萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#57

 朝風が色鮮やかな手持ち風車をカラカラと回す。

 ツキハは片手に風車を高く掲げると、庭の一角に円陣を描くようゆったりと足を運ぶ。

 それは美しい舞のようでもあり、与えられた玩具で遊ぶ無邪気な子供にも見えた。

 

「おはようございます、ツキハさん。早いですね。今の……踊りですか? それとも太極拳みたいな?」

 

 裏庭に姿を現したエイイチは、早朝にしてはめずらしく眠気と無縁の聡明な表情をのぞかせる。

 

 動きを止めるツキハと、その背を見つめるエイイチ。二人の間を吹き抜けた風が、蒼みがかった黒髪に揺れの余韻を長く残して消える。

 

「エーイチさん。昨夜の宣言、忘れてはいないわね」

「はい、もちろん。決着をつけましょう、全部。今夜に」

 

 ツキハは振り返ることなく腰を折り、風車の持ち手を地肌へそっと埋める。そこは先日エイイチが試しに植えた苗木のすぐそばだった。

 

「“希望の樹”……もう二度と花ひらくことはない」

「え?」

「……いいえ。今夜、楽しみにしているわ」

 

 ツキハが去り、風だけは変わらず流れる。回り続ける風車の音がやけに寂寞(せきばく)を強調する。

 

 狼戻館滞在十九日目。静かに始まった一日は、だがエイイチにとって試練の日となることは確実なのだ。

 

 第三章の決着は原作【豺狼の宴】同様、狼戻館当主との直接対峙によってのみつけられる。それはすなわちどちらか一人の死亡を意味とする。

 

 真意を暴かれ、狼戻館の記憶の片隅へ染みと消えるのはツキハか、エイイチか。

 もはや衝突を避ける術はない――。

 

 

◇◇◇

 

 

 狼戻館の混迷は極まっていた。

 ダイニングルームにやってきたエイイチは、マリの悲痛な叫びに驚いて足を止める。

 

「ど、どうして!? なんでわたしの分がないの!?」

 

 声を荒らげて詰め寄るマリに、アヤメも困惑の表情を浮かべている。

 

「いえ、ですから……マリ様はたしかに先ほどその席でお食事なさったのです」

「それはわたしじゃなくってドッペルマリでしょ!」

 

 状況から判断すると、どうやらマリだけが朝食を食べ損ねてしまったようだ。ツキハは不在のようだが、テーブルには空いた皿が二人分置かれたままだった。

 いざこざを静観していたセンジュが爪楊枝を咥えながら、マリへと白い目を向ける。

 

「……てかさ、あの(・・)マリが朝ごはん食いっぱぐれたくらいでそんなムキになる?」

「なにそれ。どういう意味?」

「つまり、おまえじゃね? ドッペル」

 

 センジュの指摘はもっともで、これほどまで食べ物に執着する姿をマリは見せたことがない。ドッペルだと言われてみればエイイチとて思わず納得してしまうことだろう。

 

「わたしはドッペルじゃない!」

 

 マリは激昂した。真っ赤な顔で怒りに震え、今にも泣きそうになりつつテーブルを指し示す。

 

「だって見てよ今朝のごはん!!」

 

 空の皿を見る全員の目に、綺麗に食べられた魚の骨が映し出された。サンマだろうか。

 

「アジの開きなんだよ!?」

 

 アジだった。

 好物なのかもしれない。興奮冷めやらぬ様子のマリへ、アヤメが申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「真空パックの冷凍ですが」

「貴重品でしょ! うちでお魚なんて、ただでさえめったに出ないのに!」

「みなさま、あまり好まれませんので」

「わたしは食べたかったの!」

「まぁおまえには必要かもな、カルシウム」

「あんたケンカ売ってんの!?」

 

 不快な騒音をシャットアウトするかのように、首に下げたヘッドフォンを装着するセンジュ。猛るマリを無視してダイニングルームを出ていってしまう。

 食器を洗うためにアヤメまで退出すると、いよいよ怒りのぶつけどころを失ったマリは無言で椅子へ腰を下ろした。

 

 アヤメが去り際に渡してきたサバの水煮缶をパカッと開け、マリは一人箸でつつき始める。隣に座ったエイイチには目もくれない。

 

「……なに? どうせエーイチくんも、わたしがドッペルだとか思ってるんでしょ」

「そんなことよりマリちゃん、ツキハさんについてちょっと聞きたいんだけど」

「そ、そんなこと!?」

 

