萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件   作:シン・タロー

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#45

 ベッドからパチャンと落ちて、エイイチは目が覚めた。

 

「…………パチャン?」

 

 窓の外は日の光でうっすら明るいものの、室内はまだ暗い。倒立に近い形で床へ逆さに転がりながら、ふと違和感を覚えてエイイチは自身の体をまさぐった。

 

「……ふぁ……なんだよ、エーイチ。もう起きたのかよ」

 

 ベッド上から下界を覗き込んできたセンジュは、キュートな犬歯を覗かせはにかんだ。体はシーツで隠されていたのだが、丸出しの白い肩が中身は裸であると匂わせている。

 

「まぁ、その……おまえ、体がめっちゃ冷えてたからさ。温めるにはこれが一番だと思って」

 

 エイイチはエイイチでボクサーパンツ一枚しか履いておらず、全身には何かが乾いてカサカサと赤茶けた色がこびりついていた。匂いは鉄泉の湯に似ていたが、そうではない。今もベッドからポタポタと垂れる液体が床に血溜まりを形成しているのだ。

 

 立ち上がるエイイチから、身を隠すようにセンジュはシーツを持ち上げた。恥ずかしそうに、結った金髪をしきりに耳へとかけている。

 ベッドのシーツも真っ赤に染まっていることを確認し、エイイチはめまいを覚える。

 

「……センジュちゃん。俺、ちょっとシャワー浴びてくるよ」

「お、おぅ。そか。あ、あたしは、もう少し休んどく」

「それがいい。しばらく股も痛むだろうし……」

 

 不可解に首を傾げるセンジュ。エイイチがタオルを肩にひっかけ部屋を出ようとすると、背中に声がかかる。

 

「エーイチ。頭のことは……えと、そんな気にすんなよ!」

「頭?」

 

 このイカレポンチ野郎! だとか、そういった類いの悪口だろうか。いや、センジュはそんなことを口走る女の子ではない。であれば、ついに砂漠化が始まってしまったのだろうか。

 不安になったエイイチは、センジュの部屋の姿見に身を屈ませる。少し目を丸くしたあと、毛先を指で何度か引っぱった。

 

「…………なるほど。まあ、これはこれで」

「うん。気にすんな。格好いい」

 

 これもまたセンジュが言いそうになかった台詞に、エイイチは驚いて振り向く。

 顔をそらしたセンジュはシーツをぎゅっと手繰り寄せ、目だけをエイイチへちらと向けた。

 

「格好、いいよ? エ、エーイチ……お兄ちゃん」

 

 いったい何が起きたというのだろう。いや起きたことは明白だ。センジュの顔が物語っている。少女から女へと変わってしまったのだ。

 一時は自ら要求した理想の“お兄ちゃん”呼びだったが、それはエイイチの想像を超えた破壊力をそなえていた。

 

「あ……はは」

 

 笑ってはぐらかすなど、アダルトゲーム主人公の風上にも置けない体たらく。散々あれだけセクハラをかましてきたくせに、いざとなると耐性の無さを露呈してしまうピュアボーイである。

 

 いそいそと部屋を出たエイイチは、自己嫌悪の息を吐いた。

 ひとまずこびりついた血を洗い流し、火照った体を冷ますためバスルームへ向かうのだった。

 

 

 

 ひとっ風呂浴びたエイイチは、屋根裏でしばしガンピールと戯れる。手掴みで猪肉を与えつつ、貪り喰らう黒狼の背をフサフサと撫でる。

 

「なあ、聞いてくれよガンピール。俺さ、またやっちゃったみたいなんだ」

 

 戯れていたつもりが、エイイチはいつの間にか本気で獣に相談していた。

 

「どうやらさ……センジュちゃん、初めてだったらしくて。いや、それはいいんだ。むしろ嬉しいっていうか」

 

 シーツの血は破瓜によるものに違いない。ベッドのみならず床に血溜まりが出来るほどの出血だ。どれだけハッスルしたんだとエイイチは頭を悩ませる。

 そしてエイイチが落ち込むもっとも大きな理由として、またしても記憶にないという失態だった。

 

「ああ〜! なんで覚えてないかなぁ〜っ! 初めての相手が行為を忘れてるとか最低だよな!? どう思うガンピール!?」

 

 問われたガンピールは、エイイチの手に残る肉片を舐め取ることに夢中。やがてもっと肉をよこせと、エイイチの二の腕にハグハグと噛みつく。

 

「それに、センジュちゃんは姉妹の末っ子だろ? それなりの責任ってものがさ、あると思うんだよ」

 

 ハーレムを築く覚悟だ。いずれこうなることを望んでいたとしても、まだJCと思しきセンジュに手をかけたなら報告しなければならない人物がいる。

 腕を涎まみれにされながら、エイイチは男の顔で頷くのだ。

 

「今回のこと、ちゃんとツキハさんに報告するよ」

 

 エイイチは凛々しく、ここに自供を宣言した。

 

「ガッフゥ!!」

 

 しかしいつまで経っても次の肉を用意しないことに業を煮やしたガンピールは、エイイチに飛びかかって押し倒すと肉球パウンドをお見舞いするのだった。

 

 

 

 廊下の窓から裏庭が見え、日の下で花壇に水をやるアヤメの姿がある。

 のどかな日常の一コマ。

 普段なら声の一つでもかけるところなのだが、緊張した面持ちのエイイチには他に優先するべき事項があった。

 

