萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#50

 エイイチの前に佇むエイイチは、何も喋らなかった。その白髪頭を上げることもなく、エイイチの脇を通り抜けるとのそのそ歩いていってしまった。

 

「…………」

 

 声をかけたり、引き止めたりはエイイチもしなかった。ただ訳知り顔で顎をさすりながら“ドッペルエイイチ”の後ろ姿を見送ったのだった。

 

 エイイチのことだ。きっとまた明後日の方向へ考えを巡らせてるに違いない。誰もが想定することだろう。

 だがしかし、ドッペルが立ち去ったあとの書斎を鋭く見渡すエイイチの姿は、もしかするとツキハの予想通りに“この世界を正しく把握”しているのかもしれない。

 そう思わせる凄みがあったのだ。

 

 

 

 午後。

 エイイチは何をするでもなく足を組んでソファに身を沈め、書斎に居座り続けている。

 いつまでたっても仕事へ向かおうとしないエイイチへ、うんざりと息を吐いたツキハが小言をぶつける。

 

「ずいぶんとお暇そうね? テストをすると言ったのだから、マリに勉強を教えて欲しいところなのだけど」

「テスト? ああ、マリちゃんなら一日あれば大丈夫です」

 

 端的に、マリには一夜漬けの詰め込み式が最適だとの発言だった。マリに根本的な理解力を求めてはいけない。家庭教師にあるまじき放言である。

 

「そんなことより、ツキハさん」

「そんなこと……」

「植物、お好きなんですね」

 

 ブラインドの開けられた窓には陽光が差し込み、並ぶ観葉植物へ暖かなエネルギーを注いでいる。

 エイイチの視線に気づいたツキハは、肩越しに背後を振り返った。

 

「……嫌いな人もそうはいないでしょう。緑があると落ち着くわ」

「同感です。その端っこの鉢植えのやつ、苗木ですか?」

 

 なんという名の植物なのかはエイイチにもわからないが、植木鉢から真っ直ぐ伸びた細い幹には一枚の葉もついていない。他の鉢に比べてひどく寂しい風情だ。

 

「そうね。……それが?」

 

 ツキハは、今度は振り向かなかった。代わりに、妙に落ち着き払うエイイチへと向けた目を細める。腹の底まで探るような、疑念の込められた冷酷な瞳。

 

 なぜなら【豺狼の宴】本編において、この苗木に主人公が目をつけるのは三章も終盤に差しかかる頃である。やはりエイイチは“物語”の進行をわかっているのだと。そしてそれは同時に、ツキハもまた【豺狼の宴】の筋を把握しているという事実に繋がる。

 

「いやね庭にどーんと見栄えがほしいんですよ。その木、大きく育ちそうじゃないですか。ほら、昨日ツキハさんにもらった大根の種もぐんぐん成長したし」

「無駄よ。それは、この地では育たないわ。想い(・・)が足りないから」

「はあ、想い……。いやでも、試すだけ移植してみていいですか? 裏庭の土壌はけっこう掴んできたんで、いい土の場所があるんですよ」

「好きになさい。……エーイチさん、あなた庭の研究なんてしているの?」

「はい! 仕事ですから!」

「…………」

 

 大きな返事で、いい笑顔のエイイチだった。

 

 ツキハは頭を抱えたくなった。

 

 しかしこれはエイイチの揺さぶりに違いないのだ。好青年を気取りながら、腹に一物を抱えた蛇。ツキハはこのような人間をこれまで何度も目にしてきた。何より己自身もそうなのだ。

 喰うか喰われるか。異形も人間も本質は変わらない。

 

「では裏庭へ行きましょうか。エーイチさん」

「あれ、ツキハさんこそ仕事はいいんですか?」

「息抜きよ。わたくしにとって、欠かせない行為なの」

「たしかに大事ですね! じゃ、鉢植えは俺が持ちますから」

 

 慎重に鉢を持ち上げたエイイチが、先んじて廊下へ出る。

 ツキハは黙したままそれに続いた。

 

 

 

 エイイチとツキハは、一階廊下をしばし歩んだところでセンジュと遭遇する。

 

「よぉ」

 

 トレーニング帰りだろうか。ジャージ姿のセンジュはサイドにまとめた金髪を解きながら、素っ気なくも実に彼女らしい挨拶をして二人の横を通り過ぎた。

 足を止めず進んでいたエイイチは、センジュの姿が見えなくなった頃にぼそりと呟く。

 

「ツキハさん。今の……ドッペルですよ」

「そんなこと、どうしてわかるのかしら?」

「はは、そりゃわかりますよ。そっくりだけどまず声が硬い。声帯っていうのかな〜鼻に抜ける部分とか、なんかピンと張りすぎて微かなビブラートが足りないんですよね。あと呼吸? 本物のセンジュちゃんはあんな一定の間隔で胸が収縮してないし」

 

 すれ違いざまにいつも胸を凝視するエイイチだからこそ成せる観察眼である。他にも髪のキューティクルが完璧過ぎるだの、実際の金髪はもっと傷んで枝分かれしてるだの。センジュが聞けば憤慨してぶん殴られそうな理由をぺらぺらと述べるエイイチ。

 

 そしてこの理屈は、一つの真実を浮かび上がらせる。

 

 現在狼戻館を騒がせているドッペルゲンガーとは、本人の分け身的な霊障などではなく模倣品。

 要は作られた存在(・・・・・・)である――ということだ。

 

「そう」

 

