萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#59

「――お姉ちゃんはそう、魔女だよね。今風に言えば魔術師かな。え? 今風とかない? とにかく凄いんだから。こうバーン! て感じで。まあ、それでも実際? ガチンコでやりあえば? 最後に勝つのはわたしなんだろうけど」

 

 あまり有益な情報ではなかったが、礼は述べておいた。

 

 足を止めず別の提供者の元へ。

 

「――わけわかんねぇ拳法使い、かな。見たことない体術ってか体捌きが半端ない。水を掴むような動きで捉えきれなかった。なにせ当時のあたしが手も足も出なかったんだから。初めてだったよ、お互い無手であんだけボコボコにやられたの」

 

 先ほどより具体性は高いものの、内容に差異はなさそうだ。聞きたい話ではなかったが礼を言う。

 

 こうなれば最後の人物に望みを託すしかなかった。

 

「――ですが私は、お嬢様方ほど詳しくはありません」

 

 件のメイドはそう前置きして、窓の外へと視線を移す。眼差しは遥か彼方を見つめているようだった。

 

「これは遠い、昔話に過ぎないのです――……」

 

 

◇◇◇

 

 

 詳細は定かではないが、唐と呼ばれる時代の最中であったはずだ。

 広大な大陸においての、ほんの片隅。山間の貧しく小さな村にその大樹は存在した。

 

“希望の樹”――と。そう名付けられた大木は、願いの叶う霊樹として貧困にあえぐ村人が大切に見守ってきたものだ。数年毎に鮮やかな花を咲かせ、時期ともなれば参拝に訪れた村人はこぞって大樹の前に膝をつき、頭を垂れる。

 

 もちろん開花の時節に関係なくやってくる者も大勢いて、この十四に満たない少女もまたその一人だった。

 

 雨が落ちても雪が舞おうとも少女は毎日、日々を大樹のふもとで過ごす。そして日がな一日、武芸の修練に励むのだ。

 武術の才は天賦のもので、少女が“神童”であることを疑う者は村に誰一人いなかった。

 

 数あるどの流派にも属さず、まだ名づけてもいない完全なるオリジナル。極まるにつれ壮絶さを増していく武技はすでに幼子のそれではなく、決して児戯と嘲ることなどできはしない。

 

 徴税は重くなる一方で、各地で反乱が頻発していたが関係なかった。少女は持てる時間のすべてを功夫に費やした。

 

 日が暮れるまで鍛錬を続けた少女は、大樹に背を預けいつも独りごちる。友に語りかけるように、未来の展望を大樹に聞かせる。

 

 間もなく募兵があるのだと。新たに前線の兵へ習得させる流派も集めていて、もし選ばれれば自身の拳法が広く知れ渡るのだと。

 少女は夢想する。大陸中に学ばれる己の武術を。磨き抜かれた心技の結晶は多くの門下がさらに遠く、世界へ届けて各地に根づいていく。

 

 武と理の極致を自ら生み出した聡明な少女は、溢れんばかりの自信と野心に満ちていた。未来は確実に少女の手の内へ在ったのだ。

 

 強い東風が吹き、少女が持つ風車が回る。褪せた色紙も、少女は愛おしげに撫でる。回る風車に落とす顔だけが、少女が唯一見せる歳相応の笑みだった。

 

 

 ある日のこと、村人の一人が大樹の下へ風車を刺す。実に呆気ない幕切れを置き土産に。

 

 指南役の選抜を兼ねた群盗の鎮圧。そこに参加した少女が、多勢の襲撃を受けて命を落としたのだと。鎮圧に加わっていたとある大きな流派の関与も疑われたが、真相はあきらかにされなかった。

 

 明確なのは少女が夢半ばに死んだこと。それだけだ。

 

 近代に至るまで相伝されるはずだった拳技も。少女の名も。全部。歴史に刻まれることなく闇に消えた。

 このまま数十年も経過すれば、少女を覚えている者は“希望の樹”を除いていなくなるだろう。

 

 奇しくも大樹は数年ぶりの開花を迎えていた。

 反乱は全土に拡大し、貧しい村も戦火に巻き込まれた。大樹にも火が放たれ、村の希望が潰えていく――。

 

 

