萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#69

 息も絶え絶えとなっていた。

 エイイチだけではなく、アヤメもだ。

 

 ゲーム【豺狼の宴】第四章にて猛威を振るった黒狼モードの力もなく、館と一体化して得たゲーミングパワーまで失ったアヤメ。肉体的な衰えはむしろエイイチ以上にも見える。

 

「はあ……はあ……アヤメさん、大丈夫ですか? 少し、休みましょうか」

「……いえ、お構いなく。私は……まだまだ歩け、ます」

 

 頑なにエイイチの先を進み続け、アヤメは決して譲らない。

 

 一本道は長い下り階段だけでなく、平坦になったかと思えば左右に折れ、再び上下の階段が入り交じる。もはやどこへ向かっているのかも、なぜ歩いているのかさえ二人はよくわからなくなっていた。

 

「アヤメさん!?」

 

 ふらりと横に傾いたアヤメを、エイイチは慌てて駆け寄ると肩を抱き支える。覗き込んだアヤメの顔は虚ろという他ない。

 

「やっぱり休んで行きましょう! 熱っぽいし、汗もすごいですよ!」

「……は……でしたら、そこへ」

 

 アヤメがゆっくり持ち上げる指先は、突き当たりの扉を指していた。丸一日を超えて歩み続け、ようやく次の部屋へと到達したのだ。

 

「いい、運動に、なりました……」

「なに強がってるんですかもう!」

 

 エイイチの体力もとうに尽き果てていたはずだが、ともかく休めそうな室内にたどり着けた事実が膝を奮い立たせる。アヤメを引きずるようにしてエイイチは扉を押し開けた。

 

「はあ、はあ、はあ~~ぁ……」

 

 室内に踏み込んだ途端、膝が折れてエイイチは前のめりに突っ伏す。アヤメも共に倒れる形になったが、すぐに引き起こしてやる余力はもうなかった。

 

 擦りつく絨毯の感触からエイイチが頬を持ち上げると、なんのことはない。そこには見慣れたエントランスホールの光景が広がっている。

 

「玄関……いや、なんか違う……?」

 

 エイイチが違和感を覚えるのも当然だろう。狼戻館のエントランスホールに間取りこそ似ているものの、そもそも上階へ向かう大階段がない。

 キッチン備え付けの冷蔵庫やオーブンといった家電、浴室ごとくりぬいて持ってきたかのようなシャワー付きバスルームなどがひしめき合い、配置されているエントランスホールは(いびつ)で異様だった。

 

「なんだ、これ。空間でも歪んでんのか」

 

 圧倒されながらもエイイチはゆっくり立ち上がり、ふらふらと真っ先に冷蔵庫を漁る。中にはペットボトル入りの水が八本ある。電気が通っていないため生ぬるかったが、エイイチはペットボトルを二本掴むとアヤメの元へ戻った。

 

「アヤメさん、とりあえずこれ」

 

 エイイチに頭を抱え起こされ、アヤメは口もとに添えられたペットボトルへ視線を落とす。かさかさに渇いた唇をわずかに開くも、水は飲まずに言葉を発する。

 

「エーイチ様、お先に、お飲みください。それと……何本、ありましたか?」

「ちゃんと俺も飲みますから、先に飲むのはアヤメさんですよ。ペットボトルは五百ミリのやつが八本、だから四リットルですね」

「四……」

 

 呟き、アヤメはペットボトルを傾けて喉を鳴らした。

 見届けるとエイイチも水を飲む。体の隅々まで浸透する水は美味しく、ペットボトルの半分ほどを空ける。生き返るようだった。

 

「喉を、湿らせる程度にとどめておいた方がよろしいかと」

 

 エイイチが見ると、アヤメの水は数センチほどしか減ってない。サバイバルとしてその慎重さは正しいのだろう。けれど裏を返せば簡単には現状を脱せないと示唆されているようで、一転してエイイチの顔から安堵の笑みが消える。

 アヤメも無駄に不安を煽りたいわけではなかったが、楽観主義なエイイチが少しでも危機感を抱いてくれたならそれでいい。

 

「もうしわけありません。ですが、ここは最悪を想定して動くべきです」

「いや、そうですよね! 丸々しないと出られない的な部屋をちょっと連想しちゃってて」

「まるまる……?」

「ああ、こっちの話です」

 

