萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#54

 書斎で目覚めたエイイチは、簡易ベッドを折り畳むと部屋を出る。

 

「ふぁ……」

 

 あくびをかましながら、三階のブレックファストルームへと向かう道すがら。何やら腹の虫を刺激するいい匂いに誘われ、ダイニングルームに立ち寄るエイイチ。

 

「あれ? 今朝はみんなこっちなんですね」

 

 ティーカップにレモングラスのハーブティを注いで回っていたアヤメは、エイイチを振り返ると一礼した。

 

「おはようございます、エーイチ様。やむにやまれぬ事情がございまして。それよりもお席へどうぞ」

「はあ……事情」

 

 ツキハとセンジュの二人はすでに席へと着いている。マリだけはまるで自室のように自堕落な姿勢でソファへうつ伏せ、古い雑誌を捲っていた。

 

「まさかマリちゃんまでこんな早起きなんて」

「エーイチくん。そんなことより、さっさとご飯食べちゃって。食べたらわたしの部屋に行ってきて」

 

 早起きをしたわりには不機嫌極まる声音で発せられた命令に、エイイチが不服を申し立てようとしたところ。

 ツキハがぴしゃりと遮る。

 

「駄目よ。いい機会だから、今日は先日話した学力テストをしましょう」

「な――!?」

 

 雑誌を投げ捨て、マリが跳ね起きた。片付けてやろうとエイイチが拾い上げてみれば、昭和に刊行された年代物の漫画雑誌だった。

 

「センジュ、あなたもね。問題用紙はアヤメさんが作ってくれたから」

「ったく……なんであたしまで」

 

 とはいえパンを齧るセンジュは、マリとは違って余裕の表情だ。その対比が可笑しくて、エイイチは笑いながら青い顔のマリを激励する。

 

「はは。頑張ってねマリちゃん」

 

 狼戻館滞在十七日目の本日、ガンピールにブラッシングをしてやる予定のエイイチにとってはまさに他人事なのだ。

 

「何を言っているの。あなたも頑張るのよエーイチさん」

「俺も受けるんですか!?」

 

 面食らったエイイチは、先ほどのマリと同様に思わず雑誌を放り捨ててしまう。床へ投げられた雑誌をアヤメがやれやれと拾う。

 

 ツキハはゆっくりハーブティを味わったのち、エイイチを一瞥した。

 

「そうではなくて。テストは午後から始めるから、それまで最後の追い込みでもなさい。そうね……マリとセンジュが九割以上の点数を取れなければ、あなたを即刻解雇するわ」

「そんなばかな!」

 

 エイイチの激しい抗議も、ツキハは聞く耳を持たない。小声でアヤメにテストの打ち合わせらしき話をすると、優雅にダイニングルームを退出してしまう。

 

 頭を抱えるエイイチ。なぜ地質学者見習いである自分が二人の学力に運命を左右されなければならないのか。そのような仕事は、たとえば昨夜遊んだゲームの主人公のような家庭教師がやるべきだ。

 

 とても朝食が喉を通らないエイイチは、助けを求めてアヤメへ目を向ける。

 アヤメは小さく息を漏らすと、奥の本棚から取ってきた五教科分の本をエイイチに差し出した。

 

「出題はすべてこの教科書の記載範囲です。私に出来るのはここまでですが、エーイチ様ならきっと間に合うかと」

 

 受け取った教科書をパラパラ捲ってみれば、内容は中学校で習う程度のものだ。たしかにこのレベルならなんとかなるかもしれない。

 

 いつの間にかアヤメの手から漫画雑誌を取り戻していたマリが、再びソファへと沈み込むのをエイイチは真剣な顔で阻止する。

 

「遊んでる暇はないんだ。本テストの前に、俺からもちょっと出題してみていい?」

 

 いきなり腕を掴まれてちょっぴり頬を染めるマリは、照れを隠すためか“出来るお嬢様”のごとく黒髪を派手にかきあげた。

 

「わたしを馬鹿にしているの? その程度の問題、造作もないよ」

 

 

◇◇◇

 

 

「マリちゃん……」

 

 エイイチは心から残念そうに呟いた。

 

「おかしいおかしい! わたしが学校に通ってた頃は、こんなに難しくなかった!」

 

 テーブルに拳を叩きつけ、歯噛みするマリ。

 由々しき事態だった。教科書からエイイチが無作為に出題した問いを、マリは一問も正答できなかった。中学生レベルの問題をだ。

 ぜんぜん“出来るお嬢様”じゃなかった。

 

 そもそもマリが通学していた時代など、せいぜいが数年前だろう。そう決めつけるも、実はエイイチが考えるよりもずっと昔の話なのだ。

 今や一般的な学力も向上し、まったく勉強をしてこなかったマリがついていける道理はない。

 

「当然の結果だろ。何を期待してたんだよエーイチ」

 

 人差し指に乗せたシャープペンシルをくるくる回転させながら、センジュは鼻を鳴らす。

 センジュも境遇自体はマリとそう変わらないはずなのだが、姉とは出来が違うとばかりに全問正解を叩き出している。

 

「エーイチくん! もう一回問題出して!」

 

 明確に姉より優れた妹っぷりを見せつけられ、気勢を吐くマリの絶望は計り知れない。

 しかしエイイチはそれ以上の絶望に襲われていた。

 

「……まずい。このままじゃ俺のエロゲーライフが……」

「聞いてるのエーイチくんっ!」

 