 燃え盛りながらも、大樹は種子を飛ばした。

 東風に乗った種子は、少女のいつかの願いの如く海を越える。時代が流れ、各地に根を張り巡らせる。

 

 霊樹の運命か、大樹はどこの場所においても“希望”の名が与えられた。

 寄り添ってくれる者も常にあった。

 だが、いずれも末路は似たようなものだ。

 

 歴史ある城下街を見下ろす丘では、歌劇の歌手が美しい声音で大樹を毎夜震わせた。苦悩を吐き出したあとは、決まって夜空に夢を誓い大樹と共有した。

 結局は、病魔が彼女の生涯を夢ごと遮断した。

 

 中東の若い建築家は、集大成だと語る礼拝堂の完成を見ることなく内戦に散った。

 ささやかな家族の幸せを願っていた一家は、災害に見舞われ島と共に壊滅した。

 

 いつしか花を咲かせなくなった“希望の樹”とて例外ではなかった。

 戦争が、暴風が、悪意が――各地に根づいた大樹を破壊し、文字通り根こそぎ希望は奪われた。

 

 当然、すべてがそうだったとは言わない。

 大樹は何百、何千もの人生へ触れてきたのだ。中には展望そのものの生涯を歩んだ者も少なからずいるだろう。

 しかし往々にして、夢を叶えた者が再び大樹を訪ねはしない。現状に行き詰まり、あるいは抱えた不安を軽くしたいがため人々は希望にすがるのだ。大樹が身に浴びるのは怨嗟と悲哀がほとんどだった。

 

 ゆえに“希望の樹”は種子を撒くことをやめた。今は小さな苗木だけが島国の山奥へ残り、自らの願いを叶えてくれる者を待っている。

 

 そう、ツキハは待っていた。

 長い間ずっと、この隔絶された山中の館で。

 

 待っていた。エイイチのような者が現れることを――。

 

 

◇◇◇

 

 

「わたくしが、嘘をついていると?」

 

 ツキハは【赤B】の駒を廊下へ動かしつつ、エイイチへたずねた。『ドッペル死んだんだから、もうわたしはクリアでいいでしょ!?』というマリの抗議がハッキリと聞こえたが、ツキハは無視した。

 

「そうでしょう。ドッペルが本物に成り代われるほど優秀か試したいなら、わざわざ今日じゃなくてもこれまでにいくらでも実行できたはず」

「……そういえば、二階の廊下で【赤B】と【黄A】が一緒になったわね。同位置に複数の駒がある場合、お互い望めば決闘で決着がつけられるけど。どうかしら?」

「後出しのルール開示やめてくださいよ……。【赤B】は本物のマリちゃんで確定してるし、パスします」

 

 至極当然とばかりに返し、一階廊下の【青A】をエイイチはサンルームへ置く。ボード上にアイテム取得を示すカードが浮かび上がった。カードに書かれた“コール後に同色の駒の位置を入れ替える”という効果を確認すると、エイイチは続ける。

 

「ツキハさん、あなたには今じゃなければならなかった理由が別にある」

「興味深いわね。聞かせてくださる?」

「あなたは、俺を待っていた(・・・・・・・)んだ」

 

 次の一手を打とうとするツキハが一瞬、止まった。ほんの一時とはいえ、エイイチは動揺を看破するだろう。それでも構わないと思い直したツキハは【青B】を三階廊下へ出した。

 

 エイイチが【黄A】の駒を掴んだ直後、ゲーム開始以降で初めてアヤメが声を発する。

 

『エーイチ様』

 

 たった一言、名を呼ばれただけだ。それだけだったが、二階のプレイルームに佇む【黄B】の駒を見下ろすと、エイイチは同室に【黄A】を突入させる。

 

「やりましょうか、決闘」

「先ほど拒否しておいて、どういう風の吹き回し? アヤメさんなら本物が勝つと踏んでいるの?」

「逃げるんですか?」

「どの口が……いいでしょう。受けるわ」

 

 プレイルームの一室で、二人のアヤメによる決闘が始まった。結果が出るまで二つの駒は移動不可となる。

 

 ツキハは【赤B】を今は使われていない使用人室へ移動させ、アイテムを取得。

 