 頭に上った血液が再沸騰しそうになるも、マリは踏みとどまった。かつてこの男がこれほど真剣な表情をしていたときがあっただろうか。そしてマリが覚えている限り、エイイチがツキハについてたずねてくるなど初めてのことだった。

 

 思案したのち、マリはサバ缶の上に揃えた箸を置く。背すじを伸ばし、エイイチに向けた目を細める。これも姉妹のなせる業か、その佇まいはツキハにそっくりだ。

 

「エーイチくん。お姉ちゃんの、いったい何が聞きたいの――?」

 

 

◇◇◇

 

 

 日中の陽光が庭へ暖かく降り注ぐ。

 屈んで、じっと件の苗木を見下ろしているだけでエイイチの背に汗が浮く。今は隣に添えられた風車も回ってはいない。

 

 ツキハとの決着。

 実のところ、この場でも簡単に勝負はつけられる。エイイチの目下にある苗木を踏み折ってしまえばいいのだ。

 そうすれば、原作【豺狼の宴】第三章と遜色ない結末へたどり着く。ツキハは絶命し、生き残った主人公は狼戻館最後の刺客が待つ第四章へと命を繋ぐことができる。

 

 もちろん、そんな事実を知りようがないエイイチは苗木を壊しはしないだろう。いや、おそらく知っていても(・・・・・・)壊さない。夢のハーレム生活を叶えるためには、ツキハも決して欠かすことのできないヒロインなのだから。

 

 では、もし。

 もしここがホラーゲームの元となった、アダルトゲームとは無縁の世界なのだと正しく認識してしまった場合はどうなのだろうか。恐怖に腰を抜かし、泣き叫ぶだろうか。それでも強がってヒロイン攻略などと戯けるのだろうか。

 あるいは【豺狼の宴】主人公のように歯を食い縛って抗い、狼戻館の異形を残らず滅しようと試みるのだろうか。

 

 今宵、エイイチの真価が問われる。

 奇しくもツキハの望み通りに事は進む。

 極限の果てにどのような選択を掴み取るのか、結末はまだエイイチ本人にもわからない。

 

 

 裏庭の外周沿いを走るセンジュがクールダウンに入った姿を確認すると、エイイチは膝を伸ばして出迎えた。

 

 息を弾ませながら袖で汗を拭うセンジュへと、エイイチはタオルを放り投げてやる。

 

「ん。サンキュ」

 

 顔を拭いた布切れに、センジュはすぐ違和を感じて無言で広げた。

 

「……パンツじゃねーか」

 

 水玉を掲げ、こめかみに青筋を走らせるセンジュ。エイイチは片手を立てて謝罪すると、今度こそタオルを手渡した。

 盛大なチョンボをやらかしたくせに、にへらともしないエイイチの不可解な態度。並々ならぬものをセンジュも感じ取る。

 

「なんだよ。わざわざ待ってて、真面目くさった顔でさ」

「実はツキハさんのことで、センジュちゃんにも聞いておきたくて」

「あたしに? 待雪ツキハのことを? ……ふーん。でもさ、いいの?」

「いいのって、なにが?」

「エーイチ。おまえもう、ドッペルと本物の見分けついてねぇんだろ。あたし、ドッペルかもしんないよ?」

 

 エイイチは肯定も否定もしなかった。

 言葉もなくただ見つめてくる姿勢に根負けしたセンジュは、深く息を吐く。

 

「……ったく。なにが聞きてーんだよ」

 

 マリにたずねたものと同じ内容をエイイチは繰り返した。

 黙って耳を傾けていたセンジュは、包み隠さず聞かれたことに答えた。

 

 礼を言って踵を返すエイイチを、センジュが呼び止める。

 

「おまえがどうする気か知らないけど……待雪ツキハが何考えてこんなことやってんのか、正直あたしにもわかんない。せいぜい気をつけろよ、エーイチ」

 

 脅すような強面から一転、センジュは唇を尖らせてそっぽを向いた。

 

「……今の忠告は、まぁ。信じてくれた礼だよ。あたしがドッペルじゃないって」

「……ありがとう」

 

 もう一度エイイチは礼を述べて微笑むと、裏庭を立ち去るのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 夕闇に沈みゆく館内で、エイイチが探す相手は当然決まっている。ツキハについて情報を求めるならば、マリとセンジュに次いでたずねるべき人物があと一人。

 

