救護騎士団のアルバム:パンケーキの日(1)
錠前サオリ――――――――――――――――――
ずいぶんと昔の写真だ。
煤けた格好で、ライフルを構えた私とその向かいに立つスズラン。
これはきっとシャーレの監視カメラの映像の切り抜きだろう。
次の写真は、スズランに何かを食べさせられる私の写真が何枚か。
卵ボーロに、ポテトチップス、チョコバーを口に突っ込まれ
私はそれをされるがままに受け入れていた。
ページをめくると、少しだけ身綺麗になった私が
スズランと遊んでいる所に突っ込んで来たスクワッドの面々。
唖然とするヒヨリ、頭を抱えるミサキ、仮面の下は分からないがアツコは笑っているのだろう。
最後のページは、パンケーキのようだ。
ボロボロで、ぺちゃんこのパンケーキがたくさんと
ふわふわに膨らんだパンケーキ。
スズランはそれをフォークに刺して
丸々一枚を、ヒヨリの口に捻じ込もうとしていた。
―――――――――――――――――
失敗をした。かれこれもう4回連続だ。
仕事に失敗をしたというよりも依頼人選びに失敗を重ねているのだが。
手持ちのキャッシュはもう殆ど残っていない。
そのせいで食事すら制限せざるを得ない状況に
このままでは二進も三進もいかなくなる。
これが夏でよかったと、冬であればもう動けなかっただろう。
そう感じていた時だった。
先生から渡されていた端末が鳴る。
"救援求む"
先生からとは思えないその文面に
私は鳴る腹を抑えながら、残り1つとなったマガジンを確認する。
残弾は半分ほど、先生ほどの人を救うのにこれで足りるだろうか。
いや、どんな状況であれ
私には行かないという選択肢は存在しない。
鳴ることをやめない腹を押さえ
残り少ないキャッシュで電車の切符を買い、私はシャーレへと向かった。
―――――――――――――――――
辿り着いてみれば、シャーレの中はとても静かだ。
今現在、戦場になっているとはとうてい思えない。
戦闘は終結していると仮定すればこの状況たる可能性は二つ
ひとつ、先生はもうここにおらず、誘拐済みである。
ひとつ、立て籠もり状態のどちらか。
空腹の程度から考えると、もう私の稼働時間は長くない。
状況が前者ならば、シャーレで何か腹を埋めよう。
きっと予備の弾薬もある、補給もさせてもらおう。
水でもなんでもいい、ほんの少し稼働時間が延びればそれでいい。
満腹は避けるべきだ。動けなくなる。
状況が後者ならば、速やかに殲滅すべきだ。
時間をかける程に相手の要求が済み、先生が処分される可能性がある。
しかし残り少ない弾薬、全力で戦う事すらできないこの身では
先生をより危険に晒すことになる。
どちらの状況であっても、後詰めが必要だ。
私が斃れることになっても、先生を助けられるように。
ダクトの中、私は皆へと連絡をしようと端末を取り出して文字を打つ。
『先生が危機的状態にある。加勢を求める。』
その送信先は、スクワッドの皆。
私の為でなく、先生のためならば彼女達も集結するだろう。
文面を作り終えて、送信ボタンを押し
ついでに残っているキャッシュも送金する。
あってないようなものだが
電車賃がない可能性を考慮して、誰か1人分にでもなればいい。
そのまま私はポケットに端末を仕舞って先に進んだ。
"ちょっと待って。お願いだから。"
先生の執務室の上についたころ
先生の慌てた声がダクトの中に聞こえてくる。
息遣いは荒い。尋問か拷問の可能性が高いだろうか。
"何を見ているの?"
しまった、気付かれただろうか。
ダクトから覗き込むと
都合よくも真下には先生が膝を折っていた。
光の向きから窓は右側、廊下への通路は左側。
奥の休憩室までの距離はこの場所からなら3メートル。
ダクトから得られる最低限の情報を確認し
私はライフルに初弾を装填する。
できるだけ音を立てないようにダクトを開くと
最後の一つのスモークを部屋の中に投げ込み
煙の発生と共に、部屋の中に降りてゆく。
"わっ、なに?"
