救護騎士団のアルバム:パンケーキの日(3)

救護騎士団のアルバム:パンケーキの日(3)

戒野ミサキ

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服を洗濯機に突っ込んで、シャワーを浴び終えた。

互いに入念に臭いを確認して

もう一度シャワーを浴びて、二度目でOK。

夏でもやはり暖かいお湯のシャワーはいい。


脱衣所に戻ると、そこにはまだ洗濯機が回る音と

人数分の紙袋が置いてあった。


その中には、私達が普段着ている服と同じような服。

ついさっきサオリ姉さんが入って来た気配がしたが

きっとこれを置きにきてくれたのだろう。


「……下着もあるね。はい、これはたぶんヒヨリの。

こっちがみさきので、これは私のかな。」


「先生が準備して下さったのでしょうか…?

やはり何か、この話には裏があるんじゃ…」


「裏も何も、私達の下着のサイズまで知ってるって…

普通に考えたらおかしいでしょ。」


「……?!」


下着を摘み上げる私へと

既に下着をつけていたヒヨリの驚いた顔。


ホックを止めようとしたままの格好で固まって

自分のサイズぴったりの下着へと目を落とす。


先生は居場所を知らせなくても

私達が困っているといつもふらりと現れる。

そういう不思議な力に助けられはするものの

ここまで、となると驚かざるを得なかった。


「でも、裸で戻るわけにもいかないし、着るしか……

私達に選択肢はないんです…辛いですが…。」


「……そうだね。」


理由を考えたがる頭を軽く振ると

乾き切っていない髪から水しぶきが飛び

それが当たってヒヨリは驚いたように飛び跳ねる。


「おわぁ!?……つめたいです、寒いです…

今はこの服を着るしか…ないですよね。」


ちらりと回る洗濯機に目をやるヒヨリ。

そのモニターにはあと1時間との表記に

私と姫は目を合わせて決意する。


「きっとリーダーも待ってるから、服が乾くまでは待てない。

大丈夫、先生の事だから悪意なんてないよ。」


「ただ、悪意がなくてもこれは…ちょっとね。」


下着を履いて、紙袋からパーカーとズボンを取り出すと

それは私が選びそうなTシャツとパーカーに、私が選びそうなデニム。


分かってるじゃん、とさらに広げて見たものの

残念ながらデニムにダメージ加工はない。

味気の無い新品のそれに脚を通して手早く着替えを終わらせる。


二人に比べれば髪が短い分だけ楽な私が

外したピアスを付けなおすうちに姫も手早く着替え終わったようなのだが

ヒヨリだけは、スカートのウェストに梃子摺っていた。


「……っく、苦しいです…。」


「先生も、ヒヨリの成長までは知らないみたい。」


「成長じゃなくてただ太っただけでしょ。」


「うぅ…姫ちゃん…、ミサキさんまで…ふぐぐぐぐ…。」


大きく息を吸ってお腹を引っ込めながら

なんとかスカートを着たヒヨリを横目に

空っぽになった紙袋をゴミ箱に突っ込もうと持ち上げる。


しかし、まだ重さのあるその紙袋の底をひっくり返すして現れたのは

新品のビニール袋の中、ピンクの大きな布。


「エプロン……?

