萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#49

 結局捜査の進展なく解散したエイイチは、翌朝狼戻館に響き渡る悲鳴で目が覚めた。

 

「な、なんだ!? またマリちゃん!?」

 

 書斎を飛び出し階段を駆け上がるエイイチ。そこで廊下に立ち尽くすマリを発見する。マリはパジャマ姿であり、姫カットの黒髪も寝起きなのかボサボサ乱れたままだった。

 

「エ、エーイチくん……。アヤメさんが……し、死んでた!」

「なんだって!?」

 

 荒唐無稽と切り捨てるにはマリの顔は青ざめ、にわかに真実味を帯びている。事故か急病か。エイイチは慌てて辺りを見回しながらマリへたずねる。

 

「アヤメさんはどっ、どこに!?」

「あそこ」

 

 マリが指さす三階エントランスの床には誰もいない。駆けつけるエイイチが柱の陰や階段裏、一応は壺の中身など覗いてみるも当然ながらアヤメの姿はなかった。

 

「…………マリちゃん」

「本当なんだってば! アヤメさんが死んでて、大声出してちょっとだけ逃げたんだけど、振り返ったらいなくなってたの!」

 

 そんな神隠しのような話があるだろうか。それとも昨日の続き……アヤメのドッペルゲンガーが出たとでも。

 屈み込むエイイチの背中へ、マリが弁明の言葉を並び立てる。

 

「この目で見た! わたしは嘘なんかついてない! エーイチくんはヒツジらしく、わたしのことを疑わずに信じ――」

「ああ。信じるよ」

「――……え?」

 

 エイイチが拾い上げたのは、一本の糸くずのような毛髪だった。アヤメが死亡していたかどうかはともかく、へたれた絨毯の毛並を見てもここに何か物体が転がっていたことはたしかなようだ。

 それに、いかにマリとて、人が死んでいるなどと子供じみた冗談は口にしないだろう。

 

「これ。……わかるかい? マリちゃん。これはね(・・・・)陰毛じゃない(・・・・・・)

 

 摘まんだ毛を掲げながら、エイイチは真面目なトーンで呟いた。

 見下ろすマリの顔は実に冷ややかだ。

 

「……そう」

 

 しかしマリの侮蔑の視線も、考察モードに入ったエイイチは気づかない。

 エイイチが断言した通り、この毛は陰毛ではない。陰毛にしては長すぎる。けれど毛髪とも言い切れないのだ。狼戻館へと訪れた初日に、エイイチはこの毛と同じものを目にしている。

 

 そう。あの日、あのとき。

 含鉄泉の湯に浸かりながら、エイイチがじっくりと毛を検分していたことを覚えているだろうか。そして狼戻館で日々を過ごす間に、どの住人の毛髪とも一致しないことまで突き止めていた。

 

 いずれにせよこの毛は重要な証拠となる。直感に従い、大事に保管することにする。ハンカチを持っていなかったエイイチは、洗濯予定のパンツをマリに要求した。

 

「ありがとう」

 

 受け取った純白のパンツに毛を乗せ、丁寧に折り畳んでポケットへ収納するエイイチ。

 

「なんかそれ、すごく嫌なんだけど」

「パンツはちゃんと洗うから大丈夫だよ。……ふ。俺がこの館に居たのが運の尽きだったな、犯人よ」

「さっきから何言ってるのエーイチくん」

 

 慣れ親しんだエイイチの奇行に触れ、マリも落ち着きを取り戻したようだ。

 すると、二人の背後から唐突に声がかけられる。

 

「おや。早朝からお二人揃って、めずらしいですね」

 

 振り向いたマリの瞳が、はち切れんばかりに見開かれる。

 

「ひっ――ぎぃあああああ!?」

「……僭越ながら、そのようなはしたないお声は控えるべきかと。まして私の顔を見て叫ばれるとは、いささか失礼では」

 

 なだめるためにマリの背中をポンポンと撫でつつ、エイイチはアヤメに謝罪する。

 

「すみません、マリちゃん少しおかしくて。なんかここでアヤメさんの死体を見たとか、なんとか」

「私の……」

 

 さて、直球の疑念にアヤメはどう答えるのだろうか。エイイチとマリが固唾を呑んで見守る中、アヤメはフッと頬を緩めた。

 

「そうですね。以前の私は死んだようなものです。さしずめここに立つ私は新生アヤメ……とでも申しましょうか。以後お見知りおきを」

 

 優雅に一礼するアヤメを見下ろし、その後にエイイチとマリは顔を見合わせる。互いの不可解な表情を確認する形となった。

 

「これから狼戻館は魔城としての強度を高めていくでしょう。変化――そう、私も館と同じく変わっていくのです。新時代の幕開けは、ほら。もうすぐそこまで……」

 

 階下のエントランスへ向けて、アヤメは片手を緩やかに広げた。恍惚とした表情は危険な色を孕んでいる。

 

 いよいよ我慢できなくなったマリが、唇をエイイチの耳へと寄せる。

 

「さっきから何言ってるのアヤメさん」

 

 至極真っ当なマリの疑問だった。

 エイイチは真っ直ぐにアヤメを見据えると、だが好戦的な笑みを浮かべたのだ。

 

「わからない? マリちゃん。アヤメさんは自分で言った通り生まれ変わったんだよ。人はいずれ赤子に還るもの。すでに赤子泣きを体得してる俺にはわかる」

 

 まずその赤子泣きというワードがわからないマリは、どうせくだらない意味合いしかないのだろうと深く考えるのをやめた。

 正解である。

 

