萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#63

「あら、これは何? 岩石餅かしら」

「岩石餅ってなんですか?」

「さあ。そんなの、わたくしが聞きたいわ」

 

 調理台の上に放置されていた謎物質を見下ろすツキハは、指先を伸ばし真顔で突っついている。しかし“餅”という単語を使ったあたり、一応は食べ物であると予測を立てているらしい。

 

「よかったらツキハさんも食べていいですよ」

「いえ結構。それよりご覧になって、エーイチさん。素晴らしい光景だと思わない?」

 

 キッチンではエプロンを着用したマリとセンジュが、ああだこうだと言い争いつつも調理に奮闘している。喧嘩するほど仲が良い姉妹――に見えないこともなく、ツキハは恍惚と二人を眺めているのだ。

 

「だから口出してくんなよ! クラムチャウダーはあたしが作んだからさ、おまえはおまえの好きなもん勝手に作ればいいだろ」

「あっそう。ふぅん。だったらわたしが作った料理、おいしくできたって絶対にあげないから。あーあ、せっかくこの立派な鯛でアラ汁作ろうと思ったのになー!」

「……おまえさぁ、なんで汁物に汁物かぶせてくんだよ。バランス考えろよバカ」

「あんたのは“洋”! わたしのは“和”でしょ! そっちこそケチつけないでカバ!」

 

 今にも取っ組み合いがはじまりそうな雰囲気も、まるで止めようとする気がないツキハ。

 見守るような微笑みが癪にさわったのか、マリはギロリとツキハを睨む。

 

「だいたい、なんでお姉ちゃんがここにいるわけ。準備できたら呼ぶって言ったよね?」

「息抜きよ。気にしないで。……そうね、せっかくだからわたくしも何か手伝ってあげましょうか」

「い、いいよ別に。あっち行ってて」

「遠慮することないわ、姉妹だもの。立派な鯛があるのだから、ムニエルなんてどうかしら」

 

 大きな尾を掴みあげるツキハは、鯛をまな板へと転がした。手にした中華包丁を高く掲げると、ツキハの瞳がスッと細まる。

 

「――夜陰のぉ及びし御山ぁ」

 

 鯛の頭がズダン! と切断された。

 もはや懐かしい呪詞の旋律に突き動かされ、調理台に駆け寄ったエイイチがツキハと口を揃える。

 

「やいんのおよびしおやまー!」

「やめてッ! 二度と歌うなって言ったでしょエーイチくん!? お姉ちゃんはもう部屋に帰って!」

 

 激昂するマリに背を押され、ツキハは名残惜しそうにキッチンから消えた。

 呪詞はさておき、アヤメを除いては唯一まともに料理が出来そうな人物だっただけに不安がるエイイチ。そんな態度を察知してか、マリは不服をあらわに口を尖らせる。

 

「なにか言いたげだね。わたしだって、料理くらいできるんだから」

 

 マリはぶつぶつと呟きながら鍋に水を張り、火へとかける。すると、湯立ってもいない鍋へすぐさま鯛を丸ごと一尾放り込んだ。

 

「アラ汁なんて、こうやって簡単に――」

 

 突如。天井から落下してきた平たい物体がしこたまにマリの頭頂を打ち叩く。

 

「あ()ったあ!?」

 

 頭を押さえてうずくまるマリの傍らには、アルミ製の巨大なタライが小刻みに揺れつつ転がっている。

 いったいどこから? とエイイチが見上げるも、タライが吊るされていた形跡などはない。そもそも(かな)ダライを天井に吊るす必要性が見出だせない。

 

「はぁ、なにやってんだか。料理はあたしに任せて漫画でも読んでりゃいいのに」

 

 やれやれと失笑するセンジュが、マリと入れ替わりにコンロの前へ立った。さっそく鍋へと殻付きのアサリを大量投入していくセンジュだったが――。

 

「わあああああ!?」

「ど、どうした!?」

 