先生は、何をさせるつもり?」


「用意してくれたものだから、これも着ないとだね。」


「まあ…着るけど…。バニーとかメイド服じゃないだけいいか。」


先生の本当か嘘か分からない噂のひとつ。

バニーとメイドが好きだという噂。

そんな噂を思い出しながら体に巻くと

私のものには黄色いひよこのワッペンがひとつ。


姫のものはチェック柄。きっとそれぞれ柄は違うのだろう。


ヒヨリのものは、と目をやると

まだ上を着ていないヒヨリは着替えの前に引っ張り出した。


数字がたくさん書かれたそれ

この数字はなんだと考えていると、姫がくすりと小さく笑う。


「ほぼさん。…今は保育士さんって言うのかな。」


「……くだらない。」


ヒヨリが広げたエプロンには3.14から始まる数字の羅列。

意味するところは円周率、ほぼ3。

このくだらない洒落は先生のセンスなのだろうか。


これを見てキャラに似合わず笑い転げるリーダーの姿が目に浮かび

まだ意味が分からずしげしげ眺めるヒヨリを急かす。


「ヒヨリ、早くして。」


「ああぁっ!はい!少し待ってください!」


私の言葉に慌てて着替えを再開したヒヨリなのだが

髪の毛はまだかなり濡れている。


仕方がない、とヒヨリの頭にタオルを巻いて髪から水気を奪っていると

正面からは姫がシャツを着せ、ボタンを留める。


たかだか着替えに二人掛かり、手慣れた子守りに

まったく成長しないこの末っ子は

されるがまま「ありがとうございます」と漏らしていた。


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カゴに放置していた端末を見ると

集合場所に指定された場所は食堂のキッチン。

きっとそのためのエプロンでもあったのだろう。


「お待たせ、リーダー。」


「…ああ。待っていた。」


その切れ長で涼しい目をこちらに向けるのだが

なんでそんな表情でいられるのか分からない

もう一度シャワーが必要そうな姿のサオリ姉さん。


頭の先から粉塗れのその姿で

けふん、とひとつ咳払いをすると鼻から口から、粉が舞った。


せっかくヒヨリのエプロンで大笑いさせてやろうとしていたのに

それどころではないリーダーの姿に呆れた言葉が口から洩れる。


「リーダー。今日は……本当に何してるの?」


「子守りだ。」


「いや…、そうはならないって。」


まだ髪が濡れているからと持ってきたタオルで

サオリ姉さんの顔を拭くと、ようやく表情が伺えるようになったその顔からは

焦りというか、困惑と言うかが滲んで見える。


「何。その顔。」


「……私は、簡単な任務すら達成できない。

自分の未熟さを、痛感している」


サオリ姉さんの足元で、小麦粉の迷彩を纏うスズラン。

姫がその顔を拭うとくすぐったそうに羽根をばたつかせ

ヒヨリはその粉に塗れて絶望をする。


「せっかくシャワーを浴びたのに…もうボロボロです…」


「ひよー、まっしろー」


「へへ…そうですね…

私にはこんな無様な姿が似合っています…」


自虐的に笑うヒヨリなのだが

その言葉がサオリ姉さんにも刺さって姫が笑う。


そんな中で拭われるスズランは見えても隠れても変わりない笑顔。

きっとこれはこれで、子守りにはなっているのかもしれない。


ある意味、目的は達成している対象を見ていると

その目線に気付いたのか、私にまで笑顔を向けるので

なんだかそれが眩しくてつい目を逸らしてしまう。


「…で、リーダーは何をしようとしてこうなったの?」


「先生からは、"パンケーキを作れ"と命令されている。

粉を混ぜて焼くだけだから、簡単……だと聞いていたのだが。」


サオリ姉さんの目線の先にはキッチンテーブルの上に置かれている一冊の本。

粉に塗れて、うっすらと判別のつく表紙のパンケーキ。

きっとこれを見本に作るつもりだったのだろう。


調理台には似たようなフライパンとお皿を並べ

用意されたフォークとナイフは気が早い。


タイトルの判別がつかないその本を軽く撫でると

"今日のパンケーキ100選"というレシピ本のようだ。


「…ねえ、リーダー。」


私がその本を手に取ってこの本を読んだか聞こうとしていると

そこに割り込むヒヨリと姫の二人の頭。


「パンケーキ!?聞いたことがあります!

とても美味しいんですよね!?」


「ああ。そうだ。」


「パンケーキ…ふわふわで…甘い…。

シロップとバターの香り…」


「早速作りましょう!お腹が空いていたんです!」


既に夢見心地の二人に、頷くリーダー。

さも物知り気に頷いているのだが

絶対に、作り方を知っていたらこうはなっていないだろう。


どこかで見たことのある調理器具を引っ張り出してくる姫。

棚から小麦粉と書いてある袋を取り出して来たヒヨリ。


もう話を聞かないであろう3人を見ながら

椅子に座ってため息一つ。

レシピ本を広げ、1ページ目のレシピを指でなぞる。


レシピ本には薄力粉を用意しろと書いてあるのだが

ヒヨリが持ってきた袋には強力粉と書いてある。


「よし、小麦粉は準備できたな」


「あとは水で混ぜて焼くだけ?」


「ああ、先生は混ぜて焼くと言っていた。

卵はそこにある、と言っていたから使うんだろう。」


なんて言っているリーダーと

賑やかに楽しそうに料理らしきものを始めた2人の前に

水を差すようで言い出す気にもなれずページを一つ捲って完成を待つ。


強力粉も薄力粉も小麦粉だし

あとは混ぜて焼くだけなのには変わりない。

腹に入れば味なんてなんでもいいだろう。


食べられないものが入らないならいいか

と傍観を決めて、頬杖をついた私の膝に

ぽふんと粉を上げながらスズランが座る。


「みちゃきー、ごほんー?」


「そう、レシピ本。

……そうだ。これを読まないとどうなるか、見せてあげるよ。」




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