「“一度だけ相手の駒を自由に動かせる”ですって。どこで使おうかしら」

「俺はサンルームのセンジュちゃんを裏庭へ出します。……こっちもまたアイテム?」

「見て、金色のカード。レアなアイテムよ、やったわね」

「“ボード上の好きな場所へ鉄槌を下し無条件に破壊する”……? なんか効果がやっつけですね」

「最高の効果じゃない。何が不満なの」

「…………」

 

 押し黙るエイイチへ向け、ツキハは口端を吊り上げる。

 黄の駒であるアヤメはまだ自身との決着がついてないようだ。三階廊下の【青B】をしばらく手中で弄び、どこへも入室せず無難に二階廊下へ移動させるツキハ。

 

 エイイチが裏庭のセンジュを移動させるべく駒を掴む。裏庭へ出した以上、行き先はサンルームへ戻す他に道はない。

 迷う必要もなかった。センジュの声が届くまでは。

 

『お、おいエーイチ。待て。なんで、さっきまで、こんな』

「どうしたの?」

『サンルームが……封印されてる(・・・・・・)。サンルームから裏庭に出たんだぞ、あたし! いきなり封印されるなんておかしいだろ!』

 

 眉をひそめたエイイチの手が止まる。睨めあげるように、ツキハを見据えた。

 

「ツキハさん……」

「何? 動かさないの? それなら、さっそく手に入れたアイテムを使わせてもらおうかしら」

 

 手持ちカード“一度だけ相手の駒を自由に動かせる”を提示し、エイイチから【青A】の駒をツキハは奪い取る。

 

『くっそ! 体が言うこと聞かない……! やっ、やめろ! や、やだ――あたし、あたしはまだ……』

 

 猟幽會と死闘を演じたあのセンジュが、これほど狼狽した姿を見せるだろうか?

 エイイチにも状況を覆す手札はある。あとは選択しなければならない。どちらのセンジュが本物か見極め、選ぶ。

 

 ツキハが【青A】をサンルームへ配置する、寸前。

 

『……死にたくないよ』

「コール! 青の駒の位置を入れ替える!」

 

 アイテムカード“コール後に同色の駒の位置を入れ替える”により、サンルームには【青B】の駒が置かれた。

 嵐の如き轟音の中に、焚き木が爆ぜるかのような音が入り混じる。どことなく焼却炉が連想され、知らずエイイチの顔が歪む。

 

 サンルーム上の【青B】の駒が、マリの時と同じく木片となりボロボロと崩れる。

 

「正解。よかったわね、エーイチさん。またドッペルよ」

「こんなやらせ(・・・)みたいなゲーム、何が面白いんだ。とんだクソゲーですよ」

「あら、わたくしが何かしているとでも?」

「全部。作為的すぎる。後出しもひどい。思い通りにコントロールしてるつもりですか?」

 

 悪びれた様子もなく、ツキハはソファに背を深く沈めた。怒り心頭のエイイチへ、対照的ともいえる柔和な微笑みを送る。

 

「ねぇ……エーイチさん。あなたさっき、ずいぶん自信過剰な仮説をおっしゃっていたわね。わたくしがあなたを待っていたと。いったいなんのために? よろしければ教えてくださる?」

「簡単ですよ。負けたいから(・・・・・・)

「……素晴らしい……」

 

 称賛の言葉は、ツキハの素直な心情だった。ようやく待ち望んだ相手が現れたのだと確信した。

 このボードゲームは、どちらかが死ぬデスゲームだと最初に告げている。お優しいエイイチは“負け”だなどと台詞を選んだが、負けイコール死の図式は当たり前に認識しているだろう。

 

「でも残念ね、違うわ。わたくしは疲れたの。狼戻館の生活も、猟幽會との争いも。だから全部めちゃくちゃに破壊して終わらせたいのよ。破滅願望とでも言うのかしらね」

「嘘だ。意味がない」

「超越した存在に意味なんか求めないでもらいたいわね。やりたいようにやる。というのが力を持つ者の特権よ」

 

 それこそ不毛な、まるで時間稼ぎのように引き伸ばされた言葉のやりとり。その間にアヤメの決闘も終わったらしく、プレイルームの【黄B】の駒が崩折れた。

 

 けれど。

 

「……終わりませんね、ゲーム」

「そうね」

「ドッペルがすべて破壊されたら、俺の勝ちのはずでは?」

「そういうルールね」

 