 先日の時間停止能力に目覚めた際、ツキハの書斎の場所は把握してある。エイイチは淀みなく一階廊下を進む。

 

 深呼吸を二度繰り返し、ノックする。すぐに「どうぞ」と返答があったので、意を決して入室するエイイチ。

 

「あら。ごきげんよう、エーイチさん。めずらしいわね、ここを訪ねていらっしゃるなんて」

 

 エイイチを一瞥すると、万年筆を手にしたツキハはまた何事かの作業のため机へ伏せた。相変わらず肩の開いたセクシーなドレスを着用しており、扉の前に佇むエイイチの元まで色香が匂い立ってくるようだ。

 けれど今はツキハのエロい服装に惑わされるわけにいかない。エイイチは己を叱咤し、口を開く。

 

「あの、ツキハさん。実は報告しなければならないことがあります」

「……なにかしら」

 

 エイイチは包み隠さず話した。

 期せずセンジュとの行為に及んでしまったこと。だがマリと同様にセンジュを愛していること。おそらくセンジュも自分を好いてくれていること。将来的に必ず責任を取ると、身振り手振りを交えて熱く語った。

 

 一通りを聞き終えたツキハは、万年筆を置いて顔を上げる。狼戻館の歴史上、こんな告白を聞くのは最初で最後であってほしいと願う表情だった。

 

「はぁ……。……時に、エーイチさん? ずいぶんと白い御髪(おぐし)になられたのね。まるでスノードームのよう」

 

 ツキハの指摘通り、エイイチの髪は一夜にして色素が抜け、真っ白になっている。今朝センジュが気にするなと言ったのも、この頭のせいである。

 

 別に褒められたわけでもないのだが、エイイチは鼻をかきながら恥じらいの笑みを浮かべた。

 

「ただのスノードームじゃないですよ。今世紀最強のスノードーム――コンドームだ!」

「頭にスキンでもかぶっているの?」

「いや……そういうわけでは」

 

 見りゃわかるだろ、と内心でエイイチは毒づく。

 やはり自白の内容が内容なのだ。場を和ませるような配慮は要らなかったかもしれない。

 

「それで、あなたの処遇なのだけど」

「あ、はい」

 

 身構えるエイイチに、ツキハは思いもよらぬ一言を告げる。

 

「エーイチさん。ここで寝泊まりなさい」

「……え?」

 

 書斎内をぐるりと見渡し、エイイチは確認するように足元を指でさす。

 

「ここで?」

「ええ。お話が事実なら、妹達のそばには置いておけないでしょう。夜はわたくしも自室に戻るから、簡易的な寝具をアヤメさんに頼んでおくわ」

「はぁ、俺としては、ぜんぜん」

 

 むしろ願ったり叶ったりだ。

 これまで接点の浅かったツキハとの仲を進展させるチャンスでもある。仕事で疲れているツキハにマッサージの一つでも施し、様々な部位のコリをほぐしてやるのもやぶさかではない。

 

「それに、ね。あなたが隠しているもの……わたくし、ぜんぶ覗き見たくなったの」

 

 妖艶を擬人化したかのようなツキハが、このときばかりはまるで少女の如く破顔したのだ。

 

「一晩でそれだけ変貌するのだもの。よほど壮絶な体験だったのでしょう、昨夜は」

「それは……センジュちゃんとの初体験を語れってことですか?」

「あくまでしらを切るおつもり? とんだタヌキね」

「それは……俺の睾丸がでかいってことですか?」

「……もういいわ。エーイチさん、話は終わり。出て行きなさい」

 

 質問に答えていただけなのに、ツキハを怒らせてしまったらしい。しょぼくれたエイイチは挽回を誓い、書斎を後にした。

 

 そう、ここからだ。

 すべてはここから。

 

 いよいよ物語は三章へと移行する。

 原作【豺狼の宴】では、主人公をしてもっとも危険と称されるツキハとの心理戦が描かれる。

 それはエイイチが住むこの世界でも同様。互いに素性を暴き合う苛烈な攻防は、真相と共にやがて衝撃的な結末を生むことになるだろう。

 

 エイイチに隠し事があるのか定かではないが、ツキハには確実に秘匿が存在する。

 待雪ツキハの闇は、何人たりとも決して触れてはならぬのだ――。

 

 

◇◇◇

 

 

 センジュは自室の窓枠に腰かけ、遠景に森を見下ろしていた。風を受け、目を細める。いつもそうしていたはずなのに、なぜだか今日はやけに心地よく感じた。

 

 ふとセンジュの目の前を蛾がパタパタと横切る。常日頃からマリが放っているものだ。普段なら気にもとめないところだが、センジュは手を伸ばして蛾を捕まえる。

 

「あ……あのさ、待雪マ――……いや、マリ……お姉ちゃん」

『は? ……センジュ? な、なに、いきなり、気持ち悪い』

「き、気持ち悪いはねーだろ! ちょっと呼んでみただけだバーカ!」

『人の蛾、勝手に捕まえといてなんなの!? あんた、姉に対する敬いってものが――』

 

 センジュは蛾を思いきり外へぶん投げた。ゼェゼェと息を吐き、赤い顔を俯かせる。肩が小刻みに震えていた。

 

「ぷ……はは。なにやってんだろ、あたし」

 

 再び上げた顔に差す陽光は眩しく、センジュは髪をなびかせて飽きもせず緑の山々を眺めるのだった。

 

「……あたしは。センジュだ」

 

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