「私を赤子扱いですか。いいでしょう。ですがエーイチ様とて、簡単に殺らせるつもりはありませんよ」

「いいえ、俺は必ずあなたをヤってみせます。乱暴にじゃなく、優しくね」

「すでにその領域にいる自負があると。では……私も再び昇りつめることをお約束します。決してあなたを一人で行かせはしません」

「そりゃあ一人でイクつもりはありませんよ。でも勘違いをしないでください。挑戦者は俺なんです。アヤメさんはすでに高みへ到達している、その自信を持っていてください」

「……気遣いなど無用だというのに、あなたという方は……どこまで……」

 

 ただそれはそれとして、この理解し合っているかのような二人の態度がマリは気に食わない。なので無言で蛾を放ち、エイイチの顔へと張りつけた。

 

「ぎゃああああああ!? どっから飛んでぎだあああああ!?」

「そうそう。朝食の用意が出来ております。今朝はダイニングルームに皆様お集まりですので、お二方ともぜひに」

 

 マッチポンプ的に蛾を取り除いてやったマリは、ショックから泣き崩れるエイイチの手を引いてダイニングへ向かうのだった。

 

 

 

 狼戻館滞在十六日目の朝は、思えばエイイチが館へ来てはじめて住人全員が卓につくという偉業が成し遂げられた日となった。

 

 テーブルにはいつもと趣向の異なるナンと本場インドのダールカレーが並び、なるほど新生メイドの仕事っぷりにエイイチも感激しながら舌鼓を打つ。

 

「……朝から重い」

 

 千切ればナンに挟まれたチーズがとろりと伸び、それを目線に掲げたマリは平気で不満を口にした。

 

「またわがまま言って。こんな豪勢な食事せっかくアヤメさんが作ってくれたんだから」

「エーイチくん。食べたいならわたしの分、食べていいよ」

「食べたいけど、マリちゃんが食べなきゃ。しっかり栄養つけないと病気になっちゃうぜ?」

 

 エイイチの中でマリは未だ病弱設定なのだ。

 辟易しつつも、ちびちびと食事を摂るマリ。

 

 昨夜と同じ場所に鎮座するガンピールには辛味成分の抜かれたタンドリーチキンが提供されており、やはり骨ごとバリバリ貪り食っている。

 黒狼をじっと見入るアヤメは、時折その背へそっと指先を伸ばすもグルルと威嚇され、ビクリと身を強張らせる。そんなことを繰り返している。

 

「放っとけよエーイチ、偏食家女なんてさ。プロポーション崩れて、今に見れない姿になったって自業自得ってやつだよ」

 

 睨みつけてくるマリなど意に介さず、サラダを平らげたセンジュは指についたドレッシングを舐め取った。直後、その顔が苦痛に歪む。

 

「つっ……」

「センジュちゃん、なんか口元に青アザ出来てない?」

 

 あきらかに殴られたかのような痣だ。目ざといエイイチが指摘すると、センジュは開き直って隠すのをやめた。

 

「こんなの大したことないって。ただ、その……出たんだよ夜中。あたしのとこにも」

「出たって、何が?」

「あたしそっくりの、ドッペルゲンガー」

 

 マリが椅子を引いて身を乗り出す。

 

「ほらやっぱり! わたし、嘘なんかついてなかったでしょ!?」

「お、落ち着いてマリちゃん」

 

 興奮状態のマリをなだめ、エイイチは思案する。“ドッペルセンジュ”の証言まで追加されたとなると、マリの妄想という線はますます薄くなる。

 

「とっ捕まえようとしたんだけど、逃げられた。あれはたぶん、能力もあたしと同等の……」

 

 軽傷とはいえ、センジュに傷を負わせることができる者など限られている。正体不明のドッペルゲンガーがもしセンジュと同等の力を有しているのであれば、思った以上に状況が悪いのではないだろうかとマリは一人青ざめた。

 

「ツキハさんは何か知りませんか? ドッペルゲンガーについて」

 

 エイイチに問われたツキハは、それまで無言をつらぬいていた口をナプキンで拭う。そして面をあげると、目を細めてはっきりと答える。

 

「いいえ。……でも、アヤメさんもおっしゃっていたでしょう? これからどんどん館の状況は変わっていくわ。イレギュラーな存在のおかげで、ね」

 

 イレギュラーとは。まぎれもなくエイイチを指した言葉だったが、当の本人はわかっているのかいないのか「ふむ……」などと呟きスプーンを置いた。

 

「ごちそうさまでした。美味しかったです、とても。俺は一足先に部屋へ戻らせてもらいます」

 

 クローズドサークルなミステリーものにおいての完全なる死亡フラグを口にして、エイイチは席を立つ。再び“勝手にどっか行くな”と言わんばかりにのしかかってくるガンピールと、がっぷり四つに組み相撲を取るエイイチ。

 

「エーイチさん、お仕事は?」

「は、はい……! 今日はっ午後からっ! 庭へ出ます……うわっ!?」

 

 豪快に押し倒されたエイイチは、肉球パウンドの雨をなんとか振り切ると、這うようにしてダイニングルームを出ていった。

 獲物を逃したガンピールが口惜しそうに唸り声をあげる。

 

「……来週あたり、マリの学力テストをしようかしら。センジュも一緒に受けなさい」

「え!?」

「なんであたしまで……」

 

 他人の仕事に干渉しない方針のツキハも、さすがに家庭教師の成果を確認せずにいられなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 さて、エイイチには何か考えがあるのだろうか。

 書斎へ戻ったエイイチが扉を開けると、すぐ眼前で直立する男と遭遇した。

 

 ジーンズにパーカーというラフな格好の男は、伸びた前髪に隠されて目元がよく確認できない。髪は、雪でもかぶったかの如く真っ白だ。

 

 動揺により瞳を大きく見開いたエイイチは、自身のドッペルゲンガーを前にして。

 

「……なる、ほど」

 

 そう、強がりのような台詞を残すのが精いっぱいだった。

 

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