【マーケットを語らず Vol.201】米国はどのようにして債務を減らすのか

(今日のマーケット短歌)貸し手言う 「借りられるだろ! まだお前」 それは規制の 対象です


重見 吉徳 2025/05/21

目次:

先週、大手格付け会社のムーディーズ社が米国政府の長期信用格付けを最上位の「Aaa」から「Aa1」に1段階引き下げました。

大方の見方は「心配ない」というものでしょう。しかし、彼らによく聞けば「まだ心配ない」と言うでしょう。

われわれはいま、貿易や金融など様々なシステムが壊れ始めていて、再構築が必要になっている可能性について考えておくべきでしょう。そうした状況は、以前から述べているとおり、日本や英国の超長期債利回りの上昇が止まらないことにも表れているでしょう。この利回り上昇をみていると、「まだはもうなり」がよぎります。

格下げ後、ベッセント財務長官はNBCに出演して「真摯に貿易交渉を行わない国については4月2日に示した関税率を課せられるだろう」と述べました。また、トランプ大統領は「一度に多くの国を相手にすることはできない」ため、それらの国は今後2~3週間のうちに関税率を示した書簡を一斉に送るとしています。

来月から90日間の交渉期限を迎える7月9日に向けては金融市場がふたたび気を揉むことになるでしょう。「ブラフ」(はったり)との大方の見方を裏切り、関税は残る可能性があります。

さて、前回の記事「なぜ米国は貿易の不均衡是正と国内回帰を目指すのか」では、

  • 米国が他国に相互関税を課し、生産の国内回帰を目指す背景には、(債務をスパイラル的に増やす恐れのある金利の上昇なしに)債務を増やすことが困難になっているためである
  • 一国の貿易赤字は他国からの借り入れに等しく、米国が他国からの(新たな)借り入れを減らすことは米国が貿易赤字を減らすことに等しい
  • 米国が貿易赤字(=他国からの借り入れ)を減らすには、米国が所得を増やすか、消費を減らす(あるいはその両方)が必要である

といった点をみました。

米国が新たな借り入れや貿易赤字、そして債務を減らす手段①

では、米国はどのようにして、新たな借り入れや貿易赤字、そして願わくは、債務を減らすか。4つ方法があります。すなわち、

  1. 消費の水準を恒久的に引き下げる(→さらに言えば、消費から投資に組み替える)、
  2. (その米国内での投資によって)中長期的に生産・所得を増やす、

それでもダメなら、

  1. インフレ(金融抑圧)、
  2. 債務再編(マールアラーゴ合意の一部)

といった方法に向かうことになります。

上記1点目のどうやって消費の水準を恒久的に下げるかを考えると、教科書的には金利の水準を恒久的に引き上げるということがまず思い浮かびます。

しかし、金利を恒久的に上げると消費は抑制されますが、投資も抑制されるために、2点目の「中長期的な所得を引き上げる」ことと矛盾します。

また、消費も投資も抑制されれば、その程度にもよりますが、(名目)経済や所得が停滞して、かえって債務が膨らむ可能性があります。

アベノミクス以前の日本の金融緩和が不十分であった状況は「実質金利が恒久的に高かった」という意味では、これに該当すると言ってもよいでしょう。消費も投資も抑制され、債務は膨らみ、円高になって海外への生産移転が生じました。

あるいは、1980年代前半がそうでしたが、金利を上げるとドル高になって、米国家計の購買力が上がり、逆に貿易赤字は減らない可能性も考えられます。これは「レーガンの帝国主義的循環」と呼ばれたものです。
 

消費水準を恒久的に引き下げつつ、投資を拡大するためには?
 

米国が新たな借り入れや貿易赤字、そして債務を減らす手段②

そこで出てくるのが、いま起きているドル安と相互関税です。

ドル安は、米国家計の(名目所得は停滞させないまま)購買力を下げて消費を抑制します。

また、同時に米国国内での生産を有利にし、米国国内での投資=米国への生産回帰を促すことで2点目の「中長期的な所得を引き上げる」こととも整合性があります(→また、低金利がドル安の背景であれば、企業による国内投資を促すことにもなりえます)。プラザ合意のときがそうでしたし、マールアラーゴ合意にも含まれています。

日本もアベノミクスによる金融緩和で円安を呼び込みました。そして実際、いまの日本は円安から続くインフレで家計の消費は低迷していますが、企業は生産回帰を続けている模様です。
 

日本の実質個人消費支出は低調。日本の実質個人消費支出(指数、水準、日銀消費活動指数)
 

相互関税もドル安と同じ効果が考えられます。相互関税は米国では「付加価値税」と呼ばれます。日本の消費税です。関税が消費税と同じという証拠として、実際、関税の引き上げ前に駆け込み需要が起きている模様です。消費税で消費が恒久的に低迷するのは日本でも実証済みです。

トランプ政権には、消費を減らしつつ、投資に振り向けるためには、ドル安や相互関税が試してもよい選択肢と映るのでしょう。

債務危機が避けられない理由① 米国で(世界中で)失われた伝統的価値観

実際のところ、米国は消費の水準を恒久的に引き下げると同時に、米国内への投資を促すことで、中長期的な生産や所得を拡大し、貿易赤字や債務を削減できるのでしょうか。

そう簡単ではないでしょう。

最近ではよく「金融化」(financialization*)と言われるように、米国の企業は1980年代以降、急速に進んだ資本移動の自由化によって、海外での投資・生産拡大を行い、安価な労働力で製造コストを引き下げたものを、米国家計に供給することで利益を極大化してきました。国内回帰は彼らの利益を大きく減らすことになるため、彼らの抵抗は大きいでしょう。