「おや……エーイチ様ではありませんか」

 

 窓から差し込む陽の赤に全身を染めあげて、アヤメは銀のナイフを握りしめたまま首だけを振り向けた。角度と光の反射によるものか、その顔は笑んでいるようにも見える。

 

「捌いても、捌いても。まったく、無限に湧き出てきます」

 

 廊下の片隅で、家事に従事しているわけでもなく、凶器の刃から血の如き液体を滴らせる狂気のメイド。

 

「アヤメさん、聞きたいことがあるんです。ツキハさんのことで」

「ツキハ様の……?」

 

 この程度の光景に臆するエイイチでないことは、アヤメにはわかっていた。だがいつものエイイチだったら“また猪肉でも捌いてたんですか?”などととぼけた軽口くらい叩きそうなもの。

 

 アヤメはスカートを捲ると、拭ったナイフをガーターベルトへ納める。

 すでに変化の渦中にある狼戻館。住人にも適応が強いられる。エイイチも例外ではなく、ついに重い腰を上げる気になったのだとアヤメは理解する。

 

「……なるほど。ですが私は、ツキハ様についてお嬢様方ほど詳しくはありません。私に答えられる範囲でしたら答えましょう――」

 

 エイイチがたずねてきた内容を吟味し、自身の洞察の確信を深めたアヤメは返答する。

 その答えが満足できるものだったのかは知れないが、これまで同様に礼を言って立ち去るエイイチの後ろ姿を、アヤメは静かに見送った。

 

 エイイチの背もこれで見納めになるかもしれない、と心中に秘めながら。

 

 

◇◇◇

 

 

 そして、約束の夜がくる。

 書斎へ向かう前にと、エイイチは屋根裏へ続く梯子に足をかける。直後より、尋常ではない殺気に襲われる。

 唸りのような耳鳴りを伴う殺気は、上階から。昇ればただでは済まないという、あきらかな警告だった。

 

「……そっか。そうだよな、おまえなら」

 

 梯子から足を下ろすと、エイイチは天井に笑いかける。あとは脇目も振らず、口を結んで書斎へ真っ直ぐ歩んでいく。

 

 

 

「遅かったわね」

 

 入室したエイイチを迎えるツキハは、はじめて会った日と同じ刺繍とスパンコールが施された漆黒のドレスを纏っていた。透けたフェイスヴェールで口もとは覆われ、いつも以上に表情を読み取ることが難しい。

 

 室内の配置も少し変わっている。一人掛けのソファに腰かけるツキハ。その前にはマット敷きのテーブルが置かれ、対面のソファへ座るようエイイチを促してくる。

 

「これは?」

 

 ソファに尻を落としつつエイイチはたずねた。

 テーブルには立体感のある間取り図のようなボードが広げられており、よくよく見れば狼戻館を模した図面であることがわかる。さらに図面には人型の駒が六つ、バラバラに配置されていた。

 

「ボードゲームよ。エーイチさん、好きでしょう? ゲーム」

「これで決着をつけるんですか?」

 

 ツキハは答えず、エイイチを見据える。正された姿勢と隠れた口もとは、ツキハの冷徹な眼光をことさらに強調するためとも思えてくる。

 

「本当に始めてしまって構わないのね? 【豺狼の宴】……次の三章に、わたくしを攻略する(・・・・)ヒントがあるかもしれないわよ。プレイしたいと言うのなら、待つのもやぶさかではないわ」

「いえ、かまいませんよ。やりましょう」

 

 即断するエイイチから、天へと目をそらすツキハ。愚かな選択に失笑しているのか、それとも単に落胆したか。

 

「じゃあ、始めましょう」

 

 宣言を終えた瞬間、ツキハの背後の壁へ植物の太い幹が走る。何本もの幹がメキメキと伸び、あっという間に書斎の壁も天井をも埋め尽くしていく。

 

 書斎だけの出来事ではなかった。

 同様の現象は狼戻館全体に及んでいた。

 

 マリも、センジュも、アヤメも。

 またそのドッペル達も――。

 瞬く間に周囲を覆う植物に圧倒され、各々わけもわからず見上げるしかなかった。

 

 すっかりと館の内部に幹を張り巡らした植物は、やがて一本の細い蔓を上方より振り落とす。

 蔓に脳天を貫かれた六名は四肢の自由を奪われ、恐怖に顔を歪めるしかなかったのである。

 

「楽しい、楽しい、お人形遊びを――」

 

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