 センジュの悲鳴にエイイチが顔を向けると、豪々と燃え盛る火炎が鍋を真っ赤に包んでいる。涙目で振り返るセンジュに、エイイチは素早く指示を飛ばす。

 

「とにかく火を止めて! 早く!」

「ま、まだなんもイジってないんだって! ホントなんだよぉ!」

 

 センジュを火元から引き剥がし、エイイチはガスコンロの火力調節を試みる。しかしどうやら本当にレバーを捻っても火勢が衰えない。

 

「くそ、どうなってんだこれ!? ――……あれ?」

 

 焦るエイイチを尻目に、コンロの火は徐々に小さくなりやがて消失した。

 これはどういうことなのか? 腰が抜けたのか、床にぺたんと尻餅をつくセンジュは首を振るだけで答えをくれそうになかった。

 

「さ、さあ。気を取り直して、アラ汁のつづきしようかな」

「故障してるのかもしれないし、やめといた方がよくないか。……というかマリちゃん。アラ汁って本来は魚の余り物で作るんだからさ、丸ごと使うならせめてウロコ取ったり内臓取ったり下処理しないと」

「てきとうでいいの、そんなもの。なんだってこうして煮込めば、ダシになっておいしく――」

 

 再び天井から落ちるタライに頭をごいん! と打たれるマリ。

 

「あ()たあ!?」

 

 床をごろごろ転がって悶絶するマリを見下ろし、エイイチとセンジュは震える。

 今度こそ天井には何もなかったはずだ。まるで間違った手順を正すかのような仕打ち。料理に対し決して妥協しない、真摯に向き合う者の意志が館に宿ったとでもいうのだろうか。

 

 エイイチはハッと顔をあげる。

 

「センジュちゃん。アサリの砂抜きは? してないよね? 今からじゃ間に合わないし、この剥き身の冷凍アサリを使おう」

「え!? あたし、もうやりたくない……」

「大丈夫。きちんと手順に沿えば、クラムチャウダーは難しい料理じゃない。俺を信じて」

 

 不安をやわらげるためにセンジュの手を握り、瞳を覗き込んでエイイチは訴えかけた。

 ダメージから回復したマリが、まやかしのムードを払拭させるべくすかさず突っ込みを入れる。

 

「手順なんてもの知ってるくせに、作る料理はあんな粘土まがいの物体なんだ?」

「それは……ま、まあ。知識としてはあるんだけど、実際に作るのは苦手っていうか」

 

 こうしてエイイチ指導のもと、調理は再開された。

 だが所詮、にわか仕込みの知識。少なからず間違いはある。そのたびマリとセンジュは、タライや火や冷水の洗礼をその身に浴びるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「――ふぅ食った食った。もー腹いっぱい」

「……おいしかった。でも動くとお腹がちゃぷちゃぷする」

「そりゃ、汁物ダブルだからな」

 

 悪戦苦闘から数時間。昼食も兼ねた遅めの食事を終え、それなりの満足感に包まれたマリとセンジュは腹をさする。

 すでに仕事へ戻ってしまったがツキハは終始涙ぐみ、残った汁に米を投入すると最後の一滴まで雑炊として味わった。

 

 ちなみにガンピールは鯛を骨ごとバリバリと五尾も平らげ、自ら大口を開けて喉に刺さった小骨をエイイチに取ってもらっている。

 

「二人ともお疲れさま! いやほんとおいしかったよ!」

 

 指導役をつとめたエイイチも鼻高々である。惜しむらくはこの場にいないアヤメにも、二人のはじめての料理をぜひ食べてもらいたかった。

 

「まあ……アヤメさんの分は、あとで俺が部屋に持っていってみるよ」

 

 満ち足りている時にケンカは起きないものだ。調理序盤の険悪さが嘘のような、穏やかな時間がダイニングルームに流れていた。

 

 マリがぽつりと呟くまでは。

 

「お紅茶が飲みたい」

 

 エイイチもセンジュもギョッとしてマリを見る。あんな惨状を体験しておいて、あまりに能天気な発言ではないだろうか。

 