 真剣な顔の裏で、エイイチがエロゲ的なシチュエーションを妄想していることなどアヤメは知る由もなかった。

 

 一息ついた二人がエントランスを見渡してみると、十以上もの扉が確認できる。これも本来の狼戻館とは異なる点だ。エントランスがこの有り様なのだから、どこへ繋がっているのか探索してみなければ予測も難しい。

 

「今のところエントランスに危険はないようですし、少し休んでおきましょう」

「たしかに、ほとんど寝てないですもんね俺達。ベッドとかないから絨毯の上ですけど……」

「私は気にしません」

「あ、ちょっと待っててください、アヤメさん」

 

 忙しなく立ち上がったエイイチが、またどこかへ駆けていく。

 

 床に座り込んだまま待つアヤメは、今にも寝落ちしそうな半目でコクコクと頭を揺らしていた。

 隙を見せなかったメイドとしては、はじめてと言っても過言ではない稀な姿だ。

 

 やがて息を切らせてエイイチが戻ってくる。

 

「はあ、はあ、水は出なかったけど、これ。チェストにタオルとかバスローブがありました」

 

 エイイチはバスルーム付近のチェストを漁っていたらしく、どうやらこれで汗を拭けとアヤメを促している。

 アヤメは礼を述べて受け取ると、首にハンドタオルを這わせた。体は熱っぽく、そのままで眠れば体温の急速な低下を招くかもしれない。

 

「背中は俺が拭きますよ」

 

 唐突なエイイチの申し出に、腕を拭っていたアヤメの動きが止まる。

 

「いえ……結構です」

「遠慮しないで。手、届かないでしょ?」

 

 汗で額に張りついた前髪を指で剥がし、アヤメは顔をあげた。

 エイイチは悪意のない笑みを浮かべている。ハアハアと荒い息遣いも、アヤメにタオルと着替えを届けるため走ったからだろう。他意はないに違いない。

 

「では……すみませんが、お願いいたします」

 

 アヤメは座した状態でエイイチに背を向けると、首もとのリボンと留め具を外す。給仕服から肩を抜いて、上衣をはだけさせた。か細く、青白い肌は汗でうっすらと濡れている。

 

 エイイチが常に期待しているエロゲーらしい状況である。知らずゴクリと生唾を飲み込んだところからも、アヤメの肌に幾ばくかの欲情を抱いたことは間違いない。

 

 しかし今ではないのだ。弱々しいアヤメの介抱につけこんだ行為など、エイイチの聖典である【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】には存在しないのだから。

 

 エイイチは無心でせっせと手を動かした。

 アヤメも一度ホックの隙間にタオルを差し込まれたときだけピクッと身を震わせたが、あとは無言で受け入れた。

 

「……終わりましたよ、アヤメさん。次はこれに着替えてください」

 

 言われるがままに立ち上がり、メイド服を脱いでいくアヤメ。今度はエイイチが背を向ける。衣擦れの音にも歯を食いしばって耐え、絶対に振り向かなかった。

 

「着替えました……? じゃあ休みましょうか。毛布でもあればよかったんだけど、あいにくでかいバスタオルしかなくって」

「いいえ、十分です。……エーイチ様、ありがとうございます。おかげでずいぶん、楽になりました」

 

 はにかむエイイチを見て、アヤメも自然と微笑む。

 現状の深刻さはエイイチよりも理解している。それでもアヤメは、この隔絶された空間へ共に閉じ込められたのがエイイチでよかった、と。心から思えたのだ。

 

 館で過ごす内、またエイイチが苦境を乗り越えるたび、そのやさしさに触れるたび。もしかすると、狼戻館の誰よりも――。

 少なくとも、脱いだメイド服をガーターベルトに留めたナイフごと預けるほどには、エイイチへの信頼は深まっていた。

 

「おやすみなさい、アヤメさん」

「はい。何かあれば、すぐに起こしてください」

 

 エントランスの絨毯の上とはいえ、これほどリラックスして寝床につくのはいつぶりだろうか。考えようとしたが、アヤメはすぐに眠りへ落ちる。

 

 

 

