萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#62

 エイイチが狼戻館に滞在して二十二日目。

 期せずして、アヤメのストライキが始まってしまった。

 

 いや、ここ最近のアヤメの態度から鑑みるに、あれが予兆と言われればそうだったのだろう。様子がおかしいと住人の誰もが気づきながら、あえて触れずに見過ごしてきたのだ。

 長い間を館のために尽力してくれた、他ならぬアヤメだからこそ。まさかメイドの仕事を放棄して行方をくらますなど、想定する者は一人もいなかった。

 

 その代償が現在――。

 

 

 

「ねぇ。どうするの、これ」

 

 ダイニングルームではエイイチとマリ、センジュが席についている。各々の前に皿こそ並べてみたのだが、提供されるべき料理は何も乗っていない。

 ガンピールは床に横たわり、撫でようものなら噛み殺すぞと不機嫌な唸り声をあげていた。

 

 左手にフォーク、右手にナイフを握り準備万端のマリが、空の皿からエイイチへと視線を向ける。

 

「エーイチくん言ってなかった? アヤメさんに話聞いてくるって。自信満々で。“俺に任せろ”みたいな顔して」

「そんな顔してないって。だってしょうがないじゃん、館のどこ探してもいないし。部屋にいるのかもしれないけど呼んでも返事ないし」

「掃除なんかの雑務はともかく、メシはどうしようもねぇな。……ま、缶詰とか冷食でしばらくは保つだろ」

「そんなの嫌」

 

 駄々をこねるマリへ、エイイチと共にセンジュも呆れた顔を返す。

 

 人智を超えし異形である彼女らに、そもそも食事は絶対必要な行為ではない。エネルギー源の不足による弱体は避けられなくとも、死へ至るには莫大な歳月を要するだろう。

 

 しかし空腹にはなるし、何より狼戻館では食事が習慣化している。朝昼晩と食卓を彩る料理は高級料亭や三ツ星レストランにも引けを取らず、住人の舌を肥えさせている。

 今さら捨てられるはずもないのだ。

 

「料理はなにも、アヤメさんの専売特許じゃない」

 

 ふいに呟いたマリ。

 怪訝に片眉を吊り上げてセンジュが問う。

 

「つまり?」

「作るんだよ、わたし達で。たまにはいいでしょ、こういうのも。案外うまく出来るかもしれないし」

「いや〜俺は料理はからっきしで――」

「大丈夫。エーイチくんには期待してないから。どうせ肌の上にお刺身盛って食べたいとか言うに決まってる」

「マリちゃん心が読めるの? でも今日は生クリームをふんだんに使った女体ケーキの気分かなって――」

「もう黙ってて」

 

 マリのエイイチに対する解像度の高さは相当な域まで達している。比べてセンジュは赤い顔をそむけ、まるで二人の会話が聞こえていないかのように振る舞った。

 

 エイイチのみが貶められた状況だが、とはいえマリの料理の腕も怪しいものである。荒唐無稽な提案に思えたが、性知識が問われる話題を避けたいセンジュは支持とも取れる単語を口にする。

 

「……クラムチャウダー」

「え?」

「なんかふと、食べたくなった。クラムチャウダー」

 

 クラムチャウダーといえば、日本の定番では主にアサリなど二枚貝の出汁が効いたクリームスープ。作り方も比較的容易な部類だ。

 海産物に飢えているマリは、笑みを浮かべてセンジュに頷いてみせる。非常に稀な光景だった。

 

「いいね、クラムチャウダー。他にも色々、材料見てなに作るか考えよう。……そのためにも、エーイチくんには働いて貰わなきゃならないの」

「さっき俺には期待してないって言っただろ」

 

 エイイチの不満を聞き流し、マリは深刻な表情で組み合わせた指に顎を乗せる。

 調理をするにはキッチンを使用しなければならない。キッチンはツキハのナワバリとなっているはずだったが。

 

「実はすでに、お姉ちゃんに話は通してる。キッチンを“共有のナワバリ”にしてもいいって」

「ナワバリって、ああ例の……。じゃあ問題ないじゃん。ええとツキハさんのバレッタを一旦取り除いて、マリちゃんのパンツとセンジュちゃんのなんか赤い液体を置いてくればいいんでしょ?」

