救護騎士団のアルバム:パンケーキの日(4)
槌永ヒヨリ――――――――――――――――――
調理を始めてから、ほどなくしてのこと。
私達は苦戦を強いられていた。
私は力一杯にボウルの中に粉と、卵をいれたものを捏ねている。
なんと豪華もに、砂糖もスプーン1杯入っているものだ。
「うへへ…楽しみですね…」
「パンケーキ、初めて食べる。」
最初は水っぽかったその混合物はなんだか粘度爆薬のような硬さになって
捏ねれば捏ねれるほどに硬くなる。
粘度爆薬なら捏ねれば柔らかくなるのに。
「うう、腕が疲れました…辛いです…苦しいです…
これがパンケーキを食べるために必要な苦労なんですね…」
「ねえ、サッちゃん。パンケーキ捏ねないんじゃない?」
「なんだ、そうなのか。
パンと言うのだから捏ねるものだとばかり…」
「先生は混ぜる、って言ったんだよね。
だったら捏ねるのは…違うと思う。」
ふむ、と考え込むサオリ姉さん。
きっと難しいことを考えているのだろう。
しばらく考えた後に、私の捏ねていた生地に少し水を足す
その水を捏ねても捏ねてもなかなか混ざらず
ちゃぷちゃぷと濁った水が出来るだけ。
「うぅぅ…混ざりません……」
「大丈夫だ。大抵のものは混ぜれば混ざる。交代しよう。」
疲れた私とサオリ姉さんが交代をして力強く混ぜ続けると
パンケーキの生地は根負けしたように
だんだんと水に馴染み始め、今度は混ぜ始めた頃のように手へとこびりつく。
なんだか奇妙な感触のそれを隣から姫ちゃんが覗き込む
こちらもこちらで難しい顔。
きっと難しいことを考えているのだろう。
「これ、あってるのかな。」
「大丈夫だ、食べられるものしか入れていない。」
まだ水の残るボウルの中、さらに捏ねるサオリ姉さん。
なぜだかまた粘りを増して来た様子のその生地に
もっと水を足して、きちんと混ざらないからと今度は粉を足して
気付いてみれば、ボウルの中いっぱいになった生地。
「もう器にいっぱいです…」
「これは……どういうことだ。」
「増えたね。というか増やしたね。」
苦い顔で、自分の手の中、結局一塊に戻ったその生地を持ち上げて
「焼いてみるか」と提案するサオリ姉さん。
「うん」とフライパンを熱し始めた姫ちゃん。
二人の連携に私は手持ち無沙汰になって、ミサキさんの方をチラリ。
そこでは丸椅子に足を組んで座ったミサキさんの腕の中
スズランちゃんが器用に椅子の端っこに足をかけて立っていた。
スズランちゃんを落とさないようにと片手でお腹を抱きながら
退屈そうに雑誌のページをめくるミサキさん。
なんの雑誌を読んでいるのだろうか。
シャーレの雑誌は毎週確認しているはずで
先々月号から更新されていないはず。
「みちゃきー、こんのいろー」
「コン…?紺色はこんな色じゃ…
……なるほどキツネか。うん…確かに似てる。」
「ねー」
雑誌の中を指さして、仲良く何を呼んでいるのだろう。
楽しそうな二人の様子に、もしかして新しい物なのだろうか
もしかして、先生が最新号を買ってくれたのだろうか。
なんて期待が胸に寄せてくる。
すぐにでも読みに行きたい気持ちを押さえ
早くパンケーキを完成させなくては、と思っていると
後ろから聞こえてくる焼ける音と、小麦の匂い。
美味しそうな匂いに振り向いてみるが
私の想像とは全く違うパンケーキの姿がそこにあった。
「…こんなものだろうか。」
「なんだか見た目が全然違うね。」
白い塊に、まだら模様にムラだらけの焼き色。
想像していたパンケーキとはまるで違っていて
ぷくぷくと膨らんではいるものはなんだか見覚えのある姿。
「リーダー、これ…棒に小麦粉を巻き付けたやつなんじゃ…」
支給された小麦と水を混ぜて
木の棒に巻いて焚き火で焼いただけの思い出の味。
よくよく思い返して見れば