 ツキハもこの段階になれば驚きはしなかった。エイイチならば答えにたどり着いて当然……とさえ考えていそうな無表情。

 むしろそうでなければ張り合いがない。待雪ツキハと事を構えるには、最低限の資格を有する者でなくては話にならないのだ。

 

 

 

 裏庭では、マリとガンピールがボール遊びをしていた。

 彼方へボールを投げたマリは、自らも全力で走る。ガンピールは巨体でもってライバルを妨害し、つまり体当たりをかましてマリを弾き飛ばす。見事ボールを顎で空中キャッチしたガンピールは、勝利の雄叫びをあげた。

 わなわなと立ち上がったマリは、本気で悔しそうに土汚れを払い落としている。

 

 あれでマリを病弱だと思い込めるのだから、エイイチの観察眼は相当に歪んでいるのだろう。

 

 少し離れたところでは、先ほど館内で会ったはずのセンジュがストイックにシャドーボクシングを実施している。

 ほら言った通りでしょ? なんて心の声が透けそうなドヤ顔を披露するエイイチを、ツキハは無視した。

 

「それで、どこへ植えるおつもり?」

「ああ、こっちです。庭の真ん中」

 

 抱えた植木鉢を庭の中央まで運ぶと、エイイチは携帯式のスコップで土を掘る。

 

「この辺は適度に湿り気があって、土にも隙間がある。腐葉土も混ぜればいい感じに育つと思うんですよね。――ひっ!?」

 

 活きのいいミミズを掘り起こしてしまい、腰を抜かしたエイイチは、スコップ面に乗せたミミズを丁重に隣の土へ戻す。

 気を取り直して苗木を植えると、満遍なく土を被せて軽い盛土を形成した。

 

「先ほども言ったけれど、無駄よ。いくら土が良くても、その木はそれだけじゃ育たない」

「でも、想像してみてくださいよ。ツキハさん」

 

 立ち上がり、腰を伸ばすエイイチが広い庭を見渡す。抜けるような青空の下、どこまでも緑が伸びている。

 遠くにガンピールが吠え、マリの笑い声が聞こえる。トレーニングを中断されたセンジュが怒鳴りながらも、遊びに加わったようだ。

 

「ここにでっかい木が立ったら、もっとよくなる。遊び疲れて木陰で休んだり、シート広げてご飯食べたり。読書なんかしてもいい。みんなの憩いの場になる。理想的じゃないですか」

 

 草木をざわざわと揺らす風が吹き抜けた。たなびく黒髪を払うツキハの瞳にも、たしかに光景が映し出された。

 

 理想――。

 それは“家族”の姿。太陽光で白む視界の真ん中に、エイイチの思い描く景色がツキハにもはっきりと見えたのだ。

 

「……そう……そうね、素敵。本当に理想的だわ」

「でしょ? だから何事もやっぱりチャレンジしないと!」

「だからこそ、理想じゃない今を……ぐちゃぐちゃに壊したくなるの」

「……え?」

 

 深く息を吸い込んで、ツキハはおもむろに高音を発した。

 歌だった。綺麗で、迫力のある声量にエイイチも圧倒された。

 歌声に気づいたマリとセンジュ、ガンピールまでも遊ぶ手を止めツキハに注目していた。

 

 知らない国の知らない物語をエイイチのすぐ隣で、ツキハは感情豊かに紡ぎ続ける。

 勇壮な騎士の戦いは胸を熱くし、策謀で引き裂かれた悲恋に涙を誘われる。

 

 長い歌唱ながら、聴衆をまったく飽きさせることなくツキハは歌いきった。

 風に揺れる木々がまるで、歓声に沸いているかのようだった。

 

 異国情緒溢れる異世界にトリップしていたエイイチが、ハッと現実に引き戻される。

 

「す……すげ〜! 今の、オペラってやつですか!? 前に聴いたヘンテコな歌よりずっとよかったですよ!」

「エーイチさん。先日、アヤメさんのお仕事を手伝いたいと、そうおっしゃっていたわね」

「え? え、ええ、まあ。でもそんなことしたらアヤメさん怒っちゃうって、ツキハさんが」

「想像以上に館が大変なときでしょ? やっぱりお手伝いしていただきたいの」

「もちろん、そりゃ全然かまいませんよ。お世話になってるし、みんなの役に立つなら」

 

 手のひらを返す提案だったが、エイイチからすれば言葉通り断る理由はない。

 ほくろが印象的な唇で笑みを形作ると、ツキハはエイイチの手を握ってそっと指を這わせた。

 

「嬉しいわ。でしたら修繕道具を取ってきてくださらない? そうね、たしか……“ボイラー室”にあったはずなのだけど」

「ボイラー室ですか? まかせてください! オペラの鑑賞代にバリバリ働きますから!」

 

 ツキハの情熱的かつ大人の色香を感じさせる接触に、エイイチは鼻息荒く胸を叩いた。すぐに踵を返すと、喜び勇んで庭の外れのボイラー室へ向かう。

 二人の様子を胡散臭そうに、遠巻きに眺めていたマリだけが「あ」と声をあげる。

 

「エ、エーイチくん! そっちは行ったらダメだってば!?」

 

 時すでに遅く、エイイチの耳には届かない。マリもすっかり忘れていたため、反応が遅れたのだ。

 エイイチがかつて封印を解除したボイラー室には、その後死亡した慶悟によって再び凶悪な罠が張り巡らされているということを――。

 

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