 

 ナワバリ争いという名の遊び。まだ続いていたのかとエイイチは苦笑する。

 

「ところが今、館は目まぐるしく変化してる。封印部屋の位置もめちゃくちゃ」

「あーはいはい、わかった。キッチンが封印されてるってことか」

「話が早くて助かるよ、エーイチくん。じゃあキッチンの封印解除、お願いね」

 

 思わないでもない。複雑なルールを追加した挙げ句、せっかく独占していたナワバリもこうして共有していくのであれば――“やめたら? この遊び”と。

 だがエイイチはマジレスを飲み込んだ。ナワバリ争いは家族の離れた心を繋ぐ、いわば儀式のようなものなのだ。完遂した先にこそ、皆が幸せなハーレム生活が待っている。

 

「よし。ひとっ走り行ってくる」

 

 だからエイイチは迷いもなく、近所のコンビニへお使いに行くかのような気安さでダイニングルームを出ていった。

 

 

 

 エイイチのいなくなった室内で、センジュは犬歯を剥いて舌を鳴らす。さらにショートパンツから伸びる素足をテーブルへどかりと乗せた。苛立っているらしい。

 行儀の悪さに眉をひそめるマリへ、センジュが苦言をもらす。

 

「いいのかよ、あんな軽い調子でさ。死ぬかもしれねーのに」

「あなたエーイチくんのこと、何もわかってないね。こんなの軽い仕事なんだよ、エーイチくんにしてみれば」

「それでも死ぬときゃ呆気なくヒツジは死ぬ。何人も見てきただろ。何もわかってないのはおまえだ」

 

 エイイチの能力を信頼しきっているマリは、センジュに言葉を返すことなくダイニングルームの扉を見つめていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 キッチンの青く輝く扉を前に、エイイチは深呼吸する。即死トラップに備えるなどという考えはもちろん持ち合わせていないが、この封印部屋の中にはレクリエーションのようなちょっとした催しが待っている。

 これまでの経験からそれを理解しているエイイチは、むしろ少しワクワクしながら扉を開けた。

 

「……ふむ、ふむ」

 

 キッチン内を見渡して頷くエイイチ。ツキハと二人して肉塊を叩いたあの日が、すでに遠い昔のようにも感じる。

 

 記憶違いでなければ、内部の構造に変化はない。変わったところといえば、広い調理台の後ろの壁に巨大な“口”が生えている。目も鼻もなく口だけ。ご丁寧に並びの良い歯まで覗いている。

 例えるなら真実の口の“口部分”のみが、最初からそういうデザインであったかの如く壁に浮き出ているのだ。

 

 調理台には肉や魚介、野菜に果実に乳製品、様々な調味料が整然と揃い、一言こう添えられていた。

 

【究極至高の一品を献上せよ】と。

 

 多くの食材と、壁には口。そして場所はキッチン。ここまでお膳立てされれば、エイイチでも何をすべきかすぐに理解する。

 

「でもなぁ。料理かぁ」

 

 ゲーム【豺狼の宴】にも登場するトラップだった。

 作中においては館の探索にて入手出来るレシピが和洋中と三つあり、どのレシピを元に料理を作成してもクリアは可能となっている。レシピは寄り道をしていれば自然と手元にある類いのアイテムで、凶悪を誇る狼戻館のトラップとしては突破も容易な部類だ。

 

 けれど残念なことにエイイチはレシピを持っていない。容易な難度のトラップも、鍵となるアイテムを所持していなければ不可避の死が待っている。

 

 ちなみにここでのBAD ENDは怒り狂った“口”に腕からぼりぼり喰われていく悲惨な死に様で、ループ再生ですらない咀嚼音が三分半も続く。狂気を感じたプレイヤーの中には効果音をミュートする者も多くいた。

 いったい何を考えてこんな収録に踏み切ったのかツキハを問い詰めたいところだが、制作費を削るために自ら豚の軟骨を頬張りサンプリングした結果である。

 

 もしかするとエイイチなら、この咀嚼音に価値を見出し不快とは真逆の反応をみせるかもしれない。だが死と引き換えの報酬にしてはあまりに重いだろう。

 