使っている器具がちゃんとした調理器具なのと
フライパンで焼いている事が違うだけで同じ作り方。
「……これは、間違えたか。」
「絶対、これじゃないよね。」
「はい…たぶん…」
ひっくり返してみても、様子の変わらない見た目
ぷくりと皮が膨れてやぶけて、ぷしゅうと中の水蒸気が溢れ出す。
そろそろ焼きあがったであろうそれを
お皿に取り出し、千切ってみるが
ちょっと黄色いのは、卵の色だろうか。
まだまだ熱を帯びたそれを、サオリ姉さんが指先で千切ろうとするが
もちりもちりと粘りつくそれは
いつしか見たあの料理の感触で
いつしか見たパンケーキとは似ても似つかない。
一口大にちぎったそれを、口に放り込むリーダー。
「美味い。」
「本当ですか!?」
「ああ。」
まだ湯気を上げて、熱そうなそれに触るのを躊躇していると
サオリ姉さんがひと口分を千切ってくれる。
それを口に含むのだが、それはどうにも食べ慣れた味。
ほんの少し、卵の香ばしい味がする程度に差はあるが
想像していたよりも味気なく、お洒落なカフェの裏で嗅いだ
あの痺れるような香ばしいさも
鼻水まで甘くなるようなあの匂いも感じはしない。
見た目通り、もちもちもちもち。
噛んでも噛んでもなくならないそれをようやく飲み込み
期待した顔のサオリ姉さんへと感想を告げる。
「……なんか…だいぶ違う気がします。」
「うん。これは…いつもの。きっとパンケーキじゃない。」
サオリ姉さんの向こうで、自分も一口食べた姫ちゃんも
口の中でもごもごとせっかくのお砂糖の味もしないそれを食べ
残念な顔を、仮面の下に隠してしまう。
「私達は、何を間違えた。私の何が違ったと言うんだ。」
「……最初から全部かな。」
サオリ姉さんの誰ともない問いかけに
答えを持ってきたのはスズランちゃんをお腹に抱いたミサキさん。
「ね、言ったでしょ。本を読まないとこうなるんだよ。」
「ほー…」
よいしょ、と調理台にスズランちゃんを座らせて
私達はの作ったパンケーキへと指をさす。
それをスズランちゃんは目で追うと
もう一度手に握った雑誌を覗き込む。
「これかな?ちがうな?」そう言うかのように何度も往復する目線。
しばらく悩んだ様子だが、結論が出るまでにそんなに時間はかからなかった。
「ちがう!」
スズランちゃんが指を指した本の表紙にはパンケーキ。
私の想像していたパンケーキの写真があった。
それを横目にもう一言、追い詰めるように言葉を放つミサキさん。
「リーダー、……最初から全部間違えてた。全部無意味。」
「…ミサキ。」
悲しい色に染まるサオリ姉さんの瞳。
不出来なパンケーキから逸らすように
ボウルの中に残った、不出来な生地や
その言葉を投げかけるミサキさんからも目を逸らすように目を伏せる。
「…そうか、私はまた間違えてしまったのか。」
「きちんとレシピを読まないと、結局こういう事になる。
……スズラン、本を借して。」
「あい。」
「ありがと。」
スズランちゃんは冊子をミサキさんの手に渡す。
それをそのまま調理台の上に広げ
巻き戻すように開かれたページはただの雑誌のそれではない
「これ。…レシピ。これに書いてある通りにやればいい。」
「できるのか?…こんな私にも。」
ふっ、と呆れたように笑うミサキさん。
姫ちゃんも、閉じこもるようにつけた仮面をもう一度外し
サオリ姉さんの肩に手を優しく乗せる、
「やり直そう、最初から。」
「ああ。そうだな。」
姫ちゃんの手に、サオリ姉さんが手を重ねて頷く。
さっきまで失意に満ちていたはずのその瞳は
もう一度、炎を灯したかのように輝き始める。
なんだか、胸が熱くなるようなやりとりに
私も、私も置いて行かないで、と一歩を踏み出そうとするのだが
不意に、私の中の暗い私がぽつりと言い放つ。
(これ、ただパンケーキを作ってるだけのはずじゃ…)