救護騎士団のアルバム:パンケーキの日(2)
秤アツコ――――――――――――――――――――
『先生が危機的状態にある。加勢を求める。』
サッちゃんからの連絡を受けて、私達は画面を見ながら悩む。
あってないような、半端な額の送金の意味。その文面の意味。
そんな中、ヒヨリが誰も言わなかった不安を一番に口にする。
「サオリ姉さんはまさか、死にに行く気じゃ…
私達が助けに行っても、もう遅いんじゃ…」
「金額に意味があるとか?」
「アズサちゃんじゃないんですから…最後に全財産を私達に送ったんじゃ…」
「可能性は高いかもしれない。
電車賃の足しにでもなれば、とでも思ってそうだよね。」
私の言葉に、それがもう現実であるかのように
絶望した表情を私に向けるヒヨリ。
「すぐに、すぐに行かないと!サオリ姉さんが!」
「落ち着いて。ヒヨリ。あれを見て。」
私が指さす先には高いシャーレの建物。
当然、何かがあれば見えているはずのその建物は
いつも通りに存在をしていて、いつも通りにそこに建っていた。
「あの状況で制圧済みなら相手は相当な手練れ。
もしサッちゃんが失敗したなら、私達も無策で突撃するべきじゃない。」
「でも…!でもっ…!」
「既にリーダーがやられている可能性もあるよね。」
「じゃあどうすれば…もう終わりです…。
せめてサオリ姉さんの骨だけは拾って…」
と、ミサキとふたりでヒヨリを脅かしてみるものの
正直な所、脅威など存在しないんじゃないかと思っている。
きっとそれはミサキも半分同じ考えで
どうせ先生のちょっとした依頼
私達に報酬を渡すために作った依頼にリーダーが引っかかって
そして掌で踊らされているような気がする。
しかし、そうでなかった場合を考えると念のための警戒は必要だろう。
既に足はシャーレへと向いている。その途中で作戦を立てる私達。
これ以上近づいて、端末がシャーレの電波を拾っては
位置情報を探知される可能性があると
私達は電波を切る前に端末を確認するがサッちゃんからの連絡はない。
「相変わらず…連絡はないね。」
「……ど、どうしましょう?」
「行ける所まで潜入して正面突破。私達に注意を向ける…でどう?」
私の提案に二人が頷き、歩き出すとシャーレの正面玄関が自動で開かれる。
普段ならばもっと生徒がいてもいいはずなのに
今日はほどんどいないその人通り。
人目を避ける私達を招くかのようなその建物に私達は滑り込んで行った。
「クリア。」
「クリアー。」
「こっちも、クリアです…。」
どこもかしこも、戦闘痕すらない綺麗な状態。
古くて、修復済みのものは存在するものの
トラップすら仕掛けられていないシャーレの階層を一つ一つ抜けていく。
次は先生の執務室。まだ上の階は存在するが、先生がいるとすればここだろう。
私はセキュリティ端末に手を添える。
セキュリティなんてあってないような認証システム。
ボタンを押せば開くその装置を押せる準備。
ドアに張り付いたミサキとヒヨリが頷いたのを確認、ボタンを押すと
ヒヨリを先頭に大きなライフルケースを盾にしながら執務室へと雪崩れ込んでいく。
そこではサッちゃんが子供相手に積み木に小さな人形を並べて
防御陣地と戦略を説いていた。
「ああ、そうだ。防御陣地形成も申し分ない」
「えへー」
「では私がここから侵入した場合どう対処する?