「おまっ……言ってる意味わかってんのか?」

「だって、なんかふと飲みたくなったんだもん。仕方ないでしょ」

「う……でもそう言われると、食後の一杯は欲しい気がする……かも」

 

 食後のティータイムをアヤメはおろそかにしなかった。住人の身体にはその至福の一時が深く染みついているのだ。

 

「センジュ、あなた淹れてきてよ」

「や、やだよ。なんであたしが。そうだ! アヤメさんが普段どうやって紅茶淹れてるか、エーイチなら知ってんだろ!?」

「え? いやアヤメさんって、そんな姿見せないしなぁ」

 

 黙り込む二人に、エイイチがダイニングルームの食器棚を指さす。

 

「そこに電気ケトルもティーカップも、なんなら茶葉も一通りあるよ。ジャンピングポットもあるし、紅茶淹れるくらい大丈夫だろ」

 

 不安はつきまとう。けれど紅茶は飲みたい。マリが目を向けると、センジュは黙って頷いた。

 

「よし、じゃあやろう。でもダイニングルームは今や安息の場所。ここがめちゃくちゃになるのは避けたい」

「移動すんのか? どこ行く?」

 

 各ナワバリはランダムに変動するため、マーキングなしでも集える場所が好ましい。となると裏庭か、もしくは。

 

「わたしに考えがある。エーイチくんは道具を持って、先に向かって」

「俺一人で!? みんなで手分けして運ぶんじゃだめなの!?」

 

 必死に訴えるもマリは聞き入れてくれそうにないので、両手いっぱいにケトルやカップをガチャガチャと抱えるエイイチ。眠っているガンピールを起こさないよう、忍び足でダイニングルームを出るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 同時刻。狼戻館の正面玄関にて、ツキハは来客を迎えていた。

 

「これはこれは。狼戻館の当主自らご足労願えるとは、私も想像できませんでしたな」

 

 館を訪れる客人など、ヒツジか猟幽會か。二つに一つ。ヒツジは滅多に現れないことからも察せられるが、今回は招かれざる客の方だ。

 

「“絶苦”――と、言ったかしら? またあなたなの? これで三度目(・・・)よ」

 

 猟幽會の老紳士。燕尾服の男を見て、ツキハはうんざりと息を吐く。

 

 ツキハの発言は、言葉通りの意味だ。猟幽會の刺客は何度排除しようとも、こうして同じ人物が現れる。ツキハをはじめとする異形がいかに強大であろうと断続的に投入される物量を前にしては、最後の砦たる狼戻館まで撤退戦を強いられたことにも頷けよう。

 

 先日にセンジュが打ち倒した絶苦が二度目。一度目はまだ狼戻館に七名の異形が棲んでいた頃、つまりセンジュが館の住人となる前の話。

 ツキハは以前よりその存在を知っていたからこそ、自ら制作したゲーム【豺狼の宴】にも敵役として絶苦を登場させることが出来たのだ。

 

「はて……また、とは。三度目?」

 

 絶苦はとぼけているわけではない。これが特筆すべき点で、猟幽會の刺客自身は、かつて己が死亡した事実を覚えていない。そしてツキハにも、未だにこの理由はわかっていない。

 

 猟幽會とは何者なのか。なぜ異形をつけ狙うのか。わからないまま死闘を続ける日々に疲弊し、ツキハはその答えをエイイチに見出だそうとした。

 結果が、ドッペル事件の顛末だった。

 

「……いいわ。お入りなさい。狼戻館は、何者をも拒まない」

 

 絶苦に背を向けると、ツキハは先を歩く。

 何年、何十年と繰り返される争いが重しのように歩みを鈍くさせる。いつまで変化のない日常を送らなければならないのか、猟幽會と対面すれば嫌でも思い起こされてしまう。

 

「まったく。はやく仕事にお戻りなさいな、アヤメさん」

 

 ツキハの心労を知ってか知らずか、踏みしめる床が低い軋みをあげた。

 

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