 こんな問題児を午後までにどうにかできるわけがなかった。だいいち本物の家庭教師ですらないエイイチには、教鞭を振るう適性も備わっていないのだから。

 

「……俺、少し頭冷やしてくるよ」

「わたしを見捨てる気?!」

「すぐ戻ってくるから!」

 

 吠えるマリを振り切って、エイイチはダイニングルームを飛び出した。

 

 現状では午後のテストを確実にクリアできない。すなわちエイイチはクビになり、ハーレムを叶えることも不可能になってしまう。

 

 何か妙案が浮かばないだろうかと、あてもなくエイイチは狼戻館を彷徨う。なんとはなくサンルームを訪れると、裏庭へと出る扉の(あが)(かまち)に腰かける人影がある。

 

「あ、あれ? マリちゃん……?」

 

 ついさっきまでダイニングルームにいたはずの、たしかにマリだった。日光浴でもしているのか、外を眺めていたマリがエイイチを振り向く。

 

「……なにか用?」

 

 エイイチはすぐに理解した。これはマリではなく“ドッペルマリ”だと。まじまじと顔を見つめ、あらためて精巧なラブドールだと感心する。肌艶はもちろん、風に髪を押さえる仕草まで本物そっくりだ。

 

「そんなところで何してるの?」

「何って、別に」

 

 エイイチがはじめて見かけた時よりも、ドッペルマリの人間味は増しているような気がした。というよりも、エイイチが初邂逅を果たした頃のマリに近い。

 それはどこか神秘的で近寄りがたく、無垢な少女のようであり。冷たくも思える赤い瞳に魅入られつつエイイチは――。

 

「……いける、かも」

 

 口に出してみれば、確信に変わる。きっと大丈夫。もうこれしかない、と。

 首を傾げるドッペルマリに、エイイチはそっと手を差し伸べるのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 ダイニングルームの振り子時計が十三時を指し、ポーンと刻を打つ。

 

 ツキハが見守る中、アヤメは着席するマリとセンジュの目前にテスト用紙を裏返して置いた。

 

「各教科10問ずつ、計50問です。45問の正答で合格となります。時間は二時間取ってありますので、ケアレスミスのないよう集中なさってください」

 

 アヤメは時計を見上げ、針が十三時五分を指したところで「では始めてください」と告げた。

 マリとセンジュが同時にテスト用紙をめくる。

 

「へ――楽勝だっての」

「――造作もない」

 

 それぞれが勝ち気に宣言し、軽快にペンを走らせる。

 エイイチが二人の様子を後方から腕組みして眺めていると、アヤメが小声で話しかけてくる。

 

「……さすがですね、エーイチ様。午前中に見せた絶望のお顔が、今は嘘のようにお二人を信頼なさっている」

「そんな風に見えてましたか。……そうですね、午前中の俺は絶望してました」

 

 主にマリの頭に。という言葉は飲み込んだ。

 

「それは結構。絶望を知らぬ者に、真の希望など見えないものです」

「ええ。思わぬところに希望は転がっている。今回強く実感しましたよ」

 

 いい感じに台詞の応酬をしていたのだが、ツキハに「私語は慎んでいただけるかしら」と注意されてしまい、エイイチとアヤメは押し黙った。

 あとは心地の良いペンのリズムのみが、途切れることなくダイニングルームに響いている。

 

 もちろん、この場で現在テストを受けているのはマリの替え玉――ドッペルマリである。

 エイイチはドッペルマリの瞳の中に、初めて会った頃のマリに似た“知性の光”をたしかに見た。いわばこれが【豺狼の宴】本来のマリとも言え、狼戻館における数多の出会いを経る前の……何よりエイイチと出会う以前の姿なのだ。

 

 ツキハが生み出すドッペルは、姿も思考も本人のパーソナルをトレースしている。だが唯一“経験”だけは引き継げない。

 本物のマリに比べて邪念の少ないドッペルマリと、教科書を丸暗記させる詰め込み式は非常に相性よくマッチしたのだった。

 

 

 

 では、本物のマリはどこにいるのか。

 

 マリは時計塔の屋根裏部屋で、膝を抱えてうずくまっていた。運良く封印部屋のシャッフルに巻き込まれず、屋根裏部屋は未だマリとガンピールの共有ナワバリのままなのだ。

 

「わたしだって、暗記くらいできるのに」

 

 強がりに反応してくれる者はない。一度はガンピールと遊ぼうとしたのだが、激しく威嚇されて今に至っている。

 どうもガンピールはここを自分のナワバリだと認識しているらしく、家に入れてやらんことはないが勝手な振る舞いは許さん。というスタンスのようだった。

 

 というより“ブラッシング”の約束をエイイチにすっぽかされてご機嫌斜めなだけである。

 

 大きな尻尾で身体を包むようにして眠るガンピールへ恨みがましい目を向けるのも飽きてくる。マリは蛾で表を監視した。

 

 だからこそ、いち早く接近を感知できた。

 

 狼戻館の鉄門扉を開き、堂々と侵入を果たす不届き者。猟幽會。

 玉砂利を踏む足元から蛾を羽ばたかせ、あおるように画角を持ち上げ顔を確認する。

 

「……あれ……この男」

 

 男は以前、マリがボイラー室にて撃滅せしめたボウガン使い。ボイラー室に施された封印を通じ、エイイチがマネキン遊びに興じたことも記憶に新しい。

 

 猟幽會の若き勇。死んだはずの慶悟(K5)がそこには立っていた。

 

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