性は今月、執行猶予付きの有罪判決を受けた。「罪を犯しているという意識がなかった。まさか自分が犯罪者になるなんて…」
始まりは昨年2月、X(旧ツイッター)に載った「有名ユーチューバー」のアカウントだった。
「いいね」を押して投稿を好評価したり、フォローしてくれたりした人に抽選で金を配ります-との内容だった。以前から現金やゲーム機をプレゼントする企画などをしている人物で詐欺を疑わなかった。
出産を控えていたことやローンの返済のため、お金が必要だった。有名ユーチューバーをかたったアカウントだと分かったのは、ずっと後のことだ。
投稿にあったLINE(ライン)アカウントを追加し、ユーチューバーのスタッフを名乗る人物とライン電話で話をした。先方は「抽選に当選した。使っていない口座のカードを郵送で送ってくれれば、1口座につき20万円を振り込んで返送します」。カードを送る理由については「同じ人が何度も現金を受け取るのを防ぐため」と説明した。思わず納得してしまった。
単身赴任で離れて暮らしている夫や家族には「懸賞金に当選した」と伝えた。この間誰からも詐欺では、と疑う言葉はなかった。
スタッフを名乗る人物からは、さらに新しく口座を作るよう言われた。その日のうちに三つの銀行の口座開設をウェブから申し込んだ。「入金後はカードを返してもらえるということだった。将来を見越して口座の使用用途は、生計費や決済費(の出入金の名目)で開設を申し込んだ」
いま冷静に考えれば、詐欺だと気付くことができたかもしれない。口座ができてカードを関東の個人宛てに郵送する際、封筒に各口座の暗証番号を記すよう指示があった。「振り込むだけなら暗証番号はいらないはず。当時は落ち着いて考えることができなかった」
カードを郵送してから、相手側からの連絡が一気に減った。何日待っても入金の連絡はない。いつ入金されるか聞いても、「手続きに時間がかかっている」としか言われなかった。
昨年6月上旬、郵送した2口座に見知らぬ人物から約95万円ずつ振り込みがあったことがスマホのアプリで確認できた。その日のうちに別のもう1口座に金が振り替えられ、全額引き落とされていた。これらの動きを不審に思い、スタッフを名乗る人物にラインを送ったが、「知らない人だ」と言われた。
翌日、そのうちの銀行1社から電話がかかってきた。「あなたの口座が詐欺グループに使われています」
女性はすぐに警察に連絡した。自分は詐欺に巻き込まれた被害者と思っていたが、警察官からは「あなたが銀行側に詐欺を働いたんですよ」の言葉。初めて罪を犯したことを意識した。
起訴された罪名は詐欺罪。本来の目的でない名目で銀行口座を開設したことが理由だった。
進行する裁判の中で、送ったカードが還付金詐欺に使われたことを初めて知った。弁護人からは、被害者に被害弁償をする必要があるかもしれないと言われている。「自分の判断の過ちで、被害者の方には申し訳ないことをした」。後悔の念が自分を責め立てる。
今回女性は、犯罪の未然防止につながるなら-との思いで東奥日報の取材に応じた。女性は今後同じことを繰り返さないため、お金が絡むことは、ささいなことでも家族や警察など周りの人に相談することを心に決めたという。
「知らないことは罪なんだなと痛感した。多くの方々に、私の失敗を『明日はわが身』と心の隅にとどめておいてほしい」
▼口座使途偽りは犯罪
県警によると、不正に口座を開設したり、報酬を得て第三者に提供するなどすると、詐欺罪や犯罪収益移転防止法違反罪などに問われる可能性がある。それぞれの量刑は詐欺罪が10年以下の懲役、防止法違反罪が1年以下の懲役か100万円以下の罰金と規定されている。
詐欺罪のうち、口座の不正開設による県内の摘発件数は、2023年に34件と過去10年で最多となった。24年は15件に減少した。防止法違反の摘発件数は、24年に過去10年間で最多の37件に上った。10年前の約3倍に当たり、背景には「匿名・流動型犯罪グループ(匿流)」などによる詐欺の増加があるとみられる。
ある捜査関係者は「詐欺やヤミ金など、口座を悪用する犯罪が増加している。以前は銀行窓口での開設が主流だったが、今はインターネット銀行が普及し、誰でも手軽に口座を作れるようになったことも要因の一つ」と指摘した。
県警捜査2課の土岐博紀次長は「使用目的を偽って口座を開設すること自体が犯罪。そういった口座は新たな被害を生むだけ。安易に加担しないで」と訴える。