……あえて脆く作成し生き埋め、なるほど。肉を切らせて骨を絶つか。」
「あー…おり…こわちゃ…」
サッちゃんの人形を動かす手が触れて門の一つが崩れたのを
悲し気に見ていたのは、いつしか会ったスズランちゃん。
戦闘とは正反対にありそうなこの状況に私は武器を下げ
隣に立つミサキは既に呆れているようだ。
「さ、サオリ姉さん?…無事だったんですか?」
「……皆、来てくれたか。
無事…か。見てくれこの惨状を。私は無力だ。」
その言葉に、部屋の中を見渡すと
部屋中に散らばった玩具と床にはたくさんの書類。
見れば分かる、サッちゃんの絶望的な子守りのセンス。
散らかる玩具は、点々と道になっていて色々なもので気を引こうとした跡で
ようやく積み木遊びに落ち着いた所なのだろう。
その積み木遊びも、本当に積み木遊びなのかは怪しいけれど。
「何しているの、リーダー。」
「見ての通り、子守りだ。積み木遊びをしている。」
見ての通り、とは何をどう見て取れと言うのだろうか。
積み木とは文字通り、木を積み重ねるものなのに
人形と共にほとんど床に並べられたそれは、どう見たって防御陣地。
よく出来てはいるものの「積み木遊び」ではないそれに
ミサキがそれを覗き込むと、質問ではない質問をする。
「陣地戦の机上演習が?」
「……積み木遊びとはこうするものではないのか?」
「どう考えても違うでしょ。」
ミサキが呆れを通り越したと言わんばかりに
頭を抱えてながらサッちゃんの隣に膝を折って座る。
「積み木はこうでしょ」といくつか重ねて
玩具屋さんのショーウィンドウにあるような小さな家を作ると
スズランちゃんの尊敬の眼差しがミサキに刺さった。
「じょーず!」
「……もしかして馬鹿にされてる?」
「いや、大したものだ。こう遊ぶものだったとは。」
「みちゃきー、じょーず!」
「絶対褒めてない。」
そんな言葉とは正反対、スズランちゃんに褒められて無碍にもできないミサキ。
スズランちゃんと目線は合わせないものの
まだまだ余った積み木を集め、今度はちょっと規模の大きなお城を建て始める。
尊敬の眼差しが、積み木とミサキを行き来する間、
つんと口をとがらせて黙々と積み重ね、間もなく完成、というところで
スズランちゃんの言葉がようやく理解できたのかミサキは不意に手を止めた。
「もしかして、私のこと覚えてる?」
ミサキが私、と自分を指さすと「みちゃきー」と名前が返って来る。
あれは、と私を指さすとしばらく考えこむスズランちゃん。
仮面を外して見せると「あちこ!」と言う。
最後に未だに固まったままぽかんと口を開いたヒヨリを指さすと
「ひよ!」とこれまた正解だ。
自分の名前が呼ばれて、ようやく我に返ったヒヨリが
部屋の中を見渡して、答えを求めて
部屋の隅から片づけをしていた先生に向く。
「せ、先生!この状況は……?
先生が危機だから応援に来たのに、まさか罠ですか!?」
"サオリ、みんなにちゃんと連絡した?"
「……すまない。状況に手一杯だったんだ。」
しかしそんな言い訳をするサッちゃんも、シャワーを浴びている時間はあったようで
サッちゃんはほんのりと濡れた髪と石鹼のいい香り。
その理由を意地悪に笑って訊ねてみる。
「シャワーを浴びる余裕はあって、私達に連絡する時間はなかったの?」
「……それは。」
何か言い訳をしようとするサッちゃん。
どんな理由が出てくるのだろうと期待していたのだが
跳び出して来たのは、サッちゃんの言葉ではなくスズランちゃん。
「ひよいー!」
まっすぐに、私達に向かって駆けて、ヒヨリに突撃。
そんな威力は無いだろうに成されるがままに倒れるヒヨリ。
「わっ!?なんで私の事を知っているんですか…情報漏洩…?
どうしましょう、もう終わりですー!」
「ヒヨリ、うるさいよ。その子会った事あるでしょ。トリニティの子。」
ミサキの言葉に、ヒヨリが記憶を辿るが
困惑の中でようやく出て来た答えがひどい。
「えっ、え…?あ、ロールケーキが美味しかったお茶会の…
えっと、…スズランちゃ…スズランさん…?」
ヒヨリの上に乗っかって、頭をぐりぐりとヒヨリに寄せるスズランちゃん。
対処が分からず、されるがまま両手を挙げて降伏状態のヒヨリから抱き上げる。
「スズランちゃん、汚れちゃうよ。」
「そんな…私そんなに汚いですか…
辛いです…苦しいです…うぅ…」
先生の前だからお風呂事情を口にはしないが
二日前に水浴びをしたきり、服だって水洗いがせいぜいだ。
ヒヨリだけではなく、私だって清潔ではない。
あの送られてきた全財産を見るにサッちゃんも同じだったのだろう。
だからこそサッちゃんはシャワーを浴びた、と予想はつくのだが
あのサッちゃんが、そんな事に気付けるだろうか。
らしくない行動を訝しむ私のそんな疑問は、
すぐにスズランちゃんの行動で打ち砕かれた。
「うへー」
頬を寄せた私の胸にくんくん、と私を嗅いで「うへへ」と奇妙に笑い
もう一度くんくん、癖になったかのように臭いを嗅ぐその様子に
私は慌てて自分の体から遠ざける。
"アツコ、どうしたの?"
「……先生、シャワーとランドリーを借りてもいい?」
"それは、もちろん。"
それならばスズランちゃんを預かろうと
手を伸ばしてやってくる先生を大回りで避けると、表情は顔は疑問の顔になる。
質問が飛んでくる前に、なんとかサッちゃんにスズランちゃんを渡しに行くと
スズランちゃんを受け取って誰にも聞こえないよう小声で言った。
「理解…してくれたか。」