 館を覆う大樹の幹も、凄惨な様相を残すボードもそのままだった。

 

 これでいい。お膳立ては終わっている。ツキハは穏やかな表情で、エイイチの判断を待ち続ける。

 このエイイチならば、きっとたどり着けるはずだ。いや、おそらくきっと、初めから疑いは持っていたに違いない。

 

 ボードを挟んで相対する、目の前のツキハこそドッペルなのではないか――と。

 

「アイテム、使います」

 

 エイイチが金色のカード“ボード上の好きな場所へ鉄槌を下し無条件に破壊する”を提示する。

 書斎が悲鳴に似た軋みをあげ、部屋にパラパラと木片が降り落ちる。見上げれば、天井にハンマーとも巨大な拳とも見紛う凶悪な塊が形成されていく。

 

 ツキハは、自らのドッペルは(・・・・・・・・)生み出していない(・・・・・・・・)

 

 だが、それでいい。

 エイイチの推察は何も間違っていない。ツキハは死にたかった。花を咲かせなくなった時点で、とうに希望は失われている。

 

 死にたかったが、マリやセンジュ、アヤメ。彼女らはツキハと違う。終わりのない猟幽會との争いや、隔絶された世界にまだ希望を持っている。未来の展望を描いている。そんな認識がゲームを通してさらに深まった。

 ならば残さなければならない。ツキハは“希望の樹”なのだから。そのために待ち続けたのだ。そして見極めた。この男には愛がある。決断も、非情な切り捨てもできる。

 

 エイイチは、狼戻館の新たな当主に相応しい。

 

 頭上の凶器が完成したか、書斎で向かい合う二人には濃い影が落ちていた。

 白髪頭を持ち上げたエイイチは、ここへきてツキハに笑って見せる。あらわになった目もとは理知的で、何より優しくツキハの瞳に映った。

 

 いい男だ。と、ツキハは率直に思う。

 

「これで今度こそ、ゲームは終わりです」

「ええ。楽しかったわ。さようなら」

 

 凝縮された鉄塊同然の暴力が降り注ぐ。

 圧倒的な質量を伴う雷は、エイイチの身体を(・・・・・・・・)直撃した(・・・・)

 

「――――」

 

 突風を浴びながらツキハが腰を浮かせる。長い髪は後ろへ流れ、両の眼は全身が粉々に砕けるエイイチをしっかりと捉えている。

 宙を舞う首だけとなったエイイチもまた、見開いた瞳をツキハに向けていた。

 

「――忘れるな、待雪ツキハ。俺達(・・)は、人形なんかじゃない」

 

 頭が欠け、顔中がひび割れながらもエイイチは不敵に笑んだまま。

 

「ゲームは“エイイチ”の勝ちだ――」

 

 エイイチの頭部は床へと落ち、先に砕けた体を追うように崩れていく。

 立ちすくんだツキハは、何も言葉を発することが出来なかった。

 

 最初に提示されたルール通り、一切のドッペルは破壊された。勝負はたしかにエイイチの勝ちだ。

 

 それよりいつから? いつからエイイチはドッペルと入れ替わっていたのか。ドッペルの成長は著しいものがあったが、創造主が気づかないレベルで本人と成り代われるものだろうか。

 事実として此度のゲーム中、ツキハはAとB、どちらの駒がドッペルであるか把握していたのだ。

 

 ツキハが認めた、待ち望んだ相手はドッペルだった。だが、それは問題ではない。ドッペルとは、本来の人物のパーソナルを限りなく忠実に受け継いだ存在であるはずだ。

 であるなら、エイイチという男はいったい――。

 

 未だツキハは呻きすら絞り出せない。視線は一点、床に吸い寄せられて身動きも取れずにいる。

 書斎の床には、一人分の木片のみが乱雑に散らばっていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 屋根裏の時計塔。樹海と化した狼戻館において、ここだけが影響下の外にあった。

 本物のエイイチはここにいた。

 

「ぅ……うぅ〜ん……」

 

 巨大な黒狼の腹で寝返りを打ち、また深い眠りに落ちていく。

 

 エイイチを尻尾で覆い隠すガンピールは、深夜にも関わらずその眼を光らせている。外敵の侵入を許すまいと。何者も近づけまいと、じっと部屋の扉を見つめているのだった。

 

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