「先生、救援に来た。」
「もくもー」
先生を抱えて動き出そうとするものの
私の動きを制するものが3つ。
1つは予想以上の空腹、力の入らず先生を抱え上げる事すらできなかった事
2つ、スモークが一瞬で晴らされた事。不出来な品を掴まされた。
3つ、先生の目線の先にいたのが小さな女の子だと言うことだ。
一応、安全のためにと先生を引き摺って
部屋の隅から周囲を見渡すと、部屋に残っていたスモークは
煙で遊ぶような彼女の翼で送られて、すぐに排気抗へと吸い込まれていく。
部屋の中に他の脅威はなし。
ライフルを扉の方に向け警戒していると
先生私の肩を叩きながら言う
"サオリ。銃を降ろして。"
「了解。…先生、私は何をすればいい。」
"とりあえず、今日はそれは使わないかな。"
先生の指が私の銃の安全装置を回して小さな女の子を見ると
彼女は使用済みのスモークグレードをつついていた。
ブラックマーケットで買ったそれは、不良品だったようで
アリウスの支給品よりも圧倒的に少ない煙の量で役目を終えた。
きっと敵がいれば私は蜂の巣だったことだろう。
取引相手を、また間違えたようだ。
"サオリ、びっくりしたよ"
「先生が救援を求めたんじゃないか。」
"それはそうだけど、詳細は送ったはずだよ。"
端末を開きなおしてみるが
そこに先生からのメッセージはなく
先生が見せてくれた画面には、きちんと送られたメッセージ。
場所のせいか、端末のせいかは不明だが
きちんと受信できていなかったそれに
少し安堵をしながら、私は先生の救援要請の内容を確認する。
「……私に、子守りができると?」
"スクワッドのみんなで、って送ったんだけど。届いてなかったからね。"
小さな女の子、よく見れば以前あった時とは少し違うその姿。
そんなに時間は経っていないはずなのに、ずいぶんと大きく成長したかの彼女。
見覚えのある特徴的な翼との子の名前を私は知っている。
あの時は大した情報も渡せなかった癖に、
食べた事の無いような美味しい物をたくさん食べさせてくれた。
それが不義理な気がして、調べてみてはいたその彼女の名前はスズラン。
「スズラン…だったか。以前は世話になった。」
「あー!……んとねー、とねー?」
あちらは私の顔を見て見覚えだけはあるようで
頭を抱えて一生懸命に記憶を辿る。
以前に会ったのは、まだもっと小さい頃だったはずで
まともに言葉も喋れない時期だったろう。
そんな状態で覚えているわけもなく
先生の助けを借りて、私の名前を思い出す。
"スズラン、サオリだよ。前に一回会ったことがあるんだけど…"
「おり!おりー!」
バタバタと短い手足をばたつかせ
私の方へと駆けてくるスズラン。
救護騎士団は私達のことを危険だと教えていないのだろうか。
あまりに無警戒なその突撃を受け止めると
小さな顔の、大きな瞳が私に向けて微笑みかける。
「おーり!」
「私はオーリではなく錠前サオリだ。理解、できるか?」
「じょりー!」
「ジョリーではなく、錠前サオリだ。
……いや、難しいならサオリで良い。」
「おりー!」
「オリーでも……まあ、名前など何でもいい。好き呼べ。」
伝わらない言葉にやきもきとしながらも
私の名前など何でもいいか、と諦める。
今は、先生の依頼を全うしよう。
先生の救援要請が、ただの子守りだとしても
私が先生を助けない理由になどならないからだ。
「で、先生。私は何をすればいい。」
"それが私にもわからなくて…"
「無計画に、子守りを引き受けたのか。」
部屋の中を見渡すと、あちらこちらに散乱した玩具と
クレヨンで落書きされた書類だったもの。
先生の子育てスキルというのはあまり高くないのかもしれない。
しかし、私もそれを批判できるほど大したものがあるわけでもなく
これからどうしようかと私のお腹を気にするスズランへ目を落とす。
「おりー、ぽんぽ?」
「ぽんぽ…?ぽんぽとはなんだ?」
「ぽーんーぽー」
ペチンペチンと私の腹を叩くスズラン。
痛くはないものの、その刺激に忘れていた空腹が戻って来て腹が鳴る。
「…ああ、腹のことか。
そうだ、それは腹…ぽんぽだ。」
「ぽんぽ、めー!」
何かを叱られたようだが、何を𠮟られたのか分からない私。
スズランは自分のポーチを開けて中身を漁る。
その中から、何かの小袋を取り出して
先生に渡すと、それを開けるようにと依頼する。
先生は指示通り、その小袋に切れ込みを入れてスズランに返すと
小さな指でその中の小さな球を摘まむと
靴を脱いで私の膝の上に乗り、マスクの上に押し付ける。
ぼろりと形を崩しても、気にせず次のひとつを押し付けるスズラン
「なんだ、何をしている。それを食べればいいのか?」
困惑しながらマスクを外すと、それが口の中へと押し込まれる。
唾液で溶け、口の中にほどけるそれは何かの菓子で
これまで食べたことがないはずの味なのに
なんだか懐かしい気さえする。
「……美味い。美味いがこれはどういう意味が。…ぐむっ。」
私の言葉も気にせず、次々私の口に私の口に押し込むと
袋の中身を全部を押し込んだところで満足したのか
部屋の中を駆けていくスズラン。
あまりの急襲と、口の中に襲う乾燥に唖然とする私へと先生が訊ねた。
"サオリ、ちゃんとご飯食べてる?"
「…いや、2日程何も。しかし、これでずいぶんと救われた。」
腹にこそ溜まりはしないが、甘味というのはカロリーが高い。
さらに味は小麦粉、つまりは炭水化物。
つまりもう少しくらいなら活動ができるだろう。
そんな安堵をしていると、今度はもう少し大きい
今度は派手な色をした菓子の袋を持って来て
また先生に開けろと命令をしたスズラン。
先生がそれを指示通りに開けスズランに返すと、私に向けて指を刺す。
"スズラン、やっちゃって。"
「あい!」
今度は薄いパリパリとした塩味と
馬鈴薯の土のような風味が私の口の中に捻じ込まれ、私は思わず声を上げる
「どうか、水を…水を飲ませてくれ。」