「いっちょやってみるか!」

 

 ともかく意気揚々と腕を回して、エイイチは調理台へと近づいた。

 

 さて、と見下ろす。視線が吸い寄せられるのは、巨大な伊勢海老や霜降りの肉塊――……ではなく、小麦粉や片栗粉といった粉類だった。

 

「…………」

 

 なぜ気になるのだろうか。わからない。わからないが、エイイチは粉類の袋を開けドサドサとボウルへ落とす。蛇口を捻り冷たい水を流し入れ、片手で力強く練っていく。

 

 お好み焼きや、いわゆる粉ものに属する料理のつもりか。けれどエイイチにその知識はないのだ。

 

「もっと。もっとだ」

 

 こねては水を注ぐ。納得いく粘性を得るまで長い時間をひたすらこねる。発酵もさせてない、生地とも呼べないソレを千切っては食べ、首をひねる。

 

「……違う。足りない(・・・・)

 

 エイイチは桶の中のアオリイカを掴み出し、指で墨袋を引き裂いて真っ黒なイカ墨を生地に加えた。再びこねると当然生地も黒く変色する。今度は「調和しなきゃ」などと呟きながら牛乳をぶち込む。味見し、八角や唐辛子も刻んで混ぜた。

 

 どれほどの時間、工作は続いただろうか。投入した調味料、スパイス、ハーブはすでに三十種類を超えている。

 

「はぁ……はぁ」

 

 そうして出来上がったものを、ボウルを逆さに取り出した。見た目は灰色の、ひび割れた岩石に似た代物だった。

 これが何かと問われてもエイイチには答えようがない。ただ本能に従った。インスピレーションが降りてきたという他なかった。

 

 鉱物のような生地をむしり取り、エイイチは壁の口へと放り込む。二度、三度と咀嚼して途端、巨大な口がぷるぷると震え始める。なにか言葉を発するようだ。

 

『こ……こ……こ、こ』

 

 “殺してやる”と続くのかもしれない。きっと耐え難い屈辱だったに違いない。いずれにせよエイイチの死は確実に思えた。

 

 しかし、そうではなかった。

 

『故郷の……味ぃぃ……』

 

 壁の口は口角を上げ、大量の涎をだらだらと垂れ流す。光の粒子となり、ゆっくり消失していく様はまるで泣いているようですらあった。

 

 およそ正規とはかけ離れた解法で、封印は無事に解かれる。今回の結果を果たして、どう受け止めるつもりなのだろう。

 むろんエイイチの話だ。

 

 封印解除の立役者は汗も拭わず、調理台の暗黒物質を無言でじっと見下ろしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 エイイチがナワバリの再設定を行うと、すぐにマリとセンジュがキッチンへと現れる。

 

「うぉーすげー! なんだこの食材!?」

「だから言ったでしょ。エーイチくんならこんな仕事、わけないって」

 

 調理台に残る数々の高級食材に目を輝かせる二人。何を作ろうかと楽しげな姉妹の姿に、エイイチも嬉しそうだ。

 

「……でさ。これ、なに。粘土?」

 

 怪訝に調理台の灰色を指差すマリへ、エイイチは満面の笑みで件の物体を手に詰め寄る。

 

「マリちゃんもちょっとこれ食べてみてよ! 見た目はアレだけど自信作なんだ」

「え!?」

 

 まさか食べ物だとは思ってもみなかったマリは、わかりやすく身を引いた。

 センジュは矛先が自分に向かないよう、口笛を吹きつつガス器具の点検に取りかかっている。

 

 マリも食べたくはない。けれど封印解除という大役を果たしたばかりのエイイチを無下にもできない。意を決して鼻をつまみ、ひと欠片を口に入れた。

 直後にマリは、身を屈めてうずくまる。

 

「まっず! 無理! うえぇぇぇ……」

「…………」

 

 涙を浮かべながらも吐き出さず、得体の知れない物質を飲み下したマリをここは褒めるべきだろう。

 一連の流れを見ないようにしていたセンジュなどは背中に冷や汗をかいている。

 

 エイイチは手を顎に首をひねると、やはり黙ったまま暗黒物質を片手でぐにぐに弄ぶのだった。

 

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