 アヤメの寝覚めはよかった。

 体感では七、八時間も寝たような気さえしていた。過去を何年遡っても、このように長時間眠った記憶を探すのが難しいくらいだった。

 

 アヤメが身を起こすと、近くにエイイチの姿はない。そばの棚にメイド服が掛けてあったので、バスローブを脱いで正装に袖を通す。ストッキングを履き、ナイフを確認してガーターベルトを装着する。

 

「――あ、起きたんですね! 体は大丈夫ですか?」

 

 と、エントランス奥の雑多な家具の隙間から、エイイチが顔を覗かせた。両手に何やら抱えている。

 

「おかげさまで。このたびは、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」

「なに言ってるんですか、堅いですって! いつもアヤメさんにお世話になってるのは、こっちなんだから」

 

 屈託なく笑うエイイチに、アヤメが問う。

 

「ところで、それは?」

「ああ。とりあえずエントランスを見て回ったんですけど、水の他にはこれっぽっちの食べ物しかなかったです」

 

 エイイチが床に並べたのはプロテイン配合のチョコバーが四本、あとはマリがこっそり消費している鯖の缶詰がこちらも四缶のみだった。

 

「食料が見つかっただけ幸運です。ですが長期になれば身動きが取れなくなります。即、脱出の手がかりを探しましょう」

「了解! なぁにこういうの得意なんで任せてくださいよ。ロープとか見つけたらちゃんとゲットしときますんで」

 

 水分摂取と食料の確保、そして睡眠を取れたことにより二人の生命力には再び火が灯っている。さっそく十数もの扉をしらみ潰しにあたっていくことにした。

 

 ……が、探索を開始して数時間。エイイチとアヤメは早くも行き詰まる不安に襲われている。

 

「これが、最後の扉か」

 

 扉の先は廊下が伸びていたり、部屋のような空間が広がっていたりと様々ではあった。だが外へ繋がる脱出口や手がかりは一切なく、最終的にはどれも行き止まりとなる。

 他の住人に出会うこともなければ、成り行き任せなエイイチもさすがに焦りはじめる。

 

「いいですか? 開けますよ! 頼む……!」

 

 エイイチが願いを込めて開けると、細長い通路が遥か先まで伸びていた。ちょうど、エントランスにたどり着くまでの行程で歩いた道のりを思わせる。

 

「相当長そう。これ、正解じゃないですか!?」

「エーイチ様。進む前に、水と食料を詰めましょう」

「ああっと、そうですね。また丸一日も歩かされちゃたまんないし。バスタオルを風呂敷代わりにしますか」

 

 何はともあれ、希望は残った。

 水と食料を包んだバスタオルをエイイチが背負い、意気揚々と歩きはじめる。

 

 推察通り通路の先は長く、迷うことはないながらもゆうに半日は経過した。

 エイイチが一本目のペットボトルを飲み干そうとしている頃、やっと次の扉が見えたのだ。

 

「はあー……はあー…ようやく……着いた」

 

 疲れも当然あったが、嬉しさの方が勝る。エイイチが扉を開けると、奥は物一つないだだっ広い部屋でしかないことがすぐにわかる。

 

 ここにも赤い照明が落ちる中、こうなることは予期できていたにも関わらず、アヤメはがっくりと膝をついた。自分が――というよりも、エイイチの落胆した顔を見たくなかったのかもしれない。

 

「その……どうか、お気を落とさず――」

「ふぃ~疲れましたね、アヤメさん!」

 

 けれどエイイチは声を弾ませた。どっかと床へ尻を落とし、ことさら貴重になったチョコバーを一本、むしゃむしゃと頬張る。

 

 アヤメにいらぬ心配をさせまいと、空元気に振る舞っているのだろうか。もしくは絶望のあまり気が変になってしまったのだろうか。

 

 いずれにしろこうなってしまった以上、誤った行動は抑制せねばならない。何よりエイイチを生かすために。残酷だろうと事実を認識させるのだ。

 

「食料のむやみな消費はお控えください。エーイチ様……どうやらここには、出口が存在しません」

「え?」

 

 エイイチはチョコバーを手に大口を開けたまま、驚いたようにアヤメを振り返る。まじまじとアヤメの顔を見つめ、その後にゆっくりと寒々しい室内を見渡した。

 