*経常収支で言えば、貿易収支から第1次所得収支に変わってきた、言い換えれば、自国でモノを作って収益を得るというよりも海外に投資をして収益を得るということです。ここでまったく別の2つの問題があるとすれば、①現在の日本も同様の形になっている(=国内での生産が失われ、企業だけが海外投資で利益を得る形式になっている)、②米国では第1次所得収支が赤字に転じているということでしょう。ちなみに、第1次世界大戦前に覇権を取っていた英国は、貿易収支の赤字を所得収支の黒字で補って経常収支の黒字を確保し、いわゆる資本収支=海外への再投資によって、世界におけるポンド=準備通貨の資金繰り・バランスをつけていました。現在の米国の借り入れ依存がいかに不安定かがわかります。

話を戻すと、米国の家計も特に2000年代以降、貿易の自由化による「安物消費」**と、資本移動の自由化による「借り入れ消費***」にどっぷりと浸って(浸されて)きました。リベラル化や商業主義によって、米国建国以来の伝統的な倫理的・宗教的価値観の一部である倹約(frugality, thrift)や自立(self-reliance)といった概念は、少なくとも米国市民の半分近くについては、徹底して破壊されてきたのかもしれません。

**ベッセント財務長官は時折、「アメリカン・ドリームは中国からの安物を買えることではない」と述べます。では、アメリカン・ドリームとはなにか。生成AIによれば、「米国では伝統的に、倹約は道徳的な美徳とみなされ、しばしば宗教的な教え(特にピューリタンや他のプロテスタント・グループ)と結びついており、勤勉と規律を通じて成功を収めるというより広範な理想を支持していました。これはのちに『アメリカン・ドリーム』として知られるようになりました」とのことです。問題は、現在の米国の、少なくとも半分の有権者が、こうした倫理・哲学的な価値観を思い直して、消費の手を緩めるかどうかでしょう。

***かつて、バーナンキFRB議長が理事時代に言及した「過剰貯蓄仮説」Global Savings Glut;主にアジア諸国による対外貯蓄を背景にした借り入れと消費です。これも資本移動の自由化の所業です。

債務危機が避けられない理由② 危機はコンセンサスになる必要がある

さらに話を戻すと、米国の連邦政府債務のGDP比は第2次世界大戦時以来の高水準であり、利払い費だけでGDPの4%近い水準です。
 

米国の連邦債務は今後とも増加の見通し。米国:連邦政府債務残高(GDP比)
 

米国は、利払い費が国防費を上回る。財政と覇権に黄色信号。米国連邦政府の国防費と利払い費
 

米国の利払い費は、表面利率が2ケタを超える米国債が発行されていた1980年代前半以来の高水準。米国連邦政府の利払い費(GDP比)
 

「過剰債務を減らす」という問題意識は正しくとも、そして、絶対に実現不可能ということではないにせよ、その可能性はかなり低く思えます。

合わせて言えば、冒頭でも述べたとおり、危機を「危機」と感じるには、危機が誰の目にも明らかになるような事態になる必要があります。また、危機を解決するためのコンセンサスが生じるためには、誰もが痛みを感じる必要があります。

たとえば、2008年に米国で金融機関に公的資金を投入する不良債権買取プログラム(TARP)を含む緊急経済安定化法が提出されたとき、有権者は反発し、連邦議会は一度否決します。同法案が通ったのは、議会での否決によって株価が大幅に下落したことで、有権者や連邦議会議員が金融危機の深刻さに気付いた後です。

また、1979年10月から、当時のポール・ボルカーFRB議長が新金融方式と強烈な金融引き締めを行えたのも、高く長いインフレが「痛み」となり、有権者やカーター政権にとっても「インフレ退治がやむなし」とのコンセンサスが生じたためでしょう。

このように考えると、米国の債務問題に対する認識は不十分であり、この問題は他の問題と同様に行きつくところ(=誰の目にも危機が明らかになって、国民のコンセンサスになるところ)まで行き、インフレや債務再編抜きには解決されないように思えます。

第2のポール・ボルカーがやってくるには、大きなインフレが必要だということです。

危機が見えていないのに、「危機だ、危機だ」と言われても、誰も信じない。これがトランプ政権にとっての不幸かもしれません。

歴史はインフレや債務再編を指す。インフレに備えを

歴史をみれば、第1次大戦時や世界大恐慌のあと、そして、ニクソン・ショックなど準備通貨は切り下げを行ってきました。また、たとえば、英国は第1次大戦時に発行した戦争債について、第1次大戦後に英国民の愛国心に訴えることで低利で借り換えしています。これは債務再編に当たります。

ドルだけでなく、他国の不換紙幣も債務が膨らみ、貨幣増発は遠くない将来に起きるでしょう。というよりも現に起きているでしょう。

そうした中では、賦存量の変わらないゴールドやREIT(不動産投資信託)などの実物資産、あるいはインフレ連動債にも分散投資を行いたいところです。

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