 薄暗い部屋に、何度もエイイチは視線を往復させている。幾本もの細長い光を映して輝く瞳は、まるで少年のようだとアヤメは思った。だからこそ、胸が張り裂けそうに痛む。

 

「……アヤメさん、手を」

 

 のそりと立ち上がったエイイチが、アヤメの手を取り壁際へと歩き出す。

 アヤメは黙って従った。

 部屋の隅までアヤメを引っ張っていったエイイチは、握った細い手をコツコツと壁に押しつける。

 

「あの……これは、何を……」

「……なるほど……。……なるほど」

 

 困惑するアヤメの前で、エイイチは静かに目を閉じた。

 アヤメには手を壁に押しつけられた意味がわからなかったが、エイイチが現実と向き合うのに必要な儀式的な行為だったのだろう。

 

 数秒後に目を開けたエイイチは、輝きの失せた真っ黒い瞳ですっきりと笑みを形作る。

 

「エントランスに戻りましょうか、アヤメさん。あっちの方が色々あるし、探せば食べ物もまだ見つかるかもしれない」

 

 非情な現実を受け入れ、吹っ切れたのだろうか。ひとまずアヤメは安堵した。

 エイイチの笑顔に、どことなく影を感じながらも――。

 

 

◇◇◇

 

 

 エイイチとアヤメが袋小路に囚われていた頃、狼戻館のダイニングルームではマリがセンジュを相手に騒ぎ立てていた。

 

「だから! あたしに聞かれてもわかんねーって!」

 

 センジュにうんざりと押し退けられたマリは、直後のタイミングでダイニングルームに現れたツキハへと詰め寄る。

 

「お、お姉ちゃん! もう一日以上もエーイチくんが見当たらないんだけど! アヤメさんも! こんなのおかしいでしょ!? 二人して消えて――」

 

 ぐいぐいと迫り来るマリの頭を押し返しつつ、ツキハが冷静に口を開く。

 

「エーイチさんのことで、わたくしもお話があるわ。当初はずっと疑っていたの、エーイチさんは【豺狼の宴】を知っているに違いないと」

「は? さい、ろう……ってなに? それ、なに!?」

 

 ツキハが【豺狼の宴】の制作者であることを他の住人は知らない。混乱しながらもマリは、思わせぶりなツキハへ食い下がった。

 

 マリに胸ぐらを掴まれ揺さぶれるも、ツキハは動じずに続ける。理解されずともよい。独白に近い、これはツキハ自身の答え合わせなのだ。

 

「でも誤りだった。確信したわ。エーイチさんがここをどこだと勘違いしているのか。彼はおそらく、ここを洋館住んで、わ、わかん……」

「えっ羊羮!? わかんって、なに? どんな字書くの!? 教えてお姉ちゃん!」

「わようせっ――せ、せっく――……だと、思い込んでいるのよ」

「節句!? なに、よく聞こえない! お姉ちゃんハッキリ言って!」

「お……」

「お!?」

「落ち着きなさいマリ!」

 

 パッシーン!! とマリの頬へ、ツキハの平手打ちが飛んだ。

 

 赤く手形の残る頬を押さえ、マリは呆然とツキハを見つめる。ショックだったのだろう。なにせツキハから平手打ちされるなど、はじめてのことだ。

 

「ぶ……ぶたれた……」

「よくお聞きなさい。狼戻館は死者の魂を取り込む。知っているわね? 強い念は封印として具現化され、凶悪な罠と化す」

「う、うん」

「アヤメさんは館の深淵に近づき過ぎた。それは狼戻館の原初とも言える場所まで、ね。この館で最初の死者は、誰だかわかるかしら」

「し、知らない」

「待雪ショウブ――先代よ。エーイチさんは巻き込まれてしまった。二人が助かるには、封印を解くしかないわね」

 

 淡々と語られる真実に、マリは驚愕した。

 慌てふためくマリの頭をそっと撫で、ツキハは諭すように言う。

 

「大丈夫。エーイチさんが封印解除に失敗したことがあって? きっとすぐに戻ってくるわ」

「お姉ちゃん……」

 

 美しき姉妹愛――……はたしてそうだろうか。

 二人に白い目を向けるセンジュは、“絶対さっき何か誤魔化すためにビンタしただろ”と突っ込みたくてうずうずしていた。

 

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